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そだ☆シス  作者: Mie
帰還編
634/744

597 匠の仕事 ~ なんということでしょう

挿絵(By みてみん)





 あー、雲が浮かんでるー。 精霊さんも飛んでるよおー?


 誰かさんの笑い声を右から左へと聞き流していることしばらくの後、コアラさんを先頭にして親父とお袋が出てきた。

 親父はなぜか無表情だったが、お袋は周りがキラキラして見えるほどにご機嫌である。

 なお、マリエルさんそっくりに扮している聖母様は、何事もなかったかのように俺の横に立っている。


「あら~? セーレちゃん達は、まだ戻ってきていないのね~?」


「うん」


 きっと、案内の最中に会ったのだろう。 みんながどこに行ったのかを言う必要はなかった。

 裏からでも住居部分の中に入れる構造になっていたハズだけど、みんな一緒に入ったら窮屈だからという理由で分かれたのだから、中には入っていないだろう。 となれば文字通り、裏で楽しく井戸端会議でもしているのかな?

 まあ、マリエルさんも一緒なんだし、じきに戻って来るだろう。


「ところで、どうだった?」


 俺はまだ見ていない、家の中について感想を聞いてみる。

 すると、お袋はまるで天から神様でも降りてきたかのような、至福に満ちた笑顔を浮かべた。 ぱふっと音もなく両手を合わせ、両腕に挟まれた二つのめろんがふにょんと形を変える。


「ええ~、とても素敵だったわ~♪」


 それから隣のスポンサー様に「本当にありがとうございます~」と、深々と頭を下げた。 親父もそれに合わせて腰を折る。

 ……親父はほぼ間違いなく、このお方の正体を見抜いているな。


「んっふっふ。 お気に召したようで、(わたくし)も嬉しいですわ」


 青いお姉さんも、大人びた微笑みをたたえて応えているが……どーにも黒いモノが混じっているような気がしてならない。


「マリエルとあれこれ意見を交わしながら選んだのですよ? ああいう買い物は久し振りで、私も楽しかったですわ」


「あら~」


 二人がすごく楽しそうに話をしている。 お袋はのほほ~んとしているように見えて、実は衣食住に関することには細かいこだわりを持っていたりする。 日常的に使うからこそ、ちょっと高くてもいいものを選ぶ人なのだ。

 セラさんも同じだから、きっと母親譲りなのだろう。


「……フッ」


 その後ろでやや硬い表情をしていた親父だったが、談笑する二人を見てわずかに口元を緩ませた。

 そして仮名お姉さんに小さく会釈をすると、俺の前にやってきて肩に手を置き、ちょっと離れたところへと連れて行く。



「なあ、ジャス」


「ん?」


 優しい声色の親父を見上げ、俺は小首を傾げた。 何の話だろう?

 春の陽だまりのような、とても温かな目差し。 親父は俺の肩をぽんぽんと叩き、次に頭の上に手を移すと、再びぽんぽんと数回。

 まるで、俺の成長を確かめているかのように。


「まあ、なんだ。 お前のことだから、大丈夫だとは思っているが――」


「んん?」


 珍しく歯切れが悪いな……。

 俺は頭に大きな手を置かれたまま、更に首を傾けた。




「――俺は最期まで、お前の味方だからな」




「どういう意味っ!?」


 とっても温かい目だなーと思ったら、なんか覚悟してる目だった!?

 置かれた手がすっごく重たいよ!


「い、いや……何か困った事があれば俺に任せろ、と言ってやりたいところだが……。 流石(さすが)に、俺の手には余りそうなのでな」


 うふふ~と楽しそうにお話ししているお袋と神様に一瞬だけ目をやり、親父が苦笑いを見せる。


「いやいや、何もない――」


 すぐに笑って否定しようと思い……言葉に詰まった。

 だって、何もないワケがないじゃない。 聖母様だもの。


「な、何もない……ことはないだろうけど。 まあ、そこまでのことじゃないよ」


 うんうんと、頭に重さを感じながら何度もうなずく俺。 願望も多分に混ざっているが。

 だけど、今後どれだけトンデモないことが起こったとしても、親父が心配してくれているようなシリアスな事態には起こらない。 万が一あったとしても、彼女が解決してくれる。

