669 数には限りがございマス
工房の二階にある事務所らしき部屋で、俺達ゲストは鹿耳姉弟と一緒にテーブルを囲みおやつをご馳走になる。
下でお弟子さん達が食べていたのとは違い、ごく一般的な軽食であった。
「俺はアッチの方がいいけど」
「うっさい」
肉の刺さった串をかじる弟くんの隣で、野菜サンドを食べていたお姉さんがすげなく一蹴。
とか言いつつも、ちゃんとりっくん用に肉を用意してあげているあたり、優しいお姉さんである。
「……ジャス君も、やっぱりあっちの方がよかった?」
「ううん」
対面から気遣わしげな視線で尋ねてくれるマティお姉さんに、俺は首を振って微笑む。
「さすがにアレは、ちょっと重いかなぁ。 こっちの方が好みだよ」
「よかったぁ♪」
「……なんなんだこの差は」
お姉さんがほっとしたように笑みをこぼし、弟くんは肉を頬張りながら渋い顔をしている。
お世辞ではなく、肉に野菜にドライフルーツにとバリエーション豊かなサンドイッチは美味しく、また楽しい。 「余り物ばっかりで悪いんだけど」と言っていたが、美味くアレンジしていると思う。 付け合わせも何品かあるし。
セラさんも感心してお姉さんをほめ、セーレたんやリソ君も美味しそうに食べている。 食事をしない我が娘は、ジュースのお代わりを注ぐお仕事だ。
ちなみにマイシスターも、ソースの味付けなどの話をするセラさんとマティさんの中に加わり、料理への興味を示していた。
日に日に女の子らしくなっていくなあ。
「ところで、これが終わったらまた仕事?」
「ううん、今日はもう終わり」
軽食が一段落つき、お姉さんにこれからの予定を聞いてみる。
「もともと、昼からはそんなにしないのよ。 特に明日は精霊の日だしね」
「へえ」
前世だと昼は「前半終了」っていう感覚なのだが、こっちだと既に後半どころか終盤、あるいはアディショナルタイムだという仕事も多い。 もちろん、昼前から始めて夕方がピークだという仕事もたくさんあるだろうけど。
この工房の場合は前者で、午後は片付けや若手の人の修行時間などに充てられるらしい。
……お昼に呼ばれたのは、そのためか。
「こいつも練習するのよ。 よかったらジャス君もやってみない?」
「うん!」
間髪入れずにうなずく。
そう聞かれちゃ、男心が騒ぐってモンである。
遠慮するマティさんを押し切って片付けを手伝い、一階の台所に食器などを一緒に持って行く。 部屋にはカステさんとエドガーさんの姿はなく、聞くと商談か何かをしに行ったらしい。
お姉さんはイスに寄りかかって「食った食ったー」と満足げに腹をさするオッサ――お弟子さんを二人ほど捕まえ、洗い物をさせた。
「ほら、あんた達と違って私や母さんには休みなんてないの! 片付けくらいして!」
『へいッ!』
「……」
本当に十歳の女の子が、マッチョな男達をあごで使っている……すげえ。
おっさん達は食べ散らかしたままだったテーブルをテキパキと片付け、ついでにイスも整え、大きな身体をキッチンで寄せ合い食器を洗い始めた。
「そら坊主、ソイツもよこしな」
「あ、うん」
クマのような手を差し出されたので、持ってきた食器を渡す。
いちばん上の皿には残り物のサンドイッチなどを集めて置いていたのだが、おっさんコンビは何も言わずひょいひょいと摘んでは自分の口に放り込み、皿だけになったのをわっしわっしと洗い始めた。
俺達が食べきれずにけっこう残してしまったのを、お姉さんは「ああ気にしないで、もともと多めに作ってたから」と言っていたが……。
「ああっ、アニキっ!? 俺にもくれよ!」
「へっへ、早いモン勝ちだ」
「そりゃないっすよ~」
「……」
閉口していると、テーブルを拭いていたバンダナのおにーさんがサンドイッチを食べたおっさん達に詰め寄ってきた。
「じゃ、俺は姐さんからもらうっす」
「な、なんだとぉ!?」
と思ってた、俺の後ろに並んでいたセラさんから残り物をもらっていた。 洗っていた手を止め、振り返って血走った目を向けるおっさん達。
って、どんだけ食うんだこの人達は……?
