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スキーボードの物語  作者: はるパンダ
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第七話 じゅんの決意、レイの秘密

 晴子たちに習いスキーボードの特訓を重ねるレイとじゅん。しかし特訓と言いつつもその実態は辛い、或いは苦しいと言う所謂特訓のイメージとはかけ離れ、終始笑顔の二人である。たまたま出会ったスキーボード。それを自らやってみたい、教えて欲しいと言う思いでスキーボードを始めた二人にとって、それは特訓と言うよりもむしろ新たな楽しみとの出会い、想像以上の驚き、新しいことを習得する喜びの連続であった。



 その中でレイはフリーランを楽しみつつも葉流に様々なグラトリを見せてもらい、新しいトリックを見るたびに葉流に質問をぶつけていた。しかし練習すればある程度出来るようになるとは言え、難易度が高いものはそう簡単に習得できるものではない。そのため、当然のことながらさまざまなグラトリに果敢に挑戦するたびに転倒を繰り返していた。その甲斐あってか、フェイキーをはじめとする比較的難易度の低いものは多少なりとも出来るようになっていた。


 しかしいくら上達したと言っても晴子や葉流には追いつけない。より難易度の高いグラトリを平然と行う葉流や、葉流程ではないもののさまざまなグラトリを行う晴子を見てさらに難易度の高いグラトリに挑戦し続ける。普段は周りの雰囲気を大事にしてあまり自分を出すことがないレイが何度転倒しても果敢に練習し続ける様子を見て『おねーちゃんもあんなにムキになることあるんだぁ』とじゅんが意外な様子で感心するのであった。



 一方、じゅんは春美に習ったキッカー動作を何度も滑走中に行い、バランスを崩し転倒するたびに近くにいる春美や葉流、時には晴子やレイまで加わり雪まみれにされていた。その度に頬を膨らまして雪を掛けてきた犯人たちを追いかけるのだが、そう言ったじゃれあいの中でいつの間にかスキーボードの滑走に慣れていくのだが、これは晴子たちが意図しない偶然の産物であった。


 また、すぐにでもキッカーに挑戦したいじゅんに対して、さすがに春美は首を縦に振ることはなかったのだが、最終的には根負けしてポコジャンと呼ばれる小さなキッカーの挑戦を許可する。初めての挑戦の時には迫り来るキッカーに身体が逃げて後傾になり着地時には見事に転倒してしまったのだが、春美のアドバイスを受けながら何度も挑戦するうちに少しずつ恐怖心が薄れていき、身体が後傾になることがなくなると飛ぶことの楽しみが少しずつ分かってきたようであった。キッカー独特の浮遊感覚を体感する余裕が出来ると楽しそうな笑顔もこぼれたりもしていた。



 じゅんは春美について、レイは葉流についてさまざまなことを楽しみながら吸収していった。晴子はその両者を覗きながら、ある時は皆でグラトリをしたり、またある時はパークに挑戦したり。山頂から全員で競争したり、疲れたらクレープやソフトクリームに舌鼓を打つ。そんな自由で楽しい時間を過ごしていったのだった。



◇◆◇◆◇◆



 最終日の夜、晴子たちの提案で一行は宿で夕飯を取った後にファミレスでささやかな打ち上げを行うことになった。晴子たちもレイたちも宿こそ違えど共にゲレンデ周辺の宿に宿泊しているのだが、ゲレンデ周辺に夜間営業している飲食店がないため、ゲレンデから車で三十分ほど掛けて街まで出ていくことになった。



「それでは最後の夜に、かんぱーい!」



 春美は周囲の客に配慮しつつも盛大な乾杯の音頭を取り、残りの四人も笑顔でグラスを合わせる。因みに全員未成年なので乾杯はドリンクバーのグラスである。


 全員夕食後なので軽いおつまみ程度しか注文していないのだが、ポテトフライやサラダ、パンケーキなどの食事とは言えないが決して軽くはない品々が所狭しとテーブルの上に並んでいる。そんな料理の中でおしんこ盛り合わせをしみじみと味わうレイ。もはや手遅れだと四人ともがレイに暖かな視線を送るのだが、当人は暖かいお茶とおしんこでご満悦であった。



