681 ロマンチックな星空の上で
新年まであと二日、俺が城へ行くまではあと一日。
親父は泊まり込みで先に城へ行ったし、アナさん一家は年休み、幼なじみのみんなもそれぞれの家でのんびり過ごしているだろう。 我が家もそうだ。
今日が休みのマールちゃんは、朝から近所の若いメイドさん達に引っ張られるようにして出掛けていった。「たまには付き合ってくださいよぉ~」と、押し切られたらしい。
マイドーターも例のごとく、朝からどこかへ遊びに行った。
さあ。 ぽっかりと空いた今日一日を、俺はいかにして過ごそうかしらん。
取りあえずは、そろそろ城に持っていくべきものを荷造りしておくとするか。
「しゅーりょー」
……ものの数分で終わってしまった。 しかも作業自体はお袋とハニーがやってくれたので、俺は指一本触れていない。
数日は泊まりに行くというのに、荷物はさほど大きくもないカバンがひとつだけ。
何かの歌の歌詞みたいだ。
「本当に、コレだけでいいんだろうか……」
「いいんじゃないかしら~」
絨毯に座って傾けた俺の頭を、お袋が優しくなでなでする。
下着や最低限の着替えと、あとハンカチなどの小物類。 マリエルさんの「しおり」には「何でもご用意しますよ」と書かれていたが、さすがにそこまで甘えたらダメだろう――というものだけは用意した。
別に枕が変わっても眠れるし、ぬいぐるみを抱いて寝る趣味もないしな。
……わざわざそう書かれていたってことは、ひょっとしてマリエルさんがそうなんだろうか?
想像すると萌えてしまいそうなので、速やかに悟りの扉を開いて明鏡止水。
「さて、どうしよう」
「にゃ?」
俺の呟きに、カワイイ声で反応してくれるマイシスター。
庭からは、リソ君とチャロちゃんが追いかけっこしているらしい声が聞こえてくる。 洗濯物を干すのも終わったようだ。
必要な家事の量が減っているみたいなので、昼を待たずして、既に必要な仕事はほとんど終わってしまったことになる。
暇を持て余しているのは、俺だけではない。
「そうね~」
「ぎゅむ」
俺の頭をなでていたお袋が、いきなり俺を斜め後ろから覆い被さるようにして俺を押し倒してきた。 絨毯もそこそこ柔らかいのだが、その何倍も柔らかくて温かくてスゴイなんやらかんやらが、おれの全身に絡みついて離れない。
そこへ更にセーレたんが手招きされ、四つん這いで近づいてきてころ~んと俺の横に。
あっという間に、親子三人がダラダラと寝っ転がる図ができあがる。
「たまには、こうするのもいいんじゃないかしら~?」
「えへへ~♪」
お袋が俺の背後でそう言うと、目の前でハニーが長い髪をかき上げながら微笑んだ。
横になった視界に昼前の日光が降り注ぎ、部屋の中を白く明るくきらめかせる。
「……たまには、いっか」
「ええ~」
何かしないともったいない――そんな気持ちが溶けていく。 ムダだという気は欠片もせず、むしろリッチな気分。
まあ家族だとはいえ、こんなにキレイな美女と美少女に挟まれてダラダラしているのだ。
こんな贅沢な時間の使い方もあるまい。
「ふぅ」
「はふぅ~」
俺が肩の力を抜けば、目と鼻の先でセーレたんも目を細め、脱力したため息をついた。 こういう何気ないところでシンクロしてしまうのが俺達だ。
するとお袋がふふふ~と笑い、俺の後頭部がふにふにふにとビミョーに振動する。
それにしても。
「……ねえママ」
「な~に?」
「そんなにしなくても僕、逃げないよ?」
腕でガッチリホールドされるだけでなく、脚まで絡めてガチガチにロックしているのはなぜ?