マティさんもジト目でため息をつき、セラさんは苦笑いであった。
――掃除はしたらしいんだけど、床にはまだ多少の細かい木くずが落ちている作業場。 外から丸見えだったところはスライド式の木のドアでふさがれているが、暖房などはないのでけっこう寒い。
明かりのついた室内で俺はりっくんと並んで座り、日曜ならぬ「土の日大工」に勤しんでいた。 ……とはいえ、材料は用のなくなった小さい板や棒切ればかりなので、小学生レベルの工作しかできないが。
でも今まではナイフで鉛筆を削るくらいしかする機会がなかったので、けっこう楽しい。
「ほう、なかなか筋がいいな」
「そ? ありがと」
ヤスリで木を削りボールを作ろうとしているりっくんをよそに、俺はのこぎりを使って薄い板を切っていると四角い顔のお兄さんがほめてくれた。
だが用途が同じならば、世界は違っても道具の形や使い方は同じなワケで。
……最初の一回目こそ失敗したものの、コツさえ思い出せればすぐである。
「ぎーこ、ぎーこ」
「お兄さま、すごい……」
少しだけ離れたところにしゃがみ込んで、リソ君とセーレたんが俺の仕事っぷりを見つめている。 室内だが寒くないようにと、二人ともキッチリと着込み、ブラザーは不用意に近づかないようセーレたんが手を繋ぐ。
ぶっちゃけ、そこまでじーっと見られているとプレッシャーなのだが……最初に失敗してからは開き直ったので、もうそんなには気にしてない。
セラさんとマティお姉さんも作業用のイスに腰掛け、もう少し離れた場所から俺達の様子を見守っていた。
なお着込んでいるのはモチロンだが、別の若いお弟子さんが座布団やらひざ掛けやらを持ってきて、更に熱いお茶まで用意してくれるという厚待遇っぷりである。
「あ、姐さん、肩でもお揉みしやしょうか?」
「ふふ、ありがとう。 でもいいわ」
「……」
揉み手しながら傍に控える別のオッサ――年齢的には「お兄さん」らしいのだが、そんな彼をマティさんがとても寒々とした目をして無言で見上げている。
ちなみに、ココにいるお弟子さん達はほとんどが十代だと聞いて、思わず「マジか」と聞いてしまった。
「ふぅん、リック君もしばらく見ない間に上達したじゃない」
「そ、そうかな? ……うおお!? ちょっと爪削れた!」
せっかくセラさんがほめてくれたのに、照れたりっくんが手元を誤った。
危ない危ない。
「まったくもう……そらリック、全然丸くなってないわよ」
「くっ!」
そしてお姉さんは、容赦なく弟くんの仕事を評価していた。 職人への道は厳しい。
だけどお気楽な「土の日細工」の俺は、マイペースに木を切る。 ぎーこ、ぎーこ。
「……よし、切れた」
「おおー!」
間近で見ていたマイドーターが拍手し、からーんと床に落ちた木片を拾ってくれる。 ニアちゃんが見ているついでに、切り口に溜まっていく木くずも吹いてくれるのでけっこう助かるよ。
「おにー、きれたー!」
「うん、さすがね」
ハニーとブラザーも釣られて拍手、セラさんも叩いてくれる。 マティお姉さんは微笑んでくれた。
でも、こんな程度のコトでそこまでほめられると……少し照れるな。
ところで、お兄ちゃんはキレてないからね?