 その点で、俺はあいつに微塵(みじん)の疑いも持っていない。



「だって、友達だからね」



 だから、俺は胸を張ってそう言えるのだ。

 親父は俺の表情に目を見張らせ、やがて安堵の笑みと共に大きくため息をついた。


「……ふぅ。 まったく、お前は一体誰に似たんだ」


「えっ? それはもちろん、パパやママや、家族のみんなじゃないの?」


 首を横に倒し、あどけない表情を作って見せる。 すると親父は「うぐっ」と声を詰まらせ、俺はつい小さく噴き出してしまった。

 俺の前世の影響がないとは言えないけど、まさか王様やそれ以上の人達と接して平然としていられる度胸など、持ち合わせてはいない。 俺は間違いなく、あっちでいかにも何も聞いてないフリをしているコアラさんと同じ側だった。 だったら今の俺は間違いなく、みんなの影響を受けて成長しているのだ。

 今もすぐそばで神様相手に談笑しているお袋や、かつて命をかけて生まれた街を護り抜いた親父とか、さ。


「やれやれ……大した息子だよ、お前は」


「おかげさまでね」


 俺の頭をぽんぽん叩きながら歯を見せて笑う親父に、俺も同じような笑みでお返し。

 ちょっとは俺も、そんなみんなに近づいてきたかな?



「つい話し込んでしまいました、申し訳ございません」


 間もなくして、リソ君とマリエルさんを先頭にしてセーレたん達が裏の細道から帰ってきた。 ぺこりと頭を下げているけど、この女性(ひと)のことだから、出てくるタイミングを図っていたのかもしれない。

 メイドちゃんズも仮名さんのところへ行き、何やら深々と頭を下げてお礼を言っていた。 嬉しそうな顔をしているから、きっと裏で何かいいものを見つけたんだろうな。

 頭に我が娘を乗せたセーレたんも一緒にお辞儀していて、それが終わると小走りで俺のところへ戻ってきた。


「お兄ちゃん、遅くなってごめんなさ~い」

「ママ、ごめんねー」


「ううん、気にしてないよ」


 俺は、ニアちゃんとセーレたんの頭を順番になでた。 なんのお喋りをしてきたかは……聞かないでおこう。


「では、改めてご案内致します」


「よろしくお願いします」「お願いしますー」


 マイブラザーと繋いでいる手を前後に揺らしながら、マリエルさんとメイドちゃんズが頭を下げ合っている。 更に二人は俺達の方にも目を向けて、軽くぺこり。

 楽しみにしてくれている妹様には悪いのだが、同じくらい楽しみにしているメイドちゃんズに順番を譲ってあげたのだ。

 その分、セーレたんにはゆっくりと家の中を見て回ってもらうつもりである。


「いってらっしゃ~い」


 三人で手を振り、家の中へ入っていくメイドさんトリオwithリソ君を見送った。



 待っている間、セーレたんは我が娘を頭に乗っけたまま、お袋と一緒にまだ茶色い土だけの花壇を見てお喋りを始めた。

 午前の穏やかな光の下、同じ白い服を着て、見た目もそっくりな親娘が楽しそうにしている。 とても絵になる、眺めているだけで心が癒される光景だ。

 俺がトイレに行って戻って来ると、二人はしゃがんで土いじりを始めていて、ニアちゃんも地面に降りて同じように土を手に取ってみたり、とことこと歩き回って土の感触を確かめたりしていた。 アルヴ――今はアイリーンさんも、その横で話に加わっていた。

 ちなみに、親父はしばらく衛兵のように直立不動していたものの、しばらくすると隅っこで空を眺めていたコアラさんに近づき声をかけ、二人で道場の中へ入っていった。 トイレかな?

