660 シャープペンの芯を「シャー芯」って言いません?
幼児園からの帰り、写真館に寄ってきたのだが――。
「……はい、どーぞ」
「うふふ~、ありがとう~♪」
夕食後、長細い封筒をお袋に手渡す。 それを持ってリビングテーブルの席に戻ると、中を開いて親父やリソくんと一緒に見始めた。
無論、中身は俺とセーレたんが写った写真である。
「あら~、とっても綺麗に写っているわね~♪」
「うむ……なかなか様になっているじゃないか」
「おにー、おねーっ!」
横から覗き込んだ親父がふむふむとうなずき、ブラザーは写真に写った俺とハニーを指さして嬉しそうにしている。
俺も受け取ったときに見ているが、シックな店内で腕を組んで写っている俺達の写真は、ちょっぴり時代がかった印象でありながら発色がよく、かなりイイ感じに仕上がっていた。
被写体も――前世でそれなりに撮られ慣れていた俺はともかく、ただフツーに突っ立っている俺の腕を抱き締めるようにして、本当に嬉しそうに笑っているのが素晴らしい。
そんな魅力的な瞬間を見事に収めた、まさにプロの仕事であった。
「セーレちゃん、とっても嬉しそうね~」
「えへへへへ~♪」
お袋が顔を上げて微笑むと、俺の隣にいるハニーが写真と同じ顔ではにかんだ。 座っているひざの上には、同じ柄の封筒がある。
写真館で店主さんから直接受け取っているのを見たとき、俺はそのあまりの厚さにア然とした。 それはまるで、公務員のボーナス袋みたいだったのだ。 ……実際に見たことはないけど、イメージ的にな?
そんなに焼き増ししてどうするんだと思ったが……お代は全部、この子がずっと貯めていたお小遣いから出したもの。 それに受け取ったときの満面の笑みを見てしまうと、もはや何も言えなくなってしまった。
この子の笑顔は万金に値するのだ。
……俺も十枚ほど焼いてもらったし。
「はい、あなた~」
「おう」
セーレたんが自分用にもらった写真を見てくねくねしているのを見ていると、お袋が受け取った封筒の中から何枚かの写真を取り出して親父に渡していた。
お袋は普通サイズの写真以外にも、引き伸ばしたヤツや逆に縮小したものを何枚も注文していたようだが……そのサイズ違いの写真は、どうやら親父が頼んでいたらしい。
「ふむ、ちょうどいい大きさだな」
そう言って親父はポケットから出した財布に小さな写真を一枚入れ……更に、夕食のときに二階から持ってきた袋からなんと木製の写真立てを取り出すと、その中にさっそく大きな写真を入れ始めた。
普段はクールだからすっかり忘れていたが、そういや親父ってけっこう親バカだったなーと思い出す。
「おおっ!」
「わあ~♪」
テーブルに立てた写真立てを見て、親父とお袋が手を叩く。 ブラザーもぱちぱちと手を叩き始めた。
「うわあ……♪」
「おめでとうございますー!」
メイドちゃんズもまた、写真立ての向きを変えてもらうと拍手。 更にセーレたんとニアちゃんも拍手に加わったので、俺もとりあえず手を叩く。
なんだこれ……。 何かの式典か?
