651 さあ、みんなで帰ろう!
日が暮れてからやっと親父が帰ってきたので、試作品はどうだったか聞こうと思ったのだが。
「いろいろ着せられて、撮られまくった……」
そう言って水を一気に飲み干すと、特大のため息をついてリビングのテーブルに突っ伏した。
「あらあ~♪」
お袋達は期待に目を輝かせている。
明治時代のような「写真館」があるこの国である。 さすがに「魂を抜かれる~」みたいな迷信こそないものの、身分証を作るときか、何かの記念でもなければ撮ってもらう機会はまずない。
TVカメラに置き換えれば、俺にもその気持ちが分かりやすいか。
「うへぁ……」
「……」
まさに、魂が抜けたようになっている……。
聞くのは、また今度にしようと思った。
「ママ、お待たせー」
「おう」
マイドーターがお風呂から帰ってきたのを部屋で迎える。 今夜はリソ君とセーレたんと三人で入り、二人はそのまま下で寝るようだ。
ちなみに俺は先に親父と入り、背中を流してあげた。 喜んでいたが……珍しく、愚痴を聞かされた。
「似たようなポーズばっかり何枚も撮って、どうするんだ」とか、まあいろいろ。
……たしか、お袋達の買い物に付き合ったときにも、似たようなことを言ってたな。
「ママ、ないすきゃっちー♪」
「ははは」
書き物をした俺は飛んできた我が娘を掴み、そのまま自分の耳に当てる。 面白い娘だ。
ふんわりと石けんのいい香りが俺の鼻をくすぐり、やっぱり女の子なんだなーと思いながら連絡先を伝える。
風呂上がりなんだから当たり前だし男も女も関係ないのだが、前世からそういうイメージなんだから仕方ない。
「とぅるるるるー」
すると、俺の耳元で呼び出し音を口にし始める。 だけど既にテレパシーで相手とは繋がっており、呼び出し音はただのノリである。
向こうが応答した時点で、それはやんだ。
『……はい。 お願いしまーす』
用件を伝えて通話を切る。 相手はどこぞの誰かさんではなく、精霊便のヒトである。 もう少し待てば来てくれるらしい。
まだ書いている途中だったので、むしろ好都合である。
俺はニヤリと口元を歪ませた。
「ちーん!」
「……」
ニアちゃん、そこまで忠実に電話を再現しなくてもいいんだぞ……?
たまーにレトロな電話になる我が娘であった。
――翌朝。 曇って真っ暗な上に寒い風が吹きすさんでいたため、さすがにジョギングはヤバイと判断して中止に。
ドアを開けて一秒後、セーレたんと抱き合いながらアイコンタクトですぐに決まった。
肩に乗っけたマイドーターに結界を張ってもらう手もあったが、そこまでして走ることもない。 たまには休もう。
『ええっ!?』
全員が揃った朝食の席で、メイドちゃんズとマイハニーが驚きの声を上げた。
俺はニヤリと口元を歪ませる。
「……お前、笑い方が邪悪だぞ」
「ええーっ」
なんか、眠そうな顔をした親父に酷いコトを言われたー!
