589 ベッドシーンが多めです
――目が覚めてしまった。
開けても瞑ってもさほど変わらない闇、頬に触れる空気の冷たさを感じながら、毛布の中から触手を伸ばして明かりを点ける。
「やっぱり、便利だわ」
もともと大きいベッドには俺ひとり。 大の字だろうが命だろうが、どんなポーズも思いのまま。 触手だって出し放題である。
俺のお腹の中には可愛い娘がいるから、実際にはひとりではないんだが。
そのお腹を抱えるようにして身体を丸めて横を向き、俺は半分毛布に潜ったままカーテンに閉ざされた窓の向こうを眺める。 今ごろはあの鹿耳姉弟も、馬車の中で毛布にくるまって眠っているのだろう。
大きく息を吸い込むと、わずかに彼の匂いが残っているような気がした。
「……起きるか」
チラリと見上げた時計は明らかに早いが、すっかり目が覚めてしまった。
今週で秋休みも終わりだ。 ちょっぴり気の抜けた切ない気分に浸りつつも、またいつもの生活リズムに戻すための準備も進めて行かなくては。
俺のダラダラしているところなど、見せるわけにはいかないからな。
「おにー。 おべんきょー?」
「うん、そうだぞー」
こてんと首を傾げて問いかけてくるマイブラザーに、思わず頬が緩む。 てやんでえ、可愛いなあーちくしょう。
俺の部屋は現在、アナさんとチャロちゃんが二人がかりで大掃除中である。
『セーレさまが帰ってこられたら、きっと気にされると思いますからー』
とは、チャロちゃんの談。
俺の部屋の「空気」が他の部屋と違ってきていたのは、俺も気がついていた。 ならば、あの子が気がつかないハズがない。
決してリック君が悪いワケではないんだけどな。
ちなみにこの部屋にも、やはりマティお姉さんっぽい空気が残っている。
「リソも、一緒にお勉強する?」
「すうー!」
遊び相手をしてあげていたエミーちゃんが聞くと、我が弟は天使のような笑顔で元気に答えた。 これから勉強会があるため、今日はこのリソ君の部屋を借りてその準備をしているところだ。
俺が全部やると言ったら、エミーちゃんが悲しそうな顔をしたけど……。
だが、俺も久しぶりに気兼ねなく羽――ではなく、触手を伸ばしたいのだ。 ニアちゃんは外へ遊びに行ったので、代わりのお相手をエミーちゃんに頼むことで納得してもらった。
二人がソファーの上で戯れているのを眺めながら、俺は四本の触手を使って勉強会の準備だけでなく部屋の掃除まで済ませてしまう。
もともと、全然散らかってなんかいなかったけどな。
することもなくなり、エミーちゃんと二人で持った触手で、リソ君がバンブーダンスみたくぴょんぴょん飛んで遊ぶのを見ていると。
『ジャスさまー』
ドアの向こうからチャロちゃんに呼ばれたので、急いで触手を引っ込めた。 マイブラザーが残念そうにしているが、また後でな。
どうやら、ニャル子ちゃん達の誰かが来た――と思ったら、どうも感じる魔力の気配が違う。
返事をすると、果たして予想した通りの答えが返ってきて、開いたドアの横からその子が顔を出す。
「――おはよう」
繊細そうな桃色の髪をなびかせ、その左右から出ている柔らかそうな白い耳を揺らす男の娘。
ちょっと涼しい今日は、スカートではなく暖かそうな格好をした、るー君である。
「よっ」「おはよう……?」
普通に手を上げる俺の隣で、エミーちゃんは疑問混じりの声で挨拶をする。 ……まあ俺も、恐らく同じ疑問を持っているワケだが。
そしてるー君の後ろには、ワインレッドのメイド服の――しかし銀ではなく、焦げ茶色のミドルヘアを左右に分けた女の人がいる。 エルリアさんだ。
ちなみにリソ君は、とても元気に「おはおー!」とご挨拶をした。 偉いねー。
「久しぶりね。 元気そうでなにより」
肩にカバンを掛け、反対側の手を小さく振ってくれるエルリアさんに、リソ君を含めた俺達三人も手を振り返す。
ツェリさんは決して敬語を崩さず、なのに意外とフレンドリーという器用なことをする人だけど……このエルリアさんは、とても気さくに話しかけてくれる人なのだ。
