593 先生、お疲れ様でした
帰ってきてからずーっと丁寧語の抜けなかった妹様であったが、おやつパーティくらいからだんだんと元に戻ってきた。
いや……後から思えば、お袋と風呂場で洗濯をして帰ってきたときには、既にそんな感じだったか。
「うふふふふ~」
「えへへへへ~」
まだ昼までには時間のある朝の時間。
自分の部屋でひとり仕事をしていた俺がトイレに下りてくると、ちょうど脱衣場から洗濯カゴを持って出てきたお袋とハニーに出くわした。
廊下の窓から挿し込む日射しを浴び、波打つ金色の髪を輝かせるそっくりな親娘の姿は、まさしく女神様と天使様。 共にそれぞれ洗いたての洗濯物を山盛りにしたカゴを両手で持っているのだが、その生活感あふれるアイテムがかえって温かみや親しみを引き立て、より魅力的に見えてしまう。
……ちなみに、ミョーにカラフルな洗濯物が多い気がするコトとは一切無関係である。
「あらジャスちゃん、どうしたの~?」
「ちょっとトイレにね」
そう答えると、お袋はにっこりと微笑んだ。 で、洗濯物の山のてっぺんに、とびきりカップの大きいモノが乗っかっているのに気づき……俺はさり気なく視線を外した。
そして、次に目を向けたマイシスターは。
「そうなの~」
と言い、手を振れない代わりにまばゆいばかりの笑顔を見せて、ドアを開けっ放しにしてあるリビング兼ダイニングに入っていった。
長い後ろ髪がふわりと波打ち、石けんと花の香りも混じった空気が余韻のように残る。
そこはまた「さすがお兄さまです~」と言われるのかと思い、「何がさすがなんだ?」と心の中で首を傾げる用意までしていた俺は、肩すかしを食らって妹様の後ろ姿をぽけーっと見送った。
「……うふふっ」
そんな俺の様子に、お袋は小さな笑いをこぼしたのであった。
おやつパーティでは「お兄さま」呼びもなくなり、ようやく俺の戸惑いもだいぶ解消された昼下がり。
ステイさんを見送ったすぐ後、自分ん家の家事を終わらせたエミーちゃんが、わざわざセーレたんに会うためだけに来てくれた。
「セーレ、お帰りっ!」
「ただいまあ~っ♪」
抱き合って再会を喜び合う二人。 そのまま玄関先でくるくる回り始め、金と茶色の長い髪がいい香りを振りまきながら二筋の渦巻きを作った。
「よかった、元気だったみたいね!」
「うんっ!」
頭ひとつ分ほど高いエミーちゃんがキラキラした目線を下げて合わせると、セーレたんも同じように瞳に星を宿してエミーちゃんを見上げる。
どちらも色やタイプは異なるけれど、目の覚めるような美少女である。 眺めているだけでも得した気分だ。
「エミーちゃん、お手紙ありがとう~。 うれしかったの~」
「そう、よかったわ」
いまだ抱き合ったまま、けっこう顔を見合わせて話をしている二人。
「えっ? エミーちゃんも送ってたのか……」
思わず呟くとエミーちゃんは「ええ」とうなずき、それから二人で見つめ合って「ねーっ」と声を重ねた。
更には、セーレたんからはこんなコトまで。
「るーちゃんも、くりむちゃんも、ニコ君もくれたよ~」
「そ、そうなんだ」
全っ然、知らなかった……。 俺の知らないところで、みんながそんなコトをしていたとは……なかなかニクイではないか。
しかも、ニコの奴までとは。
「ちなみに、みんなは何て?」
みんなの友情にジーンとしながらも、やっぱりその辺はちょっと気になるところ。
ところが、返ってきたのは意外なお言葉。
「それは内緒よ。 ね?」
「ね~っ♪」
エミーちゃんだけでなく、セーレたんまで「ナイショ」とな!?
かつては、トイレに行くのに「どっちか」まで包み隠さずぶっちゃけてくれたこの子が!
