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そだ☆シス  作者: Mie
熱冬編
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632 幸せの逃げないため息

 ――お茶をポットに注ぐときの音が、けっこう好きだ。


 夕飯と後片づけの手伝いが終わり、お土産のお茶をみんなで飲んで一息つくと、妹様はお袋とリソ君の手を引いて早々にリビングを出て行ってしまった。

 普段の勉強は一緒にしてくれるんだけど、最近はこういったことが多くてかなり――。

 少しだけ、寂しい。


「こんな感じ……?」


 キッチンに常備されているお立ち台に上がり、俺はシンク横の作業テーブルでカップにお茶を注いでいた。

 茶葉はセラさんが分けてくれたものを少しだけ使い、一緒に聞いてきた淹れ方を試しにやってみる。 隣では、私服のマールちゃんがついてアドバイスをしてくれた。

 今日はメイドさんの仕事は休みなので、セミロングの髪を下ろしている。

 後ろのダイニングテーブルでは、親父がニアちゃんに晩酌してもらって頬を緩ませていた。 俺と目が合うと、こっちにも優しい視線をくれる。


「……どう、マールちゃん?」


 いつもより高くなった視点から、丁寧な手つきでカップを傾けるマールちゃんを見つめる。

 こくりと動く細い首が、ちょっとセクシーだ。


「美味しいですよ。 上手にお淹れになっていると思います」


 辺りに漂う香りのように、ふにゃりと微笑むマールちゃん。

 お仕事モードのときも優しいけど、オフのときはよりいっそう「お姉さん」っぽい印象になる。 まあ実際、俺にとっては実のお姉さんと言ってもいい間柄だしな。

 ちなみにもうひとりの「お姉ちゃん」は仕事中で、今はお風呂の湯加減を見に行っている。 今日は俺が一番風呂らしい。


「はい、ジャス様も」


「うん」


 半分中身の残ったカップを受け取る。

 せっかくもらってきた茶葉だ。 セラさんはある分全部をあげると言ってくれたが、それは悪いからと遠慮したので、残った量はあまり多くない。

 だから練習で使いすぎては肝心の分がなくなってしまうと、一杯ずつ淹れてそれを二人で味見する。

 湯気と一緒にうっすらと立ち上る香りを確かめてから、そのまま口をつけた。


「いかがです?」


「うーん、なんか違うような……」


 俺の呟きに、マールちゃんが小首を傾ける。 確かに、美味いか不味いかでいえば美味いと思うんだけど……茶葉自体がいいものだからなあ。 昼間のセラさんのや、さっきチャロちゃんが淹れてくれたのと比べても、やっぱり違うなーという気がしてならない。

 そう思って首を捻っていると、キレイな先生がくすりと笑った。


「まったく同じは難しいと思いますよ? 気温や湿度によっても微妙に変わりますから」


「うーん……」


 そりゃまあ、そこまで言っちゃったらキリがないけど……それに、比較基準が俺のフィーリングだし。 とはいえ、それを抜きにしてもやっぱり違うと思う。

 淹れ方は、セラさんからのアドバイスを聞いたマールちゃんが俺に分かりやすく、細かいタイミングまで手取り足取り教えてくれたけど……それでも、俺の不慣れで台無しにした部分が少なからずあったと思うのだ。

 自分で気づいたマズイ点を挙げていると、珍しくマールちゃんが俺の呟きをさえぎった。


「ジャス様」


「ん?」


「私も、お茶の淹れ方は七〇点だと、エルリアさんに言われましたよ」


「うそっ!?」


 思わず目を見開く。 俺の声に、親父とニアちゃんがこっちを向いているのが視界に入る。

 でも今はこっちだ。


「いつもあんなに美味しいのに……」


 マールちゃんが、たまにエルリアさんからもメイドさんのノウハウを教えてもらっているのは知ってるけど……その採点は厳しすぎない?

 俺もいろんな人にお茶を淹れてもらったが、それに劣っているなんてコレっぽっちも思わないんだが……。


「ふふっ、ありがとうございます」


 正直な感想を口にすると、マールちゃんが嬉しそうに微笑んだ。

 そして俺の手から再びカップを取り、目を閉じながら静かに口をつける。 また小さくのどが動くと、マールちゃんは深く穏やかに息を吐いた。

 その吐息に「美味しい……」と、しみじみとした呟きが混じる。


「お茶は、淹れ方だけではありません。 その場の雰囲気や、飲む方の印象によっても変わります。

 私も、技術は七〇点だと言われましたけど……気持ちは百点だと言われました」


 そう言って、にっこりと微笑むマールちゃん。 ああ、そこは間違いない。

 俺の顔を映す栗色の瞳に、俺も無言で笑みを返す。



「ですから、ジャス様のお茶は百万点ですっ♪」



 ……ああ。

 よく聞くフレーズだけど、まさにそれこそがイチバン大事ということか。

 だけど――。


「……」


 その笑顔こそ、俺は百万点だと思うよ。




挿絵(By みてみん)



