598 ホームパーティですよ?
――『愛らしき宮廷の少女』。
光あふれる幻想的なお花畑の中、宮廷の戦乙女と同じメイド服に身を包んだ、幼くも美しき少女が無邪気に舞い踊る様を、躍動感たっぷりに描いた作品である。
その絵を前に、妹様と娘様は瞳をミラーボールのごとくきらめかせながら軟体動物と化し、聖母様はベッドにダイブして痙攣する腹を抱えながら左右に転がった。
そして俺は、若草のように柔らかな絨毯の上に身を投げ出していた。 ほっぺがサラサラして気持ちいい。
「……」
絵の中の少女の可愛らしさに、思わずキュンとしてしまった自分が許せない。
だが、見ていると今にも動き出しそうで、楽しそうな笑い声さえも聞こえてきそうな作品なのである。 ただキレイに描かれているというだけではなく、筆に魂が感じられるのだ。
これほどまでに素晴らしい作品を、どうして否定することができようか――。
「くっ、殺せ……」
そう呟くのが、精一杯であった。
既に昼となり、少し暖かくなった日射しが降り注ぐ。
煩悶から諦観、そして悦楽という変遷を遂げた俺は、むしろ清々しい気分で帰途に就いていた。
るんららー。
「あらあら~。 とっても嬉しそうね~♪」
我が娘を頭に乗せ、ハニーと手を繋いでスキップしながら振り返ると、お袋が目を細めていた。
その横の親父はもちろん、俺達の前を歩くメイドちゃんズもである。
「るんららー♪」
そう言いながらセーレたんを見ると、とっても可愛らしい笑顔で同じく「るんらら~♪」と返してくれる。
頭の上でニアちゃんも歌うように繰り返し、オリオール一家は温かな笑いに包まれた。
いやっほーい! あの部屋、まだ俺達しか見せてないらしいぞー。
お袋もまだなんだってさー。
やったね! また絶望できるよ!
「ジャスちゃん」
「んー?」
また呼ばれたので振り返る。
お袋は、よりいっそう楽しげな表情をしていた。
「おやつの後で、みんなのお仕事分担についてお話しましょうね~」
「おっけー」
首を縦に振ると、頭上の我が娘も動いて「うわー」と楽しそうな声を上げた。 手綱のように髪を掴まれているが、体重のない子なので引っ張られても特に痛くはない。
家も一軒増えたし、明日からは学校も始まる。 メイドちゃんズのシフトを組まなくっちゃね。
そろそろお花畑になっていた意識を戻し、これからのことについて考える。
「お兄ちゃん、わたしもがんばるね~!」
「うん、期待してるな」
セーレたんは、前を歩くメイドちゃんズにも「よろしくね~」と声をかけた。
振り返ったマールちゃんは「はい、こちらこそよろしくお願いしますね」と丁寧に返し、チャロちゃんは「一緒にガンバりましょうー!」と白いしっぽを揺らした。
セラさんとこで家事能力も磨いて帰ってきた妹様も、明後日からは本格的にシフトに参入するのだ。 ちなみにお袋もである。
さすがにあの広い道場や、小さいとはいえ部屋も複数増えた以上は、アナさんとエルネちゃんも含めたウチの女性陣がフル稼働となるだろう。
それでも、俺はみんなからシフトに入らなくていいと言われているのだが……無論、高い場所などの掃除には参加予定だ。
「みんな、よろしくね」
かなりの負担をかけるだろうけど、既にみんなからは快諾をもらって終わっている話である。 今から蒸し返しても意味はなく、俺は感謝の気持ちを込めて女性陣に声をかけた。
すると。
『はあーいっ♪』
隣はもちろん、前と後ろからも、楽しそうな返事が返ってきたのであった。
――そして翌日。
朝食後にやって来たアナさんとエミーちゃんも加わり、リビング兼ダイニングにてお袋から新しいシフトが発表された。
親父は既に出勤している。
「それにしても、凄い事になってきたわね……」