感触的にはとても柔らかいのですが、どういうワケか完全拘束されております。
「でも、離れるでしょう?」
「……………………そ、そんなことは」
「セーレちゃん」
「はあ~い」
答えに窮していると妹様までもがにじり寄ってきて、互いの息がかかるほどの微妙な距離に。
なのに密着するのではなく、触れるか触れないギリギリのところで、ちょっと照れたように上目遣いで見つめてくるのがなんとも……。
「少しだけ、お昼寝しましょうか~」
「……はい」
いつまで、と聞こうとした矢先にそれも封じられてしまった。
ここからでは時計も見えん。
「……はぁ」
まあ、いっか。 さっそくハニーが安らかな表情を見せ始めたのを見て、俺もそのまま目を閉じることにした。
こういう過ごし方も、悪くない。
おやつは昼過ぎに、みんなで外へ。 ついでに夕飯の買い物もみんなで行って、「たまにはいいでしょう」と、我が家では非常に珍しいステーキディナーとあいなった。
その後には妙に疲れた様子のマールちゃんをマッサージでねぎらい、一人でのんびり湯船につかっているとお袋が突入してくるなどのトラブルもあったが、おおむねいつも通りの夜を迎えた。
翌日の大晦日も、日中は同じような感じで過ごし。
――そして、今年最後の太陽が完全に落ちた頃。
「やあ。 今年はいい年だったかな?」
シルクハットを被り、手にステッキを持った少年紳士が我が家を訪れた。
俺とさほど変わらない背丈に高そうなスーツを着、下は真冬でも半ズボン。 瑠璃色の瞳はまるで冬の湖のごとく、どこまでも静かで深い。
「はい。 とても」
リビングで俺の支度を待っていたアーンさんの問いかけに、心から首肯した。
室内なので、シルクハットもステッキも既に消している。
「うん、それは良かった」
アーンさんは薄く微笑むと、湯気の立ち上るティーカップを傾けて香りを楽しんだ。
俺は厚手のコートを羽織り、カバンを掛けていない方の肩には我が娘を乗せている。 真冬なんだから夜が冷えるのは当然ではあるけど、今日は特に風が強い。 空に浮かぶ黒い雲は、見て明らかに分かる速さで流れていた。
ちゃんと天気予報で聞いてはいたが、まるで風雲急を告げるような雰囲気であり、今更ながら胃がキリキリしてくる。
お袋やハニーはともかくとして、メイドちゃんズも心なしか表情が硬い。
「ははは。 君は初めて城へ行く訳ではないのだから、大丈夫だよ」
まあ、そうなんですけどねー。 前回は王様とも話をしたし、他国の大使さんと引き合わされたりもしたし。
今回もそれと似たようなもんなんだから、別にどうってコトは――ないワケないでしょうに。
使節祭の式典と並び、この国でもっとも大きな祝典なのだ。 当然、国内の偉いさんばかりが一堂に会する。
どーせそこへ引っ張り出されるんだろうというコトは、容易に想像がつく。
「別に、取って食われたりはしないよ」
「……ええ」
式典ではともかく、夜はどうなることやら――と、思っていることは口にはしない。
いざとなったら、コッチから食わせてやる。 俺には奥の手があるからな。
文字通りの「手」が。
「ところで、アーンさんも式典に?」
「うん、僕も一応は契約者だからね」
俺が話を変えると、アーンさんは澄み切った微笑みをたたえて答える。
中級精霊なんだから、一応どころじゃないでしょうに。 相変わらず腰の低いヒトだ。
……っていうか、やっぱり俺も出席することは確定っぽいな。
しかし、アーンさんもいるんだったら心強い。
「それじゃあ、エリカさんも?」
もう少し話を広げてみると、今度の問いには首を横に振られた。
俺もめったに呼ばないけど、エリカさんというのは彼の奥さん――ショタお姉さんである。
「エリカは、ああいった場は苦手でね。 いつもマーヤが代わりを務めてくれているんだよ」
「へえー」
そういや、前のときもそうだったっけ。 御使いの仕事ももっぱらアーンさんがひとりでやっているらしいし、あのお姉さんはノータッチのようだ。
それに……マーヤさんだったら代役どころか、十分に「パーティの華」を務められるだけの雰囲気があるもんな。 見た目も実際の年齢以上に大人っぽいし。
華は華でも、ちょっと黒薔薇っぽいけど。
「さあ、そろそろ出ようか。 今夜はもう会えないだろうけれど、マーヤも向こうで待っているよ」
「はーい」
あらら、マーヤさんに会えるのは明日になりそうか。 まあ、時間的にはまだまだ早いとはいっても日は暮れているワケだし……なにしろ、今頃の城は警備がガチガチのハズだ。
行ったら真っ先に聖母様に会うことになるだろう俺と、今夜中に顔を合わせるのはほぼムリか。
親父にいたっては警備の仕事中なワケで、お泊まり中に会えるかどうかも分からない。
「それじゃあ……」
「気をつけてね」
アーンさんが席を立ち――足が届かないのでイスから飛び降りた。
すると俺のところにお袋達が集まってきて、次々と髪や服装を直し、思い思いの場所に「行ってらっしゃい」のキスをしてくれる。