「それにしても二人とも上達したねー。まさかここまで一気に上手くなるとは思わなかったよ」



 そう言うのは春美である。春美についてキッカーの飛び方を習っていたじゅんは初日こそ春美にたしなめられてポコジャンしか飛ばなかったものの、講習二日目には言われたとおり宿からヘルメットをレンタルするとやる気まんまんで更なる挑戦をせがみ、春美が最初に飛んでいた五メートルクラスのキッカーを飛んだりもしていた。


 飛び始めはポコジャンの時と同様に迫り来るキッカーに思わず後傾になってしまっていたので、『まずはキッカーに慣れること!』と春美に言われたことを忠実に繰り返すことにした。最初は滑る勢いを利用してキッカーを抜けることを繰り返して少しずつ身体を慣らしていき、徐々に恐怖心を払拭していくことした。恐怖心が薄れキッカーに慣れてくると身体に刻み込んだ教えを少しずつ再現できるようになっていき、遂に今日になってしっかりとキッカーを飛ぶことが出来るようになっていた。



「なかなか上手くいかなくて悔しかったから、絶対に今日中に飛べるようになってやろうって思ってたんだ!」


「そのガッツはさすがよね」


「でも春美ちゃんや葉流ちゃんみたいなグラブはまだ出来ないんだよね。悔しいなぁ」


「まずはキッカーを安定して飛べるようになってからチャレンジだね」



 じゅんの猪突猛進ぶりはスキーボードにおいても健在であった。部活で運動をやっていたとは言えウインタースポーツ経験がほぼゼロに等しいじゅん。本格的にスキーボードを始めて僅か二日でキッカーを飛べるようになっていること自体驚愕すべきことなのだが、一緒に滑る春美たちのレベルがそれ以上に高いのでその事実に気付かない。


 それどころか春美と同じレベルに達することが出来ない自分に対して悔しさを覚えているのだ。こういうところがじゅんの凄さでもあり、また同時に危なさでもある。レイとしてはじゅんのそんなところにいつもハラハラさせられているのだが、今回ばかりはレイ自身も夢中になってスキーボードをしていたのでそのことにはあまり気付いていなかった。



「レイの吸収力もたいしたもの」


「それは葉流さんの教え方が良かったんですよ」


「グラトリは教えただけで誰でもすぐに出来るものではない」


「確かに転びまくりましたからね。身体中痣だらけかもしれませんよ」



 葉流も自分が教えていたレイに賞賛を送る。じゅんが『珍しい』と評したようにレイは普段からあまり自分を表に出さず、周りの調子に合わせる性格である。それは本人も認めるところでもあるので、自分自身がじゅんのように夢中になって練習を繰り返すとは思いもしなかったようであった。何度も転倒を繰り返しながら葉流のグラトリを真似しようと試行錯誤を繰り返し、今日になって不恰好ながらもフェイキーで滑走しながら爪先立ちで立つような姿勢で滑る『ノーズマニュアル』が出来るようになっていた。



「出来てから始めて葉流さんのアドバイスの意味が分かりましたよ」


「ん?」


「ほら、ノーズマニュアルを教えてもらっている時にどうしても上手く立てなくて。その時に言ってくれた『ちょうどバランスが取れる位置がある』とか、

『足をあげるんじゃなくてブーツに体重を預ける』とか」


「通常の動きとは違うから表現がしにくい」


「確かにその通りですよね。でもそれ以外に表現のしようがないってことが今なら分かりますよ」



 葉流からグラトリを教わる中でやり方のコツを色々教えてもらったレイだが、その内容は意味が分からないものが多かった。葉流としてはそのようにしか表現できず、レイはその意味をイマイチ理解できず、結局は実践あるのみと言うことで何度も転倒しながら覚えていかざるをえなかったのである。