「入っていい?」


『はあ~い♪』


 新しいお茶を淹れたポットと一式を持って、リソ君の部屋をノックする。

 中から、お袋の間延びした返事が聞こえてきた。


「じゃあ、入るねー」


 触手でお盆を持ったまま、本物の手でドアノブを握る。

 開けて真っ先に目に入ったのは、さまざまなニットを完全装備したマイブラザーであった。


「おにーふぁー♪」


「お、おお……」


 暖炉で適温に暖められた部屋の中で、帽子からマフラー、セーター、ズボンや靴下まで余すところなく身につけているリソ君。 俺に向かって挙げてくれた手にももちろん、かわいい手袋が装着されている。

 そんなニットボーイを前に、お袋がソファーに腰掛けて更に編み物をしていた。

 もしかして、パンツまでニットなんだろうか……と思っていたら、お袋の手の中でまさに毛糸のパンツが作られている最中であった。


「あら~、お茶を持ってきてくれたの~?」


 お袋がこっちを向き、いつもの女神様スマイルをくれる。 ……手首から先と、編み棒の動きがほとんど見えない。

 相変わらずのスピードであった。


「まあね」


 赤いパンツを編んでいます...残り10秒。

 俺の脳内に、そんなパソコン画面風のダイアログが表示されている。 キャンセルボタンはない。


「お兄ちゃん、お手伝いするね~」


 バンザイしながらてくてくとやって来るニットボーイに続くように、お袋の隣にいたハニーも立ち上がろうとする。

 ココから見るとソファーはまっすぐ縦に置かれているため、奥に座っているセーレたんはほとんど隠れていたのだ。

 俺が入ってきた時点で顔を覗かせていたのだが……お袋のムネが陰になって、片目しか見えてなかった。

 何を編んでいたのかも、当然見えない。


「ああ、いいよいいよ」


「おにー!」


「おー、よしよし」


 ハニーに手のひらを見せてソファーに座らせ、もう片手で目の前に来たリソ君を帽子越しになでなでしながら、触手を使って靴を脱ぐ。

 もちろん、お盆を持っているのとはまた別のモノである。


「ところでリソ君……暑くない?」


「ちょっとあふいー」


「……」


 だよなー。 ほっぺが少し赤いし。

 口をすっぽり覆っているマフラーを緩めてあげると、ブラザーは「ぷはあー!」と大きく息を吐き出した。

 かわいい。


「あのお茶っ葉で僕も淹れてみたんだ。 たまにはいいかなーって思って」


「ええ~っ!?」「あらまあ~♪」


 座った直後のセーレたんが弾かれるようにしてまた立ち上がり、お袋はぽふっと両手を合わせた。 二人とも、蒼い瞳がキラキラだ。

 ちなみに脳内ダイアログは既にない。 赤いパンツは、お袋の合わせた手と手の間に挟まれている。


「そろそろ、いい頃合いだと思うんだけど……」


 腰にしがみつくブラザーに注意しながら、絨毯に上がる。 蒸らし時間については、この部屋に来るだいたいのタイミングをマールちゃんに聞いてきた。 ムチャクチャこだわるなら砂時計でも使うべきなんだろうけど、さすがにそこまではしない。 適当な砂時計もウチには置いてないし。

