618 きれいな花は強いのです?
「さーて、どうする……」
俺は机の上に両ひじをつき、組んだ両手の甲側に口をつけるようにして頭を乗せ、どこを見るでもなくまっすぐに目を向けたまま苦悩していた。
これでサングラスがあれば完璧だなーなどと、アホみたいなことを同時に思いながら。
コレは、窮地に陥ったアクション映画の主人公が、冷静を保つために敢えて冗談を口にしていたのを倣って練習した成果である。 ちゃんと俺は真剣だ。
「うーむ」
しかし、まさかあの娘――エルネちゃんが、そこまで考えていたとは。 女の子が、男なんかよりもずっと大人びているものだとは解っているつもりだったが、想像のはるか上を行っていた。 恐るべし……。
まあ取りあえず、俺に前世の記憶があることはバレていないようだったので、そこだけはよかったと胸をなで下ろしておこう。
一日経った今、エルネちゃんを本当に俺が雇うべきかどうかについて、改めて考えてみよう。
まず、そもそもその必要があるかというと……ある。 むしろ渡りに船だ。
「私も勉強会や稽古で使わせてもらっているから」と、エミーちゃんがほとんど毎日手伝いに来てくれて、それでなんとか二人一組でのローテーションが維持できているのが現状だからなあ……。
だが卒業後にエルネちゃんが正式に来てくれるようになれば、その問題が一気に解決する。
一方で気にかかることがあるとすれば、既にマールちゃんを雇うことが確定している俺が、ちゃんとエルネちゃんにも給料を出し続けられるかという点だ。 ……でも、コレも実は解決済みだったりする。
御使いは任務で家を空けることもあるため、住み込みのメイドさんに限っては、一人分の給料の半分を国が補助してくれるのだ。 つまり、俺がマールちゃんに出す給料は半分でいいということ。
しかもエルネちゃんは、当分は通いづ――自宅から通いたいって言っていたから、給料も大丈夫そうな額で済みそうな上に住居の保証をする必要もない。 もちろん、能力的にも申し分ないことはよーく知っている。
怖いくらいに、こちらのニーズにマッチしているのである。
「それに……」
アレから夜にお袋達に相談してみたら、なんとみんなはとっくに知ってたらしい。 セーレたんも笑顔で「いいよ~」って言っていたし、月末の仕事でウチにいない親父まで了承しているっていうし。
となると、あとは俺と彼女の気持ちの問題――。
「あれ?」
どこにも問題がありませんよ?
外堀どころか、城内までキレイな一本道がアスファルトで舗装されているような状況だ……。
「……」
その一本道には、紅白の花びらが敷き詰められているような気もするが――って、別に今すぐというワケじゃない。 あと十年くらいは大丈夫なハズ。
もしも本当にそうだったら、それはまたそのときに考えればいいだろう。
と、いうことにした。
「――考え事をしているところ、悪いのだけれど」
「ん?」
後ろからぽんと肩を叩かれ、俺は我に返った。 振り向くと、黒いセーラー服のよく似合うマーヤお姉さんがいた。
同時に、教室のガヤガヤ声も次第に耳へ入ってくるようになる。 窓の外は曇っていて、今は暗いという程じゃないが登校してきたときは肌寒かった。
しかし……周囲にも最低限には気を配っているつもりでいたんだけど、自分の冗談に心のハリセンでツッコんだせいで、そっちの思考が沈黙していたらしい。
「ジャス君は、いつから女の子になったのかしら?」
「へっ?」
いったい何の話だ? と思った次の瞬間、自分の置かれた状況に気づく。
周囲から聞こえてくるのは、女の子の高い声のみ。 いるのも当然女の子ばかりで、入口には困った顔のシャルちゃん先生と、自分の三つ編みの先をいじりながら見るからにご機嫌斜めなニャル子ちゃんがカバンを持って立っていた。 俺の隣に座っているセーレたんは嬉しそうだが。
そういや、今日の二時間目は生活だから――。
「うわわわっ!?」
椅子と机をガタンと鳴らし、慌てて席を立つ俺。 早く一組の教室に行かないと!
「私は、あなたが女の子の格好をしてくれるならこちらでも大歓迎よ?」
「しないよ!?」
机の横に掛けているカバンを取りながら、妖しく微笑むお姉さんにツッコむ。 半分くらいの女子も「あっ、けっこう似合いそう♪」みたいな顔をしているけど、お願いだからやめていただきたい。 シャルちゃん先生も、なんか遠い目をして頬をピンクにしていた。
ニャル子ちゃんまで「それは認めるけど、るーちゃんにほどじゃないわね」とか言ってるし。 ……いや、勝つ気なんてありませんから。
しかも。
「ああっ、お姉さま……♪」
「お姉様じゃないよっ!?」
せ、セーレ様、そんなうっとりとした瞳で言わないでくださいまし!?