 道場と住居で共用になっているので、どちらからでも入れるようになっているのだ。 下見のときは古ぼけた感じの否めなかったトイレだったが、今や俺ん()並にキレイになっていて驚いた。


「すごかったですねー!」

「素敵すぎます……♪」


 どれくらい、まったりと過ごしていただろうか。 親父と道場で軽~く運動していると、セーレたんに呼ばれたのでまた外に出てきた。

 出てきたメイドちゃんズは感激した様子でお袋達と話をしていて、俺や親父と目が合うと「遅くなりました」と頭を下げる。

 もちろん、気になんかしていないので笑顔を返す。 俺ではなくアルヴィちゃんのやってくれたことだが、喜んでくれてなによりだ。


「お兄ちゃん……っ♪」


「うん、行こう」


 持ってきた水筒からお茶をもらって飲んでいると、セーレたんがいよいよガマンも限界とばかりに目を輝かせ、身体を小刻みに震わせていた。

 子犬みたいな可愛らしさに思わず頬が緩み、柔らかな金色の髪の上から頭をなでなでする。

 そして、案内してくれる仮名さんがこちらにやってくる。


「ええ、行きましょうか……んふふっ」


 堪えきれない笑いを漏らすその表情は、とても怪しかった。

 しかし、内装がマトモなことはみんなの反応を見れば明らかで、また実際にトイレもこの目で見ているので安心できる……ハズである。

 たぶんな。


「……そだね」


 それでも、きっと何かあるんだろうなーという覚悟をしつつ、マイハニーを左にくっつけた俺は小さくうなずいたのであった。




 ――ちょっとドキドキしながら、ついに俺のお宅拝見。

 二度の人生を振り返っても、これが初めてのマイホームである。 しかも、ローンがないのだ!


「……おーぅ、いえー」

「わああああ~っ♪」「キレイだねー!」


 奥に細長い、小さな二階建ての住居部分。 俺とセーレたんとニアちゃん、三人から同時に高い声が上がる。 仮名さんは嬉しそうに胸を張った。

 玄関もその奥に続いている廊下も小さく狭いものの、新築のような木の香りと、床の木の肌と白い壁とのコントラストが清潔感にあふれており、圧迫感も感じられない。 天井の高さは普通だしな。

 この家も玄関は吹き抜けになっているため、高い窓から光が入ってくるのでとても明るい。

 ちなみに我が娘は、半透明の羽を出して俺達の周りをぱたぱたと飛び回っている。 その羽根から絶えず光の粒がこぼれ落ちているので、ますます家の中がキレイに見えるのだ。


「とっても、すてきです……♪」


「そうだな……ん?」


 俺と一緒に見上げ、縦長の吹き抜けを見てキラキラとした瞳を細めているハニー。 とても喜んでいる。

 そしてふと右側を見てみると、階段には絨毯が敷かれていて、足下に縦長の靴箱が置かれていた。 その上には可愛らしい鉢植えが置かれており、しかもいちばん下の段にはある程度のロングブーツが置けるようになっている。

 細やかな気配りだ。


「脱いで上がるんだ」


「うむ」


 俺の呟くような声に、案内役の聖母様が応えた。 隠すべき相手がいないせいか、口調が素に戻っている。

 家の中で靴を脱ぐのは子供部屋だけ、というのがこの国の常識だ。 それが二階全体、というのはかなり珍しい。

 るー君のところは室内全部が土足厳禁だけど、それは子供専用の別邸だからこそである。


「裸足になるのは、我にとっても気持ち良いのでな」


「へえー」


 隣でハニーがうんうんと同意しているが、この精霊様の衣服や靴はすべて自前――要するに身体の一部である。 例外は、今はかけていない伊達メガネだけ。

 確かに俺の部屋では、いつもベッドの上で生脚をブラブラさせてリラックスしていたけど。

 ……わざと、俺から見えそーで見えない絶妙な角度を狙った上でな。


()ずは、下の階を見せよう」


「ん」「はあ~い」


 左右に揺れる青い髪について、二人で廊下の奥へとついていく――と思いきや、入ってすぐ右側にもある短い廊下の方へ歩き出すお姉さん。

 頭の上を飛行中のニアちゃんも、「およ?」と方向転換をしてついていく。


「最初の部屋だな。 んふふ」


 玄関からも見えている、すぐそこのドアノブに手をかける仮名さん。

 よりにもよって聖母様にドアを開けてもらうなど、普通は想像だにしないことなんだろうが……この場にいる誰もが気にもしない。


「ああ~……」


 セーレたんは、期待に小さなお胸を膨らませている。

 俺も中の部屋が何かは知っているが、それが今どうなっているかは聞かされていない。 ドキドキである。



「おおー……!」

「ふわあ~~~っ」「うわあーっ」


 開けてもらったドアの中を覗くと、奥まで見通せる長細いリビング兼キッチンが見えた。 ここも床は木の板張りで、壁には白い壁紙が使われている。 ちなみに隣家が近い右側の窓は磨りガラスになっていて、明るさだけを取り入れていた。