もちろん俺だけではなく、ニアちゃんにも。
「らっしゃーい!」
「お兄さま、行ってらっしゃい……」
しゃがんだ俺のほっぺにブラザーがチュッとしてくれた後、マイシスターも反対側のほっぺにキス。
また呼び方がアレになっているが……まあ気にしない。
「僕がいない間、よろしくね」
「~っ!?」
相変わらずのお袋とは違って、近頃のセーレたんはあまりしてくれなくなったので、俺からのお返しは不意打ちで口に。
ビックリして顔を赤くするハニーがとても可愛らしい。
「あっ、あっ、あぁぁ……」
「じゃあ、行ってくるよ」
最後に柔らかい金色の髪をひとなでしてから、俺はきびすを返してドアに向かう。
そこで待っていたアーンさんは、またいつの間にかシルクハットを被りステッキを手にしていた。
「ははは。 相変わらず、流石だね」
「何がです?」
「さてね」
窓の外はすっかり暗くなり天井の明かりが灯る廊下を、俺とアーンさんはゆっくりと歩いて玄関へと向かった。
「おおー、すげえ……」
眼下に広がるもうひとつの「星空」に、思わずため息が漏れる。
本物の空のほとんどが雲に隠れているからだと言わんばかりに、夜の王都は無数の明かりに彩られていた。
『この夜景は素晴らしいよね』
数メートル前方を飛ぶアーンさんからテレパシーが飛んでくる。 時折吹きつけてくる強い夜風はニアちゃんの結界によって完全に阻まれ、ついでに内部温度まで保ってくれているので非常に快適。
だけど代わりに普通の声が届かないため、上空での会話にはテレパシーが必須である。
……アーンさんは普通に聞こえるみたいだが、俺にはムリだ。
『ニアもコレ好きー!』
肩の上の我が娘も、テンション高くはしゃいでいる。
遠くに見える海は、まるで世界から消えてしまったかのような暗黒。 太陽は既に世界の裏側へと姿を隠し、空も今はほとんどが暗い雲に覆われている。
けれども眼下の王都には、大通りの街灯が天の川のように上下に走り、川の中州のような繁華街はきらびやかな銀河のごとく。 川の外側になる住宅街には無数の明かりがあちこちに散らばったり寄り添ったりして、たくさんの人達が今年最後の夜をのんびりと過ごしているのだろう。
前世の都会にははるかに及ばない――地方の都市でももう少し明るいかもしれないが、それでも十分に「百万ドル」にと呼ぶに値する夜景だと思った。
「……うん。 ママもだよ」
なにしろ、テレビで見ているのでもなければ窓越しでもなく、足元には床さえもない。
星空のカーペットの真上を、直接目にしながら飛んでいるのだから。
しかも――。
『こんばんわあー』
同じ空には、いろいろな姿をした精霊が飛び交い、すれ違いざまに挨拶してくれるのだ。 空は広いから、それほど頻繁に会うわけじゃないのだが。
おかげで吸い込まれそうな夜景の中でも、寂しさとはまったく無縁だ。
『こんばんはー』『どもー』
ぼんやりと発光するエイのような精霊さんと、挨拶を交わしながら十数メートル離れてすれ違う。
ある程度慣れていないと、ちょっと怖いけど……みんないい精霊ばっかりだし、ところどころに漂っている光るマリモのような精霊は多くは聖母様の分体なので、特にニアちゃんは大人気だ。
『ひめさまだー』
『おひめー、おひめー』
『ニアニアニアー』
『やっほー!』
視界の外からも飛んでくる挨拶にも、我が娘はちゃんと応えている。 ただ、マリモちゃん達は正確には精霊ではなく妖精――知能はあまり高くないので、言葉よりも信号が飛んでくる方が多い。
次々に信号を返しているのを側で見ていると、ちょっとしたシューティングゲームだ。
『ははは。 姫はいつも大人気だね』
アーンさんに言ってもらえると、俺も鼻が高い。
俺は空中で胸を張った。
王都上空、しかも厳戒令を敷かれた中央地区はことさら速度を落とす必要があるため、俺達はセスルームに行くときよりも時間をかけて夜の空中散歩を楽しむ。 それでもだんだんと、暗い部屋に置かれたクリスマスツリーかケーキのごとく、各所に光を灯した巨大な建物――フォルクバング城が近づいてきた。
恐らくは警備を兼ねているんだろう。 マリモちゃんの数も増えてきたし、いかにも警備している感じの精霊さんの姿もチラホラと見かける。
とてもファンタジーな光景であるけど……こうやってのほほーんと通過できるのも、アーンさんやニアちゃんがいてこそである。
俺一人だったら、果たしてどんだけ誰何されることやら。 御使いのペンダントで身分情報を撃ちまくる「シューティングゲーム」をしなければ、アチラさんからは大量の実弾が「ファイヤー」されるんだろう――。
「……」
考えただけでも恐ろしい。
くわばらくわばら。
『……これはこれは』
俺が一人でガクブルしていると、前方のアーンさんがなにやら呟いた。
テレパシーに声の大きさは関係ない。
『お迎えだよ』
「え?」
トゥキおにーさんでも来たんだろうか?