主にセーレたんやメイドちゃんズから道場の話を聞き、アナさんは目を丸くした後に大きくため息をついた。 ちなみにアナさんは火・風・精霊の日という週三回のシフトは変わらず、また基本的にはこっちの家の仕事だけを担当してもらうことになった。
理由としては、通いで来てもらっているメイドさんである、という立場の違い。 しかしそれよりも、我が家で最強の家事スキルを持つ人を、掃除がほとんどを占める道場に行ってもらうのはもったいない……というところが大きい。
お母さんの漏らした言葉に、隣でエミーちゃんがしみじみとうなずいた。
「うん。 やっぱりジャスはすごいわ……。 私も、できる限り手伝うからね」
「ありがとうね」
六歳にして既に頼もしささえ感じられるエミーちゃんに、俺はにっこり微笑んでお礼を言った。
学校が始まったら再び幼なじみーズの勉強会が始まるため、風の日と精霊の日はセーレたんと共に、積極的に道場の掃除などを手伝ってくれることになった。
まったく、なんていい娘だ……。
ちなみにエルネちゃんは今日から学校なので、次に会えるのは精霊の日になる。
「う、ううん、いいの! それくらいしか、私のできることなんてないもの」
「そんなことないさ、いつも頼りにしてるよ」
「そ、そうなん、だ……」
そして、俺がほめるとほんのりと顔を赤くして目を逸らす。 とても可愛らしい。
更に、エミーちゃんに対抗するようにマイシスターもヤル気を見せる。
「お兄ちゃん、わたしもがんばるね」
「うん、期待してるよ」
両肩に手を置いてそう言うと、セーレちゃんは嬉しそうに微笑んだ。 これからはお手伝いではなく一翼を担う存在になり、昨日からとても張り切っているのだ。
立派になったな、と俺も鼻が高い。
一方で、昨夜も恥ずかしいからと一緒に寝るのを断られてしまったが――って、そこも喜ぶべきところだよな。
「ニアも手伝うねー!」
みんなのお茶にシュガーを入れて回っていた我が娘が、スプーンを手にぴょんぴょん飛び跳ねてアピールしている。
この娘はこの娘で、よくリソ君の遊び相手をしてくれるという貢献をしてくれている。 だがそれよりも、せっかく精霊ネットワークで交友関係が広がったので、友達付き合いを通じてもっと成長してほしい……という理由から、シフトには組み込まれてはいない。
ネットワークに参加することは、この国に住む精霊にとって義務だからな。 立派なお仕事である。
……そして、メイドちゃんズも役割が変わる。
「これから、もっとガンバらなきゃですねー!」
しっぽを揺らしてグッと両手を握るチャロちゃんは、アナさんと同じように、日中はこっちの家での仕事がメインになる。 水の日は、道場に来てくれるけどね。
ちなみにチャロちゃんは、シフト変更のために今日は臨時のお休みである。 なので私服だ。
その隣の席では、メイド姿のマールちゃんが自分の胸元に手を置き、静かに決意を口にしていた。
「ジャス様付きのメイドとして……これまで以上に頑張ります」
とうとう俺の家ができたため、正式な俺付きのメイドさんであるマールちゃんは、いろいろと忙しい俺の代わりに道場の管理を任されることになった。
とはいっても、向こうで仕事をするのは大抵が昼過ぎまで。 夕方には帰ってくる。
もちろん、日替わりで誰かが手伝いに行くからマールちゃん一人に任せっきりというワケではないし、向こうに行かなくていい日もある。 その辺りのバランスはちゃんと考えた。
「うん。 頼りにしてる」
まっすぐ俺に向けられる視線に、俺も真正面から応えて信頼を伝える。
俺のテキストの手伝いもあるし、ますます負担をかけるなあ。
だけど、マールちゃんは――。
「はいっ」