 ちなみにツェリさんクラスになると、感覚だけで秒単位まで分かるってエルリアさんが言っていたらしいけど……あの人は特別だからなあー。

 百分の一秒まで測れたとしても不思議ではない。


「お兄ちゃんのお茶あ~っ♪」「とっても楽しみね~」


 期待に目を輝かせる親娘に苦笑いを返し、ソファーの前にあるテーブルにお盆を置く。 そして、温めてきたカップにお茶を注ぐ。


「リソ君にはジュースを持ってきたからなー」


「あーい!」


 リソ君がお袋に抱き上げられて横に座り、帽子と手袋とマフラーも外してもらったのを見てから、別に持ってきたジュース入りのコップを手渡す。

 両手に持つと、こくこくと飲み始めた。 こぼすこともほとんどなくなったし、飲むのが上手になったなぁ。


「……はい、どうぞ」


「ありがと~」「ありがとう、ジャスちゃん」


 淹れ終わると、二人がお礼を言ってくれてさっそくカップを手に取る。 シュガーも持ってきたんだけど、お袋はともかく、セーレたんまでもが使おうとしない。

 その隣で、リソ君はのどが渇いていたのか、ジュースを一気に飲み干して「ぷはー!」と口を大きく開けている。 おっさんみたいなリアクションだが、それがまたキュートだ。

 ははっと笑いながら、チラッとセーレたんの座っているひざの横を見てみたが……何を編んでいたのかは、毛糸の玉に隠されていて見えなかった。


「……はぁぁ~。 美味しいわ~」


「ありがと」


 うっとりと色っぽいため息をつき、お袋が微笑む。 喜んでもらえてなによりだ。

 そして、普段なら紅茶にはシュガーをたくさん入れるセーレたんは――。


「……」


 カップに口をつけ、目を閉じたまま動かない。 ……いや、かすかに震えている。

 あっさりめのお茶とはいえ、さすがに苦かったんじゃ……。 心配するが、お袋に視線で制されたので開きかけた口をつぐむ。

 そのまま、静かに待つ。


 お袋がリソ君から受け取ったカップをテーブルに置いて、しばらくしてから。

 セーレちゃんはカップから口を離し、深く息を吐いてからゆっくりと目を開けた。



「……おいしい……」



 隣にいるお袋によく似た、大人っぽい雰囲気さえまとって微笑むセーレちゃん。

 その瞳がわずかに潤んでいるように見えるけど……それがお茶が苦かったからだと思うほど、俺は鈍感ではない。


「そっか……」


 ふぅ、と息を吐く俺。 肩の力を抜く。

 そこで、自分が思った以上に緊張していたことに気がついた。


「よかったよ」


 実際の顔とは裏腹に、俺は内心で苦笑いを浮かべた。




 薄ーい雲が張り、空は青いんだけど天気としては曇りというべき、翌日の昼下がり。

 学校から帰ってきた俺は、二階の部屋でステイさんにマンガの元になる原稿を見せていた。

 もちろん、おやつを食べてからである。


「……うん、いいと思いますよ」


 うなずいて飴色のショートカールの髪を揺らし、ステイさんは微笑んだ。

 今日もスーツがよく似合っている。


「ほっ、よかったー」


 安堵のため息をつき、隣に座っているマールちゃんを笑みを交わす。

 なんか、昨日からため息をついてばっかりのような気がするな。


「イラストレーターさんも、たぶんですけどそうおっしゃっていただけるかと」


「だといいんですけどねー」


 ステイさんの次の言葉に、ちょっとだけ俺の眉がハの字になる。

 実際にマンガにするのは向こうの仕事だもんな……ま、その辺は意見をすり合わせていくしかない。


「では、さっそく!」


「へ?」「えっ?」


 渡した原稿をビジネスカバンに入れると、ステイさんはそれを脇に抱え持ってすっくと立ち上がった。


「今からイラストレーターさんのところに行ってきます!」


「早っ!?」「今からですかっ!?」


 絨毯に座ったままステイさんを見上げ、ツッコミ気味に声を上げる俺とマールちゃん。

 ぽかーんを口を開けている俺に、仕事の早い編集さんは気まずそうな笑みを見せた。


「あはははは……今日も長居しすぎちゃいましたからねえ。 実は、元々この後で向こうへ行く予定だったんですよ~」


 仕事終わりの鐘が――と話が続いたところで、まさにその鐘の音が聞こえてきた。

 いつも、ステイさんとのおやつタイムは長くなるんだけど……今日は最後となった例のお茶をステイさんにも飲んでもらったり、親父の大会の話をしたりで特に盛り上がったからなあ。

 故にコッチにも責任の一端があるワケで、俺達も気まずくなる。


「いえいえ、お気になさらないでください! 遅れるかもしれない、とは伝えてありますから!」


「ほっ、そうですか……」


 それなら大丈夫……かどうかは分からないけど、額面通りに受け取るしかない。

 早歩きでドアのところまで行って靴を履くステイさんの背中に、謝罪の言葉をかけながら俺達も見送りに出ようと立ち上がる。

 そこでステイさんが振り返り、カバンを持っていない方の手をぶんぶんと横に振りつつ、再び顔をドアの方へ戻す。


「いえいえ、本当に大丈夫ですから――へぷっ!?」


「!?」


 前を向きながら、振った手でドアノブを掴もうとして空振り、そして顔面を思いっきりドアに……。

 びたーん! と、それはもう見事な音が鳴り響いた。


「ひぎぃ……あ、あはは……だ、大丈夫……」


 目に涙を浮かべ、手で鼻を押さえて笑うステイさん。 俺とマールちゃんは、腰を曲げた半立ちの状態で固まっている。

 誰にでも経験があるとは思うけど、恐らくは「痛すぎて笑いが止まらない」状態なのだと思われる。 もちろん、俺達は笑うワケにはいかない。

 それにしても……それでもカバンを手放さなかったステイさんは、さすがプロである。


「ひっく……は、ははは……ひ、ひつ礼しまふ……」


 そして、ステイさんは泣き笑いながら部屋を出ていった。



『……』


 俺とマールちゃんは互いに顔を見合わせ、それからまた二人でドアを見つめた。 ドアに、ファンデーションらしき肌色の跡がついている。

 それが赤くなかったことにほっとしながら、俺達はその場でステイさんを見送った。





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