72 しーしー、るーいるーい
ギラギラとした太陽。 ……というより、ベギラ○ン級?
アンデッドでなくても、こんがりと焼き殺されそうな灼熱地獄である。
幼児園の部屋の入口と窓は全力全開にされ、更に日差しを防ぐため、つい立てが窓の外にズラリと並べられている。
それで日差しは防がれているが、夏の虫達の声は防げない。
ジー、ジーと、蝉に似た鳴き声がとても耳に障り、前世よりは低い湿度で比較的マシだった不快係数が時間と共に上がっていく。
保護者席のテーブルには、園長さんと保護者の皆さんが持ち寄った飲み物の数々が置かれており、親も子供も次々と手に取っては消費されていく。
「はぁー」
「へにょ~」
間違いなく今日は、俺がこっちに生まれてきてから最高の気温を記録しているハズだ。 体感で三五度くらい? この幼児の身体には、なかなか堪える。
さすがのセーレたんも、今日ばかりは抱き付いてこない。 俺の隣でがっくりと肩と首を下げて溶けかかっている。
……でも、ちゃんと女の子座りしているんだから偉いよ。
『うわ゛ぁー。 何? この暑さ……』
『もう、汗でべとべと~』
ただでさえ薄着のお姉さん方。
中には、どーせこの部屋には同性と子供しかいないからと、胸元やスカートをひらひらさせている人までいるようだ。
これにはお袋とチャロちゃん、そしてアナさんも苦笑いである。 女子校か。
そのせいなのか、いつにも増して妙に甘ったるい空気が、入口の近くに置かれた三角コーンのような送風用の魔導具によって、保護者席から俺達のいる場所を通って窓の外へ流れていく。
……俺にはいろいろと毒が強過ぎて、とてもじゃないが飲み物を取りに行けない。
「あー、セーレたん。 飲みもの、もってきてくれるー?」
「うにゅ~。 ……あい~っ」
「エミーたんと、くりむたんも、いい?」
「ほいー」
「ん」
気合いを入れて立ち上がると、とことこと保護者席へ走ってくれる女の子達。 使ってごめんよ。
その間に、子供たちの様子を見てみる。
……というか、八人居る子供達のほとんどは保護者席の近くだ。 正しくは飲み物の近く。
往復しているうちに、みんなドンドン向こうへ行ってしまった。 当然バイトのお姉ちゃんもそっちにいる。
広い遊び場の方にいるのは、窓際の暑さと魔導具から流れてくる風を考えて部屋の中央に陣取っている俺と、飲み物を取りに行ってくれた女性陣、あとは死にかけの普通君である。 ちなみにコイツは俺が捕獲した。
おーい普通君よ、寝っ転がってる方が風が当たらないから余計に暑いぞー。
「ぁぇぃぅー、ぇぉぁぉー」
揺さぶってみたら、両目をバツの字にして何故か発声練習をしていた。 相変わらず面白い奴だ。
「おにぃ~!」
そうしている間に後ろから声がかかった。
「おう、ありがとねー」
「ひゃふん♪」
セーレたんからコップを受け取ってなでてあげると、彼女はそのまま俺の隣へ座る。 もちろん左側である。
くりむちゃんは、へばっている普通君の顔のそばにコップを置いて、俺と普通君の間に座る。
コップに気付いた途端、奴はいきなり蘇って起き上がりもの凄い勢いで水を飲み始めた。 まるで砂漠の行き倒れのようである。
「くりむたんも、よしよしー」
「ん♪」
同じようになでてあげると、下がっていた耳としっぽとピクリと持ち上げて喜んでくれる。 手にはコップを持ったまま。
おっと、俺がなでてると水が飲めないな。
手をどけると、わん子ちゃんの視線は俺とコップの間を往復し始めたので「よし」と頷いてあげる。
それを見て、ようやく飲み始めるくりむちゃん。 ……飼い主じゃないぞ、俺は。
「ほいーっ」
そして、最後に戻ってきたエミーちゃん。 自分のコップだけでなく、肩ひものついた木製の水筒を二つも持って来た。 お手柄だ!
