584 今日のおやつは別々です
気温が下がり、澄んだ夜空に雲がかかってるなーと思っていた次の日。 やはり空は曇り気味であった。
「それでは、これとこれは残しておきますね」
「うん」
部屋の隅に散らばっていた荷物を整理してくれているマールちゃんに、リック君が返事をする。
十一月も四日目となり、とうとうブランシェ姉弟の帰る日が近づいてきた。 当日は深夜発の都外便に乗るため早く寝ないといけないことを考えれば、実質今日を入れてあと二日である。
なので、今朝は必要最低限のものを残し、それ以外を先にセスルームに送ることになっていた。
同じように下の部屋では、チャロちゃんがマティお姉さんと一緒に荷物を整理――は、ほとんど必要ないんだろうなあ。
いつ遊びに行っても片付いてたもの。
「うん、部屋が広くなった」
「……悪かったな」
「あははははは」
久しぶりにスッキリした部屋を見て感想を言うと、リック君がジト目で俺の頭に軽いチョップを食らわせてきた。 敢えてそれを受け、俺は笑う。
彼もすぐに不機嫌顔を直し、「へっ」と短い笑い声を漏らした。
……我が家なのにちょっとした合宿みたいで楽しかった日々も、もう終わり。
切ない気持ちになってくるけれど、仕方のないことであった。
「今日は特別にお小遣いよ~♪」
リビングでお袋からいきなりのサプライズに、姉弟が黄色い瞳を丸くした。
「ええっ!?」「やったあーーーっ!?」
手を合わせて喜ぶ二人見て、お袋だけでなく俺達の顔がほころぶ。
お袋の隣で、今日は出勤の遅い親父もティーカップを片手に温かな笑みを見せていた。
「ああ。 それで兄貴――いや、家の人達に土産を買ってあげるといい」
「ありがとうございますっ!」
親父の言葉に、マティさんが目を輝かせてぺこりと頭を下げた。
……直後、「ちぇっ、なーんだ」と言いたげに口を尖らせた弟へひじ鉄を食らわせ、キッチリ頭を下げさせることも忘れない。
「うふふふふ~。 もちろん、お友達の分や自分の分も買っていいわよ~」
「よっし!」
更にお袋のつけ加えたことに、弟くんは拳を握って喜びを表した。 自分の分しか買わない気が、ひしひしとするけどなー。
もちろんお姉さんの方はきちんとお礼を言った後、斜め上を見て鹿耳をぴこぴこさせながら指を順番に折って、お土産を買ってあげるらしい人達の名前を呟いている。
え、えらくたくさんいるんだな……。 っていうか。
「ええっと……それって、みんなご近所さん?」
「うん! だって、絶対にこっちで買った方が安いじゃない」
この前は買えなかったから、今日か明日に買いに行こうと思ってたのよーと、マティさん。
ヒミングレアの使節団は当然ながら南から来るので、いずれセスルームへも出荷されるだろう品々であっても、王都で買った方が絶対に安いハズ! と。 なので、ご近所さんからリクエストを聞いてお金も預かってきたんだって。
し、しっかりしてるわ……。
「リソちゃんも連れて行ってあげたいから、今日は私とエルネちゃんがついて行くわね~」
「私も手伝うよっ♪」
さっきから俺達の給仕をしてくれていたエルネちゃんが小走りでマティさんのところへ行き、「今日も一緒だよ!」「きゃーっ!」と二人で手を握り合って喜んでいる。 仲いいよなー。
そして、リソ君は隣にいるお袋をきょとーんとした顔で見上げていた。 蒼い瞳がキレイだ。
「まんま、おであけー?」
「ええ、リソちゃんもママとお出かけよ~」
「わああああー!」
手を叩いて喜ぶリソ君の姿に、目を向けたみんなが頬を緩ませる。
テーブルで俺達のお茶にシュガーを入れていた我が娘も「よかったねー!」と飛んでいって、小さな手でリソ君の頭をなでなでした。
ちなみにチャロちゃんは、ブランシェ姉弟の荷物を送る仕事を頼まれていた。 最初はニアちゃんが自分でセスルームまで持って行くーと言っていたが、さすがに一人で運ぶにはキツそうだし危ないので、普通に業者の人に来てもらう。
今はメイドちゃんズが二人で送る荷物を玄関先にまとめ、広くなった部屋を改めて掃除してくれている最中である。
「こ、こんなに……?」
「おおおおおおおっ!」
お袋からお札をもらい、姉弟がひし形の長い耳を上下に動かして驚いている。 もちろん、二人合わせたお金だ。
「マティちゃんはもちろん、リックちゃんも昨日もお勉強を頑張ったから、おまけしてあるわ~」
「おおおっ!」
よかったねーりっくん。 親父のマッサージで「指が痛てぇー」と言っていたのをムリヤリ――じゃない、頑張って勉強した甲斐があったね?
