73 ちょうど、その頃…
窓から入ってくる日差しこそ防がれているが、建物全体から伝わってくる輻射熱や、空気自体の暑さばかりはどうにもならない。
しかし、暑いのはどこに居ても同じ事。
ならば考えるだけ無駄であるし、だったらいつも通りにした方が良いだろう。 また、友達とお喋りしていれば気も紛れるだろう。
ちょうど帰る頃に暑さが和らいでいたら儲けもの。 最悪、日が傾いてから帰れば良い。。
だけど水分補給と日射病には気をつけようと、差し入れに飲み物をできるだけ用意して、子供に帽子を被せてやって来た。
――それが、今日この場にいる母親達の、大半が考えて至った結論だった。
「暑い……」
「暑いわー」
「あっつーい!」
「あー、暑い暑い」
しかし、出てくるセリフは全員同じ。
はしたなくない程度に限界まで薄い服を着てきたが、それでも暑い。
他の誰に見られる訳もなし。 居るのはどうせ気の知れた主婦仲間と、年端もいかない子供達だけ。
と、なると――。
「あ゛ぁぁぁぁ……死にそ」
「ふひ~っ。 こうするとちょっと楽だわー」
「ちょっともう、ヤだー。 ……あー、でも涼しいわぁ」
「誰も見ちゃいないわよ……ふー」
次第に気持ちが緩み、姿勢が緩み、衣服が緩んでいく。
「あ、あらあら~。 これは~……」
「あは、あはははははは……」
「まあ、気持ちは分かるんだけど、ねぇ」
「……そういうもの、なんでしょうか」
踏みとどまっているのは約半数。
セフィア、チャロア、エリアナ。 そして、灰色のロングヘヤーをポニーテールにしている優しそうな女性だけだった。
その踏みとどまっている女性達は保護者用のソファーに並んで座り、部屋の中央付近に円になっている子供達を微笑ましく眺めている。
子供達はそれぞれ手にコップを持ち、円の真ん中に置いた水筒を取ってはその中身を互いに注ぎ注がれ、とても仲良く楽しそうに水を飲んでいる。
「私のクリム、なかなかお友達ができなくて寂しそうにしていたのに……。
オリオール様、本当にありがとうございます」
数歳は年下だろう隣のセフィアに対して、灰髪の女性は深々と頭を下げた。
「いえいえ、頭をお上げくださいませ~。 私は何もしておりませんわ~。
クリムちゃんがとてもいい子だから、うちの子達もお友達になりたかったのでしょう」
まるで春の日差しのような、この暑気に対しては涼しくさえ感じる金色の笑顔。
女性も秋の野原のような、どこか寂しげにも見える優しい笑みを返した。
「ありがとうございます。 これからも、どうかよろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしくお願いしますわ~」
「いえいえそんな、お願いするのはこちらで」
「そんなことはございませんわ~」
対照的な色彩の髪の女性達が互いに先の見えないお辞儀合戦に入った頃、その反対側で突然大きな声が上がった。
「またあの子っ! もうエミーったら何度言ったら……すみません奥様。 ちょっと行ってきてガツンと」
「あーあー、いいのいいの! 男なんだから適当に放っときゃー」
コの字型に並べられたソファー。
頭を下げ合う彼女達とは直角になる、最も長いそれの端に座る女性達。
セフィアと膝が触れ合う逆隣にいるチャロアの、その向こうにいるエリアナの声である。
立ち上がろうとしている彼女を、さらに向こう隣にいる女性が腕を掴んで引き留めている。
その女性の声もエリアナに劣らず、いやそれ以上に大きな声だ。
「は、はあ……すみません」
「気にしないでいいですよー。 ウチのひょろっ子なんか、むしろもっとバッキバキにやって欲しいくらいなんだからー」
「は、はあ」
「あーっはっはっはっはっはー!」
脚を広げてだらしくなくソファーに座っている、エリアナよりもそこそこ年上らしい体格のいい女性。
