633 ○でハートを作りましょう
この時期、仕事終わりの鐘がなる頃には、夕方というよりは夜に近い暗さとなる。 六時の鐘も鳴り終わり、窓から見える空にはゆっくりと夜の色が混じり始めている。
マールちゃんが夕食の手伝いのため部屋を出て、俺が紙にペンを走らせながら、そろそろ道場に行っているチャロちゃんが帰ってくるかなーと考えていると。
「失礼しまーすっ♪」
軽やかなノックの後に入ってきたのは、エルネちゃんであった。 夕焼けを写したような赤いロングコートを着て、肩には少し大きめの黒いカバンを掛けている。
後ろにはエミーちゃんもいて、こっちは黒に白のファーのついた上着を着込んでいる。 さすがに、夕暮れの早い冬場に真っ黒だと危ないからなあ。
ただし、長めのスカートはきっちりと赤いものを履いていた。
「お帰りー」
絨毯に座ったままの俺は、テーブルにペンを置いて小さく手を振る。 するとエルネちゃんは元気よく両手で振り返し、エミーちゃんは片手を軽く上げて大人しく左右に動かした。
パッと見るとますます似てきた感のある二人だけど、雰囲気はいい意味で対照的だな。
「二人とも、お疲れさま」
続けて声をかけると、お姉ちゃんは満面に、そして妹ちゃんは控えめな笑みを見せてくれた。
今日、エミーちゃんはチャロちゃんを手伝いに道場へ来てくれる日なのだが、エルネちゃんもるー君とこへ高校のメイド研修兼アルバイトへ行く日である。
冬場で暗くなるのが早いので、特に最近は仕事から帰る途中でエミーちゃんを迎えに来ることが多いのだ。
……どちらかというと、エミーちゃんの方がエルネちゃんの護衛って気がするけど。
「ちょっとだけ、お邪魔しても大丈夫?」
「うん」
テーブルに広がっている大量のノートや紙をチラッと見て気遣いの表情を見せるエルネちゃんに、俺はすぐに片づけを始めながらにっこり笑う。
ちなみに、エミーちゃんもまったく同じ顔をしている。 こういったところはソックリだ。
更に「ちょうど一息ついたところだから」とフォローを入れると、二人は安堵の笑みを浮かべて靴を脱ぎ始める。
どちらにしても、ご飯の時間が近からそろそろやめようと思っていたのでウソではない。
「むふっ♪」
「……」
エルネちゃんのコートの合わせ目から、チラッとひざが見えた瞬間に目を逸らす。 昨日よりはマシとはいえ、この寒いのにミニを履いてくるとは……。
油断も隙もない娘である。
エミーちゃんは、そんな姉の隣で小さくため息をついていた。
「どうしたの?」
長い髪をなびかせ、丸いテーブルの向かいに腰を下ろす姉妹。 上着を脱がないからすぐに帰るんだろうけど、いつもなら部屋に入らずに軽く話をしてそのまま帰るところだ。
特にエルネちゃんがいつにも増してご機嫌な様子なので、俺はエミーちゃんではなくエルネちゃんに対して話しかける。
「うんっ。 今日は、旦那さまにご報告がありまーす」
するとやはり、エルネちゃんが嬉しそうに話を始める。
その横で頭ひとつ以上低いエミーちゃんからも、やや苦笑気味ながらも嬉しそうな雰囲気が漏れていた。
視線を戻すと、エルネちゃんは待ってましたとばかりにタイミングよく両手を挙げた。
「卒業、決まりましたーっ!!」
「おおーっ!」
落ちるとは初めから思っていなかったが、それでも決まったとなればおめでたい。
嬉しさと安堵で俺が手を叩くと、エルネちゃんも大きな音で拍手を始めた。 エミーちゃんも心からお祝いするように微笑んで手を叩き、静かだった部屋がよりいっそう華やかになる。
「おめでとう、エルネちゃん!」
「えへへー♪」
俺も心からお祝いの言葉を贈ると、エルネちゃんは拍手をやめて自分の手を握った。 そして、ちょっぴり恥ずかしそうに肩を狭めてはにかんでいる。
初学校もそうだけど、高校は入る以上に卒業が難しいからな。 中退でもそこそこにステータスになるらしいし。
しかもエルネちゃんは家政科なので、高卒の学歴に加えて「家政士二種」の資格を得る。 国が認める、プロのメイドさんの証である。 ちなみにコレが一種になると、王宮に勤められるレベル。 マリエルさんは当然として、ツェリ先生や息子のユーリさんもそうなんだって。
それを聞いて……俺は「ああ、なるほど」と思った。