いや……それについては、「そこまで言わなくていいから!」と強く言い聞かせたけど。
昔の話である。
「……そっか」
二人だけで何やら楽しそうにしているのを見ると、ちょっぴり寂しい気持ちもないではないが。
女の子として、順調に大きくなっているんだなーと思った。
――冷たい風が頬をなで、湿り気を帯びた独特の匂いが肺を満たす。
通りかかった家の壁の上には木の枝が見え、数を減らした茶色い葉が風を受けてかさかさと揺れていた。 足元の石畳にも、ちらほらと乾いた葉っぱが落ちている。
しかし、俺の心はずいぶんと温かく晴れやかであった。
「ふーっ」
寒さと、念のために雨の対策も兼ねた上着を羽織り、俺はゆっくりと歩きながらゆっくりと大きく息をする。 寒すぎるのは困ったモノだが、朝のひんやりとした空気は爽やかで目が覚めるので嫌いではない。
俺の左側には、この子もいるし。
「え、えへへ……」
視線を向けると、同じくちょっと厚めの上着に長めのスカートという格好のセーレたんが、ほんのりと頬を染めてはにかみ……下を向いた。
いささか今までとは異なるリアクションではあるものの、うつむき加減のまま絡めた腕にきゅっと力を込める仕草は、とてつもなく愛らしい。
「やはり、セーレ様がいらっしゃる方が自然な感じがしますね」
「だよねー」
歩きながら振り返ると、カバンを肩にかけたメイド服姿のマールちゃんが微笑んでいた。 その横には、半透明の羽を出して我が娘がぱたぱたと飛んでいる。
しばらく通い続けていたこの道だけど……俺がバイト先生として幼児園に行くのは、今日で最後である。
それを聞き、マイハニーもくっついてきたのだ。
「お兄ちゃん、たくさんお仕事していて……すごいです」
「そうかなあ」
呟くような俺の相づちに、セーレたんはチラリと俺の顔を見上げ……また恥ずかしそうにうつむいた。
さっきよりも目が潤み、顔も赤くなっていた気がする。
「一人で頑張ってきたセーレちゃんの方が、偉いと思うんだけどなー」
「……」
俺は本心から言ったのだが、この子は無言のまま小さな金色の頭を横に揺らした。
……実は昨夜、ちょっと前にお袋と言っていた「親子五人で寝る」のを実行したのだ。
親父とお袋の寝室で、その二人と、リソ君と、俺達。 ニアちゃんも俺の中にいたから、正確には六人だけどな。
いくらクイーンサイズくらいありそうなベッドであっても、あの人数で一緒に寝るのはそろそろ限界である。
つまり、あの夜が――。
誰もが笑顔で、決して「そのこと」は口にはしなかったけれども。
その前の日には俺と寝ることをとても恥ずかしがっていたこの子も、首を横に振ることはなかった。
「おはよーございまーす!」
「おはようございまあ~す♪」
俺達と同じようにやってきたお母さんと子供達に挨拶をしながら、幼児園の門を通り抜ける。 玄関をくぐると、いつものように楽しそうな園児達の声が廊下の奥から聞こえてくる。
受付カウンターには、紫の髪をストレートに伸ばしたヴェオラ園長さんがいた。 肩には、旦那さんがプレゼントしたというストールも巻いている。
「おはよう……あらセーレちゃん、久し振りね!」
「はい~!」
帰ってきたのね、と笑顔で話しかけてくれる園長さんに対し、ハニーは俺の肩に頭を預けるように傾け嬉しそうに返事をした。
その様子を見て、ますます笑みを深める園長さん。
「ここのところ冷えるわねえ……早く入って、少しお待ちください。 温かいお茶を淹れますから」
言葉の後半は俺や後ろにいるマールちゃんへ目を向けながら、園長さんがカウンター横の入口を手で差してくれる。
雨降りや真冬でない限り、子供達がやってくる朝の時間帯は玄関を開けっぱなしにしているので、寒い日にはけっこう堪えるのよね……と、ちょっと前に聞いた。 園児として通っていたときには知らなかった話である。
お言葉に甘えて事務所スペースに入り、つい立ての向こうにある応接用のテーブルに着く。 親子二人が座れるソファーに俺達が、三人目のお客さんが座るソファーにはマールちゃんが腰掛ける。 ニアちゃんはマールちゃんの肩の上で、残りの一つのソファーは職員用である。
しかし、風が直接届かなくなっただけでも、ずいぶんと暖かく感じるな。 思わずほっとしてしまった。
園児達の騒ぐ声も、ちょっとだけ遠く感じる。
「――失礼致します」
少しだけ時間が経ち、お盆のティーカップを乗せたドロシーさんがやって来た。
落ち着きが出てきたおかげで、ワインレッドのメイド服もいっそう板に付いてきたように思う。 ショートの髪がオレンジ系の赤だから、もともとマッチはしていたのだが。
だが身のこなしが自然で、以前のようなオーバーなところがない。 声の大きさも常識レベルだ。
ドロシーさんは俺達の前へ順番にカップを置き、おへその位置にお盆を下げて持つと、セーレたんに目を向けて優しげに微笑んだ。
「初めましてセレスティアちゃん、私はドロシー・ケイフォード。 先ぱ――いえ、お兄さんにはお世話になっているわ」
そういえば初対面だったっけ。 でも、セーレたんのことは園長さんから聞いたようである。
それにしても……俺が初めて会ったときには、背が高くて動作もキビキビしていて表情にも気合が入っていたから、いかにも女性劇団の男性役っぽい雰囲気だったのだが。
今では、どこをどう見ても立派なメイドさんである。
……いや、先生なんだけどね?