むしろ嬉しそうな笑顔で、力強くうなずいてくれた。
暖かな小春日和の空の下を、俺が先頭になって歩く。 とはいっても、左右にセーレたんとエミーちゃんに挟まれているのだが。
雲は薄く、いい天気である。
「お兄ちゃんのお家、とってもすごいの~」
「それは楽しみね……ちょっと、ドキドキしてきたわ」
エミーちゃんが胸を押さえると、後ろでお袋がうふふふふふ~と笑った。 肩には水筒のカバンを掛けている。
明日から学校があるため、今日はエミーちゃんに道場のお披露目である。 ちなみにエミーちゃん、これが終わったらすぐに誰もいない家に帰って、ひとりで家事の残りをこなすらしい。 やっぱり、スゴイわ。
なお、一緒にアナさんも誘ったのだが「私は今度でいいわ」と辞退されてしまった。 ……苦笑いで。
「それ、向こうの鍵?」
「うん」
俺がポケットからジャラリと取り出すと、さっそく二人の注目を浴びた。
道場と住居部分が分かれているのもあり、コアラさんから受け取った鍵は複数ある。 それらは、この前エルネちゃんからもらった魔法陣っぽいキーホルダーにつけた。
俺が持っているのはマスターキーで、あとは管理人のマールちゃんと、保護者であるお袋がコピーを持っている。
「私も持っているけれど、ジャスのは自分の家のだものね。
……やっぱり、すごいわ」
「うんうん、すごいの~♪」
「あははは……」
二人からの熱い視線に、思わず照れ笑い。
鍵をまとめている輪っかに指を入れてぶら下げると、魔法陣型の金属プレートと複数の鍵が触れ合い、カチカチと音を鳴らす。
コアラさんから受け取ったときには「るんららー♪」だったので何とも思わなかったが……今更ながら、実際以上の重さを感じる。
学校も始まるし、気を引き締めないとな。
「う、うわあ……」
ゆっくりとお喋りをしながら歩き、道場前に到着。 新築同然の建物を見上げ、エミーちゃんが茫然としている。
セーレたんも同じように見上げ、昨日に続き感動のため息を漏らしていた。
「うふふふふ~。 そうよね~」
そんな二人を見て、お袋は顔をほころばせている。 それから俺にアイコンタクト。
あまりのんびりしている余裕はないので、早く門を開けて中に入ることにしよう。
「うわあぁぁぁぁぁ……♪」
道場案内すると、エミーちゃんは黄色いため息混じりの歓声を上げて喜んでくれた。
手を胸の前で組み、わずかに赤みのある茶色い瞳をきらめかせ、周囲三六〇度を見回している。
そこまで喜んでくれると、俺も借りて良かったと改めて思えるよ。
「あはははは……。 これでもう、学校のを借りなくていいでしょ」
「ええ!」
元気なエミーちゃんの返事が、小体育館のようなホールの中で反響した。
それがまた嬉しかったようで、「すごいっ、すごいっ」と小さな声ではしゃいでいる。
「これなら、思いっきり槍を振り回せるわ!」
「……お、おお」
可愛いなあーと思った矢先、見た目にそぐわずワイルドなお言葉が。
更にはセーレたんも「そうだよね~」と嬉しそうに腰をくねらせて相づちを打ち、お袋もぽんと手を合わせ「ママも、ときどきお稽古しようかしら~」とのたまう。
……さすがである。
「ねえ、ねえ」
「ん?」
俺の腕を掴んでくいくいと引っ張ってくるエミーちゃんに、首を傾ける。
「さっき、更衣室の向かいにあったの、用具庫よね?」
「うん」
珍しくテンションの高いエミーちゃんに、俺の頬も緩む。
ちなみにハニーは「みんなでおけいこ~♪」と言いながらくるくると回り、更にお袋も一緒に「みんなでお稽古ね~」とカバンを手に持ってくるくると回り始めた。
長い金色の髪がキラキラとなびいてキレイなのだが……それ以上早く回ると、スカートが浮きあがって太ももが見えますよ?