次の日の朝。
気持ちのいい晴れ間の広がる空の下、冷たい湧き水のような空気を堪能しながらジョギングを終えて。
「そうなんだー」
暖かい道場の勉強部屋で、俺はくりむちゃんの話にうなずいていた。 いつものメンバーがやってきて、勉強を始める前にホットミルクを飲んでまったりとお喋りをしているところである。
「うん。 お腹が大きくなってきた」
ゆったりと黒いしっぽを振りながら嬉しそうに話すわん子ちゃんに、「だろうねー」とうなずきながら相槌を打つ。 他の幼なじみーズのみんなも、ほほえましげな表情で耳を傾けている。
自分がいちばん下の子であるニコは、ちょっと首も傾けているけどな。
「ふふっ、よかったわね」
「うん」
すぐ隣で穏やかに微笑むエミーちゃんに、くりむちゃんがこくこくと首を振る。
下の子という点ではエミーちゃんもそうなのだが、この娘はお袋がリソ君を身ごもっているときにその様子を見ているので、よく知っているのだ。 セーレたんと三人で、よく触らせてもらったなあー。
お腹が目立ってくる時期になって、つわりの酷かったらしいわん子ママもずいぶん落ち着いてきたらしく、そういう意味でもひと安心。 いわゆる「安定期」というヤツで、もうしばらくすると中で赤ちゃんが動くのが分かるようになるらしい。
「もう少しすると、赤ちゃんがお腹を蹴るのが分かるようになるわよ」
「……楽しみ」
エミーちゃんの言葉に、くりむちゃんの頬が緩む。 あんまり表情を表に出さない子だけど、黒い目や大きな犬耳、それからしっぽがこの娘の気持ちを雄弁に語っている。 セーレたんとるー君も、その嬉しそうな様子に微笑みっぱなしだ。 俺もよーく分かるよ。
お袋のお腹を触って感じたのもあるが……自分自身が経験した、という意味でも。
「話しかけてあげると、動くこともあるのよ」
「ほんとうに動くんだ……」
わん子ちゃんが耳をぴくぴくさせている。
妊娠や出産については学校で習ったばかりだけど、それを実際に見られるとなるとやっぱり違うよな。
「うんっ、お話できるの~♪」
ミルクを飲んでいたセーレたんがいっそう笑顔を輝かせた。 ほぼ毎日のようにお袋の中にいたリソ君に話しかけていたのを思い出す。 それでお腹を蹴ったのが分かると、すごく喜んでいた。
「お話できると嬉しいよねー」
俺の肩の上で、ニアちゃんが俺の顔を見てしみじみとうなずいている。 俺も同感である。
「……そうだね」
俺とニアちゃんの場合、妊娠中から実際に会話してたんだけど……。
午前の勉強会が終わり、下のキッチンからおやつとお茶を運んでくる。 ニアちゃんは食べないので除くとしても、六人分ともなればけっこうな量である。
「お気をつけてくださいね」
「うん」
俺がマールちゃんから受け取ったのは、みんなのカップや小皿といった食器類だ。
歩法で身体のバランスはしっかり取れるようになっているので、載せたお盆をじーっと見ていなくても問題はない。
「――ジャス様」
なので、慌てることなく顔を向けられる。
声をかけてきたのは、家政士一種の資格を持つツェリさんである。 今日はみんなを引率して来てくれただけではなく、おやつの材料を持ってきてマールちゃんと一緒に作ってくれたらしい。
「はい?」
滝のように流れる銀髪がきらめくメイドさんを見上げる。
るー君もビスクドールみたいに肌が白いけど、この人も相変わらずギリシャ彫刻みたいにキレイで整いすぎている。
「本日は、アレをお持ち致しました」
そのツェリさんが、切れ長の目をまっすぐ俺に向けて顔を近づけてきた。
俺も姿勢を正し、真正面から見つめ返す。
「アレ、ですか」
「はい。 アレに御座います」
「……?」
真顔で見つめあう俺達。 そばでマールちゃんが小首をかしげ、ポニーテールを揺らしている。 先にお盆を受け取ったマイシスターも振り返り、頭に乗せたニアちゃんと一緒に頭を傾けていた。
だが俺の次に並んでいたニコは、自分が受け取るおやつの大皿に釘付けだった。
端から見ると、完全に意味不明なやり取りだろう。 ……というか俺も一瞬分からなかったのだが、その直後にピンときた。
エルネちゃんのプレゼントとして頼んでいた、例のチョーカーである。
昨日の今日とか、まるで計ったようなタイミングだ。
