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そだ☆シス  作者: Mie
帰還編
624/744

587 ひとすじの、流れ星の下で

挿絵(By みてみん)





「噂には聞いていたけど、想像以上だったわね……」


「だ、だな」


 ラピヨーネ姉妹―― 兄妹なのは解ってるけど、もうどっちでもいいというか―― とのサプライズ交流に、鹿耳のブランシェ姉弟はとても感激していた。

 その後、しばらくして。



「あああっ……♪」


 二階でリソ君と遊んでいたリリちゃんのところへ行くと、マチルダお姉さんは絨毯にひざをつくと二人をいっぺんに抱え込んで恍惚に浸りきっていた。 天使の二乗という強力な属性攻撃に、すっかりメロメロである。

 ちなみにるー君ともしっかりと握手を交わしていたのだけど、そのときは「あはは。 嫉妬の気持ちすら湧いてこないわ……」と、悟りの境地に至った笑みを浮かべていた。

 あれぞ、至高のアルカイックスマイルであった。


「ああ……もうあたし、ここで死んでもイイ……っ♪」


 大人しく抱かれたままのリソ君とリリちゃんに頬ずりをしながら、マティさんは大きなため息と共にそう呟いた。 感激のあまり潤みを帯びた瞳がキラキラしすぎて、もはやどこを見ているのかも判然としない。

 だがそこで大人しくしていた天使コンビが顔を上げると、リリちゃんが朱くまあるい瞳をお姉さんに向けて、小さいけれどハッキリとした声で反論した。


「おねーちゃ。 ……しんじゃ、だめ」


「えっ」


 はっと我に返ったお姉さん。 純真な目差しを向けてくる二人と、じーっと見つめ合う。

 そしてマティさんは強い輝きを瞳に宿し、小さな子供達に決意を告げた。


「……う、うん、死なないわ。 たとえこの身が朽ち果てようとも、蘇ってみせるっ!」


「みゅーん♪」「おおー!」


 力強い言葉を聞き、エンジェルズは嬉しそうな声を上げた。 お姉さんは更に両手に力を込め、ぎゅっと二人を抱きしめる。

 なんだかよく分からないままに、やたら壮大な物語みたいになりつつあるが――ま、いっか。

 俺とエミーちゃんは互いの顔を見合わせた後、とても生温かい目差しで三人の姿を眺めていた。



 で、一方の弟くんは。


「――って、ワケなんだ」


 ドレス姿のるー君の手を握ったまま一緒に絨毯に座り、ここに来てから今日までの出来事をこんこんと話して聞かせていた。

 ちなみに、お袋はツェリさんをリビングへ招き大人どうしでお喋りをしている。 あの人も旅行中は色々と大変だっただろう。 少しでも羽を伸ばしてくれれば幸いである。


「そうなんだ。 とても頑張っているんだね」


「お、おうよ!」


 握っている手の上に更にもう片方の手を重ねられ、彼は「うほぁ! 柔らけえ、あったけえ……」と呟きながら何度も何度もうなずいた。 顔どころか、長い鹿耳に至るまで既に真っ赤である。

 ちゃんとるー君の性別のことは知っている彼ではあるが、もはやそんなことはどーでもイイ、という感じであった。

 まあ、そこまでは大抵の人が至る境地であるので誰も気にしない。


 朝は早くジョギングから始まり、帰ってからは俺にしごかれひたすら勉強。 おやつを食べたらまた勉強を再開し、夕方からは親父やメイドちゃんズ達の労をねぎらいつつマッサージに明け暮れ、自分の姉にも奉仕してからようやく就寝。

 ……という一日の流れを、とても自慢げに語っていた。


『……』


 エミーちゃんと二人、今日になって何度目か分からない視線でのやり取りを交わす。

 まるで二宮金次郎のような勤勉っぷりを語る彼だが、もちろん脚色しまくりである。 とはいえ、そのどれもいちおうは本当のことである。 一日の中でそれらを全部こなした、ってところを除けば。

 俺もエミーちゃんも、ツッコミを入れたい気持ちがないではないが――ここは何も言わず、少し離れたところから生温かく見守ることにする。 代わりに俺の頭の上に乗っているニアちゃんが突っ込もうとしたけど、今は静かにしていてもらう。

 なぜなら。


「そこまで頑張れば、きっと今年は合格できるね!