 試行錯誤とも言える動きの感覚を掴みながら覚えたグラトリは他にもあるのだが、『ノーズマニュアル』をはじめとするプレス系と呼ばれる板に体重を預けるトリックをレイは好んでいた。



「それにしてもおねーちゃんは結局パークには一度も入らなかったよね。面白いから来てみればいいのに」


「だってグラトリの練習してたから行く暇がなかったのよ」


「でも私だってパークばかりじゃなくてたまにはグラトリの練習してたよ」


「そうだけども、なんかちょっとね・・・」



 じゅんの言葉に歯切れ悪く口ごもるレイ。僅かに思い悩む素振りをするが、膝の上でぎゅっと手を握ると、意を決したようにじゅんに向かって口を開く。



「じゅん。あ、あのね、実は・・・」


「でもさ、ちょっと嬉しいんだ!」



 しかしその言葉は当の本人の嬉しそうな言葉によって遮られる。



「えっ?な、なにが?」


「スキーはおねーちゃんの方が全然上手いけども、それでもおねーちゃんに勝てるものが出来たんだもん!」


「勝てるもの?」


「そーだよ!グラトリはダメダメだけども、おねーちゃんはパークが苦手っぽいから、パークに関しては私の方が上だもん!」


「・・・そーね。確かにじゅんには勝てないわね」


「でしょー!」


「・・・でもグラトリは私の足元にも及ばないでしょ」


「そ、そーだけどさぁ・・・。春美ちゃーん、おねーちゃんがいじめるよー!」



 せっかく勝ち誇ったところを急にやり込められ思わず春美に助けを求めるじゅん。もっとも本当に困っている様子ではなく、これもいつものじゃれ合いの一貫である。皆が思わず笑顔がこぼす中、笑顔の中に何とも言えない表情を残すレイ。そんなレイの様子に晴子は違和感を覚えるのだが、じゅんの次の一言で違和感どころではなくなってしまう。



「でもさぁ、滑っていてずっと思ってたんだけども、私たちのほかにスキボダっていなかったね。何でなんだろう?」



 じゅんの単純な疑問である。じゅんとしては何気ない疑問のつもりであったが、晴子たちは神妙な顔になってしまう。そんな晴子たちの様子をよそにレイは自身の見解を述べていく。



「うーん、やっぱりマイナーなスポーツだからじゃないかなぁ」


「なんでマイナーなの?」


「何でって言われても困っちゃうけども・・・」


「だってゲレンデにはスキボ以外にはスキーとスノボしかいないじゃん。三種類しかないのにスキボだけマイナーっておかしくない?それが十も二十もあるならわかるけどもさ」



 レイの回答にさらなる疑問をぶつけるじゅん。困り顔のレイに晴子が助け舟を出す。



「何でスキボだけマイナーなのかは私たちにも正直よく分からないのよ」


「・・・そうなの?」


「でも強いて言えば誰も後押ししないからじゃないかしら」


「後押しって?」


「あくまでも私自身の見解なんだけれどもね」



 晴子は念押ししてから話を続ける。



「要はね、スキボを広めてくれる人がいないからじゃないかしら。テレビや雑誌でもスキーやスノボは見たことあると思うけども、スキボって見たことないでしょ?」


「うーん、確かにそうかも・・・しれない・・・」


「以前にも言ったとおりスキボの楽しさはやらないと分からないけども、逆に言えばやっている人だったら理解してもらうことが出来ると思うわ。けど実際にスキボをやる人が少ないから魅力を伝える人も少ない。魅力を伝えることが出来ないといつまで経ってもスキボを理解してもらえない。そんな感じの悪循環ってところかしらね」



 一気に話したところでレイとじゅんの様子を伺う。二人とも納得しているようではあるが、まだどこかに疑問を持っているような表情である。そんな様子を確認しながら晴子は話を続ける。



「他にも考えられる理由はあるわ。例えば・・・、前にも教えたスキボのリスクとか」


「非解放のビンディングだから、ってこと?」


「そう。スキーでもスノボでもそれなりにリスクはあるのにね。結局スキボがマイナーなままなのはそう言ったリスクを払拭するほどの魅力を伝える人がいないからなんじゃないかなって思うわ」