ていうか、本職は舞台俳優さんだし。
「はじめまして」
一度も見たことのない、ドロシーさんの女優姿をなんとなく想像し始めたところで、隣の妹様がゆっくりと立ち上がった。 花のような甘い香りが広がる。
まさか立つとは思わなかったため、少し驚いてセーレちゃんを見上げた。
初対面の大人を前にして、とても落ち着いた――雅やかにさえ見える顔に、思わず「きれいだ」という感想を抱く。
「セレスティア・オリオールです。 こちらこそ、兄がお世話になっています」
軽く左右のスカートを摘み、彼女が柔らかく微笑んだ。
『……』
その姿に、ドロシーさんだけでなく、俺やマールちゃんまでもが固まる。
まったく淀みのない、六歳の子供としては完璧すら上回るほどの見事な挨拶であった。
「お待たせしましたー」
やがて園長さんもやってきて、三人で雑談を交えながら授業の打ち合わせをする。 今日で最後なので、俺がお役御免になった後のことに関する話題も出た。
ときどきは顔を出すつもりでいるし、テキスト作りは今後も続けていくからな。
「なので、冬くらいまでにドロシーさんには――」
「そうですね。 先輩の言う通りだと思います」
空中ディスプレイをしてくれる我が娘にはたまーに話を振るものの、マールちゃんは優しい表情をしてただ見ているだけ。 これは、俺がステイさんと仕事の話をしているときも同じである。
「……」
そしてセーレちゃんも一切口を挟まず……また、退屈した様子もなく。
むしろどこか楽しげにも見える様子で、ゆっくりとお茶を飲みながら俺達のことを見つめていた。
――プラネタリウムを使った最後の授業が終わり、おやつタイムも一段落ついた。
「お疲れさまでした」
「……ども」
なんとも言えない余韻に浸りながら事務所に戻って来ると、園長さんが迎えてくれた。 俺の首には、園児達が作ってくれた、紙の輪っかを繋げて作られた首飾りがかけられている。
ちなみに我が娘は俺の頭の上に座っており、ひとつの細い紙の輪をたすき掛けにしていた。 その平らな面には「ニアちゃん」と横向きに書かれている。
まるで何かの選挙に立候補したみたいになっているけど、もらった本人はとても嬉しそうだ。
「いやあ……ちょっと、ビックリしちゃいましたよ~」
「ふふふっ」
ため息と一緒に苦笑いを漏らす俺を見て、園長さんが慈しむような瞳をを向けて小さく笑う。
園児達とは、俺がこのバイトを始める前から顔見知りではあったし、授業も最後ではあるけど今日でお別れというワケでもない。 だからしんみりとした空気にならないよう、ニアちゃんの協力も得て特にハデな授業をしたのだが――最後の最後にみんなからもらったサプライズが、この首飾りである。
切り方が一部ギザギザなところがあるみたいで、ちょっと首回りがチクチクするんだけど。
……不覚にも、ちょっと危なかったよ。
「ジャス君先生、お疲れさまでした」
「先輩、お疲れさまでした」
「ありがとうございます」
一緒に教室を出てきたドロシーさんが園長さんの横に立つと、二人でそう言って深くお辞儀をしてくれた。
改めて「ああ、終わったんだなー」という達成感を覚え、心の中に爽やかな風が吹き抜けた。 俺も深々と頭を下げ、心から感謝の意を表す。
頭を上げると、今度は後ろからマールちゃんとセーレちゃんから声をかけられて振り返った。
二人も保護者席で俺の授業を最後まで見守り、一緒に戻ってきたのだ。
「ジャス様、お疲れ様でした」
「お兄さま……お疲れさまでした」
そう言って頭を下げてくれる二人に、再び礼を返す。
俺は大丈夫だったのだが……二人とも、ちょっと目を赤くしていた。
授業を手伝ってくれた我が娘とは「お疲れ~」と言い合い、園長さんに応接場のソファーを勧められたのでまた腰を下ろす。 それから園長さんも座った。
テーブルに着地して謎の踊りを始めた立候補者さんをみんなで見ながら、ドロシーさんの淹れてくれたお茶を口にする。
