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スキーボードの物語  作者: はるパンダ
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第九話 晴子とレイの会合

「じゅんは今頃ウォータージャンプ、か」



 レイは一人呟くと持っていたシャープペンを転がし、向かっていた参考書から目を離す。椅子に座ったまま思いっきり伸びをするとちらりと時計に目をやり時間を確認する。



「そろそろ時間かな」



 約束の時間が迫ってきていることを確認したレイは、広げていた参考書にシャープペンを栞代わりに挟み、今まで勉強していた机を軽く整理すると出かける準備を始める。母親に出かけることを告げるといつもはじゅんと登校する道を一人歩き始めた。


---


 じゅんが初のウォータージャンプ行きを決めてから数日後。レイの元に久しぶりの人物からメールが届いていた。メールはレイとじゅんにスキーボードを教えてくれた晴子からであった。


 晴子たちとは一緒に滑った二月以来、直接会ってはいない。ただメール交換はしていたので何度かメールをやり取りしたり、四月に入ってからはじゅんの入学とレイの進級のお祝いメールが届いたりもしていた。じゅんは持ち前の性格で春美や葉流と頻繁にメールをしているようではあったが、レイは自分からメールを打つことがやや苦手なので、特に用件がなくなると連絡は途切れていた。


 そんな状態で久々に晴子から来たメールの内容は『じゅん抜きで会って話がしたい』とのこと。じゅんに話せない内容で思い当たることととなると、スキー旅行の際に晴子に言われたことを思い出して若干憂鬱になる。当時のことと今の現状を考えると何となく会いづらくもあるのではあるが、それも自分が蒔いた種と開き直り、じゅんがウォータージャンプに出かけるこの日を指定して会うことにしたのだ。



◇◆◇◆◇◆



 待ち合わせ場所である駅前のコーヒーショップに到着したのは待ち合わせ時間の十分前であった。どちらか先に来た方が座席を確保すると言う約束であったので、直接店内に入り晴子の姿と空いている座席を同時に探していく。すると・・・


「久しぶりね。二月以来だったかしら、元気だった?」


「きゃ!」



 不意に後ろから声が掛かる。唐突の声掛けに油断し驚くレイ。



「あらごめんなさい、驚かせちゃったかしら?」


「あっ、晴子さん、お久しぶりです。なかなかメール返せなくてごめんなさい」


「いいわよ、レイは受験生なんだから何かと忙しいでしょうしね」


「そんなこと、なくもないですけども・・・」


「さぁとりあえず何か頼んできたら?」



 レイに注文を促すと既にコーヒーを注文済みの晴子は再び座りなおし、今まで読んでいたであろう女性ファッション誌に視線を戻す。そんな仕草が絵になるなぁと感じながらレイは多様にカスタマイズ可能なメニューの中から無難な抹茶ラテを注文して晴子の元に戻る。



「相変わらず和テイストのものが好きなのね、レイは」


「だってコーヒーとかは苦くてあまり好きになれないんですよ」


「この香りが分からないなんて、まだまだよね」


「とか言いながら、この大量のミルクポーションの空き容器はなんですか?」


「うっ、さすがはレイね。なかなかいい観察力してるわね」



 久しぶりの晴子との会話はやはり楽しい。言葉の掛け合いを楽しんでいると、ふとレイは何故この楽しさを忘れていたのかと思い、すぐにその原因に思い当たる。それを考えると今まで楽しく会話していたのが嘘のようにレイの顔色が沈んでいく。



「・・・どうしたの?」


「晴子さん、ごめんなさい!」


「突然なにかしら?」


「結局私、あれからじゅんに話せないでいるんです。せっかく晴子さんが忠告してくれたのに・・・。それを隠そうとしているわけじゃないんですが、何だか今更言いにくくて」


「そう・・・」


「それにじゅんは今日はウォータージャンプに行っているんです。私は受験生だからあまり派手に遊ぶことも出来ないし。自由にやりたいことを追いかけられるじゅんに嫉妬しているのかもしれません。だから私もパークが出来るってことを言いたくないのかもしれないのかも・・・」



 レイはじゅんがやることをいつも暖かく見守っており、時には応援したり励ましたりしてきた。今まではそれで十分楽しかったし、今後もそうであろうと思っていた。しかし姉妹はスキーボードと出会った。その感触を知ってしまってからと言うものの、姉妹はスキーボードの魅力にとりつかれてしまっていた。