「うふふふふ~、そんなことないわよね~」
「だよねー」
その横では、お袋が善良きわまりない微笑みをたたえている。 さすがはお袋、話が分かる。
二人で「ねー」と小首を傾け合った後、お袋はリソ君の頭をなでながら話しかける。
「リソちゃん、おじいちゃんとおばあちゃんに会いに行きましょうね~♪」
「おーじー?」
あんまり分かっていないようで、蒼い目をパチパチさせるマイブラザー。 とても可愛い。
でもまあ、師匠とは春の使節祭のときに何度か会ったくらいだしなあ。 しかもちょっと怖がってたし……。 師匠は笑ってたけどさ。
ちなみにニアちゃんは、ティースプーンを両手に持ってリソ君の近くに行き、テーブルの上でぶんぶんと素振りを始めた。 たぶん、師匠のマネをしているんだろう。
……残念ながら、リソ君には伝わっていないようだが。 普通に喜んでいる。
「ええ、そうよ~。 おーじーと、おーばーね~」
「おばあーっ!」
おっ、お袋の声にリソ君が振り向いてバンザイした。 セラさんのことはちゃんと覚えていたか。
師匠と違ってセラさんはココに泊まってたから、いっぱい可愛がってもらったもんなー。
にしても、あの二人を「おじー」「おばー」というのは、いまだに慣れんなぁ……。
そう。 月一のマッサージのこともあって、しばしばセラさんと手紙でやり取りをしている俺だが、今回は学校のない「年休み」の間に、みんなで向こうへ行けないか相談していたのだ。
リソ君にとっては、初めての里帰りであり――。
「あなたも、久し振りね~」
「……ああ。 そうだな」
親父にとっても、結婚してから初めての帰郷となる。 優しく微笑むお袋にうなずくと、親父も想いを馳せるような目をして淡い笑みを見せた。
親父の休暇が取れるかどうかがイチバンの問題だったので、本決まりになるまで他のみんなには内緒にしていたのだ。 ま、驚かせたかったのもあるけどなー。
……でも、取れてよかったよ。 マールちゃんとチャロちゃんにとっても、里帰りになるしね。
「ですけどジャス様、今年は卒業試験が……」
「そ、そうですよー!」
「うん、大丈夫」
途中でハッとした顔になったマールちゃんとチャロちゃんに笑ってうなずく。 二人とも、ほぼ同時におんなじ顔をしたのがちょっと面白かった。 なお、今日はマールちゃんが休みなのでメイドちゃんズではない。
マールちゃんが言ったように、俺とセーレたんは年休み中に卒業試験があるし、親父も年末年始は城の行事で忙しい。 それは師匠も同じなので、本当にうまいこと休みが取れたなーと思ったよ。 その代わり、ちょっと厳しい日程になりそうだけど……。
詳しいことについては、もう少し考える必要があるのであった。
「また、行けるんだあ~……」
俺の隣で、セーレたんもちょっと遠い目をしていた。 この子は少し前に行ったばかりだけど、いろいろあったみたいだからな。
そんな横顔を見て、俺も口元を緩めていた。
親父が仕事に出て行って間もなく、今日はさすがのアナさんも「寒い寒い」と身体を震わせながらやって来た。
自分の体温で温まった服から冷たいメイド服に着替えれば、なおさら冷えるだろうなあ。 真面目なアナさんのことだ、最初からメイド服を着て来るという選択肢はないだろう。
ここ数年で一番寒いかも……と呟くアナさんを見て、なぜかお袋がうふふふふ~と笑っていた。
「……そう。 とても良いと思うわよ」
リビング兼ダイニングで里帰りの話を俺から聞き、アナさんが微笑む。
お袋は道場の管理……というか道場沿いの道の掃除と花壇の世話をしに行く支度のため、さっき出ていった。 リソ君とニアちゃんも行くようで、隣の部屋でリソ君に重ね着をさせているんだろう。
マールちゃんもお出かけのようで、キッチンではセーレたんが洗い物をしている。 魔力が有り余っているマイハニーはお湯を使っていて、薄く湯気が立ち上っている。 もちろん、暖炉にも魔力を充填済み。
なお、チャロちゃんは二階の掃除中だ。
「ありがと。 ということで――」
「ええ、分かっているわ」
俺が気を回すまでもなく、既にお袋から聞いていたようだ。 そりゃそうか。
俺達が向こうへ行くとなると、必然的にアナさんは休みになる。 きっと今年も年末年始には休んでもらう予定だろうけど、それとは別に休みが増えることになると思う。
たまには、自分の家でのんびりしてもらおう。
「……さて」
