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そだ☆シス  作者: Mie
帰還編
631/744

594 雨降る午前のシンデレラ

 今朝は薄暗く雨も降っているが、俺は対照的にルンルン気分である。

 気がつくと頬が緩んでいる。


「ママー、笑い方がパパとそっくりだねー」


 肩に乗る我が娘の指摘を受け、部屋の姿見を覗くと――。

 平静を装いつつも奥に光を宿す碧の瞳と、緩やかに上向きのアーチを描く瑞々しい唇。

 いかにも何か企んでいそうな、悪の幼児が立っていた。


「……」


 見なかったことにしよう。

 我が娘はなぜか嬉しそうに、肩の上で踊り始めた。




挿絵(By みてみん)



 明日は聖母様から時間を空けておくように言われているし、明後日(あさって)からはとうとう学校が始まる。

 天気予報の内容は良くなかったけれど、まともに空いている日は今日しかない。

 と、いうことで。


「セーレちゃん、一緒に遊びに行こう」


 昨夜の食卓の場で、そのように誘ってみた。


「……え?」


 食べ終わってお茶で一服もしたところで、さあ後片付けにと立ち上がろうとしていたセーレたんが、キレイな蒼の瞳をパチクリさせた。

 俺はハニーの肩に手を置いて浮いたおしりをイスに戻させると、その訳を話した。


「ほら、もうすぐ学校もあるじゃない? せっかくセーレちゃんが帰ってきたのに、あんまりのんびりする時間もなかったからさ」


 実際には「ゆっくりしてていいよ~」とお袋達も言ったのだが、本人がお手伝いする気マンマンだったので、今まで通り……それ以上にお手伝いをしてもらっていたのだ。

 もともと器用な子ではあったけど、帰ってきてからのこの子はビックリするくらいにあらゆる手際が良くなっていて、メイドちゃんズは驚きお袋は嬉しそうに微笑んでいた。

 だからこそ、実質的にまともに休めそうな最後の日である翌日――すなわち今日くらいは、羽を伸ばしてもらおうと思ったのである。

 セラさんとこで頑張った、ごほうびも兼ねてな。


 もちろん遊びに行くと言っても、近所の公園や初学校などではない。

 もう少し、オトナな遊びである。


「セーレちゃん、まだ使節祭に行ってないでしょ? 一緒に行こうよ」


「ふぇっ」


 キレイな目を見つめながら、手を差し出してもう一度誘うと。

 その中に、満天の星空が急速に広がっていく。

 そして。


「……ふええええっ!?」


 ぼんっと音がしそうなくらいに、一瞬にして顔が赤くなった。

 両手で頬を押さえ、指の隙間からキラキラした目を覗かせている。


「あはは」


 あーもう、可愛いなあー。 帰ってきたから何度も見ている反応なので戸惑うことはなくなったが、落ち着いてくるにしたがって可愛く思う気持ちがドンドン大きくなっていく。

 そんな顔をもっと見せてほしい、なんて考える俺は……やはり、悪いお兄ちゃんなのかもしれない。

 だけど親父達みんなも、そんなセーレたんを微笑ましげに見ている。


「にゅっふふーん?」


 ……ニアちゃんはテーブルの上で、口に手を当てて近所の奥様のような笑い方をしているが。 ちなみに俺の企みについては、本人以外のみんなが知るところである。

 そんな笑い方、いったいどこで覚えてきたんだろうなーと思っていると、特に嬉しそうにしているお袋が「ぱふっ」と手を合わせて弾んだ声で言った。


「うふふふふ~♪ せっかくだから、二人っきりで行くといいんじゃないかしら~?」


「ふえええええっ!?」

「えええーっ!?」


 俺とハニーの絶叫が重なった。 いやいやいや、さすがに子供二人じゃ何かあったらいけないからって、お袋に同伴を頼んだじゃん!

 近所へお使いに行く程度ならともかく、いろんな人でごった返すお祭り騒ぎの中に繰り出すとなれば、こんな歳の子供だけでは厄介なトラブルに巻き込まれないとは言い切れない。

 学校の先生からも禁止されているんだよ?