 じゅんは今この瞬間もスキーボードを満喫している。しかしレイはどうだろう?自分の受験生であると言う環境、それと秘密にしていることがあると言う後ろめたさ。理由はあるが結果的にはやりたいことが出来ていない。そんな自分の環境にどうしても理不尽さを感じていた。


 それは大半の受験生が感じることではあるが、今まで自分の中で大きなやりたいことが特になかったレイにとってはある種初めての感情であった。さらにそんな感情を自分が大事にしている妹に向けてしまっていることを自覚しながら、それをどうしようも出来ない自分自身に苛立ちを覚えていた。



「それって恐らくやりたいことを出来ない自分に苛立っているだけなんじゃないかしら?」


「そうだと思うんですけども・・・」



 そんなレイの心情をほぼ正確に言い当てる晴子。晴子の指摘に思わず口ごもるレイに晴子は優しく諭し掛ける。



「受験って言うのは誰だって通る道だし、言えない事の一つや二つは誰にでもあるものよ。そう言うことを抱えている時は誰だって嫌な気持ちになるものなのよ。普通のことだから気にする必要は全然ないわ」


「・・・晴子さん」


「だからね、特に謝る必要なんてないわ。私の方こそこの前は追い詰めるようなことを言ってごめんなさい」



 晴子は言いながら目を伏せる。今のレイの悲痛な面持ちを見て、以前に自分がレイに問いただした内容を反省していたのだ。僅かな付き合いではあったが、レイの真面目さやじゅんへの想いは気付いていたつもりであった。だからこそ姉妹のわだかまりをなくそうとお節介を買って出たのだが、それは文字通りレイにとってのお節介であったようだ。


 レイはまさか晴子からお詫びをされると思っていたなかったので驚いたように晴子を見つめ続けている。晴子から言われていた忠告はレイの心の中にトゲのように刺さり続け、それが自身のスキーボードへの想いを閉じ込め、じゅんへの苛立ちを生んだのではあるが、それも自業自得だと自分を責め続けていたのだ。だからこそ晴子の謝罪はレイにとっては意外以外何者でもなく、言葉を失うように晴子を見つめ続けていた。


 晴子は少し冷めてしまったコーヒーに口をつけると、改めてレイを見つめる。



「受験と言う環境はどうしようもないけれども、私はレイが感じていること、言えないでいる想い、苛立ちや嫉妬を軽く出来る話をしにきたのよ」


「・・・えっ?」


「正直に言うと、今のレイの想いの如何に関わらず話をしに来たんだけど、まさか私の一言がそこまでレイを追い詰めていたなんて思いもしなかったわ。改めて謝らせて。本当にごめんなさい」


「・・・晴子さん」


「だからと言うわけじゃないけども、これから言う話はきっと今のレイの悩みを少しでも軽くすることが出来る話だと思うわ」


「そんなこと出来るんですか?」


「但し前にも行ったとおり、どんな理由があるにせよじゅんに言わなかった事実は今更変えることは出来ない。それに場合によっては一時的にじゅんを傷つけることにはなるかもしれないわ。でも絶対に後悔はさせないと思う」



 晴子は一気にまくし立てるとレイの目を真っ直ぐ見続けていた。その視線には明確な意思があるが、いつものように優しさを伴うものでもあった。レイはテーブルの上に視線を落とし、抹茶ラテに両手を沿えて転がすように動かす。一分程度その動きを繰り返し、さまざまな自分の想いや感情に整理をつけ、改めて晴子を見返すとその場で紡ぐべき言葉を口に出す。



「お話、聞かせてください」



 真っ直ぐな視線を晴子に向けるレイに迷いの表情はない。話を急かすでもなく、今から聞かされる話に対する不安もなく、ただひたすらに真っ直ぐな視線を晴子にぶつける。


 レイの真剣な眼差しをいつものような穏やかな表情で受け止めていた晴子だが、やがて納得するかのように微笑を浮かべると、たっぷりと間をおいてからレイに今日呼び出した本題を切り出した。



「私たちと・・・、スキーボードの団体を作らない?」



 それはまるで『一緒にご飯でも食べない?』みたいに軽い調子で投げかけられた言葉であった。しかし口調とは異なる晴子の真剣な顔を見るとその言葉の重みがじわじわと伝わってくる。