「何かおかしな話だね」


「他にも色々な理由はあるでしょうけれども、結局一番の問題はスキボ人口の少なさってとこかしらね」


「そうなんだ・・・」



 話が一段落したところでじゅんは難しい顔になる。しかし先ほどと同じように思いついた疑問を口に出してみる。



「でもそれじゃ、スキボをやる人が増えればマイナーじゃなくなるってことかな?」


「まぁ確かにそうかもしれないわね」


「でもそれってなかなか大変だぞ。私たちも友達とかに勧めたりしているけどもやっぱり選ばれるのはスキーやスノボだからね」


「何で?」


「よく言われるのが短くて小さいから子供用みたいだとか、小さすぎて不安だとか、かな。まぁそう評価されるのも仕方ないとは思うけどな」


「そうなんだぁ。こんなに楽しいのになぁ」


「でもまぁそんなに悲観することないって。確かにこのゲレンデには今回は私たちしかいなかったけども、他のゲレンデでスキボダを見たこともあるし、ネットなんかではスキボ関連のコミュニティは結構あるもんだよ」


「そうなの?」


「マイナーだからこその団結感ってやつかもしれないな」


「ふーん・・・。それじゃあさ、そういう人たちが皆集まって滑ったらきっと楽しいだろうね!」


「そうだなぁ。出来るんだったら楽しいかもな」



 じゅんの何気ない提案を希望論と受け止めて軽く話を受け流す晴子たち。しかしじゅんは自分の発言を頭の中で反芻していく。



(そうだよ。スキボダが少ないのが理由だったらたくさんのスキボダを集め ちゃえばいいんだよ!五人で滑ってるだけでも楽しいんだから、大勢で滑ったらきっともっと楽しいはずだよ!)



 じゅんがふと思いついたことを頭の中で反芻していく。その内容は晴子たちと出会ってから今日までのこと。色々なことをしていたが常に楽しかった。レイと二人で滑っていた時も楽しかったが、晴子たちと会って一緒に滑ってからはもっと楽しかった。これがもっと人数が多ければどうなるんだろう・・・?そんなことを漠然と考え続けている中、残る四人は既に別の話題に移っていた。



---



「因みにスキーボードにも色々種類があるのよ」


「どんなのものがあるんですか?」


「メーカーはもちろん、デザインや板の長さ、形状などさまざまよ。一つ一つ挙げていったらキリないけども、一番分かりやすい違いと言えば、ビンディングかしら」


「ビンディング?」


「そうよ、既に分かっている通りスキボのビンディングは簡易式の非解放式ビンディングよ。これは材質が樹脂で出来ているんだけども、他にも金属製のものも存在するわ」


「金属だとせっかく軽いのが特徴のスキボが重くなっちゃうんじゃないですか?」



 晴子の講義を熱心に聞き、想った疑問を素直に口に出すレイ。横ではポテトフライをつまみながら今の話を必死に理解しようと勤めている様子のじゅん。春美が話を引き継ぎ続ける。



「ところがスキボのビンディングで使われている金属はとっても軽いから、実際に使用してみれば重さ的にはさほど気にならないレベルなんだよ。それに金属製よりも丈夫で見た目にカッコいいからね。個人的には金属製のほうが好きだな」


「それなら全部金属製にしてしまえばいいんじゃないですか?」


「確かにな。スキボの中には金属製を使用する前提のスキボもあって、そう言うスキボは簡単にビンディングを交換できるんだ。だからもし板を買い換えることになってもビンディングは使い回しが出来るってことだ。むしろ金属製のビンディングを使う板の新品では最初からビンディングがついていないのが普通だったりするんだよ。つまりビンディングを一個持っておけば色んな板を使い回すことが出来るってことなんだ」