顔を上げて目の焦点を合わせてみると、星空のような王都を背景にたたずむシルエットがひとつ。 まだ少し距離があるので、ハッキリとはしない。
でもそれは、ガッチリとした長身に黒いマントまとった暗黒卿ではなく――身体の輪郭は明らかに、女性の曲線を描いていた。
しかも。
『お待ちしていました。
――で、お間違いないです?』
「……えっ」
見知らぬ少女である。
背中くらいまでありそうな淡い金色の髪を、夜風に乗せて柔らかそうに揺らめかせている。 前髪はセンターで分けていて、白く小さなおデコが見えている。 耳には小さなイヤリングも。
バックが暗いのもあるだろうけど、髪の明るさと肌の白さがとても映えて見える。 お袋やハニーが昼下がりの光とするなら、この娘は夜明けの光。
身長は、パッと見た限り一六〇もないだろう。 チャロちゃん以上、マールちゃん以下――そう、あの聖母様に近いだろうか。 今の俺から見れば長身だけど、女の子としては平均くらい。
が、明らかにアイツではない。
『ジャスパー様と、スフィニア様――ですよね?』
「は……はい」
鈴を転がすようなキレイな声で、少女は俺と我が娘の呼びながら近づいてくる。
お袋も童顔ではあるけど、この娘は見た目相応――十四、五歳くらいの、清純そうな美少女であった。
彼女は俺の返答を聞くと、小さな腕輪と指輪をした両手を、お腹の辺りでそっと組み合わせた。
『くふっ、良かった。 よく視えないので、一瞬、姫様だけなのかと』
「はぁ。 ……ん?」
彼女の言葉に違和感を覚え、首を傾げる俺。 その間にも彼女は、ゆっくりと距離を縮めていた。 それで彼女の服装がだんだん見えるようになってくる。
シルエットを見たときには「パーティドレスか?」と思ったが、やはり違う。
腰の位置が高く、風に揺れるスカートもその分長い。 末広がりに長い、いわゆる「Aライン」とかいうヤツだと思うけど。
スカートから出ている、アンクレットをした足首がコレまた細い――。
『――ああ、視えました』
アーンさんが道を譲り、少女が更に近づいてくる。 お腹の前で両手を組み替えながら。
暗くてよく分からなかった服装が、この距離になれば細部まで判明する。 あちこちにアクセを身につけていたり、服の肩周りにわずかな膨らみがあったり、少々お姫様チックな感じではあるが……。
ほっそりとした腰を結び、身体の真ん中につけている縦長のひらひらは……どう見ても、フリルのついたエプロン。
そして胸元には、国章がデザインされたブローチ。
で、そのドレスの色は、深緑。
――マリエルさんと同じ、深緑色のメイド服である。
『うん、温度を視ると分かりますね? 確かに、ジャスパー様です』
「わっ!?」
可愛い小顔を、なんのためらいもなく「ぐぐーっ」と近づけてくる。 宝石のように澄んだ、薄く黄色い瞳に俺の驚く顔が映っていた。
少女は無邪気そうに微笑み、俺の方がとっさにのけ反ってしまう。
『くふっ、失礼しました?』
「い、いえ……」
確かに「見知らぬ人」ではある。 だがまったく知らないほど、俺も世間知らずではない。
それに……式典とかで、チラッとだけなら見たこともあるし。
個性的で優れた美人ばかりが集まる彼女達の中でも、「例外中の例外」と言われている超・有名人。 視力がほとんどないくらいなら、まだまだ「個性」の範囲内だ。
数十年振りに聖母舎出身ではない、とか。
あまりに強すぎて、災害級の被害が出るからめったに本気を出せない、とか。
――他にも、俺が知っているだけでもいろいろとある。
『初めて、お目にかかります』
彼女は組んでいた両手を離すと、長いスカートの端をちょこんと摘み、キレイなカーテシーを披露して――。
『王族警護隊、副隊長。
グラーディア・マキエッティと申します?』
オルスターマイナ・序列第二位のお姉様は、ピンクの薄い唇で「にこり」と、とても無邪気に微笑んだ。
『ちゃあんと飛べる人が他にいなかったので、わたしがお迎えに参りました♪』
「ど、ども……」
そもそも。
城の上空に生身で浮かんでいる時点で、フツーではないんだけどな?