「スキーボードの団体、ですか?」


「そうよ。グループ、サークル、チーム。言い方は何でも構わないけれどもね」



 レイは手に持っていた抹茶ラテを少し口に含み、そのままそれで喉を潤す。喉を通る独特の苦味とほんのりとした甘みがレイを思考を少しだけクリアにしてくれる。そのクリアになった状態であっても今まで話していた内容と晴子から告げられた内容に整合性が見つからない。考え込んでいるレイに晴子は改めて告げる。



「突然ごめんなさい。ちゃんと話を整理するわね」


「え、ええ、お願いします」


「でもその前に。話が長くなるかもしれないから飲み物のお代わりと何かつまむものを持ってくるわね」



 そう言って席を離れる晴子。そんな晴子を視線だけで見送りながら、レイは改め頭の中で話を整理する。



(スキーボードの団体?それはつまり学校でのクラブみたいなもの?或いは 少年野球やサッカーみたいなもの?それに入らないかと私を誘ってくれたのは何で?いや、誘ってくれたのは嬉しいけれども、それが私の悩みとかじゅんに言えないことに何の関係があるんだろう?じゅんに内緒でと言う事に何か関係が?でもスキーボードのことならじゅんに話をしない訳はないと思うし・・・)


(スキーボードの団体?魅力的な話ではあるが受験生である私は参加している余裕があるのかな?スキボをするなら当然冬だろうし、そうなると私は受験の追い込み。いや二月になれば終わっているから結果は出てるかな?でも私がその団体に入って何が出来るんだろう?晴子さんはどうして私だけに声を掛けたんだろう・・・)


(スキーボードの団体・・・?)



 レイの頭の中で『スキーボードの団体』について目まぐるしく思考が渦巻き続けていく。高校生であるレイにとって団体を作ると言うことはとても縁遠いものであり、それを気軽に言ってのけるこの状況や自分自身の悩み、じゅんのことを考えると、一体どれを中心に考えをまとめていけばよいのか分からなくなってきており、思考の海から抜け出せなくなっていた。



「お待たせ。レイも良かったら食べない?」



 そんなレイの混乱は晴子の言葉によって一時中断となった。晴子が持つトレイにあるのは先ほどまで飲んでいたのと同じコーヒーとミルクポーションが五、六個。それとチーズケーキが二つ。それを笑顔でテーブルの上に置く。



「ごめんなさい、いきなりの話でびっくりしたわよね」


「ええ・・・、そうですね」



 レイは先ほどまでの混乱の余韻を引きずりながらゆっくりと答える。



「考えたらレイはまだ高校生だったもんね。つい自分たちと同じ目線で話しちゃったけれども、団体を作るなんて言われても困っちゃうわよね。まずはケーキでも食べて落ち着いて。それからゆっくり話していくわね」


「はい、ありがとうございます」



 レイの混乱を察した晴子は先にチーズケーキを促し、自分もそのケーキを取って口に入れる。



「んー、美味しい!でもレイは和菓子の方が好きなんだっけ?」


「そんなことないですよ。ケーキも好きですよ」


「そうよねー、ケーキが嫌いな人なんていないわよねー」


「じゅんがいたら小躍りして喜んでいるところですよ」


「でしょうね。多分春美も同じような反応をすると思うわ」


「そうなんですか?」



 互いが知っている人物の反応をそれぞれ脳裏に思い浮かべながらつい笑い出してしまう二人。今しがた名前が挙がった二人はスキーボードにおいてはパークをメインとするスタイルである。そのせいと言う訳ではないが一緒に滑っている時にも互いにシンパシーを感じたようで、休憩している時にも二人でスイーツを食べてはそのスイーツの批評して笑いあうような間柄であった。



「気を使ってくれてありがとうございます。もう落ち着きました。さっきの話を教えてください」



 チーズケーキを食べ終え、冷め切った抹茶オレでその余韻を流しきったレイは晴子に改めて先ほどの発言の真意を尋ねてみた。



「そうね。何から話そうかしら」



 晴子はテーブルの上で手を組み、レイに向かって姿勢を正す。



「二月に一緒に滑った時の最終日のこと覚えてる?」


「ファミレスですか?」


「そう。あの時のじゅんの発言は覚えてる?」


「えっと・・・、どのことだろう?確か・・・」



 打ち上げの時を思い出すとじゅんに対しての忠告をされたことを思い出し、まだ少しチクリとするのだが、じゅんの発言と聞いて当時の記憶を辿り、じゅんが何気なく口に出したその内容を思い出した。