「……うふふっ、冗談よ~」


『ほっ……』


 二人で慌てていると、お袋はにっこり笑って取り消した。 同時にため息をついて胸をなで下ろす。

 まったく……お袋は冗談でも本気でも、まったく同じようににこにこしているから困る。

 冗談みたいなことを、本気で言うときもあるしな。 油断ならぬお方である。




************



 ――そんなことがあり、今朝に至る。

 同伴者つきとはいえ、俺と久し振りのお出かけ(デート)とあって、昨夜も我が娘と二人っきりで夜を過ごした俺ではあるが。

 今は鼻唄でも口ずさみそうなほどの上機嫌で、廊下の窓から見える雨を見ながら玄関で彼女を待っているワケだ。


「荒川区内~」


 って、古いよ! 雪へと変わるほど寒くもないし。

 ビミョーに冷える玄関でどーでもいいコトことを考えていると、すぐ近くにある階段から雪のようなお姫様が下りてきた。


「え、えへへへ……お待たせ、しました」


 はにかみながらやってきたセーレちゃんは、帰ってきた夜に着ていた白いドレスをまとっていた。 更に頭の後ろには白いリボンをつけ、首元にはアルヴィちゃんからもらった蒼い石のプチネックレスをつけている。

 外が晴れていないのが残念だが、薄暗い外と廊下の明かりの下で見る彼女の姿は、それでも十分に眩しかった。

 階段を下りるたびに波打つ金色の髪が揺れ、まるで彼女の周りで光の妖精が戯れているかのごとく、キラキラときらめいている。


「ううん、待ってないよ」


 口にしてから、デートの定番のセリフだなと思ったが、まったくの本心である。

 実をいうと、一度トイレに離れて帰ってきたくらいの時間は経っているのだけど、そんなことはまったく気にならない。

 モデルがいいのはもちろんとして、全力でコーディネートしてくれたお袋とメイドちゃんズ。 それから、今日がバイト最終日となるエルネちゃんも、グッジョブである。


「光の精霊様かと思ったよ」


「はわぁ……っ♪」


 目の前に来たハニーをほめると、また胸の前で両手を合わせて頬を赤らめた。


「お、お兄さまも……かっこ、いいです」


「ありがとな」


 上目遣いで見つめてくるセーレたんに、俺はにこやかな笑みを返す。 また例によって敬語&お兄さま呼びになっているが、俺も今日はちょっとばかりフォーマル系のコーディネートでおめかししていた。

 自分でも鏡を見てそこそこサマになっているかと思ったし、みんなも太鼓判を押してくれた。

 その後マールちゃんとエルネちゃんが二人並んで、ちょっとうらやましそうな顔をしていたけどな。



「さ、行こうか」


「うんっ」

「ええーっ!」


 二つの、相反するお返事。 特に、否定的なキンキン声が玄関に響く。

 こくりと小さくうなずくセーレたんと……階段の手すりの端っこにある丸い先端に座っていた、本物の精霊様である。

 今日はレオタードに長袖とひざ丈のスカートをつけたワンピース風で、胸元には御使いのネックレスが光っている。 かわいい。


「ママ、アレあげないのーっ?」


「まーまー、待ちなさいって」


 小首を傾げるセーレたんと立ち上がったニアちゃんの両方に、手のひらを向けてジャストモーメント。

 もちろん、用意していますって。

 俺は背中の後ろに回していたもう片方の手を出し、隠していたモノをマイシスターに見せた。


「ふにゃ?」


 出したのは、それこそ「ふにゃ」っとしている、白くとても柔らかい毛のついたしっぽのようなもの。

 それは首に巻いて使う、いわゆる「ファーチョーカー」というヤツだった。 前世だと、成人式とかで女の子が振り袖と一緒に使っていたイメージがある。

 チョーカーなので当然ながら首に巻くのだが、これは毛足が短くてモコモコし過ぎないため野暮ったくならず、またマフラーやストールみたいに長くもないので使いやすい。 つけ襟の感覚で使っても違和感ないくらいだ。