彼の勉強道具も送り返すから、昨日で最後だったのだ。
マティお姉さんの横では潤沢な予算を知ったエルネちゃんが、「いい店を紹介してあげるねっ!」とすごく張り切っている。
王城前や中央通りに露店がズラッと並んでいたのは初日だけで、今はそれ以外の大通りに移動しているからな。 となれば、そこでよく買い物をしているお袋やエルネちゃんの知識が役に立つハズである。
スッキリとした俺の部屋で書類をまとめていると、ノックをしてマールちゃんが入ってきた。
掃除のときには窓を開けていたらしく、室内は肌寒い――とまではいかないものの、けっこう涼しい。
「静かになりましたね……」
「そうだね」
リック君達はわいわいと楽しそうにショッピングへ出かけ、親父もさっき出勤したのを見送った。
初日に露店めぐりをできなかったニアちゃんもついて行ったので、今は俺と、荷物を送り終えた後はキッチンでおやつを作っているチャロちゃん、そしてマールちゃんの三人しかこの家にはいない。
マールちゃんが靴を脱いでやって来るのを見ると、俺は閉まっている窓の外に目を向けた。
「……はぁ」
不意にため息が漏れる。 脳裏をよぎったのは、あの子のこと。
よほどのことがない限りは帰ってくるまで何も聞かないと決めたのは俺自身だし、お袋の誕生日のときに届いた手紙であの子がそれにまったく触れなかったのも、きっとそのためでろう。
だけど、まったく気にならない……なんて、あり得ないわけで。 ふと落ち着いたときなど、いつも考えてしまう。
ほどなく俺のすぐ傍に陰が差し、親しみのある魔力の気配と清々しい中にかすかに甘みを含んだ香りが鼻をくすぐった。
それが誰かなんて、見ないでも判る。 たとえ背後からいきなり「だーれだ?」ってされてもな。
「……」
――あれ?
てっきり、ため息をついてしまったことに対して何か言われると思ったんだけど、何も言われないな?
逆に気になり、俺の方から隣に座ったマールちゃんを見上げると。
「……」
彼女は、どう言葉で表現すればいいのか解らない――。
とても温かな慈しみを感じさせる、だけど切なそうな……あるいは、悲しそうにも見える。
そんな複雑な微笑みを浮かべ、ただじっと俺の顔を見つめていた。
――どれだけか経った頃、チャロちゃんから呼ばれた俺達は一階に下りてきた。
マールちゃんに見つめられて、俺もどう返して分からなくてずーっと無言で見つめ合うハメになっていたので……正直、助かった。
「どうも、ご無沙汰しておりました!」
「そうですねー」
リビングに入ると、ステイさんと二週間ぶりのご対面を果たす。
今日は水曜日。 先週は彼女の都合で一週空いたが、仕事の打ち合わせをする日である。
……特に話す内容がないときは「ステイさんを囲んで美味しくおやつをいただく会」と化すのだが。
「今日はみなさん、いらっしゃらないんですね?」
飴色の、毛先を軽く丸めたショートヘアを左右に振り、編集さんはメイドちゃんズと俺しかいないLDKを見回した。
俺はいつもの場所ではなく、対面の席に着く。 ちなみにイスは、俺が手を出すよりもよりも先にマールちゃんに引かれてしまった。
俺が自分でイスを引くことって、本当に少ないよなぁ。
「ありがと」
「いいえ」
いつも通りの笑みを見せるマールちゃん。 さっきのアレは、もういいみたいだな……。
よく分からないが俺も気にしないことにして、いつも通りに腰掛ける。 マールちゃんは隣の席に座った。
ステイさんは、お茶を入れてくれたチャロちゃんに「どうも」と会釈している。
「うん。 ママ達は従姉弟の子達を連れて、お土産を買いにね」
俺が質問に答えると、ステイさんはぽんと手を叩いた。
「ああ! そういえば、少し前からいらっしゃってるんですよねー」