「そう、確かじゅんは私たち以外にスキボダがいないことを疑問に思って晴子さんたちにそのことを聞いていましたよね?」


「その通りよ。で、私たちはその時にスキボがマイナーである理由として、スキボを広めてくれる人がいないって答えたはずよ」


「確かそうでしたよね」


「だからね、私たちは考えたのよ。待っていたって誰も何もしてくれない。だから自分たちで始めちゃえば良いって」


「始めるって・・・、何を?」


「スキーボードの普及活動よ」



 レイはその発言に素直に驚いた。この冬に出会ったスキーボードはとても楽しく、これからも続けたいと思わせるものであった。


 確かにじゅんが言っていた通り周りにスキーボードをやっている人はいない。折角ならと毎年スキーに行く友人にスキーボードを勧めてはみたのだが、その反応はイマイチであった。元々人に何かを無理に押し付けるような性格ではないレイなので、友人のそんな反応から周りは周り、自分は自分と割り切って考えるようにしていた。それは言い換えれば諦めであったのかもしれない。


 ところが晴子はそんな周囲の風を良しとせず、自らスキーボードの普及活動に乗り出すと言うのだ。


 どのような方法を取るのかは分からない。でも自分が好きなものを人にも理解してもらえるようになるのであればどうなるのであろうか?レイが友人に対して理解してもらえなかったことを覆すことが出来るのであろうか?レイは僅かに残った最後の抹茶オレを飲み干すと晴子に尋ねた。



「普及活動ってどんなことをするんですか?」


「普及活動なんて格好いいこと言ったけども、実際は大したことじゃないのよ。これもじゅんの質問に対して答えた内容だけども、要はスキボダがマイナーなのはスキボをする人が少ないからでしょ?それならスキボをする人を増やそうってことなのよ」


「増やすってどうやって・・・?」


「そのためにはまず私たちがスキーボードの魅力を理解して、スキーボードを楽しむこと。それからそんな私たちの様子を見てもらってスキーボードを楽しそうって思ってもらうこと。そんな感じでスキーボードを楽しそうって思ってもらい、興味を持ってもらった人、気になった人にはどんどん薦めていこうって作戦よ」


「それって・・・」


「そう、貴方はその勧誘に引っかかった第一号よ」



 晴子は組んでいた手を組みなおすと悪戯っぽくレイに笑いかけた。



「あっ、でも誤解しないで。レイたちに会ったのは偶然だし、あの時スキボを履いてもらったのはその場の思いつきよ。ただ結果的には私たちがスキボの魅力を伝えることが出来た最初の一人がレイ、貴方だったってことよ」



 晴子はレイたちとの出会いを思い出し、当時の自分たちに想いを馳せていた。



「確かにそうですね。あの時にスキボを貸してもらわなければただの変わった板だなって感想で終わっていたと思いますよ」


「そう、そこなのよ!」



 突然興奮した口調になった晴子にレイはびっくりした。レイの知っている晴子はいつも冷静で面倒見がよく、でも時には悪戯好きなお姉さんと言った印象だ。だからこんなに興奮している晴子は想像も出来なかった。



「あっ、ごめんなさい。つい・・・」


「いえ、でも晴子さんでも興奮することあるんですね」


「そ、そりゃあるわよ。こう見えてもレイと一つしか違わないんですからね」



 レイの冷静な指摘に顔を赤くしながらミルクがたっぷり入ったコーヒーを飲む晴子。年上であるはずの晴子が何だか可愛く見えてしまう。



「でもそれならじゅんだってあの時から私以上にスキボにハマっていますよ。今日だってウォータージャンプに行っているくらいですから」


「あら、いいわね。今日みたいな暑い日には気持ちいいと思うわよ。レイも今度良かったらどう?」


「私は受験生だし、それにじゅんの前でキッカーは・・・。いやそうじゃなくて晴子さんの話を聞くとここにじゅんがいても良かったんじゃないかって思うんですけども・・・。何故今日はじゅんに内緒なんですか?」