座った場所は、セーレたんと普通君の間。 誰に言われなくても自然と円になる俺達。
ところで、この水筒の形と色は……アナさんとお袋が持って来たヤツだな。 持たせてくれた?
ふとお袋達の方を見――――と、危ないッ!? その隣の奥さん、ブラウスのボタンを全部外すなよ!
一瞬痛くなった心臓を驚かせないように、俺はゆっくりと水を口に含んだ。
「ふひー」
「うな~」
あ゛ー、五臓六腑に染みわたりますなぁ。
身体の熱を外に出すように息を吐いていると、隣のわん子ちゃんが水筒を差し出してくれる。
「ん」
「おっ、お代わりありがとねー」
「わん」
また少しなでてあげて、エミーちゃんと普通君にも目を向ける。
「おーい、ゆっくりのめよー」
「ぅぁぅえー。 ……ごくん」
「あーい! ……ごくごく」
その後もお代わりを注いだり注がれたりして、俺達は果汁と塩が少し入た水をゆっくり味わいながら飲む。 決して冷たいわけじゃないが、確実に体感温度が下がっていく。
このちびちび飲む感覚も、なかなか楽しい。
「いあー、いきかえりまふなー。
ほいセーレたん、のめのめー」
「あいがと~♪
あい、えみーちゃん」
「あいっ、あいだほー」
……うん。 お礼を言ったのは偉いけど、ちょっと違うな。
それはジャガイモの産地だと思うぞ?
「わん」
また俺に差し出された水筒、その手の先はくりむちゃんである。
「おっと、ぼくはまだあるよー。
むしろキミがからっぽだ。 入れてあげよー」
「ん」
「くりむたん。 ありがとーって、いうんだよ」
「……ありがと」
「よーしよしよし」
「♪」
なでていると、だんだん頭が下がってきてしっぽの振り方が大きくなってくる。 あー、癒されるぅぅ。
と思っていると、反対の隣と正面から詰め寄ってくる子達が。
妹様はともかく、エミーちゃんが甘えてくるなんて珍しい。
「ぅ~、おにぃ~!」
「うー!」
「おおっと!? ふたりとも、わかったわかったー」
「きゃはん♪」
「おおー♪」
「……ぁぇ? ぼくは?」
一人、取り残された形になっている普通君。
「えみーちゃんよ、やってあげなさい」と、無言で手を軽く振り下ろすジェスチャーをして見せる。
力強くうなずいたエミーちゃん。
「そいー!」
「ごぷれっ!」
いや、チョップじゃなくて軽くなでて……ま、いっか。
水を飲んで身体も気分も涼しくなったし、俺達のやり取りも非常に健全で爽やかである!
なんとなーく花見酒みたいな、幼児らしさに欠ける雰囲気を感じないこともないが、気にしない。
でも、お姫様がいないのが残念だな。 こんなに暑いし、きっと家にいるんだろうね。
先月のエルネちゃんの誕生日あたりから一度も会ってないが……元気してるかな。
まあ、それは取り敢えず置いといて――。
「さーてしょくん。 あそぶぞ!
セーレたん、いくじょー!」
「いくの~♪」
「――っ!?」
既に、エミーちゃんvs普通君の試合 ―― 思いっきり一方的に見えるが気にしない―― が始まっているので、俺達最強ツインズはわん子ちゃんに飛びかかる!
つかね、たぶん二人で掛からないと捕まらないと思う!
「んっ!」
「ひょわ~!?」
「やっふぁりー!」
残ったしっぽが俺達の鼻先を一瞬かすめただけで、あっさりとかわされてしまう。
四つんばいからのわんわんスタートは、既に一歩目からMAXスピードなのだ!
くりむちゃんはあっという間に部屋の端まで駆け抜けてしまうと、そのまま大きくUターンして俺達に襲いかかってきた!