俺は大急ぎで席をニャル子ちゃんに譲り、爆笑に包まれる教室を「うわあああああああん」と泣きながら飛び出したのであった。
女の子の格好がとてもよく似合うるー君の隣で、ギリギリ間に合った俺は、なんとも言えない気持ちでアズミーリ先生の授業を受けていた。
「諸君の精巣で作られた精子が――」
「……」
「その際、非常に大きな性的快感を――」
「……」
な、なんという剛速球……。 ついにやってきた「アレ」の授業だが、アズミーリ女史はまるで軍人か医者のように、それはもう堂々と立派に胸を張って説明してくださる。
教壇横にある先生用の席で、恥ずかしそうに窓の外に目を向けている絶叫先生がミョーに可愛らしく見えてしまう。 ちなみに、風邪はもう治ったらしい。
授業前にざわついていた一部のエロ男子達も今は完全に沈黙しており、教室には先生のハスキーなお声が隅々にまでよく届いていた。
『正しい事を学ぶのに、恥ずかしい事などひとつもない。 男女の自然な営みであり、私も諸君もそうして産まれてきたのだから』とは、授業を始めるにあたっての先生の弁。
まさしくごもっともであった。
「その他の動物も、基本的には同じだな。 なお、魔獣と精霊については――」
魔獣は生まれつき魔獣である場合と、外部環境によって突然変異するタイプがある。 生殖方法についても、例えば竜種だと同胞や他種族を文字通りに「食らって」子供を産むんだとか。
北の大国・インダルフィアの守護者がまさにそれで、大昔のお姫様がその身を捧げるのと引き替えにして末永い守護を約束させたらしい。
それが、おとぎ話でも伝説でもなく実話だっていうところが、さすがファンタジー世界だと思う。
精霊については、マナの濃いところから自然に発生するのが基本。 強い精霊が気まぐれに自分の身体をちぎって分体を作ったり、他の精霊と子作りをしたりすることもないワケじゃないけど、非常にレアだ。 後天的に精霊化するのはもっとレアだ。
だからこそ、精霊ネットワークが作れるほどにポコポコと分体を作り、二人――実際にはニアちゃんも合わせて三人も子供をもうけているあのヒトは、本当に例外中の例外。
それでこの国により一層の恩恵をもたらしてくれているからこそ、「聖母様」であると崇め讃えられているのだ。
「さて、そうして妊娠すると――」
授業の内容は、妊娠と出産の話へと移っていく。
下の兄弟がいるなら実際に目にした子もいるだろう話に、教室の雰囲気がちょっと明るくなる――と思いきや、一部の子は逆に重く沈み込んでしまったようにも感じる。
後ろを見るワケにもいかないので、あくまでもそう感じただけだが。
「安定期を迎えるまで、母親の体調は不安定で――」
そういえば、くりむちゃんのママもつい最近まではつわりがキツかったって言ってたもんなあ。 俺の場合、逆に中で繋がったばかりのニアちゃんにオドを刺激されて悶絶しっぱなしだったけど。
我が娘が元気なのが分かって嬉しい反面、人前でオットセイみたいな声を上げちゃうのが恥ずかしかったなあ……。
俺がこの教室にいる誰とも共有できない体験を回顧している間にも、妊娠中の奥さんへの気遣い方など、かなり実践的な授業内容が続く。
「お腹が大きくなってきたら、優しく撫でながら話しかけたりしてみると良いぞ。 動くのが分かるからな」
うんうん。 お腹の中の子に話しかけるのも、よくやってたなー。 実際にやったことのある子もいるみたいで、「すっごい動くんだよなー」と嬉しそうに話す声がいくつか聞こえてきた。
俺の場合、「今日も元気かなー?」って聞くと「うん、元気ーっ♪」って返事してくれたんだけど。
「出産の時がくると、母親は諸君の想像を絶するような――」
続いて出産の話。 俺もリソ君のときはセスルームにいたから、直接立ち会ったことはない。 そもそも、あんまり立ち会うものでもないらしい。
先生が赤ん坊の頭の大きさを手で表現すると、方々から「うげえー」っと、聞くだけでも痛そうな声が聞こえてくる。
うん、アレは俺も痛かった。 触手は先っぽだから斬られても平気だが、完全に中枢に繋がったオドを何本も引きちぎるのは……思い出すのも怖い。
あのときは、わりと余裕を持って耐えきれたのが不思議なくらいだ。
「……」
比べれば比べるほどフツーじゃないよな、俺。