「それなら樹脂製のものと比べてもメリットしかない気がするんですが・・・」


「そうなんだけどもさ、金属製のビンディングは樹脂製のものと比べて遥かに高いんだよ。ビンディングだけでスキボが買えちゃうくらいのものもあるんだ」


「そうなんですか!?」


「あぁ。それに樹脂製よりも金属製のほうが優れているかと言われれば決してそんなことはない。結局は好みの問題ってとこだろうな」


「なるほど・・・、今後のことを考えたり、値段のことを考えたりと色々特徴があるんですね」


「でもカッコいいんなら金属製の方が私はいいなぁ」



 春美の真面目な講義をじゅんの単純な感想が締めくくる。春美に『確かにそう言う選び方も大いにアリだよ』と笑いながら答えられ、まんざらでもない表情となる。次に葉流の講義三限目が始まる。



「ビンディングにもいくつかの種類がある」


「非解放式以外にあるんですか?」


「そう。一番多いのは今言った非解放式。長板などについている解放式。スノボなどのソフトブーツでも履けるようなソフトブーツ用のビンディング。その他にもテレマークと呼ばれる特殊なスキー用のビンディングなど挙げだせばその種類は意外と多岐にわたる」


「色々あるんですねー」


「スキボにも解放式ビンディングってあるの?」


「ある」


「それならそれをつければスキボのリスクって無くせるんじゃないの?」


「確かに転倒時にビンディングが解放すれば板が外れないと言う理由のリスクは減らせる。しかしそれは同時にスキボのメリットを犠牲にすることにもなり得る」


「どういうこと?」


「重量が増える。そしてかさばるようになる」


「あっ・・・」


「スキボの特徴にある軽量による取り回しの良さ。それが損なわれる可能性がある。もちろん高価なものであれば軽量のものもあるが、そうなると次はコスト的な問題発生するため安易な購入は難しい。そもそも解放式ビンディング自体が決して安価なものではない」


「高いのはなかなか買えないですよね・・・」


「さらに解放式の場合、スキボのグラトリによる負荷に耐えられるかは未知。非解放だからこそ安心して出来るトリックも多数ある。解放式で解放値を高く設定、つまりなかなか外れないようにすればグラトリにも使用可能だろうが、それでは解放式にする意味が無い」


「つまりはスキボには解放式は向かないってこと?」


「そうではない。選択肢としては大いにあり。脱着が容易等のメリットも多数ある。要は自分の使用用途による選択とこだわり」


「どういうことをするかによるってこと、ですか?」


「そう。但し金属製ビンディングと異なり、解放式ビンディングを取り付けられるスキボはほとんど存在していない。故にそれを選択する場合にはその選択肢は非常に限られる」


「そうなんですか・・・」


「マイナーと呼ばれるスキボと異なり、解放式ビンディングは今も進化を続けている。今はスキボに適したものがなくても、そのうちそう言ったものが出てくるかもしれない。またスキボ自体も決して進化していないわけではない。僅かながら解放式ビンディングに対応したスキボも存在する。スキボを履いて楽しんでくれるのは嬉しい。しかしただ滑るだけでなく、さまざまな情報を収集することが大切」


「そっかぁー、私だったらグラトリをあまりやらなくてパークを沢山やりたいから解放式でもありなのかな?」


「じゅんはそうかもしれないわね。私はグラトリをいっぱいやってみたいからやっぱり今のままの解放式かしら。春美さんの言っていた金属式って言うのも気になるしね」



 こうして三人のそれぞれの視点によるスキーボード講座は一段落した。スキーボードと一口に言っても、さまざまな種類があることにしきりに頷くじゅんを尻目に雑談の花はさまざまに咲いては散り、そしてまた新たな花が咲き続けていった。



---



 雑談が進む中で、晴子たちが住むエリアは実はレイたちが住むエリアと電車で僅か三十分程度のところであることが分かった時のじゅんの興奮っぷりは周りのお客さんを思わずぎょっとさせるものであった。慌てて全員から窘められ、しゅんとして席に着き直すが、驚きに包まれているのは全員同じであった。スキーボードで繋いだ縁を感じ、帰ってからもゲレンデ以外でも再会することを約束し、メールアドレスを交換したじゅんは何故だかとてもニンマリしていた。