 さっきこの子やメイドちゃんズが家の奥へ歩いていった細道が、ちょうど窓の向こう側にある。


 室内は手前部分がダイニングで、ちょっと可愛らしいテーブルにイスが六つ。 食事を囲むには狭そうだが、おやつを楽しむには十分である。

 そのすぐ奥はなんとキッチンで、隣にはコンロを兼ねたレンガ造りの小さな暖炉が設置されている。 料理をしている人と、直接顔を見ながら話ができるオープンキッチンだ。

 ……ハイカラすぎだろ。


「すご~いっ♪」


 中途半端な位置にあるキッチンに首を傾げていたセーレたんに説明してあげると、一気に花開くような笑顔になってぱちぱちと手を叩き始める。

 お袋もメイドちゃんズも喜んでいたけど……そりゃあ、喜ぶわ。


「かなり珍しい様式なのだが、流石よく知っているな?」


「あ、あははー」


 セーレたんを見ながらニヤニヤしているお姉さんから言われ、ムダだと知りつつも笑ってごまかす。


「わーいっ」


 ニアちゃんが嬉しそうに両手を広げ、キッチンの向こう側へと飛んでいく。 俺達も進んでいくと、やはり見えたのは調理場である。

 暖炉を角にしたL字型の調理台と、既に食器がたくさん収納されている食器棚。 右奥には外へ出られる勝手口と、更に奥にある脱衣場へ通じているドアもある。

 そしてこちら側にも四人くらいが囲めそうな、小さいテーブルとイスがあった。


「みんなで、お料理ができたら楽しそう~」


「そうだねー」


 おっ、セーレたん。 そういうセリフが出るようになったかー。

 思わずほっこりである。


「それにしても……」


 マイシスターの笑顔もいいのだが、俺が目を向けたのは廊下側。

 下見のときは普通の壁だったハズが、今は小さな覗き窓がいっぱい作られていた。 そのおかげで、縦長の部屋が横にも広く感じられる。


「これ、いいよな」


「んっふっふ。 そうだろう」


 廊下の道場側は完全に壁なので、道場から覗かれる心配はない。

 むしろ、廊下から中に誰かいるのか見えるはメリットだろう。 まっすぐ延びる廊下が明るかったのは、このせいでもあったようだ。

 うーん、ますますをもってハイカラだ。


 廊下側にも作られているドアの二つの内、奥の方から出て隣の部屋へ。

 その中は狭い脱衣場であり、右側にはキッチンへ出るドア、左側には風呂場へのドアがある。


「残念だろうが、そのドアは内側からしか開かんぞ?」


「残念じゃねーよ」


 右のドアを指差し失敬なことを言う聖母様に、手の甲でツッコミを入れる。

 マイシスターがきょとんとしているが、今はまだ分からなくていいからね?


「で、此処(ここ)が風呂だな」


「ふーん」


 別に、風呂は向こうの家に帰ってから入ればいいから興味ないんだけどなー。

 とは思ったのだが、ドアを開けてくれたので一応は覗いておく。


「え?」


 そこで、俺が見たものは――。



「……湯浴び器(シャワー)?」

「にゃ?」


「ふふん♪」


 後ろで、アルヴィちゃんが胸を張っているっぽい声がする。

 一緒に覗いているセーレたんが小首を傾げ、頭の上でニアちゃんが「なんでお風呂にジョウロがあるのー?」と言っているが。

 小さな石造りの浴槽の隣の壁に備え付けられている物体は……どう見ても、固定式のシャワーであった。

 立っているとき用と座ったとき用、二人が同時に使えるようにと縦ではなく斜めに設置されている。


「んっふっふー、どうだ!」


「や、やり過ぎでは……?」


 シャワーなんて、向こうの家にもないんですけど……。

 キッチンの水道も井戸から直接汲み上げる魔導式だったし、当然こっちも魔導具である。 費用的な理由はもちろんのこと、魔力的にもまさしく「湯水のごとく」だな。

 実は、お袋が王都へ引っ越して来るちょっと前に「湯浴び器(シャワー)」なるものの存在を知り、今の我が家に設置したかったんだそうだが……そんな理由から諦めたらしいというシロモノである。