お茶の風味がいいのはもちろん、ニアちゃんの入れてくれたシュガーが適度に甘く、ほっとした。
なお、ドロシー先生はメイドさんらしく、ヴェオラさんの後ろに控えている。
「改めてお疲れ様でした。 勉強が好きになったっていう子が増えて、すごく助かったわ」
「いえいえ、こちらこそ楽しかったですよ」
もう一口飲んでから、園長さんに言葉を返す。
先生そのものは二度目だが、正式な仕事としては初めてであった。 園児達のお母さん方からの要望を聞いて反映させていくなど、以前にはなかったこともあっていい経験になったよ。
「ウチの娘、将来お嫁さんにどう?」というご要望には、丁重にご遠慮申し上げたが。
「お給料については前にも言ったけど、月末までに振り込んでおくからね」
「はい、ありがとうございます」
ぺこりとその場で再びお辞儀。 俺も実は、幼児園に入ってからメイドちゃんズが「お給料袋」をもらっているのを見たことがなかったから、それで聞いてみて初めて知ったんだけど。
――給料って、振り込みが常識なんだってね。
いちおう義務ではないのだが、この国では働くようになると銀行に口座を作るのが当たり前らしい。 利子はつかないけど国営だから安心だし、なにより源泉徴収や各種税金の支払いを自動的にしてくれるので、非常に楽なのだ。
俺は国からお金をもらっているから、作らないとダメだったんだけどな。 ちなみに、学校でお金がなくても学生証で買い物ができるのも、このおかげだ。
いつもながら、一部でトンデモなく高度なシステムを採用してるよな、この国……。
おやつで膨れたお腹もこなれてくると、家に帰る子供達が増えてくる。
六時半時は、一般的な終業の時間。 特にこれからの時期は日暮れがドンドン早くなるから、幼児園のみんなの帰りも早い。
雲が増えてきて余計に外の明るさが減じ始め、俺達もそろそろお暇しようかと、受付のカウンター前を通って帰っていく親子に手を振りながらその流れに混じろうとしていたとき。
「――御免下さいませ」
流れに逆らって誰かが来たと思ったら、俺の背後にもいる先生と同じ色のメイド服を着た人が。
ただし、こちらは本職である。
「ツェリさん」
ドロシーさんに負けず長身のメイドさん。 白銀色のストレートヘアをあまりなびかせずに現れたその人は、カウンター越しに俺を見て「お疲れ様で御座いました」と深々と頭を下げた。
俺もその場で、どもどもとお辞儀をする。
そして。
『あっ』
俺の左にいる妹様と、カウンターの向こうで可愛らしい声が重なった。
その姿は見えずとも、魔力の気配で分かる。
または、周りの親子連れがみんな立ち止まって、ぽわ~んとした顔でツェリさんのいる下の方を見ているので、それでも分かる。
金色のお姫様と、桃色のお姫様とのご邂逅である。
「あっ」「あ~っ♪」
大人用のカウンター越しに、セーレたんとるー君が手を上げて振り合う。 そうすれば、お互いの手なら十分に見えるのだ。
……服の袖を見るに、今日は女の子の服を着てきたようだ。
「る~ちゃ~ん」
「セーレちゃーん」
嬉しそうな声で手を振り合うお姫さま達。 向こうが両手を上げると、ハニーも俺と繋いでいた手を放して諸手を上げた。
白く小さな四本の手は左右に動き続け、やがて親指と小指以外の指を丸めてキツネを作ったり、手首を曲げてツルになったりする。
二人の独特な挨拶を見て、頭に乗っかっている我が娘が興味を示した。
「よく分かんないけど、面白そー」
「やってみる?」
頭のてっぺんでニアちゃんが立ち上がる感触がしたと同時に、一瞬のうちにテレパシーを交わす。 伝え合った俺達のイメージは、一緒だった。
何も持っていない左手は腰に当て、右手は頭の後ろからぴよんと真上に飛び出すように。
右手を上げるのに合わせて、ちょっと腰をくねらせるのがポイントである。
『ふぉー!』
二人の声もピッタリだ。
「じゃ、ジャス様? ニアちゃん……?」
「流石で御座います」