ブラウスに至ってはボタンが全開で、下着が丸見えである。
彼女は短い藍色の髪をくしゃくしゃと掻きながら、豪快に笑う。
「んあー……あっついわー」
大人しく座り直したエリアナと入れ替わるように身体を起こすと、目の前のテーブルのコップを取り、近くの水筒から水をドバドバ入れて一気飲み。
「あ゛ーーー! 生き返るわー」
「……あはは」
あまりに豪快で見事なオバチャンっぷりに、ただただ苦笑を浮かべるしかないエリアナだった。
その頃、頭を下げ合っていた二人はいい加減に「お互い様」という事で決着と見て、また穏やかに子供達を見守っていた。
「それにしても、お兄ちゃん……みんなの中心になって、すごくしっかりなさっておいでですね。
まるで、本当にみんなのお兄ちゃんのよう」
「うふふふふ、ありがとうございます~。
――ジャスちゃんは、逆に心配になってしまうくらいにお兄ちゃんですから~」
「心配……ですか?」
「ええ~。 いつも妹のセーレちゃんの良いお手本になろうとしていますし、自分のこと以上にセーレちゃんのことを気遣っていますから。
それどころか、時には私達大人にさえ……あ、このような話をして失礼いたしました」
「とんでもございません。 ……とても、賢いお子様なんですね」
「そう……ですわね~」
少ししんみりした空気が流れはじめたが――ちょうどその時。
その話題の本人が突然立ち上がって彼の妹と一緒に、灰髪の女性の娘に対して飛びかかった。
そして始まる、熾烈をきわめた鬼ごっこ大会。
「……」
「そ、そう、とも、限らないのかしら~……」
三歳児とは思えない子供達の素早く激しい動きに、苦笑いを浮かべる二人。
「い、いえ、お気になさらないでくださいませ。
あの子が、あんなに楽しそうに走るなんて……初めて、見ました、から」
「そう、ですか~。 ……とても、楽しそうですわね~♪」
「……ええ、本当に」
激しい追いかけっこを優しいまなざしで見守っている反対側では、対照的に盛り上がっていた。
「うわっ!? セーレさま、速いっ♪」
「あっはっはっはっはー! いいわいいわ、もっとヤッちゃいなさーーーーい!!」
「……本当に、あの子ったら……」
駆けめぐる自分達の可愛い子供たちを応援するメイドの少女と、ギッタンギッタンにされる我が子を見て大笑いしているお母さん。
そしてその加害者の母親は、隣で非常に居心地の悪い思いをしている。
すると別のところでは男の子が、ちょっとした拍子に女の子のズボンを脱がしてしまった。
「きゃっ!? ジャスさまったら、そんな大胆な……♪」
「ったくもー、男の癖に情けないったらー」
「あぁぁぁ……」
その当事者のお母さん達は、相変わらず独特の落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
「あらまあ、ジャスちゃんたら……申し訳ございません」
「いえ、男の子ですもの。 元気でよろしいではありませんか。
でもクリムは……もう、なんてはしたない」
「怒らないであげてください~。 初めての追いかけっこで、本当に楽しいんでしょうね~」
「……そう、ですね」
「それにしても、とてもかけっこの速いお子様ですね~」
「ええ、私も少々、驚いております……」
しかしどれだけ凄い動きを見せていても、やはり小さな子供達。
いつまでも続けられる体力はなく、数分の内に見事御用という結果になった。
「わわっ!? セーレさま、大丈夫かなぁ……。
ああっ、ジャスさまっ! エミーちゃんも、すっごーーーーい!!」
「だあーーーっはっはっはっはっは!!
あ、アイツ……踏み、踏まれ……ああああっはっはっはっはーーーー! ひーーっ!!」
「坊ちゃんを振り回して飛ばすなんて……で、でも、凄いわね……エミー」
――――気がつけば。
親子共々すっかり意気投合し、暑さなど忘れていた一同だった。