 ボクも応援してるよ?」


「まっ!? ま、まま……任せとけっ!!」


 白磁のようなキレイな頬にほんのりと朱色を乗せ、スカートを広げて座っているるーちゃんが柔らかく微笑む。 座高に差があるので、必然的に見上げる形で。

 りっくんは耳を立ててひっきりなしに震わせながら、首が取れそうなほどに何度も何度もうなずいた。

 それを見て、るーちゃんはますます笑みを深める。


「ふふ……♪」


 彼が首を振りすぎてフラフラしている隙に、るーちゃんがふと俺とエミーちゃんに目を向ける。

 そして――純真だった桜色の笑顔を、一瞬にして妖しいワインレッド色へと塗り替えた。


「……策士だ」

「策士ね……」

「るーくん、すっごーい」


 そう。 るー君は、りっくんのウソを見破りつつ、敢えて乗せられるフリをして煽っていたのであった。

 俺もエミーちゃんも、まだ何も彼のことは何も話してないのだが……。 テレパシーでそのことを教えてあげると、我が娘も感心して静かに手を叩き始めた。

 もしかすると、セーレちゃんのところに行った際に、セラさんから何か聞いていたのかもしれないな。


「エリック君、絶対に卒業してね。 ボクと約束だよ?」


「もももも、もちろんだぜッ!?」


 こうなっては、もう彼はセスルームに帰ってからも頑張らざるを得ない。

 うるうると潤んだ朱き魔眼を向けられ、その約束はリック君の心の奥底に深く深く刻まれたことであろう。


「……うーむ」


 ヤル気になってくれたのは嬉しいが、なんとも悲しきは男のサガである。 ……相手は同性だけど。

 にしても、色仕掛けに勝る説得方法はないのだろうか? と考えて、一瞬だけタンスに仕舞ってある緑のカツラが脳裏に浮かび……慌てて首を横に振ってそれをかき消す。

 それはさすがに「ひと肌脱ぐ」という領域を踏み越えている……。 ナニカに目覚めたらどーする。

 この世の無常と、なんとか踏みとどまれた安堵にため息をついていると、俺の手をそっと覆う温もりを感じた。


「大丈夫。 ジャスもいっぱい頑張っていたのは、私が知っているから」


 温かく微笑んでくれるエミーちゃんに、俺もそっと手を握り返す。 すると、少し照れた様子を見せて視線を外して下を向いた。

 加えて我が娘も俺の労をねぎらい、頭を上からなでなでしくれる。


「そうだよー。 ママも、いっぱい頑張ったよ」


「ありがとうなあ……」


 俺の意図を察してりっくんのヤル気を引きだしてくれたるーちゃんといい、こうして俺のことをいたわってくれるエミーちゃんといい――。

 もちろん、我が娘も同じように。

 あと……色気(エロけ)づき始めているりっくんにも、言えることかもしれないが。


「みんな、成長しているんだなぁ」


 包まれた手だけではなく、心も中も温かくなった俺なのであった。




 空が赤くなってきて、アナさん・エミーちゃん親娘とるー君達が帰るのと入れ替わるようにして親父が帰宅。

 ……だけど全員で囲む豪華なディナーは、少ししんみりとしたものになった。

 お姉さんは「あーあ、帰ったらまたドタバタの毎日ですよぉ」と笑いを誘いながらも耳は寂しそうに下げていて、いつもならご馳走を目の当たりにして一も二もなくがっつきそうなリック君も、今夜は親父達から温かい言葉をもらいながらゆっくりと食べていた。

 やがて夜も更け始め、代わる代わるお風呂の時間。


「んふ……」


 虫の声がかすかに聞こえる静かなリビングで、お風呂上がりのお袋がイスに座って色っぽいと息を漏らす。 火照りの残る全身からは石けんのいい匂いが立ち上り、まだ少し濡れている長い髪は後ろにではなく、横の方へと斜めに流れている。

 その途中を俺が持っていて、ドライヤーを使い髪を傷めないように注意しつつ乾かしているところだ。 魔導具なので機械音は一切なく、ましてや電気の使いすぎでブレーカーが落ちる心配など皆無である。


「ど、どうだ、おばさん?」


 お袋の後ろに立って、寝間着を着たリック君が優しく肩を揉みながら尋ねる。

 俺は隣の席で髪を持っているから見えないが、彼からはドレス風の寝間着から覗くお袋の白いうなじや、丸っこくて可愛らしい耳が見えるのだろう。 何度も生唾を飲み込んでいた。