ここは勉強会をする場所なので、リビングに迎えて話をしようとエミーちゃんと立ち上がると、立ちっぱなしだったリソ君がとことこーとるー君達の方へ駆け寄っていった。
「あえ? リリー?」
「ごめんね? リリちゃんは来ていないんだ」
靴脱ぎ場でリソ君を抱き止めたるー君が、その頭をなでながらお姉ちゃんのような柔らかーくて甘ーい声で答える。
「リリちゃんは、ツェリと幼児園へ行ってるんだよ」
そうなの? と俺が声に出すと、その理由を教えてくれた。 だからエルリアさんが来た、ってワケか。
「――ああっ、やっぱり!?」
お袋のいるリビングでるー君達とお茶しながらのーんびりしていると、間もなくやってきたニャル子ちゃんから聞かれた第一声がコレであった。
直前で踏みとどまってお袋になんとか会釈だけはして、すぐにニャル子ちゃんは前に流していた三つ編みを後ろにすっ飛ばしてるー君の下へと駆けていく。
「きゃあああっ! 会いたかったあああーーっ♪」
「ふふっ……ボクもだよ」
高いイスに座って身長差が逆転しているるー君が、黄色い声を上げるニャル子ちゃんを抱き止めて優しく頭をなでなでしている。
セリフだけを聞くとまるで恋人どうしのようだけど……見た目は女の子どうしが抱き合っているようにしか見えない。
今日は学校が始まる前の、最後の勉強会。 その前に、親友と言ってもいい仲となった三つ編みちゃんに会おうと、るー君はココに来たらしい。
ところでニャル子ちゃん、さっき「やっぱり」って言ったよね?
なんで分かったんだろう……。
「あら、久し振りね」
「ぐふっ」
さほど時を待たず、ダークグレーの装いがよく似合うマーヤお姉さんと、相変わらずお堅そうな格好のラート氏もやってきた。
久し振りで抗体が弱っていたハカセ君は、るー君を見るなりのけ反ってよろめいた。 とっさにズボンのポケットからハンカチを出して鼻に当てているあたり、もはや反射神経のレベルでクセになっているらしい。
西部劇のガンマンみたいだったぞ?
少しだけ再会を喜び合う時間を作ってから、だけどすぐにリソ君の部屋に移動して勉強会を始める。
「ということで、テストをします」
そこで彼らを待っていたのは、最終日の模擬卒業試験であった。 ……っていうか、俺が作ったんだけどな。
ラート氏がウチに持って来ていた問題集を見て、それっぽい問題を作っておいたのだ。
なお、るー君はみんなの勉強しているところを見たいと、俺の隣で座っている。
「ほう?」
「ふんっ、受けて立とうじゃない!」
ココで誰も嫌そーな顔をしないあたり、さすが優等生の集まりである。 エミーちゃんは「やっぱりね」と微笑み、ハカセ君はメガネを、ニャル子ちゃんは目をギランと光らせて不敵に笑ってみせた。
それはもちろん、アダルトな雰囲気を漂わせるマーヤさんも――。
「ふふ。 さすがは、ジャス君でちゅねー」
『……へ?』
全員が目ん玉をひん剥き、お姉さんの方を見た。 当の本人も、わずかに目を見開いている。
――ひざの上に、ご機嫌なリソ君を乗せたまま。
「……」
そしてほんのりと頬を赤らめると、それを隠すように横を向き、小さく咳払いをして。
「こほん。 さ、さすがはジャス君ね」
言い直した……。
「……はい、マーヤさん」
きゅっとリソ君を抱きしめ、ちょっとうつむき加減になって前髪で顔を隠すマーヤさんは、普段のギャップとも相まってとても可愛らしい。
しかし誰かさんに似て可愛い男の子にとことん弱い彼女は、このままでは実力を十全に発揮できまい。
「わかったわ……」
俺が両手を広げてみせると、マーヤさんはしょんぼりとした顔をしておもむろにリソ君を手放した。
呼んでこっちにやってきたマイブラザーは、隣のるー君に任せておく。 るー君は立ち上がり、リソ君と手を繋いで壁際のタンスのところまで動かしてあるソファーに座った。
ごめんねマーヤさん?