 頭の上にハテナを浮かべる妹ちゃんに、そのチョーカーを両端を摘んで見せながら教えてあげる。


「首に巻いて使うんだよ。 これからの季節……というか、今朝は寒いからね。

 セラさんとこで頑張ってきた、セーレちゃんへのプレゼントだ」


「ふわぁ……」


 ちょっと前にエルリアさんがウチに持ってきて、見せてくれたのこがコレである。 そのときに頼んでおいたのだ。

 今この子が着ているのはドレスだから、首元が少し開いているからな。 外へ出るにはちょうどいい。

 ……そこまでお袋達が考えて、この服を着せたのかもしれないけど。


「ちょっとあごを上げて。 つけてあげる」


「……うん」


 瞳を潤ませたハニーが、少し上を向いて静かに目を瞑った。

 まるで、キスを待っているようにも見えるのだが――あまり気にしないようにして、チョーカーを持った手を首の後ろへ通す。 手の甲に触れる髪が柔らかくて気持ちいい。

 せっかくのネックレスが隠れちゃうけど、仕方ないか。


「ひゃあ……♪」


「あっ、ごめん」


 ファーが首に触れると、セーレたんはくすぐったそうに首をすくめようとして、だけどそれをガマンしてふるふると身体を震わせた。

 長いまつげも震えていて、頬の赤みがだんだんと……ただ可愛いだけでなく、ちょっと色っぽい。

 あまりガマンさせているのも悪いので、俺は気持ち手早くチョーカーの位置を整え、くるっと両端を首の前で緩く交差させホックで留めた。

 長さは調節可能である。


「はい、お待たせ」


「はふ……」


 長いため息をつくハニーから、一歩離れて見てみる。

 やはり身体が小さくて首も短いから、首回りがもこもこした感じは否めないが……ま、防寒具だしな。 白い肌と明るい髪に、雪のような純白のファーはとてもよくなじんでいる。


「うん、とても可愛いよ」


「はわっ……あ、ありが……とぅ」


「ん」


 恥ずかしそうにうつむき、首に触れるファーの感触に目を細めるセーレたん。

 何が可愛いって、その仕草がいちばん可愛いよ。

 階段の手すりから俺の右肩に飛び移ったニアちゃんも、「おおーっ、すごい似合ってるー!」と手を叩いて喜んだ。

 ……でもね、それだけじゃないんだなーコレが。


「ちなみにそれ、魔導具だから」


「へぅっ?」


 嬉しそうに首を動かしてファーを楽しんでいた妹様が、ちょっと面白い声を上げて目を瞬かせた。

 実はこのファーチョーカー。 夏場の「ひんやりチョーカー」の姉妹品で、魔力を込めると首の上と襟口から中へほんのりと温かい空気を送り込み、同時に外から吹きつける冷たい風を和らげてくれる。 特にメインである「風よけ」の効果が、冬場に多用する熱系魔力とは別系統なので大助かり、という逸品である。

 今年から発売予定の新製品なのだ。


 恐らく、コレで幼児園でのバイト代が吹っ飛ぶ――どころか、セクシーなおみ足が二、三本はみ出るかもしれんが、この子の頑張りを思えば安いものである。


「わあ~……♪」


 さっそく魔力を込め始めたマイシスターが、温かくなってきたのだろう首元に手を添えて嬉しそうな声を漏らす。

 温風機能のないバージョンもあるらしいけど、この子の魔力量なら問題はない。 逆に、有り余る魔力をちょっとは減らせると喜ぶだろう。


「ありがとう、お兄ちゃん」


「はは、どういたしまして。 ……じゃ、行こうか」


「うんっ!」


 左腕を軽く曲げてみせると、セーレちゃんは元気にうなずき、自分の右腕を間に通した。




 ――我が家から一番近い大通り。

 日用品や食料品の買い物をする人も多いが、広場まで足を延ばすと、ヒミングレアから来た出店や屋台が適度な間隔で軒を連ねている。

 時折冷たい風が吹き抜け、灰色の空からはかろうじて小雨と呼べるくらいの雨粒が、行き交う人達の雨具をぱらぱらと叩く。 それでも人々は気にも留めず、賑やかな音楽やお客を呼ぶ声、あるいは友達どうしかもっと親密そうな男女が楽しそうにお喋りをしながら、踊るように傘やカッパの裾を揺らして石畳を歩いている。 年上の少年少女が集まる数人のグループをたまに見かけるが、学校が始まる直前だからだろう。

 だけど使節祭が始まってもう十一日になったせいか、それなりに混み合っている一方で、いかにもお祭り的な騒ぎはなくある程度は落ち着いた雰囲気が漂っている。 出店に並ぶ売り物は少なくなっているのは残念だが、別に買い物目当てで来たワケじゃないので、のんびりと見て回るにはいいかもしれない。