今じゃ、いい経験をさせてもらったと思ってるけどさ。
「年齢や個人差もあるだろうが、そろそろ諸君の中にもそういった行為について興味が出てきた者もいるだろう。 それ自体は否定しない」
そろそろ授業も終わりに差しかかり、アズミーリ先生は俺達をゆっくりと見回しながら言った。 優しい笑みを浮かべる先生の目差しに、そわそわとした気配をあちこちに感じる。
なぜか絶叫先生が、しきりに自分の肩を揉んだり回したりして「あー疲れたなあー」というアピールをし始めたが。
「しかし……母親は出産時に〇.七%が命を落とし、子供も四%弱が二歳を迎えられない」
非情な数字を具体的に出され、教室が凍りついたように静まり返った。 それが前世の日本よりも高いのか低いのかは知らないが、ひょっとするとこのクラスにもそういう経験をしている家庭があってもおかしくない。
俺はもちろん、算数の授業でさんざん苦労したみんなにも、そのことが分かっただろう。
でも昔はもっと大変で、二歳になった子供をご近所も一緒になって大々的にお祝いする慣習があるのは、そのせいなんだってね。
先生は真剣な表情をふっと緩め、俺達に願うように語りかけた。
「だが、それでも諸君はこうしてここに居るのだ。 ご家庭の事情もあるだろうから、発表も提出も求めないが……。
一度両親や身近な方々に、どうして子供を産もうと思ったのか……どのようにして乗り越えたのか。
お聞きしてみると良いと思う」
『はいっ』
俺達は自然と姿勢を正し、声をそろえて返事をしていた。
風の冷たい外を歩き、ハニーの手の温かさを感じながら家に帰る。
今日は水の日ということで、例によって食いしん坊編集さんがウチのリビングでまったりと過ごしていた。 ほかほかの白い蒸しパンを熱そうにほおばって「おふぁえふぃあふぁ~い」と言ってくれる姿に癒される。
隣でリソ君も、自分で小さくちぎったパンをふーふーっと冷まして食べていた。 可愛い。
ところで最近、ちょっぴりステイさんの頬のあたりがふっくらしてきたような気がするのは……言わない方がいいだろう。
「おおっ?」
同席していたお袋達にもただいまを言い、手洗いとうがいを済ませて席に着く。 なんと食べてみてビックリ、普通の蒸しパンと思っていたら肉まんであった。
ちょっと濃いめの味つけが、あっさりとしたパン生地と口の中で溶け合ってちょうどいい濃さになり、とても美味しい。 具に混ぜてある、野菜の甘みもよーく出ている。
リソ君は周りの生地だけを剥がして食べ、最後にまるまる残った大きな具をほおばって嬉しそうだが……まあ、そういう食べ方もアリっちゃアリだ。
あまり上品とは言えないので、外ではオススメしないけど。
「あら~、そういう授業があったのね~」
セーレたんが学校でのことを嬉しそうに話し、お袋もまたお茶を楽しみながら軽やかに相づちを打つ。
女子の方の授業内容は俺も知らなかったが、今聞いた限り流れそのものは同じだったみたいだな。 産むときの心得とか、実際に体験する側として具体的な内容が多かったみたいだが。
「ああ、私も『ひっひっふー』ってやりましたねえ……あ、お代わりあります?」
キッチンに立つチャロちゃんにお代わりを要求しながら、今日もビジネススーツを着たステイさんがうなずく。 チャロちゃんはこのおやつタイムが終わったら、道場の方へ行く予定だ。
ちなみにニアちゃんもキッチンで、鍋から出ている湯気をヘビみたいに操って遊んでいた。
そしてリソ君は、ステイさんのマネをして「ひっひっひー」とやっている。 ちょっと間違っているところが、かえって可愛い。
「ジャス様とセーレ様の赤ちゃん……きっと、とても可愛いのでしょうね」
「いや、あの」
ちょっとマールちゃん? その「赤ちゃん」って、俺とセーレたんにそれぞれ係ってるんだよね? 「&」で一括りにされると、意味がずいぶんと変わってしまうのですが。
「いや~ん……♪」
妹様も、横から俺の顔をチラチラと見ながら恥ずかしそうにくねくねしないの……。
それに、俺の子供ならもう既にいるしなー。 今だって、二本に分けた湯気に赤と緑の色をつけて「かも~ん!」って遊んでいる後ろ姿がサイコーにプリチーなのは、誰が見ても明らかだ。
ところで、黄色はないのかい?