「なんというコトでしょう……」


 使い方を知って感心しているハニーと我が娘を横目に、俺は戦慄した。




 既に実際に使って知っているトイレや、さっきまでセーレたん達がいた裏庭はスキップして――。

 いよいよ俺達は、未知なる二階へと足を踏み入れる。

 なにしろ、二階はこの聖母様の「隠れ家」のあるフロアである。 たとえ、いきなりガーゴイル像があったとしても不思議ではない。


「石像など置く訳がなかろう。 床が抜けるではないか」


「……」


 階段の途中で聖母様に常識的なことを言われ、なんだかすっごく悔しい気持ちになった。

 彼女のおしりを見上げないように階段を上り、絨毯がずっと続いている二階へ。

 見えてきたフロアには特段おかしなところはなく、白くキレイな壁紙と、真正面にはやはり新しくなっている木のドアがあった。


「此処は、其方(そなた)達の勉強部屋だ」


「ほー」「わあ~♪」


 確かに、下見のときにそういう話はしていたのだが、本当にそのように作ってくれたらしい。

 道場といい、下の階の設備といい……本当にもう、頭が上がらないなコレ。


「んふ」


 長い髪をひるがえして振り返り、ドアの前で薄く微笑む聖母様。

 はいはい、分かってますよー。 そっちが勝手にやったんだから恩に着るなって言いたいんだろう?

 ……だがな、口には出さず感謝の気持ちを抱くのは、俺の勝手だ。


「……」


 肩に留まった娘をなでながら、彼女は口元を緩めて前を向き、ドアノブを握った。

 振り返ったニアちゃんが「にゅふふー」と笑っているが……まさか、分かっちゃった?



「わあ~っ」


 セーレたんの、感心の色が強そうな声が空間に広がる。

 目に飛び込んできたのは、あんまり広くはないけれども、ムダなものがなく勉強に適した部屋。 とはいえ、おおよそ六畳分くらいはあるだろうか。 十分な広さである。

 右側のお隣さんの家が見える窓は大きく、部屋の真ん中には、絨毯に直接座って使う大きなテーブルがドンとひとつ。 窓にはちゃんとカーテンもついている。

 あとは入口側の壁に大きめの本棚と、反対側に荷物を置けそうな空っぽの棚。 それから……。

 窓から射し込む光を照り返す、大きめの黒板が壁に設置されていた。 その横には、廊下に出るもうひとつのドアもある。

 ちなみにこっちには、廊下が見える覗き窓はついていない。


「これは……口にせざるを得ないな。 ありがとう」


 ちょうど真下にあるだろう、暖炉から続くレンガが、入口から見て右奥の壁の一部に見えている。 暖房が利く、ということだ。

 それ自体は下見のときから同じなんだけど、シンプルながら勉強に集中できる、俺の考えられる限りベストと言える環境であった。


「防音性もあるぞ」


「なんてこった……」


 ますます完璧ではないか。

 彼女に促されて黒板の前に立ってみれば、我が妹ちゃんが適当な場所に座る。 我が娘はテーブルの上だ。


「お兄ちゃん先生、よろしくお願いしま~す」

「しまーっす!」


 我が家(マイホーム)の中に作られた、俺達の教室(マイホームルーム)。 席に着いた可愛い生徒達が、俺に笑顔を見せてくれる。

 ……ちょっと、感動してしまった。


「うむ、存分に学ぶと良い」


 彼女の言葉に、俺達はそろって強くうなずいた。



「では、次の部屋だな」


 もうひとつの扉から部屋を出て、階段から右へL字になっている廊下に出る。

 実は薄々気づいてはいたのだが、なんと道場に面している壁にはめ殺しの覗き窓がいくつも作られていた。 だって、道場を見たときや、階段で上がってくるときにもチラッと見えたからな。