 自分の後ろめたさを隠すように話を急かす。



「確かにそうね。そう言った意味では一号がレイ、二号はじゅんね。でもじゅんはまだダメなのよ」


「まだって・・・、どう言うことです!?」


「まあ待って、まずはこの団体を作ろうと思ったところから話をさせてね」



 そう言うと晴子はここにいないじゅんへ想いを馳せるような穏やかな表情になり、そもそもの話の発端をするわね、と前置きをすると改めて語りだした。



「私たちがスキボを始めたのは去年からで、それまで私は長板、春美はスノボをしていたの。互いにそれぞれのギヤの仲間はいるけども、私も春美もそれぞれ思うところがあって私たちだけがスキボに転向したの。それからも仲間たちと一緒に滑りには行っていたんだけれども、周りにスキボをやっている人がいなくて何となく寂しかったのよね。そんな時に葉流と知り合ってね。葉流はウインタースポーツの経験はなかったけれども何故だかスキボを始めて、それをきっかけに知り合ったのよ。スキボダが三人になったところで私は思ったの。『ああ、やっぱり同じ仲間がいるのっていいな』って。それから私たちはすっかりスキボにハマって・・・、ってスキボの魅力は改めて語るまでもないわね」



 ここまで一気に話して一息つくと再び話を続ける。



「ところがね、私も春美もスキボを始める前からスキボダ人口の少なさには気付いていたけども、始めてみて色々調べていくうちに改めてスキボの認知度の低さが分かったわ。いや認知度云々なんてものじゃないの。とある文献には『スキーボードは危険』なんてはっきりうたっているところもあるくらいなのよ。何故だか分かる?」



 急に話を振られるが、レイにとってはその答えは印象的なことだったので即答する。



「怪我する危険性が高いから、ですか?」


「その通りよ。ビンディングが開放しないから転倒時の怪我のリスクが高いんですって。確かにそのとおりかもしれない。でもおかしいと思わない?前にも言ったけどもスポーツをやっている以上、怪我のリスクは必ずあるのよ。スノボのビンディングだって開放しないし、スキーだってスピード出して滑走すれば衝突や制御不能での転倒、滑落など危険性を挙げだせばキリばないのよ。第一スキーボードにだって開放式のビンディングを装着しているものだって存在しているのよ。それなのにスキボだけ、スキボだけがはっきりと危険って言われてるのよ」


「そんな・・・、危険だなんてはっきり言われたら・・・」


「そう、私たちみたいに既にスキボを経験している人、或いは周りにスキボをしている人であればリスクを理解し、それ以上の楽しさを伝えてあげることが出来るわ。もちろんそれを選択するかしないかは本人次第だけどもね」


「だからあの時晴子さんたちはしきりにスキボのリスクについて教えてくれたんですね」


「誇張して表現されているけども、ビンディングが開放しないことにリスクがないと言ったら嘘になるからね。だからそれをしっかりと理解してもらった上でスキボを選択してもらいたかったのよ」


「確かに晴子さんたちの話がなければそんな認識もなかったと思います」


「今回のレイたちのように誰か教えてくれる人がいればスキボのリスクと魅力について正しく教えてあげられるわ。でもスキボダ人口はとっても少なくてそれを教えてくれる人はほとんどいない。そんな中これからスキボを始めようとしたとしても・・・」


「わざわざ危険って言われているものを薦める人はいない、ですよね」


「ゲレンデによっては公にはしていなくても明らかにスキボを否定しているところもあるらしいわ」


「それじゃまるで弱いものイジメみたいじゃないですか」


「もちろん全てのゲレンデがそうだと言うわけじゃないわ。この間の鹿島岳みたいにスキボのレンタルをしているところもあるしね。ただスキボに対して全体的に肯定的な空気であるとは言い難いわ。色々な事情があって禁止とははっきり言えないんでしょうけれどもね」


「何でそこまでスキボは嫌われているんですか?」


「詳しい話は分からないわ。もしかしたら企業や団体とかが絡むもっと複雑な話があるのかもしれない。けどそれは私たちみたいな一般人とは縁がない話だわ。ただどんな複雑な背景があってもスキボってものが世に出てきてしまった以上、そして私たちのようにスキボの魅力を知ってしまった人が少数でもいる以上、今更それを否定されても困るし、されたくもないわ」


「・・・晴子さん」



 見えない敵を睨むかのように視線に力を込める晴子。そんな晴子を心配そうに見つめるレイの視線に気付き元の穏やかな瞳に戻ると話を続ける。



「ごめんなさい、話を続けるわね。えーっと、どこまで話したっけ?・・・そうそう、私たちとしてはせっかく楽しいと思って始めて、大勢仲間が出来たらいいなって思っているのに、その想いを公に否定されているような気がしちゃったの。でも私たちのほかにもスキボの魅力を分かってスキボを楽しんでいる人がきっといるはず。そう言う人たちのためにもゲレンデにスキボダがいる環境を作っていきたいって思っていたのよ。そんな話を春美や葉流と話していた時期にレイとじゅん、貴方達に出会ったの」