 途中でスイーツの注文を追加するとスイーツ論議が始まり、和菓子派のレイと洋菓子派のじゅんで火花が散る。じゅんは『どちらかと言えば洋菓子派』の春美を味方につけたかと思うと、こだわりがない晴子を見事に言いくるめ和菓子派に転向させ、互いが一歩も譲らない論戦を繰り広げるのだが、葉流の『どっちも美味しい』の一言で事なきを得たりする。


 誰から言い出したか不明であるが、突然にらめっこが始まった時には、春美とじゅんはアイコンタクトで葉流を笑わせようと団結する。しかしその目論見は思いも寄らない伏兵によって散らされる。一回戦は晴子とじゅん、レイと春美と言うカードであったのだが、晴子とレイの変顔が普段のギャップと相俟って予想以上に春美とじゅんのツボに入り、大爆笑を余儀なくされてしまった。どんな顔をしていたかは二人の名誉のために伏せておくが、お陰で春美とじゅんはあえなく初戦敗退。晴子とレイが準決勝戦を行うものの、互いの変顔に同時に笑いあい引き分け、結局葉流は不戦勝により誰とも戦うことなく初代チャンピオンの座に就任したのであった。


 ヘルメットなどの身を守る装備の話になると、初日に熱弁を奮いながらも実は自分たちも持ってくるのを忘れていたことをじゅんにからかわれる。話を誤魔化すように春美から『次回までには自分のものを用意しないとパークやグラトリ禁止』と言われ、じゅんは『えー!』と口を尖らせながらも笑いながら了解する。


 身を守る装具の話から発展して春美の怪我話になると、初めてその話を聞くレイやじゅんはもちろん、何度も話を聞いているであろう晴子たちですら顔をしかめている。その当事者である春美は自分の武勇伝であると言わんばかりに楽しそうにしているのだが、ヘルメットや装具の必要性を自らの身を持って証明しているのだと言われると納得しつつも苦笑いをするしかなかった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 ファミレスに入り約二時間が経過、テーブルの上にあるドリンクバーのグラスは何度もお代わりされた痕跡が残すものの、ほとんどのグラスはとっくに乾ききっていた。晴子がふと時計に目をやり、宿の門限が近くなっていることを皆に告げてこの打ち上げはお開きとなった。