「その中って、もう武器とかあるの?」
鏡のようにツヤツヤしている床板に行きそうになった目を、エミーちゃんのツヤツヤとした笑顔の元へと戻す。
そ、そっちの中は見えていません。 大丈夫です。
「まあ、一応……」
というか、一通りなんでも揃っていると言っていい。
アレは、昔ハリウッド映画で観た、家の本棚を動かすと隠し部屋に武器がズラリ――といった感じによく似ている。
「そ、それ。 み、見たいって言ったら……だ、ダメ、かな?」
「……」
宝石のような瞳を潤ませ、上目遣いで俺を見つめるエミーちゃん。 背の高い彼女が身体を小さくしている姿は、とてつもなく愛らしいのだが――。
いかんせん、そのお願いは「武器庫が見たい」というものである。
それにしてもエミーちゃん、本当に武術に関することが大好きだよね……。
「だめ……?」
「……いいよ」
そこまで言われたら、俺も首を縦に振らないワケには行くまい。
――時間も忘れ、練習用の武器の数々を手に取ってはうっとりと恍惚に浸るエミーちゃんを、なんとか引っ剥がして道場を出る。
セーレたんもセーレたんで、ズラッと並ぶ各種魔導具のトリコになってたし。
見た目は花も恥じらう美幼女達だが、その嗜好はチトばかし野性的であった。
「ご、ごめんなさい……」
「ごめんなさい、お兄ちゃん」
「いや、気にしないで」
道場の鍵を閉めて振り返ると、二人がしょんぼりしていた。
だが、俺もアルヴィちゃんに初めて見せてもらったとき、初めて見る魔石の魔法陣の数々に目を奪われていたので、気持ちはよーく分かる。
頭をなでなでし、二人の笑顔が戻ったところで併設されている家の方へと向かう。
「うわあああ……♪」
玄関からピカピカの中を見て、またエミーちゃんが瞳を輝かせた。
大きく深呼吸をし、新築同然の香りを満喫しているあたりも、昨日の俺達と同じだ。
「ちょっと休憩しましょうか~」
今日はずっと俺に先頭を譲っているお袋が、後ろから提案をしてくれた。
肩にかけているカバンには、ここに来て飲むためのお茶とジュースが入っている。
「のど、かわいたね~」
「……そう、ね」
にっこりと微笑むセーレたんに対し、エミーちゃんはちょっぴり後ろ髪を引かれているような顔をしたが、すぐに賛成してくれた。 武器庫でいっぱい喋っていたし、きっとのどが乾いているんだろう。
なーに、部屋は逃げも隠れもしないさ。 いや、隠し部屋はあるんだけど……。
それはともかく、家の中を案内するのはひと息ついた後からでもいいだろう。 まだ時間は大丈夫みたいだし。
そして俺はそろそろトイレに行きたかったので、もちろん賛成したのであった。
ということで、目の前にある縦長のリビング兼ダイニングのドアを開けると――。
「よう」
見慣れた緑のお姉さんがイスに座り、テーブルに頬をついていた。 もう片手をひょいと軽く挙げ、なんとも気さくに挨拶をしてきた。
しかも……向かいの席には、図体のとても大きい、明るいリビングとは対照的に漆黒のマントで身を包んだお方までいらっしゃった。
「皆様、お邪魔しております」
「……ど、ども」
目を丸くして石化するエミーちゃんと、「アルヴィちゃんとトゥキさんだ~♪」とにこやかに手を振る妹様に挟まれた俺は、なんとか声を絞り出して挨拶に応えた。
魔力を全然感じなかったから、ビックリした……。
ちなみにお袋もまったく動じず、後ろから「あらあら~、おはようございます~」と二人に挨拶をした。
「マリエルもおるぞ? 今はトイレの掃除をしておるがな」
「……」
ずっと奥にあるトイレの方へ、チラッと目を向ける聖母様。 天下のオルスターマイナさんに、ナニをさせてるんだ……。
い、いや、一応はメイドさんだからいいのか? ……って、我が家のメイドさんじゃないだろう。
「んふふふふふ。 其方には借りがあるからな、気にするな」
でもさ、実際に掃除しているのはあんたじゃないよな……。
まあ、このヒトがトイレ掃除なんかしてたら、さすがの俺もひっくり返るけど。
「……っ!?」
いつも通りに話をしているが、俺の横ではエミーちゃんが直立姿勢で固まり、まるで子犬のようにぷるぷると震え始めた。
そういや、こんなに間近で見たの初めてだっけ? ……いや、俺が女装を披露したときとで二度目かな?