 これもまた、リフォーム前にはなかったものである。


「其方達の背では難しかろうが、覗き込めば下の様子が見えるぞ」


「へー……」


 触手でハニーも一緒にリフトアップして覗いてみると、確かに。

 親父がリソ君と遊び、お袋達がそれを眺めてにこにこしているのが見える。


「あっ」


 リソ君の「ふぁんちー」が、親父の下腹部に――。


「んにゃ? パパ~?」


「……」


 首を傾けているセーレたんの頭をなでながら、俺は触手リフトを元に戻す。

 武士の情けだ。 面白ビデオのごとく直撃をもらい、板張りの床にうずくまった親父は見なかったことにしよう。


「ありゃりゃー。 パパさん、痛そー」

「んっふっふっふ……!」


「だから、笑うなっての」


 それに比べて、ニアちゃんはえらいなー。 あとで触手を食べさせてあげよう。


 ……痛ましい事故もあったが、俺達は出てきたドアのすぐ左にある、別のドアを開けてもらい中を覗く。

 カーテンの閉まった薄暗い部屋の明かりを点けると、真っ先に大きなベッドが目に入った。


「此処は寝室。 兼、休憩室だ」


「へえー」


 あまり使う機会はないだろうけど、一応は家だ。 寝られるところがあっても不思議ではない。

 それに、稽古中にケガをしたり、急に気分が悪くなったりすることもあるかもしれない。 そう考えると、休めるところはあった方がいいだろう。 リソ君のお昼寝にも良さそうだ。

 着替えや薬などを入れておくには十分すぎる立派なタンスもあるし、看病している間に書き物ができそうな小さなテーブルや、鏡のついた化粧台なんかも置いてある。



「――ん?」


 なんで、化粧台?

 セーレたんが嬉しそうにその前に座ったが、当然ながら今のハニーに化粧など必要ない。 というか、ウチは誰も化粧しないし。

 いや、あっちゃダメってことはないけどさ……。

 俺が首をひねっていると、我が娘を肩に乗っけた聖母様がベッドに腰掛けて脚を組みながら、イヤ~な笑みを浮かべた。




「んふふふふふ……。 この部屋の防音性は、隣以上にしてある。


 (たと)えどれほど大声で叫ぼうと、外に漏れることはないぞ?」



「……」


 片方のほっぺが、ピクピクと引き攣る。

 おい。 それって……そういう意味か。

 ココなら誰の目も耳も気にせず、思う存分マッサージができるって意味ですかッ!?


「ふふっ、嬉しかろう?」


「う、嬉し――」


 とっさに叫び返そうとしたが。 ……都合がいいのは、確かだよな。

 わりとみんな、声が大きいし。


「……」


 まさかとは思うが――。

 みんなが喜んでいた理由のひとつに、コレも含まれていたりする?




 とてもビミョーな気持ちになり、寝室――休憩室を後にする。

 こしょこしょとアイツから耳打ちされたセーレたんが、潤んだ瞳で俺を見つめてきたが……ここはスルーあるのみである。

 再び廊下に出ると、女悪代官様はニヤニヤしたまま、突き当たりに向かって歩き始めた。


「んふふふっ。 最後に此処が、我の部屋だ」


「へ?」


 と言われても、廊下の突き当たりである。

 いや……確かに、ココにはもうひとつ部屋があったな。

 下見のときにコアラさんことオーリン氏が言っていた、一応はこの家で最も広いという部屋が。


『……あっ』


 俺とハニーの声が重なった。

 白い壁紙の模様で非常に判りにくいが、よーく見ると、行き止まりの壁にうっすらと隠しドアらしき切れ目が。

 既にマリエルさんは「隠れ家」のことを知っているというのに、それでもわざわざこんな凝ったモノを作るとは。

 ニアちゃんも感心し、壁に貼りついてその切れ目を触って確かめている。


「マリエルは知っておるが、其方達の家族以外に知れると(まず)かろう」


「それはそうか……」


 今後、幼なじみーズがココに毎週来ることになるワケだし、他にお客さんが絶対に来ないとも限らない。

 知らずにいきなりこの国の守護神様とバッタリ出くわしてしまったら、一般人はショックで気絶してしまう。

 となれば、開かずの間としておくよりも、隠し扉の方がより安全か。


「で、どうやったら開くのコレ?」


 セーレたんもぺたぺたと壁を触り始めたが、開く気配は一向にない。

 不用意に開いても困るけど、じゃあどうすれば開くのか、にわかに興味が湧いてくる。

 まさか……切れ目すらフェイクで、ホントは物質透過しないと入れないとか?