 それにしても……手が二本しか使えないから、乾かしてあげるのが大変だ。

 両手が塞がっていてブラシが持てん。


「はぁあん……上手よ~」


「そ、そっか……」


 吐息混じりのセクシーボイスでほめられ、リック君は背後で顔が見えないからと、シリアスそうな声とは裏腹にその顔は思いっきり赤くデレまくっていた。

 だけど、見えないのはお袋だけであって。


「うわぁ、イヤラシイ顔」

「デレデレだねー」


 テーブルの向こう側に座っているマティお姉さんや、テーブルの上でお茶の係をしてくれているニアちゃんにはモロ見えである。 当然、俺だって身体を捻れば見放題だ。

 ……敢えて見たいとも思わんが。


「うっ!? ううううう、うううるせえよ! んなコトねーよッ!」


「うふふふふ~」


 りっくんは見事なまでにうろたえまくり、お袋は肩を小さく震わせて笑う。

 更にニアちゃんも「ママさん、キレイだもんねー」と笑うと、ジト目で睨んでいたお姉さんもすぐに諦めてため息をついた。

 なお、マティさんもパジャマ姿である。 チャロちゃんが買ってくれたものだそうで、淡い黄色がとても可愛らしい。


「はあ……。 セフィさん、本当にキレイだもんね」


 それに――と、言いかけたところでお姉さんの口が閉じられる。

 まあ、何を言おうとしたのかは、その視線の先を追ってみれば分かる。 今日は、お袋とニアちゃんと三人でお風呂に入ったからな。

 ちなみに俺はりっくんとリソ君と親父の男四人で一番風呂に入り、なんの気兼ねもないリラックスした入浴を楽しんだ。 髪を洗ってもらうとき、石けんが目に入らないようにとぎゅーっと目を瞑るリソ君が死ぬほど可愛く、むさ苦しい石造りの空間に小さな花を添えてくれた。

 で、今は最後にメイドちゃんズが入っているところである。


「そういうマティさんもキレイだよ」


「うっ……お、お世辞って分かってても嬉しいわ」


 ドライヤーを小刻みに振りながらお姉さんに言うと、耳をぴくんと動かしてから照れを隠すようにお茶を飲み始めた。

 向こうの家じゃ「嬢ちゃん」扱いで、誰もほめてくれないらしい。 ……あり得ん。

 俺はさり気なく彼女から視線を外し、お返しとばかりにニヤニヤと笑いながらお姉さんを見ていた弟くんへ声をかける。

 りっくんよ、もうそのくらいでやめておこうな? 後でエルボー(おしかり)をもらうぞ。


「でも、リック君も本当に上達してきたよね」


「まぁなー」


 今夜もマティさんの提案で、彼はお風呂から上がってくるみんなの肩を揉んであげることになっている。 これもマッサージ特訓の一環だそうで。

 けれどもお世話になったお礼の意味もあるそうで、親父はいちばん最初に姉弟二人から片方ずつの肩を同時に揉んでもらい、ほくほく顔で二階の書斎へと上がっていった。

 俺も、お袋の髪を乾かし終わったらお姉さんがモミモミしてくれるんだって。 楽しみだ。

 その後で俺も、じっくりとお礼のお礼をしてあげようと思う。

 親父もお袋も分かっていて言わないけど……いちばん最後に入ったときだけは、チャロちゃんとマールちゃんは俺に負けないくらい長湯になるのだ。


「まだまだよ、ジャス君にはとても及ばないわ!」


「そう?」


 しかし、お姉さんに力強く否定されてしまった。

 俺も彼には揉んでもらっているが、悪くないと思うんだけどなあ。 ずいぶんと手つきが優しくなったと思うぞ?


「それは、仕方ないわ~」


 お袋も女神様スマイルでにこにこしながら……しかし、ちょっと意味深な視線をくれる。

 いや。 お袋も知ってるハズだけど、あの娘にはそっち(・・・)のマッサージはしてないからね?