錆びついたロボットのようにムリヤリ首を動かし、今にも泣きそうな顔で俺に助けを求めてくるのはすっごく可愛いのだが……。
俺は優しく微笑み、背中を軽くさすりながら耳元でささやくように話しかけた。
「大丈夫だから」
「アルヴィちゃんもトゥキさんも、優しいよ~?」
セーレたんも俺越しにエミーちゃんを見て、ふにゃ~っとした笑みを見せた。 お袋も女神様スマイルを浮かべ、ゆっくりと首を縦に動かす。
俺が神様一家と仲よくなって以来、たびたび我が家にも訪れるようになったことは、アナさん一家にはそれとなーく伝えてあるし実際に見てもいる。 でなきゃ、この程度のリアクションでは済まなかっただろう。
そのおかげか、エミーちゃんの表情が少しだけ柔らかくなった。
「お、おひっ、おひひひさしぶりでででっ……」
ぷるぷると身体中が震えながらも、エミーちゃんはなんとか挨拶しようとスカートを摘む。 大したものだな……。
それをやんわりと手で制すと、アルヴィ様は頬杖をやめて優しく微笑む。
「作法など気にしなくとも良い、我等は遊びに来ておるのだからな」
トゥキさんも眉間のしわをわずかに緩め、小さくうなずきながら「お久し振りです」とひと言。
またエミーちゃんがピクンと反応したけど……このお兄さん、見た目は怖いけどいい人だからねー。
そうやって開けたドアの前で突っ立っていると、斜め奥にある別のドアが開き、深緑のメイド服を着たキレイな女性が姿を現した。
胸元に小さな国章をつけているその人は、言うまでもなくマリエルさんである。
「皆様、いらっしゃいませ。
……いえ、『お帰りなさいませ』と申し上げた方がよろしいでしょうか」
マリエルさんはくすくすと笑い――特に、まだぎこちないエミーちゃんへ温かな目差しを送ってから、本当に「お帰りなさいませ」と言って深々とお辞儀をした。 あまりにも自然かつ優雅なその所作に、思わず背筋を伸ばして同時に「た、ただいまです」と頭を下げ返す俺達。
ちなみに、声を詰まらせたのは俺とエミーちゃんだけである。
でも、おかげで更にエミーちゃんの硬直が解けた。
「今、お茶をお淹れしますね」
そして、マリエルさんは対面型のオープンキッチンへと入ってお茶の支度を始めた。 お茶っ葉、用意してあるのか……。
チラリを目を向けると、お袋は何も言わず穏やかに微笑んだ。
「ほれ、いつまで突っ立っておる。 座るが良いぞ」
ココ、俺ん家なんだけどな……まあいいや。
聖母様にそう言われ、少々モヤモヤとした気持ちを抱きながらも席に着く。
六脚あるイスはテーブルの長さに合わせ、それぞれ向かい合わせに二脚ずつと一脚ずつに分けて置かれている。 一脚の方にアルヴィちゃんがいるため俺がその向かいに座り、一人で二席分を占めそうなのにちょこんと座っているトゥキおにーさんの向かいに、お袋とエミーちゃんが腰掛ける。
「え、えっと……」
やはりエミーちゃんは、同じ席に着くことに抵抗を覚えたようだ。 イスを前に、ためらいの視線を見せた。
だけど、お袋やアルヴィちゃんをはじめ全員が微笑んで見せると、ぺこりと頭を下げて恐る恐るながらもイスに座った。
ちなみにセーレたんは、なんのためらいもなく暗黒卿の隣に座っている。 ……座高の差がすんげえ。
「どうぞ」