テストの際、筆記用具以外は手元に置いてはいけないのだ。
「うふふふふふふふふ……♪」
テストが終わり、なんと満点を獲得したマーヤさんはごほうびとしてリソ君を一人占めして大満足であった。
同じく満点のエミーちゃんは安心したようにため息をつき、僅差で最下位を取ってしまったニャル子ちゃんはるー君に慰められていた。
そしてハカセ君は……「ごほうび、いる?」とるー君に言い寄られ、ノックダウンしていた。
「ふふ。 ぴくぴくしてるね」
「いや、白目むいてるんだけど」
大丈夫なのかコレ……。 心配したが、彼は何事もなかったかのように目を覚ました。 見かけによらずタフである。
だけど彼の「女体アレルギー克服」は、まだまだ遠い先になりそうであった。
昼を過ぎて持ち寄りのおやつパーティが終わり、みんなはそれぞれ帰途に就く。 今日で、このメンバーによる勉強会は終わりだ。
学校が始まったら幼なじみーズとの勉強会が再開になるので、時間が合えば歓迎するとは言ってある。
「次は学校ね」
「だね」
リソ君との触れ合いのおかげか、心持ち肌のツヤが増した気のするマーヤさんを玄関まで見送る。 黒髪を揺らす後ろ姿がキレイだ。
ところで、るー君との別れを惜しんでいたニャル子ちゃんもツヤツヤしていたし、何度もぶっ倒れたハズのラート君でさえ、なんとなくメガネの輝きが違っているように見えた。
触手でもないのに、リソ君とるー君の効果はスゴイな……。
「そうなんですか?」
「そうなのよ、意外と」
リビングに戻ると、お出かけから帰ってきたマールちゃんがエルリアさんと楽しくお喋りを続けていた。 今日は休みなので私服だ。
プライベートでも仲のいいエルリアさんもリラックスしており、お互いにいい息抜きになっているようである。
ところでリソ君とエミーちゃんとるー君は、勉強会の片づけを終えた部屋でずっと遊んでいる。 半重力体質で浮きあがるるー君を、リソ君が手を掴んで飛んでいかないようにしたり、逆に背中などを軽ーく押してエミーちゃんとキャッチボールのように往復させたり――これまた斬新な遊びであった。
俺も後で混ぜてもらおう。
「……あっ、そうそう」
突然、エルリアさんがぽんと手を叩いた。 にこにこと二人の話を聞いていたお袋と、マールちゃんの隣に座ったばかりの俺も「なんだろう?」と小首を傾げる。
「また私共で、新しい商品の開発をしたんですよ」
「あらまあ~」
お袋も手をぱふりと合わせ、文字通りの合いの手を入れる。
この前セーレたんがお袋に送った、ぼんやりと光る編み棒など、次々と新商品を出すラピヨーネ商会。 今回も何か作ったらしい。
俺も何気に魔導具が好きなので、特に新製品ともなれば興味を持たずにはいられない。
「これは、製品化の一歩手前のものなんですけど……」
「ほう」
エルリアさんが隣のイスに置いていたカバンに手を入れ、俺達の視線もおのずとそこへと集まる。
そして、テーブルの上に置かれたのはのはなんと――。
『おおーっ!?』
「ふふっ、驚いて頂きありがとうございます。 それでですね――」
エルリアさんの軽妙な説明トークを、俺達は通販番組のように楽しく聞き入ったのであった。
――夜になると、ずいぶんと冷え込んできた。 もう冬がずいぶんと近くまで来ているんだなーと実感する。
俺の魔力量でも、風呂を沸かしてから暖炉をフルチャージするのは疲れるんだけど、後半はお袋が手伝ってくれて助かった。
夕方に出勤する親父を見送り、夕食後にちょっと熱めのお風呂で温まると、チャロちゃんをマッサージでふにゃふにゃにしてから暖かい部屋で勉強をする。
大掃除された部屋はいつにも増してキレイで、特にベッドは寝具一式が取り替えられ布団も出されていた。
とても暖かそうだ。
「ふあぁ」
いかん。 今日は比較的のんびり過ごしたし、身体も部屋も暖かいものだから眠くなってきた。 我が娘は既に俺の中だし……何より、ふかふかの布団様が俺を呼んでいる。
今日はこのくらいにしよっかな~と思い、触手でカーテンを閉めようとしたところ。
窓の端に束ねてあるカーテンの下から、タイツに包まれた女性の細脚がにょっきりと生えていた。
「……」
一体、いつからいたのか……。 なんで気づかなかったんだろう俺。
ていうか、小学生かあんたは。
取りあえずカーテンを閉めるのは諦めて、俺はのそのそとベッドへ――。
『これ、無視するな』
タイツさんが、細脚を擦り合わせながらながら文句を言った。
そんなコトを言われても、なあ?