テーブルに飾られた自分の写真を囲み、惜しみない拍手が贈られている。
「え、えっと、次は」
「……」
ようやく拍手が落ち着いたので口を開くと、みんなの視線が俺に集まった。
……特に、誰かさんの視線がキラキラしていてとても熱い。
その隣でねこ耳さんが苦笑しているので、俺は彼女に目を向けた。
「マールちゃん」
「はいっ!」
呼んだ瞬間、まるで卒業生代表みたいに声を張り上げて席を立つマールちゃん。 すぐにテーブルを周ってこっちに来たので、彼女用にと預かってきた封筒を手渡した。
まるでATMから限度額いっぱい下ろしてきたようなそれを、マールちゃんは両手で恭しく受け取る。
……手が震えていたことには、敢えて触れまい。
「あ、ありがとうございますっ!」
「あ、うん」
いや、お代はみんな自腹らしいから、お礼を言われることは何もないんだけど……。 写真屋さん、あまりの枚数に苦笑いしてたぞ。
いつも優しい笑みを浮かべているお姉さん然としていたメイドさんは今、封筒を胸に抱きどこか遠いところを見てトロトロにとろけきった表情をしている。
「あぁぁ……もう、これで朝から晩まで……♪」
「……」
なんか、妙な呟きが耳に入ってきたけど――反対側の耳から引っこ抜いておこう。
ちなみにチャロちゃんはマールちゃんの封筒から一枚だけ受け取り、マイドーターは俺の分を分けてあげることになっている。
……あとは、手元に残った分を渡すだけだ。
次の日の朝もまた、穏やかな光が降り注いでいる。
日射しと暖房がちょっと温かすぎて、窓をわずかに開けて換気をしているくらいだ。
「……本当に手伝わなくていいの?」
「はいっ、お任せください!」
いよいよ里帰りを明日に控え、いろいろとバタバタしているっぽいメイドちゃんズ。
だけど二人はとても元気で、特にマールちゃんはまるでマッサージをした翌日みたいにハツラツとしている。
昨日はチャロちゃんだったんだけどなー。
「んじゃ……行ってくるね?」
「はいっ♪」
向こうへ持って行くオモチャをリソ君に聞いていたマールちゃんは、わざわざリソくんの手を引いて玄関まで見送りに来てくれた。
今日は、セスルームへ行く直前の精霊の日。 お袋はセーレたんと一緒に、先に道場へ行っている。
本当はみんなとの稽古を休みにしようか迷っていたのだが……誰かしらはこっちに残ることだし、旅行中もムリのない範囲で道場を開けてもらうことになった。 だから今日も稽古の予定。
前半組と後半組が入れ替わる日は、さすがにバタつくからムリだけどな。
「あ、いってらっしゃい。 後でおやつは持って行かせるから」
「了解でーす」
外で掃き掃除をしていたアナさんとも挨拶を交わし、俺は道場へと向かった。
なおアナさんは、お袋から例の写真をもらったらしい。
「おっしゃ、やるぞー」
『おー!』
俺の掛け声に、幼なじみのみんなが声を上げる。
特にテンションが高いのはニコとセーレたんで、二人してバンザイをしている。 くりむちゃんもそれに釣られて両手を挙げ、るー君はお人形さんのような顔のまま片手だけ上げてみんなに合わせる。
そしてエミーちゃんは、ちょっと恥ずかしそうに肩の高さに片手を上げていた。
ところで例の写真についてだが、ニコ以外の全員がリクエストしていたらしい。 ついさっきお袋から初めて聞かされた俺は、出迎えた玄関先で一枚ずつ授与式を行うハメになった。
……エミーちゃんだけは、少し枚数が多かった。
「じゃ、最初は僕が審判するな?」
そう言って、持ってきて道場の床に置いといたラケットをみんなに配る。 年休みにも入ってしばらくみんなとは会えなくなるので、今日は楽しく遊ぶことを重視した。
ま、フラヴリースは全身運動できる上に魔導具も使うから、稽古としても十分効果があるんだけどな。
お袋は引率で来たツェリさんとリビングでお茶をしているので、この場にいるのは俺も含めていつもの六人。 三対三だとバタバタするため、ダブルスをすることにした。 同じ人が連続して打たない、というルールだ。
最初はセーレたんとニコ対、エミーちゃんとわん子ちゃん。 審判は俺で、るー君は微妙に風邪気味らしいので、暖かくして見学だ。
「とああああーーーーっ!」
ぽーんとラケットから真上に生成された光の球を、ニコが思いっきり振りかぶってスマッシュサーブ。
そのフォームはけっこう様になっており、筋力と魔力を込められた光球はわずかにカーブしながら相手の陣地へ飛び込んでいく。
相手側前衛のエミーちゃんはぴくりと反応しかけたが、そのまま動かずに後ろへと流した。