「いやー、楽ちん楽ちん」


 そんな中、ちびっ子の俺達は傘も持たずに平然と歩いている。 たまに大人が差している傘が上を通り過ぎていくけれど、滴がかかることもない。

 というのも――。


「にゅっふふーん♪」


 俺の右肩に座って足をぱたぱたさせている小さなお姫様が、雨を避けてくれるからである。 お袋が代わりに指名したお供、それがニアちゃんであった。

「保護者」と呼ぶには頼りなさそうに見えるけど、「守護者」としては十分すぎる存在。

 俺とお揃いのネックレスをしていれば、なおさらであった。


 おかげでちょっと人の目を引いてしまっているのだが、気軽に「おっはよー」と手を振るウチの娘を見ると、みんなその口元を緩ませる。

 それから、隣にいるもうひとりのお姫様にも視線を向けていっそう頬を緩め――。

 ごくまれに、最後に俺を見てニンマリと笑いながら。


『あらあら、とても可愛らしい恋人さん達(・)ですわねえ~』


 ――なんて言われたりもするけど。



「わあ~!」


 上に屋根を張った露店で、並べられた小さなコハクを見て瞳を輝かせているマイシスター。 確かにコハクもキレイなんだけど、俺は蒼いサファイアの方が大きくキレイだと思う。

 さすがにキザすぎるから、口には出さないがな。 露店のおじさんに笑われてしまう。


「はっはっは。 手に取って見てもいいぞ~」


「本当ですか~っ?」


「はっはっは。 いいともいいとも~」


 ウチのセーレたんを見て、店のおじさんがモジャモジャのヒゲを揺らしておおらかに笑う。 ……歳が分かりにくいけど、多分おじさんだよな?

 ちなみにその大きな手には、丸くなった黄色いアルマジロみたいな精霊が、お手玉のように真上へ放られては手の中に収まるのを繰り返している。

 ヘルヴィオール(このくに)ではまずあり得ない、「精霊の故郷」なんて呼ばれている南国ならではのテキトーな扱い方である。


「ねーねー、ニアもアレやってー」


「ん? いいぞー」


 空いている右手を開くと、我が娘がその上に飛び降りて体育座りになった。 で、ちゃんとスカートを抱えて脚を隠しているのを確認してから、同じように放る。


「わーいっ」


 楽しそうに空中で縦回転する我が娘を見て、アルマジロ君がつぶらな目をパチパチさせた。 おじさんはずっと笑っている。

 ……考えてみると、ウチも似たようなモンだなー。 頭から食べる子だっているし。



 おじさんに言われて、我が娘とアルマジロちゃん――実は話してみたら女の子だったんだけど、その子を同時にお手玉してギャラリーを集めてしまった。

 セーレたんは喜んでくれたが、だんだん恥ずかしくなってきたので店を後にすることに。


「じゃねー」


 俺の肩の上でニアちゃんが手を振ると、アルマさんも器用に後ろ脚としっぽの三点で立ち上がり、短い手を振ってくれた。 共に宙を舞う内に、二人は仲よしになったらしい。


「ええ、またね」


 ところで、そのアルマさん。 見た目は可愛いんだけど……対する声は、ものすごーくアダルトであった。

 ちなみに、コハクは買わなかった。 さすがにそこまでのお金はなかったし。

 おじさんは最後まで笑っていた。




 俺達はその後も、露店に並ぶ商品を見たりジュースを買って飲んだりしながら祭を楽しむ。

 お昼の鐘が鳴ったら帰らないといけないんだけど、逆に言えばそれまでは自由だ。 おやつも食べていらっしゃ~いと、お袋からお小遣いももらっている。

 そのときまで、俺達のデートは続く。


「えへへへ……お兄ちゃん、どう?」


「うん、とても可愛いよ」


 小さな置物を見てははしゃぎ、アクセを見ては店の人につけてもらって嬉しそうに笑うハニーは、どれだけ見ていても飽きることがない。

 やはり以前と比べると女の子らしさが増していて、何気ない仕草ひとつ取ってみても、むしろ新しい発見の連続である。

 だが、どれだけ気に入った様子であっても。


「買ってあげようか?」


「ううん、いいの」


 俺がそう言うと、首を横に振って品物を元に戻すのであった。

 表情を見る限り、ガマンをしている感じはなさそうだが――。



「――私には、これがあるから」



 彼女は穏やかに微笑むと、愛おしげに自分の首元をなでた。

 その表情が、六歳とは思えないほど大人びていて。



「お、おぅ。 そうか……」


「うん」


 ちょっと……いや。

 かなり、ドキッとしてしまった。





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