「一月の話ですね」


「そう、あの出会いは偶然ではあったけれども、貴方達が私たちを見つけてくれたきっかけやスキボを履いて感じてくれた魅力。キラキラと目を輝かせて『もう一回滑ってきてもいい?』と聞いてくれた時、私は何もしてないのに何だか誇らしげな気分になったわ。そこで私たちは思ったのよ。待っていてもスキボダが増えるわけではないし誰もスキボの魅力を伝えてくれない。だったら私たちの手でスキボの魅力を伝えていこうって」


「それがこの団体の話、ですか?」



 スキーボードの社会的地位、ゲレンデから受けている評価、恐らく晴子は語ってくれた以上のことを色々調べて把握しているのであろう。しかしここまで話してくれた内容だけでも十分スキーボードの現状を認識することが出来る。それはスキーボードを始めたばかりのレイにとっては衝撃的な内容であった。


 スキーボードが受けている世の中の評価に対する反発心とでも言うのだろうか?或いはやはり本能的な仲間との繋がりを求める欲求なのか?


 とにかく晴子たちは自ら動いて仲間を作り、増やしていくと言う道を選び、その中でレイに白羽の矢が立ったと言うわけだ。



「そうよ。団体と言っても実際にやることは皆で滑ってスキボならではの滑りを目一杯楽しんで周囲の人々に見せつけようってことよ。或いは貴方達の時みたいに興味がある人には積極的にスキボを勧めたりすることもあるかもしれないけどもね」


「そうなんですか」


「貴方達が私たちを見つけてくれた時も滑っている様子やグラトリを見て気になったから声を掛けてくれたんでしょ?たった三人でも貴方達の目に留まることが出来たなら、もっと人数を増やせばもっと多くの人の目に留まるかもしれない。或いは見てくれた人がその時はそのまま何もしなくても、後になって気になってくれればそれでいいと思ってるのよ」


「積極的にスキボを薦めたりしないですか?」


「無理に押し付けたりはしないわ。スキボの魅力を知って、スキボを自らやってみたい。そう思って欲しいからね。もし声を掛けてくれれば色々お話は出来るけども、魅力を感じてもらう機会を少しでも多くしたい。そのための環境を作りたい。ただそれだけよ。あっ、もっとも・・・」


「もっとも?」


「せっかくなら大勢で滑った方が楽しいからね、団体なんて言ったけども実はその口実でもあるのよ」



 最後の言葉に今までの緊張感が吹っ飛び、思わず顔が呆けるレイ。そんなレイを見てさらに悪戯っぽく続ける。



「あら、このことに関しては貴方達のせいなのよ」


「私たちの?」


「二月に五人で滑ったとき、三人で滑るよりも楽しかったわ。その楽しさを知っちゃったらやっぱり大勢でワイワイと楽しみたいじゃない」


「・・・その感じ。いつもの晴子さんっぽいですね」


「あら、私は私よ。いつもこんな感じよ」



 二人で笑いあう調子はゲレンデで雪を掛け合うときとなんら変わりがない様子であったる。ひとしきり笑った後にまた真面目な顔に戻ると、改めてレイに向き直り、再び力を込めた視線をレイに送る。



「とにかく、私たちの目標はゲレンデにスキボダがいる環境を作ること。そのためにスキボの魅力を伝えていきたい。そこにレイ、貴方も加わって欲しい。そう言う事よ」



 そう言うと伝えたいことを伝えきった晴れ晴れとした顔でレイを見つめた。



「団体の件は分かりました。でもまだじゅんの件を聞いていないですよ。私がじゅんに隠し事をしているのは自業自得ですが、それが解決出来るって言ってましたよね?それとこの団体の話、それにじゅんを誘わない理由。団体の話はとっても魅力的で、私自身は受験生なのでどこまで参加できるか分かりませんが是非参加させてもらいたいですが、その件がはっきりしないとお返事が出来ないですよ」



 晴子の話を聞き自身のスキーボードに対する想いを改めて確認したが、それでもレイにはレイの都合があった。その中でも特に大きいのがじゅんに対する想い。それが解決出来るのであれば是非もないのであるが、その件をはっきりと確認できなくてはこれ以上話を進めようがない。その旨をはっきりと伝えると晴子は既に伝えるべきことが出来上がっているかのようにゆっくりと話し出した。