 車に乗り込み宿泊している宿へ向かいながら最終日である明日の待ち合わせ時間と場所を再確認する晴子。



「じゃあそう言うことでよろしくね」


「うん!」


「・・・・」



 じゅんは元気よく頷くがレイはどこか心ここにあらずの様子である。



「・・・レイ?分かった?」


「あ、はい。また明日・・・」


「・・・また明日ね」



 レイの憂鬱な様子に負い目を感じつつもそれを表に出さないように晴子が運転する車が動き出す。じゅんは嬉しそうに晴子たちに手を振るが、レイは帰り際に晴子に言われた言葉を心の中で反芻していた。



~~~~~~~~~~



「レイ、ちょっといい?」



 ファミレスを出る前にトイレに立つレイ。追いかけるように着いてきた晴子が突然レイに声を掛けると、レイの了承を待たず前置きもなしに切り出してきた。



「レイはじゅんに何を隠してるの?」


「え?」


「レイはスキボは初めてだけどもスキー経験はあるのよね?」


「そうですけど・・・?」



 言葉を返す暇を与えず矢継ぎ早に質問を繰り返す晴子。



「でもきっとスキーだけじゃなくてパークも経験があるんじゃない?で、恐らく今のじゅんよりも上手い。違う?」


「な、何を言っているんですか?」



 晴子の突然の尋問にうろたえるレイ。しかし晴子は追撃をゆるめない。



「春美や葉流がキッカーを飛んだ時、初めてそれを見る人であればもっと驚いたりするはずなのに、あの時レイは感嘆はしていたけども驚いている様子はなかったわ。それってキッカーを見慣れているってことじゃない?」


「・・・初めて見たから驚いて言葉が出なかっただけですよ」


「初めて見て驚いている人は冷静に着地時のバランスの取り方を聞いたりしなわよ」


「それは・・・」


「スキボも長板もパークでの動きはほぼ共通よ。そんな中スキボ経験がない人には板が短い分バランスの取り方がシビアになるのではと思うはず。実際にはそこまでシビアかどうかは感覚的な問題もあるけれども、でもそこに着眼するのは長板でのパーク経験があるからこそじゃないかしら?」


「・・・・」



 レイは何も言い返せなかった。それはすなわち晴子の言うことを肯定していることとなる。しかし晴子はその沈黙を確認してさらにレイを問い詰める。



「勘違いしないで。それを言わなかったことを責めているわけじゃないの。ただパーク経験があるのになんでスキボでパークに入ろうとしないの?」


「・・・それはスキボならではのグラトリをやりたかったからですよ」


「それじゃパーク経験があることを何故じゅんに言わないの?」


「そ、それは・・・」



 晴子が指摘したこと。それはこの旅行においてずっとレイが言い淀んでいたことであった。レイとて特に隠すことではないことなので、機会があればじゅんにパーク経験があることを言うつもりであった。


 しかし言おうとする度にタイミングがあわず、その機会を先延ばしにしてしまったのはレイの周りを見る性格柄仕方がないことであろう。そしてそれは今回に限っては裏目に出てしまい、なかなか言う機会を持つことが出来ずにいた。


 それならばそれを逆手にとって最終日である明日、突然一緒にパークに入って驚かせてやろうと密かに企んでいた。『妹を驚かそう』ただそれだけの考えであり、スキーボードを通じて得たちょっとした悪戯心であった。


 しかし先ほどじゅんが初めてレイに勝てるものが出来たと嬉しそうに話していた顔を見た時、その考えは霧散した。きっと自分がパークに入ることによって得られるのは妹の驚く顔ではない。そんな顔をさせるためにスキーに誘ったわけではないのだ。レイは自分自身に言い聞かせた。『自分はパークにこだわっている訳ではない。別にパークに入らなくてもスキーボードを楽しんでいるからこれで良い』と。しかしその考えすら見透かすように晴子は話を続ける。



「レイがどれくらい『出来る』のかは見てみないと分からないわ。でもパークを見るときの表情を見る限り決して嫌いではないはずよね。スキボでのパークは長板と同様、いやスキボを経験している以上、それ以上の面白さがあるわ。どんな理由でじゅんにそれを隠しているか、想像は付くけども別にそれを責めはしない。ただこれからもスキボを続けていくのであれば、貴方はきっとパークに入りたくなるはずよ」


「そんなこと・・・」


「ないと言い切れる?」


「それは・・・」


「だからね、隠し通すなら隠し通して。でもそれが出来ないのであればちゃんと言ったほうがいいと思うの。じゅんは真っ直ぐな子。それは姉である貴方が誰よりも分かっているはず。どんな理由があるにせよ結果的にウソをつき続けられたと知った時、どうなるかは想像がつくはずだわ」



~~~~~~~~~~~



 別に無理強いすることじゃない、レイの考えを尊重する。晴子はそう言ってくれていた。しかし結果的にじゅんにウソをついている。ただその事実がレイを苦しめていた。



 明日は皆で滑る最終日。じゅんはそれを思うと夢から覚める気持ちのような寂しい顔になるのだが、レイのそれはまた違う理由陰っていくのであった。

お読み頂きましてありがとうございました。

誤字脱字等は適宜修正していきますのでご容赦ください。



※ノーズマニュアル

フェイキーの姿勢から爪先立ちになるようにして滑るグラウンドトリック。


※五メートルクラスのキッカー

キッカーの大きさはキッカーの形状である台形状の上面の全長(キッカーのリップの先端からランディングの手前)で表される。キッカーの高さやリップの角度により難易度は大きく変わるが、キッカーの難易度の指針の一つとして大きさを確認することは非常に大事である。

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