「んっふっふ。 そこで、アーンスロールがいい仕事をしてくれてな」


 ここで急に彼女の口から出た、アーンさんの名前。


「御使いのペンダントを扉に向け、魔力を込めてみよ」


「……うん」


 まさかと思いつつ、服の中に手を入れてペンダントを取り出す。

 で、言われた通りに碧の石を壁に向け魔力を込めると。


「うおっ!?」

「わあっ!」「おわーっ!」


 俺だけでなく、ハニーと我が娘も驚きの声を上げた。

 なんと、切れ目に沿って壁がガコンと凹み、続いて右側にすーっとスライドしていくではないか!

 まるでスパイ映画のようである。


「魔力認証・自動開閉式の隠し扉だ」


「す、すげえ……」


 さすがはアーンさん。 るー君とこの会社で、魔導具開発の仕事をしているだけのことはある。

 魔力――オドとは、ありとあらゆる生物の核である「魂」を形成しているもの。 人によって千差万別であり、双子であろうとも同一ではあり得ない。

 となれば、コレはDNA以上の、まさに魔法の存在する世界における究極の生体認証だ。


「この扉は、許可されている者のオドと、我の造った魔石の両方が必要なのだ」


「はぁ……」


 部屋の中を見るのも忘れてポカーンとしていると、スライドしていたドアが再びすーっと元に戻っていき、壁が塞がった。


「ニアの石は無論、セーレちゃんの石でもできるぞ?」


「そなんだー!」「ほんと~!?」


 喜んだ二人がペンダントを出して試みると、またドアが凹んでスライドしていく。

 何度見てもスゲーや……。


(ちな)みに、セフィアにもペンダントを渡したぞ」


「マジかっ」


 お袋、いつの間に……。

 ずいぶんと打ち解けていたが、石をもらえるほどに「お友達」になっていた我らがお袋は、さすがであった。




「さあ、扉はもう良かろう? それよりも、早く中に入るが良い!」


 というか、早く見てほしそーなのを隠そうとして隠せていない、ちょっとうわずった声に背中を押されて苦笑いしつつ中へ。


「おーう……」


 見えていたので分かってはいたけど――うん、緑だ。

 絨毯はもちろんのこと、天井も壁も白に近いものの、うっすらと淡いグリーンである。 持ち主はとても心臓に悪いキャラなのに、部屋の方はとても目に優しそーである。

 城の別館にある彼女の部屋と同じく、あるのは主にでっかいテーブルとソファー、そして天蓋(てんがい)つきのベッドのみ。 ベッドの四隅には金色のポールが立っており、天井付近から薄く透けて見える緑の布が幕のように半分垂れ下がっている。 聞くまでもなく、蚊帳(かや)ではないだろう。

 正面と右側の窓には緑のカーテンがかかっているが、明かりがついているので室内はとても明るい。

 ……さすがに、照明まで緑ということはなかった。


 で、道場に接する左の壁はというと――。



「どうだ、最高の出来であろう?」


「……」


 セーレたんとニアちゃんは今日イチバンかもしれない感激の声を上げているが、俺だけは逆に声が出ず、かつ開いた口が塞がらなかった。


「例の画家に依頼して、描かせたのだ」


 うん、すぐ見て分かったよ。 あーあ、アフロさん、かわいそうに……。 きっと真っ白に燃え尽きたろう。

 窓のない代わりに、壁に描かれた特大の絵画。

 そこには――。



「わあああ~っ! 可愛いの~♪」


「うんうん、すっごくカワイイねー!」


「んふふふふふっ♪ そうだろう、そうだろう!」



 キラキラの光と、咲き乱れた大量の花を背景にして。

 長い碧の髪に碧色のメイド服を着て腰をくねらせ、口元に人差し指を当てて「うふふ~♪」と、可愛らしいポーズを決めた女の子。

 ひらりとスカートが舞い上がり、白いアンダースカートと共にチラリと覗く白い脚がちょっぴりセクシーだ。

 すなわち――。




「ぐふっ」


 ――ツインテールのカツラを被った、俺の姿が描かれていた。





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