「それでね~。 ママは、初めてのときはどうだったの~?」
あの「宿題」は女の子の方でも出ていたようで、食べ終わったハニーはミルクティーのお代わりを飲んでからお袋に尋ねた。 自分自身と、俺を産んでくれたときのことを。
途端、マールちゃんは考え事をやめ、チャロちゃんも振り返った。 ……二人とも言葉はなく、なんとも表現のし難い複雑な表情をしている。
ステイさんもニアちゃんも手を止め、部屋の中がしんと静まり返った。
「……」
二人がどんな思いを抱いているのか、多少は俺にも察しがつく。 本にも書いてあったし……お袋は言わなかったけど、親父からはチラッと聞いた覚えがあるからな。
双子の出産。 特に、自然分娩は非常に危険性が高い。
加えて初産だったというのに、お袋はあくまでも自然分娩にこだわったって――。
「そうね~?」
しかし、お袋はまったく大したことではなかったかのように微笑み、リソ君のお口を拭きながら可愛らしく小首を傾げている。
リソ君のときも難産だったらしいのに、産後の肥立ちの悪さもなるべく俺達に見せないようにしていたからな。
本当に……この母には頭が下がる。
全員が静かに待っていると、淡い桜色に染まった頬に手を当てて、彼女は陶然と過去を振り返りながら言葉を紡いだ。
「初めては、パパの病室だったわね~」
『……はい?』
お袋が何を言っているのが分からず、ほぼ全員が同じリアクションを取る。
病院は分かるとして、なんで親父? そもそも、お袋はこの家で産んだハズだよね?
なのに、一体どういう――。
「あのときは、ママの方からパパに乗っ――」
「ちょっと待てええええええーーーーーいっ!?」
それ違うッ!? その「初めて」と、意味が違あああーーーうっっ!!
蒼い目をまん丸にしたリソ君のことも、ダイニングテーブルが動くほどに激しくぶつけた胸の痛みも忘れ、俺は力の限り叫んだ!
『ぶふうううううっ!?』
マールちゃんもチャロちゃんも、斜め上すぎる回答に思いっきり噴き出していた。
妹様と我が娘は、それぞれ頭を左右に傾けているが……うん、今はそのまま気づかないでいてくれ。 頼むから。
「うわあ……セフィさん、大胆っ♪」
ステイさん、目をアメジストみたいにキラキラさせないでください。 それと落ち着いてくるにしたがって、思いっきり打ちつけた肋骨がだんだん痛くなってきた……。
「ゴリッ!」ってイったもんな、ゴリッて。
「お兄ちゃん、大丈夫~?」
「お、おおぉ……」
優しくお腹をさすってくれるマイシスター。 我が娘も飛んできてくれてさすってくれて、痛みがウソのように引いていく。
ちなみにメイドちゃんズは、それぞれテーブルとキッチンの上を台拭きで一生懸命に拭いていた。
「うふふふふ~、冗談よ~♪」
そう言って笑い、ひとり優雅にティーカップを傾けるお袋様。 そしてマイブラザーの頭を撫でながら、俺のことも気遣ってくれた。
うん、もう痛くないや。
「病室は本当だけれど~」
「……」
いや、ソコはわざわざ訂正しなくていーから。
花も恥じらうような可憐なお顔に反し、あまりに開けっぴろげなお袋様であった。
「そうね~」
取りあえず全員分のお茶を淹れ直してもらい、改めてお袋に話を聞く。 今度は誤解できないように。
するとお袋は、ふっと儚い笑みを浮かべた。
「あの人が、思っていた以上に、危険な仕事をしていると分かってしまったから……。
だから少しでも早く、私達の『家族』が欲しかったの」
――鍋から噴き出す蒸気だけが、静かに音を立てている。
「ふふっ。 今はほっとしているけれどね~♪」
とても穏やかな微笑みを見せるお袋。
親父はセスルームの保安隊にいたが、いずれは師匠のような騎士になることを目指していたと聞く。
だが、街の中に魔獣が入ってくるような事態はめったにないが、騎士になれば単身で街の外に出ていくこともある。
もちろん、この国で最も守りの厚い場所を固めている親衛隊に、そんな仕事は回ってこない。
「……」
見た目にも実際にも若いお袋や親父も、いろんなことを思い考えながら生きてきたんだな……。
そう思った。