 冗談でわざとくすぐったりすることもあるが、ごくごくフツーのマッサージである。


「くっそ……見てろよ!」


 お袋にも同意され、リック君が悔しそうな目で俺を睨んだ。

 向こうの家では、けっこう肩もみに自信があったという彼。 家族や工房のお弟子さん達に頼まれると、表面上は嫌そ~にしながらも、実は一度も断ったことがないんだってな。

 お姉さんから聞いた。


「あんっ、少し痛いわ~」


「うおっ、ゴメン!」


 思わず力が入ったらしく、お袋の上げた色っぽい声にまた慌てるリック君であった。

 でも――。



「あぁん……」


 心なしか、残念そうな声を漏らすお袋。

 今の「痛い」は、「ちょっと痛いけどけっこう気持ちいい」って意味だからな?




 ――たとえ泣いても笑っても、時間は淡々と過ぎていく。

 空の星は静かに瞬き、涼しい風が頬をなでる。 虫達の声も、さっきより少し小さくなった気がする。


「ふぅ……ごめんね、ちょっと遅くなっちゃった」


「いんや」


 マッサージやお喋りなどで遅く始めた勉強を切り上げ、俺は窓を閉めてからベッドの方へと向かう。

 明日はいよいよお別れの日。 だけど出発に備えて夕方には仮眠を取らないといけないので、実質的に残すところあと半日である。


「しかしお前、ガンバるよなあ」


「あははは。 まーね」


 よほど忙しくない限りは少しでも勉強の時間を取っている俺を見て、「勉強しすぎてバカになるぞ」とか「お前、まさか痛いことや苦しいことが気持ちイイ! って感じるタチなのか?」などと失敬なお言葉をさんざんくれた彼であったが……。

 決してそうではないことをなんとか解ってもらった今となっては、ちょっぴり同情的というか、感心の目を向けてくれるようになった。


「……アニキってのも大変なんだな」


「それなりにね」


 前世にはなかったことを知るのは楽しいけれど、既に知っていることやド忘れしたことを再確認していく作業というものは、けっこう気が滅入るときもあったりする。 彼と同じだな。

 しかし、それでも頑張るのはセーレちゃんの良き見本となり、あの子を導くためため――というと恩着せがましく聞こえそうだが、ぶっちゃけて言えば「負けたくない」からである。

 いずれは俺の前世の記憶(アドバンテージ)もなくなるだろうが、それでも二重の意味でちょっぴり「人生の先輩」である身としては、そう簡単に後塵(こうじん)を拝するつもりはない。


 前に「なんで姉ちゃんは、俺にはいつもキッツイんだろうなー」と愚痴を聞かされたことがあったとき。

 いつも弟である彼に対して厳しいことを言うマティお姉さんも、実はそういう思いで毎日頑張っているんじゃないかなーと話すと、しばらく黙り込んだ後で。


『……そっか』


 とただひと言、そう短く呟いていた。 少しだけ、晴れやかになった表情で。

 まあ、その後も言動は何一つ変わらなかったんだけど……。

 でも、積極的にウチの手伝いをしてくれるお姉さんの後ろ姿を見つめる目差しは、ちょっとだけ優しくなったのだった。



「明かり、消すよ?」


「おう」


 既に横になっている彼に確認を取り、俺はベッドを通り過ぎてドアの近くにあるパネルに触れた。

 部屋の明かりがゆっくりと落ち始め、その前に俺もベッドに上った。 リック君の横に転がり、ふーっと大きく息を吐き出す。

 すると彼が「お勤めご苦労」と、ちょっと偉そうな口調で言いながら俺の頭をぽんぽんと軽く叩くようになでてくれた。


「あーあ。 今日でやっとお前に抱きつかれて寝るのも終わりかと思うと、せいせいするな」


「ええー……」


 ニヤリと笑いながら喋っているから冗談なのは分かるけど、それでもちょっぴり傷つくぞ。

 そりゃあ、男どうしだし……リソ君みたいな天使やるー君みたいな可愛い男の娘を別とすれば、断然イヤだろうけどさ。

 思わず、ムッスリ顔をしてしまった俺。

 ところが、そこで。


「でも、まぁ――」


 彼は、俺の上からどけた手で自分の頭を掻きながら、優しい目を向けてこう言ったのだった。




「でもまぁ。 今日くらいは、おとなしく抱きつかれてやるぜ。


 ……アニキ代わりに、さ」




「り、リック――君」


 不覚にも、そのセリフと表情にハートを射貫かれてしまった。

 な、なんということだ……!




「んー?」


「お兄様、って呼んでいいですか?」


「呼んだら蹴り落とすぞコラ」


「あっはっはー」


 ちょっとワルそうな男にキュンと来る女の子って、たぶんこんな気持ちなんだろうな。





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