「木って、そやって切るんだねー」
「まーね」
この娘だったら、レーザーでビーって切れるんだろうけどなー。
とか思っていると、小さな精霊さんは隣の空いているイスに飛び移ると、木片を置いてちっちゃな指をそれに向けて――。
「びびーっ♪」
指先からほとばしった緑色のレーザーをくるんと一周させ、木片を丸く切り抜いてしまった。
『……おぉぉ~』
思わず、その場にいた全員の声がハモる。
さすがニアたん、キレッキレである。
時間の都合もあり、マイドーターにも手伝ってもらってなんとか工作が終了。
細かく切った木の板を組み合わせてボンドで接着し、できたのは小物入れ。 特に面白くもなんともないデザインで、パッと見ると升みたいだが……。
でもまあ……何かに使おうと思えば、使えないこともないだろう。 角はちゃんと滑らかに削ってあるし釘も使わなかったので、本当にコップとしても使える。
我が娘が魔法で一時的に具現化した水を入れて、実験済みだ。
「なあ、そんなに作ってどうすんだ……?」
「うん、まあ」
できあがった箱の数々を見て、弟くんがため息をついているが……同意できるところではある。
しかし、むしろ足りない可能性もあるかと。
「わああああ~~♪」
さっそくプレゼントすると、ウチのお姫様がとても喜んでくれた。 よかった。
とても釣り合っている気はしないけど……マフラーやひざ掛けをもらったし、少しでもコレでお返しになるのなら。
「にゅふー。 ニアにちょうどいいー!」
喜んでいるハニーを眺めていると、我が娘が別の升の中に飛び込んでちょこんと手と頭を出していた。 さすがに身長よりも長い髪は入らないが、図らずもなかなか上手いこと収まったな。
……って、なにこれ。 すっごくかわいい。
このまま家に飾っておきたいぞ。
「ねえジャス君、私も記念にひとつもらってもいい?」
「うん、もちろん」
そう言ってくれたセラさんにも一個ご進呈。 そのまま小物入れにしても良し、本当に師匠が酒を飲むときの升代わりにしてくれても……大丈夫かな?
ちと耐久性は保証しかねるが。
さて残るは、マティお姉さんが出来映えを確かめている一個のみである。
「……私も、もらっていい?」
「ええ!?」
俺もちょっと予想外だったが……それ以上にビックリしていたのは弟くん。
俺の声は彼にかき消されてしまった。
「姉ちゃん、そんなモンもらってど――ぐふぅ!?」
「うっさい」
ああ……眉を寄せてツッコむ弟くんに、伝家の宝刀(エルボー)が炸裂。 だが正直、俺も少なからず同意見だった。
理由を聞こうかどうか迷っていると、お姉さんは升の縁を指でなぞりながら。
「だって、すごく丁寧に……気持ちがこもっているから、使いたいなって。
……だめ?」
本職の娘さんにそこまで言ってもらえると、光栄だな。
ためらう理由は、どこにもなかった。
――時間が押してしまい、日が暮れる前にと心持ち足早に帰宅。
セラさんが道を知っているので、りっくんが送ってくれると言ってくれたのは断った。 往復したら完全に暗くなるだろうしな。
「ねえジャス君、さっきのアレって――」
「……うん」
前を歩きながら振り返ったセラさんに、俺は重々しくうなずいた。
実は帰る少し前、お姉さんから聞いたのか、お弟子さんの一人からマッサージを頼まれたのだが……それが本当に硬いのなんの。 親父でさえ指で押せる程度には柔らかさがあったのに、ボディビルダーみたいなおっさ――お兄さんの肩はまさしく岩のようだった。
で、「はっはっは、お前ひょろいなあ!」と言われたのにちょいとカチンと来て。
『ていっ』
『あふん!?』
『ていていっ』
『アッふうううゥゥゥゥーーーーーーン!?』
とまあ、そんな一幕があったのだ。
「さすがに、アレはちょっと引いたわよ……」
「まあ、それは同感なんだけど」
俺だって、おっさんの野太いあえぎ声なんて聞きたくなかったし、悶えくねるマッスルなんて見たくなかったのだが――。
「うーん、何がどう違うのか」
触手あるいはスライムマッサージは、俺に対して心を許してくれているほど効果があるらしいことは判明している。 オドの吸収率にも差があって、それは俺にも実感できる。
ところが……家族である親父もマッサージは拒否反応を示し、師匠も触れた途端に鳥肌を立てていた。 しかも食べるのは平気なリソ君でさえ、くすぐったがって逃げるんだよなー。
ちなみに多少条件は異なるけど、精霊と契約した人間の男性も、オドに触れられるのを嫌がる傾向があると聞く。
俺は慣れたけど。
「うーん」