「――ふっ!」
チョークで書いたコートの角ギリギリを狙う光球。 突き刺さる寸前、瞬間移動したように現れたのはくりむちゃんだ。 大きなしっぽが嬉しそうに立っている。
冬用の黒いズボンをはいた両脚を開いてブレーキをかけながら、下からライジング気味にボールをすくい上げて返す。
さすがに用具庫にネットまではなかったので、本当だったら引っかかる高さのままスピードボールが飛んでいく。
「うわあ――」
後衛のニコが目をひん剥いた真正面に、今度は金色の髪をなびかせマイシスターが「踊り」出る。
まさしく踊るように回りながら、短く両手で持ったラケットで光球を打ち返した。
身体はニコの方を向いていたのに、よくも見事に返せるものだ。
「ひゅん」
ボールと交差しながらバックハンドで返した打球は、かなりの速さな上に微妙に揺れながら飛んでいく。
学校の授業で「魔球」を習得したセーレたんは、ある程度球筋もコントロールできる。 あの揺れる球を確実に返せる子は、クラスでもなかなかいない――。
「はあっ!」
だが、さすがはエミーちゃん。 ひざの横を抜けようとしていた光球を、卓球のスマッシュのような華麗なフォームで完璧に打ち返した。 しかもまっすぐに光の尾を引くボールは、対角線に沿うようにコートの端を狙って飛んでいく。
だけど後衛のニコもなかなかのもので、なんとか追いつこうとラケットを伸ばして飛び込み――。
「へぶしっ!?」
ラケットごとはじき飛ばされ、空中で横に回転しながら床に転がった。
「……え?」
「わ」
俺とるー君の声が重なる。 今、床と平行のまま後ろに二回転くらいしたぞ? な、なんつーパワーだ……。
どう見ても初学生っぽくないガタイをしたニート君のスマッシュでも、さすがにそこまでの威力はない。 せいぜいラケットを弾かれるくらいだ。
しかしくりむちゃんにとっては普通のようで、ラケットに脇に挟んでぱちぱちと拍手している。
三組と四組のフラヴリースって、一体どうなってるんだろうな……。
ちなみに光球は、ラケットに当たった際に弾けて消滅している。
「……ぁは」
ちなみに超剛球を放ったエミーちゃんは、目から下をラケットで隠していた。
「……」
「一点」
固まってしまった俺の代わりに、隣のるー君が人差し指を立てて得点を宣言してくれる。
冷静なジャッジだった。
「あ、これあげる」
そして、なぜかカードみたいなものをくれた。
見てみると、るーちゃんのブロマイドだった。 ピンク色のフリフリドレスを纏ったうさ耳少女(?)が、ポーズを決めながらウィンクしている。
コレ、まさか市販してたりしないよな? ていうか、なんで今くれたんだろう……?
「あははー、やっぱムリだったあ……」
ツルツルの木の床でも更に一回転してようやく止まったニコが、何事もなかったかのように立ち上がって頭を掻きながら笑う。 コイツはコイツで、相変わらずタフなヤツだ。
アレだけ吹っ飛ばされて、ラケットを手放さなかったのもスゴイ。
「だ、大丈夫かニコ……?」
「え? なにがー?」
「……」
俺の幼なじみ達は、とっても個性的なのであった。
「おっはよーーーーっ♪」
と言うには少々遅いんだけれども、今日も元気にエルネちゃんがやってきた。
アナさんもエミーちゃんもこっちに来る日なので、自分ん家の家事を一人で済ませてからこっちに来るのがエルネちゃんお決まりのパターンである。
「おーおー、頑張っとるねー」
部下の職場に顔を出した上司のようなことを言いながら道場に入ってくる、赤いメイド服を着たエルネちゃん。 居住部と共用になっているトイレの方から入ってきたので、専用シューズではなく黒いタイツのままこっちへ歩いてくる。
きっと、アナさんから持たされてきたおやつを向こうに置いてきたんだろう。
俺も含めて試合中だった他のみんなも手を止め、今日もストレートの茶髪がキレイなメイドさんと挨拶を交わす。
そして俺の目の前で足を止めると、エルネちゃんはその髪と同じくらい目をキラキラさせながら両の手のひらを俺に向けた。
「はいっ♪」
「……へーい」
「ちょーだい」、もしくは「抱きついてきてくれてもいいよ?」のポーズを前に、俺はきびすを返して壁際に向かう。 ……背後から「ちぇー」と声がしたけど気にしない。
エミーちゃんにも「来たらお姉に渡してあげて」と言われていたので、持ってきておいた写真の封筒を手に取った。
この娘もとっくに自分で稼いでいるからいんだけどさ……一体どんだけ注文したのさ?