やがてティーセットを持ってきたマリエルさんが、順番に俺達に温かいお茶を注いでくれる。
「……」
その途中、お袋の前に置いたカップへ注ぎながら、マリエルさんは荷物置き用の棚に置かれたお袋のカバンに目をやり、小さな声で何やら言葉を交わしていた。 わずかに眉尻を下げたマリエルさんに、お袋がにこやかに笑いかけている。
恐らくは俺とお袋のアイコンタクトを見て、お茶を持ってきていたことに気づいたんだろう。 さすがである。
「はあ……美味しい」
「ありがとうございます」
そんな二人へ横目を向けるのをやめ、俺は静かにカップを傾けた。 香りが高く、とても美味しい。
セーレたんとエミーちゃんもお茶を飲んでほっとひと息つき、最後にお袋も口をつけてお茶の香りと味をほめる。 マリエルさんは聖母様の斜め後ろに立ち、爽やかに微笑んだ。
肩をすとーんと落としてリラックスしていると、圧倒的な存在感を放っている暗黒卿が、そのマントの中から巾着風にラッピングされた紙袋を出してテーブルの真ん中に置いた。
「先程、勝手ながら台所を拝借しまして、作ってみました。
お口に合えばいいのですが……」
とても男らしい太い指で、可愛らしいピンクのリボンを解く。 すると、開かれた紙の中には色とりどりのクッキーが……。
しかも全部、動物の顔の形をしている。
「あらまあ~♪」
「うわあ~っ♪」「す、すごい……」
言葉を失っている俺とは対照的に、女性陣は次々と感嘆の声を挙げた。 特にエミーちゃんは、目がこぼれ落ちそうなくらいにまん丸である。
だよなあー。 だって世間じゃ、仕事の鬼ってイメージだもの。
だが実際には、かつてマリエルさんが教えを受けたことがあるほどの家事スキルを持っているのである。
「トゥキさん……相変わらずスゴイね」
「恐縮です」
俺がほめると、トゥキさんはぷいっと顔を横に逸らして呟いた。
相変わらず、可愛らしいおにーさんである。
しかも――。
「……美味しい」
どうぞと促されて摘んでみれば、しっとりとしていてすごく美味しい。 俺が食べたのは白いねこさんだったのだが、バターの塩味がほんのりと利いていた。
手に取ってその造形の可愛らしさを楽しんでいたお袋達も、ぱくりと口に入れては美味しい美味しいと目を細める。 まだちょっと緊張していたエミーちゃんにも笑みが浮かんでいた。
女の子でもひと口にできる大きさに焼いてあるところが、また憎らしいよなあ。
「ときどき差し入れを下さるのですけれど、トゥキ様のお菓子は私達の中でも大人気なんですよ」
クッキーを食べてはお茶を飲んでため息をつく俺達を眺めながら、マリエルさんが嬉しそうな顔をしてそんなことを教えてくれる。 またお兄さんが横を向いた。
でも、そりゃそうだろうなぁ。 こんなにキュートでしかも美味しいとか、乙女心にキュンキュンこないワケがない。
現に俺だってキュンキュンである。
「トゥキよ、其方という男は……」
ピンクに着色されたうさぎさんクッキーを摘んで裏表を見ながら、片手で頬杖をついた母親がため息をついた。
ホント、誰に似たんだろうねえ。
「お兄ちゃん、おいしいね~♪」
「う、うん。 そうだな……」
国政顧問様の手作りクッキーを摘みながら、オルスターマイナ様の入れてくれたお茶を楽しむ。
なんとも、ぜいたくな午前のティータイムであった。