「昨日、私も聞きました」
「なるほど」
俺の心の中でも読んだかのような答えに、俺だけでなくマールちゃんも納得したようだった。 ぽんと手を打っている。
卒業も決まり、春になったら正式にウチに来ることになったワケだが、今エルネちゃんがメインの勤め先としているのはツェリさんのところである。 研修先でもあるし。
昨日もバイトの日だったハズなので、真っ先に報告を受けたのだろう。
「それじゃ、後で」
「はい」
俺の返事に、ツェリさんは無表情のままわずかに首肯した。
「――ちょっと、ツェリさんと話をしてくるよ」
おやつを食べた後の雑談タイムの途中で、俺は席を立つ。 みんなからの視線を集めたけど、そういうとすぐにわいわいと話を再開した。 持ってきたカバンを手にして、静かに部屋を出る。
リビングへ行くと、ツェリさんはマールちゃんと並んでお茶を飲んでいた。 こちらもおやつはもう食べ終わっているようだ。
「こちらで御座います」
俺も空いている向かい側の席に着くと、ツェリさんは入れ替わるように立ち上がり、近くに置いてあったカバンから赤いチョーカーを持ってきた。
マールちゃんも興味があるようで、立ち上がったところからずっと目で追っていた。
「これが」
テーブル越しに受け取ったそれを見る。 マールちゃんは一瞬だけ目を見開き――でもすぐに、苦笑いに近い微笑みに変わった。 で、自分の首元に手をやっている。
赤くてやや幅が広く、手にはそれなりの重さが感じられるチョーカー。 温風の魔道具を仕込んであるから、重さはいいとしても……。
「……」
なんか、すごく首輪っぽい……。 思いっきりデジャヴを感じる。
というか、マールちゃんが今現在つけている黒いチョーカーとよーく似ていた。
色以外で違うところといえば、外から魔力をチャージするのではなく、つけた本人が自分で魔力を込めるタイプであるということだ。 そのため、マールちゃんのよりはかなり薄くなっている。
あとは正面の部分に小さな金属の輪っかがついていて、おそらくはいろんな飾りをつけることができる点か。 これは夏用の冷感チョーカーと同じだな。
オシャレに気を使う、エルネちゃんらしいや。
「……ありがとうございます」
少しだけ思うところもないではないが、これこそがエルネちゃんの望んだもの。
喜んでくれるならいいかと、俺は持って来たカバンにチョーカーを入れた。
「彼女の事、宜しくお願い致します」
戻った席で、ツェリさんが俺に頭を下げてきた。 俺も姿勢を正し、同じように頭を下げて返す。
「はい」
表情にはまったく出さないけど、ツェリさんがエルネちゃんのことを気にかけてくれていることはひしひしと伝わってくる。 この人にとっては「教え子」みたいなものだし、しかもツェリさんはラピヨーネ家の正式なメイドにならないかって誘ったらしいからな。
俺のところへ希望してくれたのはエルネちゃん自身だが、同時にツェリさん達からも託されたようなものだ。
責任重大である。
「ですけど、僕の方からもお願いします、ですよね?」
そう言って、俺は笑顔を見せる。
これもまたエルネちゃんの希望だが、春までは今まで通りツェリさんのところで「修行」を続けるんだから。 勉強ならともかく、メイドさんについては俺から言えることはないし。
まさか……あっちの世界の「メイドさん」について教えるワケにもいくまい。
エルネちゃんが「あの」スキルを身につけようものなら、どんな方向へ進化を遂げるやら……。
俺が密かに背筋を震わせていると、銀髪の一種家政士様はすうっと目を細め、口元に薄い笑みを浮かべた。
「――はい、お任せ下さい」
「……」
な、なんで急にそんな表情を?
逆に不安になってきた……。
「いろいろと仕込んでおきますので」
「いろいろって何っ!?」
ナニを仕込む気だっ!?
「はい。 例えば、より魅力を引き出すための女装――」
「やめてええええーーー!?」
それ、シャレにならないから!
るー君を見ていると、なんかトンでもないノウハウとかありそうだし!
「つ、ツェリ様、それをぜひ……♪」
「ダメーーーーーっ!?」
目がハートになったマールちゃんを、俺はテーブルに身を乗り出して必死で止めたのだった。