ゆっくりお茶も飲んだことだし、俺だけいつまでものんびりしているワケにはいかない。 っていうか、里帰りまでにやっとかないといけないコトもあるし。
カップを下げてくれたアナさんにお礼を言ってイスから降りると、ちょうど洗い物が終わったらしいセーレたんもこっちにやってきた。
「お兄ちゃん、わたしも~」
「ん」
どちらからともなく手を繋ぎ、俺達はリビングを後にした。
で、階段でチャロちゃんとすれ違い、部屋に戻る。
「……なるほど」
小さなテーブルで書き物を始めた俺の向かいにいるマイシスターを見て、俺は納得した。
いつもならお袋と一緒に道場へ行くのに、今日に限ってお袋にお願いをしてまで家に残った理由が分かった。
「む~」
セーレたんは布のカバンから色とりどりの毛玉を取り出し、絨毯に並べて唸っている。 口に指を当て、微妙に腰をくねくねさせているのが愛らしい。
俺にプレゼントをくれたセーレたんは、もはや編み物をしていることを俺に隠す必要はない。
つまり、こうして一緒の部屋にいてくれるワケで――ちょっと嬉しい。
「セラさんと師匠にプレゼントかい?」
「うんっ!」
手を止めて俺が声をかけると、顔を上げて日だまりのような笑顔を向けてくれる。
暖炉と……ひざ掛けのおかげで温かい身体が、ますます温かくなる。
「いろいろ……えっと、してくれたから~」
「そっか」
言わんとしていることは、なんとなく分かる。
この前の、ひとりで向こうへ行ったこともあるんだろうけど……そのずっと前から、いろいろとしてもらってるからな。 その今までのお礼も兼ねて、ってコトだろう。
ほんと、いい子に育ってくれたもんだ。
「む~ん……」
またひとりで唸り始めたその姿に、俺はニヤニヤが止まらない。
目の前にいる俺に何も聞かないということは、自分で何を編むかを考えてプレゼントしたいんだろう。 それもいいことだ。
ならば俺も俺のすべきことをしよう、と机に向かう。 俺達がセスルームに行くことで勉強会の回数が減ってしまうので、今のウチに卒業試験プレテストを作るのだ。
少し前にマーヤお姉さんに聞いてみたら、難易度や傾向だけでなく、いくつか実際に出たという問題まで教えてくれた。 過去に受けた際、忘れない内にメモしておいたそうで……。
さすがである。
「……お兄ちゃん」
「ん?」
今度は俺が呼ばれて、顔を上げる。
色違いの毛玉を両手に、セーレたんは蒼い瞳で俺をまっすぐ見つめていた。
「向こうに行くこと、お兄ちゃんはいつから考えていたの?」
「んん?」
予想外の質問に、目をパチクリさせる俺。
時期的にちょうどいいかーと思ったのは、今月のセスルーム行きをどうしようかと考えていたときだったけど……。
「……リソ君が元気になってくれた辺りから、かな」
俺とセーレたんは里帰りできたけど、リソ君は病気がちだったからな……。 それがじょじょに良くなってきて、このまま順調にいけば、セラさんと師匠に「新しい孫の顔」を見てもらえるかな、と思ったのだ。
まあ、図らずも向こうから二人が来てくれたおかげで、それは叶ったんだけど。
だけど、お袋と親父も結婚してから――少なくとも、俺達が生まれてからは一度も帰ってないハズだということにも気づいて、なんとかならないかとはずっと思っていた。
それに俺達も、高校へ行くようになったらますます忙しくなって、なかなか都合も合わせにくくなるだろう。 となると……今を逃すと、一家揃って行くのはもう難しいかもしれない。
俺だけが一人でセスルームへ行くようになって、余計にそう思った。
「――とまあ、そんなとこ」
すべてを説明するとややこしくなるので、ある程度かい摘んで話す。
すると、セーレたんは目を丸くして……やがて、ふっと顔をほころばせた。
「えへっ♪
やっぱり……お兄ちゃんは、すごいな」
「お、おお……? そ、そっか」
あまりにもひたむきでまっすぐな目差しに、思わず声が詰まってしまった。
それがまたこっ恥ずかしく、わずかに視線を逸らす。
「うんっ」
「……お、おお」
しばらくしてから視線を戻すと、まだじっと見つめられていて、また逸らす。
するとくすりと笑われてしまって、なんだか俺の方が子供みたいな気がしてきた。
「えへへへへ~」
ずーっとにこにこしているマイシスター。
やがて、向こうは何を編もうか決めたらしいが……。
「……」
俺は結局、一科目分も作れなかった。