「よっと! ……いけーっ!!」
「ひゅい~~~~~ん!」
俺はセーレたんの両手を掴んでぐるりと振り回すと、くりむちゃんの突進をかわすと同時に、通り過ぎていった彼女に向かって「せれホークミサイル」を発射する!
円運動で加速された妹様は、わん子ちゃんにも負けないスピードで追いかける!
「ぅわ!?」
双子の息の合ったコンビネーションに、後ろ向きに目を見開くくりむちゃん。
しかしもう少しという所で、なんと直角ターン!!
「ふひゃあああ!?」
速い代わりにすぐ止まれないセーレたん。
必死にブレーキをかける彼女を横目に、再度直角ターンを使うと俺の元へと一直線!
「んっ!」
「うわわわ」
みるみるうちに迫ってくるーっ!?
「むあーーーーーー!!」
が、その時!
普通君を瞬殺したエミーちゃんが、絶妙のタイミングで横からわん子ちゃんに飛びかかる!
「ぅわん!」
「ぬはーー」
だが、今度は一二〇度にかくんと折れて回避してしまう!
しっぽも掴めず、そのまま絨毯を腹ばいで滑走していくエミーちゃん。
「こんのーー!」
「ふぁうっ」
俺も続けて、彼女の逃げた方向へ横っ飛びで低空スライディングをかけるが、見事なジャンプでかわされる。 黒い影が俺の上を飛んで抜けていく。
……でも、まだだ! まだ終わってはいない!
「こなくそぉーーーーー!!」
「きゃう!?」
何とか、くりむちゃんの白いズボンの裾を掴んだ!
よーし、これで――。
すぽーん。
「――え」
俺の手には白いズボン。
残った体温が温かい、腰にしっぽ用のスリットが開いた、ズボンだけ。
「えええええええ!?」
しまったぁーー!? スリットがあるから、普通のよりも脱げやすいんだ!!
「にゅわ~~~~」
金髪を振り乱し、一生懸命に白いぱん――――じゃなかった、くりむちゃんを追いかける妹様。
わんわんスタイルで走ってるから、余計にソレが眩しいよ!
「あああーーーー!」
「だーーーっ!」
エミーちゃんも俺もすぐに立ち上がって飛びかかるが、直角ターンでいともあっさり避けられる。
つ、捕ままんねぇぇぇぇええええ!!!
「ふひゅぅぅぅぅぁぁぁ……」
最初のミサイルで体力を使ったセーレたんは、もう限界。 ふんにゃりと倒れてしまった。
だが、エミーちゃんや俺ではとても追いつかない。 つーか、俺もそろそろ体力がヤバイ。
こ、こうなったら……。
「うーーあーーーー!!」
「おりゃあああああーーーーーー!」
「わうん!?」
エミーちゃんが俺を発射する、必殺・ジャスリオットミサーーーーーーイル!!
「こんの! も、もう……ちょ……」
「んんんわーー」
離れようとするわん子ちゃんに、後ろから猛スピードで追いすがる!
もうちょっと! 白いぱん――もとい、黒いしっぽは目の前だっ!!
と、その時。
「きゃわん!?」
「のわっ!?」
「ふんがっぐっぐ」
足元の何かにつまずいて、二人揃って絨毯の上をスライディング。
一メートルくらい滑って止まり、俺は運よくわん子ちゃんのぱん――じゃない、腰にしがみ付いた。
「ぜぇー、ぜぇー、ぜぇー、ぜぇー」
「ふー、ふー……」
俺の前には、しっぽを垂らして息を切らせているくりむちゃん。
振り返ると、大の字にひっくり返ってはーはー言っているエミーちゃん。
それと。
「……」
物言わぬ人となった、普通君。
思いっきり蹴飛ばしたけど、本当に大丈夫か?
つーか、俺も――。
「つ……疲れ……たぁ」
「ふゎっ」
完全に力尽きて、くりむちゃんのふさふさなしっぽの上に倒れ込んでしまった俺だった。