「だって眠たいし」
「相も変わらず、気遣いの欠片もない言い様だな」
脚にはそれなりに自信があるのだが……と愚痴をこぼしながら、カーテンを束ねるひもが解かれて中の人が出てきた。
確かに、見とれるくらいにキレイなのは認めるんだけどね? タイツの色で誰かすぐ分かるだけに、下手なリアクションを見せるとイジられるのが目に見えているのだよ。
「よっ」
「うむ」
軽く手を上げると、向こうも同じようにして返してくれる。 俺の心を読んだのか、その表情は非常に明るい。
いたく気さくなやり取りではあるが、これでも彼女は巷では神様だの聖母様だのと呼ばれているお方である。
「ところで、仕事はいいのか?」
「それにしても、カーテンに包まっておるのは存外と楽しいものだな」
会話がまったくかみ合っていないけど、適当に放り投げてきたんだろうなーということは察しがつく。
そして見た目や実年齢によらず子供っぽいところのある聖母様は、手も触れずカーテンを閉めると隣へやって来て俺よりも先にベッドへ腰掛けた。
で、ぱふぱふと布団を叩く。
「ほれ、遠慮せず座れ?」
「あいよー」
フリーダムすぎて、突っ込む気にもならんな……。
遠慮なく座ると、彼女は身体を後ろに倒して思いっきり伸びを始めた。 若草色のタイツに包まれた細脚がつま先まで伸ばされ、びびびびと小刻みに震えている。
脚気の診断でもしてやろうか。
「んで、どしたの?」
「んー」
お腹の上に手を置こうが、ヒザのちょっと下あたりを軽く叩こうが、アルヴィちゃんはまったく気にせず顔を向こうに向けたまま足をブラブラさせている。 ……ちなみに、脚の反応は分からなかった。 たぶん大丈夫だろう。
なんだか俺だけ普通に座っているのもシャクなので、俺も手足をL字に伸ばしてからこてんと後ろにひっくり返った。
あー、新しい布団が気持ちいいやー。
「んあ~」
「んん~」
肺の底から思いっきり息を吐き出し、お互いに低い声を発しながら存分に伸びを楽しむ。
ちなみに今の声は、「ところでどうしたのよ?」「そう焦るな、しばし待て」という意味である。
そうして、しばらく二人で海中の昆布のごとくリラックスしていると、唐突に隣の相方が用件を切り出した。
「ジャスよ、喜ぶが良い」
「んー?」
いやっほーい……って、何がだよ。
「――其方の屋敷、完成の目処がついたぞ」
「なんですと!?」
思わず飛び起き、仰向けに寝っ転がったままの聖母様に目を向ける。 マジで、学校が始まるまでに間に合わせたのか……。
彼女は俺の方を見て、満足そうな笑みを浮かべていた。 俺のリアクションがお気に召したらしい。
「次の精霊の日には引き渡そう。 楽しみにしておくが良いぞ?」
「お、おう……」
とても嬉しそうにしているアルヴィちゃんを見て。
「んっふっふっふ」
「……」
逆に、不安になってきた。