「じゅんはね・・・、恐らく私たちとは別のビジョンが見えているはず。だから私たちが誘わなくてもいずれ同じ道で出会うはず。だから今は誘わないの」


「別のビジョン?」



 思いもかけないことを言われ、出てきた単語を思わずオウム返ししてしまうレイ。その反応も予想通りと言った表情で晴子は続ける。



「じゅんのスキボに対する想いは短い付き合いながら十分に伝わっているわ。春美や葉流もメールでしょっちゅう話をしているらしいしね。私たちがこの団体に求めているのは一言で言うと『環境』とでも言えば分かりやすいかしら。ゲレンデにスキボダがいると言う環境を作り上げたいと思っているわ」


「じゅんは違うものを求めているってことですか・・・?」


「恐らくね。具体的には本人じゃないと分からないわ。でもそれは私たちとは似て非なるもの。でも恐らく表裏一体、とても近いものだと思うわ」


「それならじゅんにも声を掛けて一緒にやれば・・・」


「それじゃダメなのよ」



 レイの発言が終わる前にその発言を否定する晴子。その口調は優しいが強い意思を発していた。



「じゅんは自分で動こうとしている。その行動を邪魔したくないの」


「邪魔だなんて・・・」


「レイ、私がゲレンデで一番好きなスタイルは知っているわよね?」



 突然の質問に困惑するレイだが、晴子と一緒に滑っている時間が一番長かったのでその答えは十分すぎるほど良く分かっている。



「フリーラン、ですよね」


「そう、フリーラン。自由に滑るのが私は一番好き。規則やルールなどに縛られず自由に楽しく滑り、時にはグラトリしたり、時には一緒に滑っている仲間にちょっかい出したり、時には地形で遊んだり。ゲレンデで一番自由になれるフリーランが私は好きなのよ」


「・・・」


「だからじゅんが何かをしようとしているなら自由にさせてあげたいの。その行動を妨げるのは私自身を否定することになるしね。でももし困っていたり道に迷って相談してきたらいくらでも手を差し伸べるわ。貴方達が私たちにスキーボードを教えて欲しいって言ってきた時のようにね」


「・・・晴子さん」


「それにじゅんはきっと大きなことをしてくれる。だってあのじゅんよ。何かしようと思ったら、それはもうちょっとやそっとのことじゃすまないと思うの」


「それは確かに・・・」



 じゅんの性格を良く知っているレイは苦笑せざるを得ない。



「レイがじゅんに隠していること、それはきっといつかバレる。それならいっそのことバラしてしまえばいいと思うの。その方法や時期、或いはそうなった時にどうなるかは正直言って分からないわ。或いは私たちが想像している以上の大きなショックを受けるかもしれない。でもそれは私たちのこの団体やじゅんの見ている方向に比べれば些細なこと。きっとじゅんもそれを理解すると思う。だから今のレイの悩みは私たちが一緒に背負ってあげる。どうすればいいのか一緒に考えてあげる。だってレイもじゅんも私たちにとっては大事な・・・」



 晴子は一瞬言葉を詰まらせ、ちょっと微笑みながら最後の言葉を紡ぐ。



「大事な仲間だから」



 これ以上言うことはないと言うように残ったコーヒーを飲み干し、改めてレイに微笑み掛ける。長い時間話していたようであったが経過した時間は僅かに三十分程度。それだけ密度が濃い内容であった。


 レイの心はほぼ決まっていた。ただどうしても一つ付け加えたいことがあり、それを晴子に負けない優しい微笑を浮かべながら言葉にする。



「一つだけ条件があります」


「条件?」


「私、受験生なんですよ」


「・・・?」


「だから勉強、教えてくださいね。じゃないとゲレンデに行くなんて、両親に言えないですからね」



 レイの出した条件はスキーボードとはあまりにも関係なく、その場違いとも言える内容に思わず言葉を失う。しかしそれも一瞬のこと。レイの言外に含めた答えをその表情から汲み取ると、晴子はいつもの悪戯っぽい顔を浮かべて答える。



「もちろんよ。でも私の教え方は厳しいからね、覚悟していなさいよ」



 晴子の言葉に微笑みあう二人の空気はゲレンデでじゃれ合うそれに良く似ていた。

お読み頂きましてありがとうございました。

誤字脱字等は適宜修正していきますのでご容赦ください。


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