他の娘もそうだけど、同じ写真ばっかりこんなに集めてどーするのかと。
「はい、どーぞ」
「むふっ、ありがとぉ♪」
手渡した封筒を胸に抱き、エルネちゃんは「きゃあー」とスカートを揺らして喜んだ。
その後ろで、なぜかセーレたんとくりむちゃんも腰をくねらしてバックダンサーをしている。 横でニコが首を傾げているが、別にお前までやらなくてもいいからな?
なぜか残念そうな視線を消してくるニコにアイコンタクトしていると、エルネちゃんはメイド服のエプロンの裏側に手を入れ、非常に見覚えのある封筒を俺に差し出してきた。
星が弾けそうな、ウィンクと共に。
「はいっ、これ。 私からのお・れ・い♪」
「……?」
果たして何に対するお礼なのか、ワケの分からないまま受け取る俺。 ……ちょっと温かい。
俺が渡したほどではないが、この封筒もそこそこの厚みがあった。
まったく同一のデザインだし、あの写真館のモノだということは解るけど――。
「あ、これ……」
「うん♪」
俺の渡した封筒を抱きながら、笑顔でうなずくエルネちゃん。 どうやらコレは、俺がアナさんにあげた「誕生日プレゼント」のお裾分けらしい。
さっきの試合で審判をしていたエミーちゃんを見ると、やっぱり首を縦に振って……ちょっと恥ずかしそうな表情で返してくれる。
「ほらっ、見てみて?」
「うん」
満面の笑みを咲かせるエルネちゃんに促され、俺は封筒を開いて中身を一枚取り出す。 その間にハニー達も集まってきて、左右から覗き込んできた。
ただしエミーちゃんだけは、エルネちゃんの隣でほんのりと頬を赤くしている。
「……へえ」
あの写真館の中とはまた少し違う、淡い単色を背景にして立っている親娘。 たぶん撮影スタジオだろう。
オリオール家の濃紺のメイド服を着て、今のエミーちゃんみたいにちょっとだけ恥ずかしそうに微笑んでいるアナさんと、その左右でワインレッドのメイド服でにっこりしているエルネちゃん。
そして、やや緊張しながらも嬉しそうに口元を緩めているエミーちゃんの三人の姿が写っていた。
こうして見てみると……やっぱり似てるよなあ。 三人揃って、とても美人に撮れている。
「うん。 すごく、キレイだね」
「でしょうー?」
ふふーんと、実物のエルネちゃんが胸を張る。 ほんのり、顔が赤くなってるけど。
ちなみにエミーちゃんは、うつむいて小刻みに震えていた。
「わあああ~♪」「おおっ、きれーだ!」
ハニー達も俺の左右から写真を見て、と黄色い声を上げている。 ……せっかくたくさんあることだし、みんなにも一枚ずつ渡してじっくりと見てもらうとするか。
写真を配り始めた俺に気づいてエミーちゃんが「あっ、あっ」と口をパクパクさせているけど、気づかないフリをする。
「こ、これはっ!? ……ムフフフフフ♪」
そしてエミーちゃんの隣でエルネちゃんは渡した封筒を開け、俺とセーレたんの写真を見てニヤニヤし始めた。
茶色い瞳はギラギラしていて……ちょっと鼻息が荒かった。
その後。
わん子ちゃんとるー君がアナさん親娘の写真もほしいと言ってきたので、エルネちゃんに許可をもらって一枚ずつあげた。
エミーちゃんはあたふたしていたけど、ココは年長者であるエルネちゃんの意思が尊重された。
それから――。
「はい、ボクからもお返し」
なぜかるー君が、みんなにブロマイドを配っていた。
……しかも、服装やポーズなどが全部違っていた。 いったい何種類あるんだろうか。
なお、ニコもブロマイドは受け取っていた。
リリちゃんとツーショットで写っているヤツを。
「それ、ちょっと特別なものだよ?」
「う、うおおおおおーーーーーっ!?」
ブロマイドを恐る恐る手に持ち、全身を震わせるニコ。
「……」
ちょっと、俺もほしいなーと思ってしまった。