「あなたって、そういうところ冷静よね……」
おかげさまで、そこそこ免役できましたから。
オドの研究は奥が深い。
「ただいまー」
「お帰りなさいませっ♪」
空を覆う雲がオレンジ色に染まった頃、家に帰ってくるな否や、私服で髪を解いたマールちゃんがお出迎えしてくれた。 遅くなってごめんねーと、セラさんは先にキッチンへと廊下を歩いていく。
夕飯の仕込みは既にセラさんが済ませていて、マールちゃんもチャロちゃんも手出し無用と言われているのだ。
「あれ? それは……」
「にゅふー」
行きと同様にブラザーを吊り下げていたニアちゃんだったが、帰りは文字通りの「箱入り娘」と化していた。
「ママが作ったんだよー」
「ええっ」
リソ君を下ろすと、緑の精霊ちゃんは宙に浮いたままくるくると回り出した。 長い髪もくるくる回る。
そして、ハニーも懐からお揃いの升を取り出した。 ……さすがに、ポケットに入るサイズではなかったのだ。
「私ももらったの~」
「あ……」
まるで聖杯のように捧げ持つ木の升を、マールちゃんはうるうるとした目差しで見つめていた。
あー、もっと作っておけば良かったか。 でも、そこまでの時間はなかったしなあ……。
と、思っていると。
「じゃ、ニアのあげるー!」
「えっ?」
我が娘は升ごと飛んでマールちゃんにキャッチさせると、そこからすぽーんと飛び出して。
「だって、ニアにはココがあるもーん♪」
「おふっ!?」
服を通り抜けて俺のお腹に飛び込み、可愛らしい顔を出してそう言った。
今の絵面は、知らん人が見たら人面瘡か何かと思うかもしれないが……俺達からすれば母親の袋に入ったカンガルーの子供のごとく、愛くるしい姿である。
萌え~なのだ。
「い、いいの……?」
「いいよー。 ね?」
「もちろん」
素人の作ったただの「升」を欲しがってくれる、マールちゃんも嬉しいけど……それを気前よく譲ってあげる我が娘は、もっと天晴れ。
無論、俺に否やなどあるハズもない。
「……ありがとうございます」
「むふーん♪」
なんとも、見事な名奉行っぷりであった。
帰ってきていた師匠にただいまを言って、手洗いうがいを済ます。
そして、ニアちゃんとリソ君はダイニングに留まり、俺とハニーは一旦二階の部屋へと戻った。
「あれ?」
すると珍しいことに、部屋の中にチャロちゃんがいた。
ベッドに腰掛け、カバーに包まれた本をすぐさま閉じて横に置く。
「あっ、お、お帰りなさいませー!」
「うん、ただいま」
「ただいま~」
二人で挨拶をし、ひとまずマフラーを外して上着を脱ぐ。
セーレたんは升を、大事そうに自分のカバンに入れた。
「おっ、お掃除に来てみたら、本が気になっちゃって!」
「あはは」
ああら、仕事禁止って言われてるのになー?
だけど何もしないと逆に落ち着かないらしく、せめて自分達の――お袋の部屋と、この部屋だけでも掃除しようと思ったらしい。
俺とマイシスターも自主的にカンタンに掃除はしていたが、見渡すと朝よりも更にキッチリと片付けられていた。
外の風で乱れた……俺にはまったくそうは見えないキレイな髪を整え始めたハニーを見ながら、俺はチャロちゃんの隣に腰を下ろした。
チャロちゃんは本を閉じて俺と向かい合う。
「ところで」
「は、はい?」
「……何の本を読んでるの?」
「ぴゃあっ!?」
聞いた途端、白い耳としっぽを天高く持ち上げ、毛先をびびびと震わせた。 ていうか、聞く前からわたわたしてたよな?
そのブックカバー、前に見た記憶があるんですけど。
「しょ、しょしょしょしょれはああああっ!?」
「うん」
「しょ……ちょせっちゅ、でしゅ!」
「……小説」
「は、はひっ!」
噛み噛みでまったく言えていない答えを俺が代わりに言うと、チャロちゃんはオレンジがかったピンクの髪を振り乱してうなずいた。 ……まーたぶん、たまたまた見つけちゃったんだろう。
片付けていたらふと見つけてしまって、ついつい読みふけったりすることって、よくあるし。
それがまあ、たまたまそうだった、というワケで。
「そーなんだ。 面白い?」
「は、ははははは、はいいいいっ!」
「ふーん」
なんというか……息子の「現場」を見ちゃった母親って、まさにこういう気持ちなんだろうな?
そう思いながら、顔をみるみる真っ赤にしていくチャロちゃんのことを、とても微笑ましく眺めていたのだった。
「ふーん、そっかー」
「あ、あはははははー♪」
「そっかそっかー」
王都の家にも何冊かあって、増えたり減ったりしてるの。
ずーっと前から知ってるしなー。