カウンター横から外に出ようとしていたマールちゃんは振り返って小首を傾げ、ツェリ先生は何やら満足げにうなずいている。 向こう側のるーちゃんは両手をパーにして驚きを表し、隣のセーレたんは「す、すてき……♪」と熱っぽいため息をついた。
そして、後ろにいるドロシーさんと園長さんは。
「あれには、一体どのような深い意味が……?」
「……私にも分からないわ」
ええ、大した意味はございません。
園長さんだけは子供達の見送りに出ていき、俺達とるーちゃん主従は応接スペースへ。
全員は座れないので、俺とセーレたんとるー君だけが腰を下ろした。 お姫様ーズが一緒のソファーを使い、ヴェオラさんのいた席は無人である。
性別以外は完璧な造形を誇るお人形さんのごときるーちゃんと、女神様の血を引く天使ちゃんであるセーレたんがひざを寄せ合い手を繋ぎ、朱と蒼の瞳を近づけ微笑みながら見つめ合っている。
……見ていると、時間が飛びそうだ。
「るー様が、ドロシーからお話を伺いたいと」
ツェリさんが訪れた理由を話してくれ、その声で我に返る。 狭い応接スペースの中にメイドさんが三人、しかも立っている。 知っている人ばかりとはいえ、ちょっぴりプレッシャーを感じなくもない。
聞けば、俺に「お疲れ様」を言いに来てくれたのもあるけど、なにやらるーちゃんがドロシーさんから聞きたい話があるそうな。
ところで、そのドロシーさんはというと――お姫様ーズを見て腰砕けになりそうだったため、園長さんの席に座ってもらうことにした。
顔が赤いのはともかく、目の焦点がぼんやりしてきたけど……大丈夫かな?
「うん。 本当の舞台に立っている、ドロシーさんにいろいろ聞いてみたくて」
るーちゃんに目を向けてみると、更に詳しく教えてくれた。
旅行先で大スターのリーリン・レイリンと友達になったというこのコ。 舞台に興味を持ったらしい。
「そっかー」
なるほどーと首を縦に振りながら、斜め前に座る女性を見る。
「はにゃあぁぁぁぁぁぁ……♪」
「……」
聞けるのか、コレ?
仲よくしているのに悪いけど、るーちゃんの目的を果たすには、この二人が一緒にいるのはマズかろう。
二人はセスルームでも会っているのだし、もうすぐ学校も始まるからな。
「セーレちゃん。 るー君は用事があるそうだから、僕達は帰ろうか」
「はいです」
そのおかげだろう、セーレたんはにこやかなまま素直にうなずいた。
「ごめんね」
「ううん、いいの」
きゅっと最後にお互いの手を一握りすると、マイシスターは静かに席を立った。
俺達も帰って、家のお手伝いをするとしますかー。
俺も立ち上がり、軽く会釈をしてマールちゃんの手を握る。
少しばかり時間が飛んでいたようだけど、ある程度の耐性がついているマールちゃんはすぐに意識を取り戻した。
だけどそのとき、時間どころか空間も飛んでいるっぽいドロシーさんの意識を取り戻させた白銀メイドさんが、すすっと滑るように俺のすぐそばに近づいてきた。
そして、俺の耳元に唇を寄せてささやく。
『――御用意、出来ております』
無言ながら、思わずニヤリと笑みがこぼれる。 さっすがはツェリ先生。 仕事が早い。
既にセーレたんが隣にいるため、俺はわずかにうなずくだけに留める。 それだけでも、十分に伝わるハズだ。
「お兄ちゃん?」
「さ、帰ろうか」
俺は妹様の手を握ると、ツェリさんを見ることなく歩き出す。 マールちゃんもカバンの肩ひもの位置を直し、後ろからついてきた。
「先輩、もう帰るんですか?」
「ええ。 るー君が、ドロシーさんに用があるみたいなので」
「私に、ですか?」
時間が飛んでいて話を聞いていなかったドロシーさんが立ち上がろうとしたので、手で制しておく。
「……」
いつの間にかるーちゃんの後ろに戻っているツェリさんは、何も言わず静かに頭を下げた。 俺達も会釈を返し、応接スペースを後にする。
――俺の方も月末までに、例の口座へちゃあんと振り込んでおきますので。
んふふふふふ。