できれば、ステイさんにもブランシェ姉弟を紹介したいところではあったけど……そうすると仕事の件がバレそうだからな。 今はまだナイショだ。
二人を買い物に行かせたのは、そういった理由もほんの少しだけ含まれている。
時計はもうすぐお昼を指そうとしていた。 たぶんリック君達もどこかでおやつを買って食べているか、あるいはどこで食べようかあれこれ言いながら通りを歩いているんだろう。
もちろん、我が家でも。
「はーい、それではおやつにしましょうねー♪」
チャロちゃんは、俺とマールちゃんにもお茶を淹れてからキッチンへ一旦戻り、それから楽しそうにしっぽを振りながら、おやつの載ったお皿を運んできた。
今のマールちゃんは俺の仕事のアシスタントとしてこの場にいるため、メイドさんとしての役目はチャロちゃんが一人でこなしているのだ。
「うわーっ♪ 珍しいですね!」
テーブルに置かれたおやつを見て、ステイさんがアメジストのような瞳を輝かせた……って、いつも通りか。
しかし、チャロちゃんが作ってくれた今日のおやつは特別であった。
「……あれ? ジャスさま、今日は叫んでいただけないんですねー?」
「いや、毎回叫ぶワケじゃないから」
「ぷっ!」
こてんと首を横に倒したチャロちゃんに、ツッコミを入れる。
横でマールちゃんが噴き出しているが、理由の分からないステイさんは目をパチパチさせている。
「ふ、ふふふ……っ! じ、実はですね――」
肩を小刻みに震わせつつ、マールちゃんがその訳をステイさんに話し始める。
今日のおやつは、フライドポテト(油ひかえめのオーブン調理)であった。
ステイさんが「そのとき、どんな風だったんですかっ!?」って聞いてくるので、やむなくそのときのシーンをリアルに再現して、四人だけどとても賑やかなおやつタイムを過ごしてから。
場所を二階の俺の部屋に移し、チャロちゃんを除いた三人で仕事の話に入った。
個人的には、別にリビングでしても構わなかったんだけどな? だがそこはケジメである。
「セスルームといえばですねえ」
「はあ」
小さなテーブルを挟み、ステイさんの話の切り出し方に俺は小首を傾げた。
しかしやっぱり、絨毯に直接座っていると落ち着くなー。 世間的にはそろそろこの部屋も土足にしてもいい頃なんだけど、そのつもりはまったくない。
靴を脱ぐとリラックスできる、とウチの女性陣にも評判だし、リフォーム中の道場もそのようにお願いしてある。
「算数の参考書、衛星都市でも発売されました!」
「あ……」「わあっ♪」
告げられた内容は、王都では既に好評発売中――って自分で言うのもなんだが、第一弾の参考書が衛星都市の二つでも発売された件であった。 言われて思い出したけど、発売日って昨日だったか……?
別のことに気を取られていたので、頭の中から抜け落ちていた。
「おめでとうございます!」
「あ……うん」
口を半開きにしている俺に、横に座っているマールちゃんが嬉しそうに手を叩いてお祝いしてくれる。 それを見たステイさんも「わー!」と拍手し始めたので、俺も同じくパチパチパチ。
三人の拍手の音が部屋に響き、なぜか俺の頭に「どんどんぱふぱふー」というフレーズが浮かんだ。
「販売部数はまだ分かりませんけど、受注数は順調でしたよ」
「おおーっ」
実感し始めた俺の拍手も強くなり、再び三人でパチパチパチ。 うんうん、めでたい話だなー。
うなずきながら拍手を続けていると、ステイさんがそれをやめて自分のカバンに手を入れた。
「内容は同じですので、すみませんが今回差し上げる本はないんですけど……」
「いえいえ」
申し訳なさそうに眉をハの字にした編集さんに、俺は手を振って「気にしないでください」とジェスチャーを見せる。
しかしステイさんがカバンから出して見せたのは、その「衛星都市バージョン」の表紙絵であった。
「その代わり、表紙だけ印刷していただきましたー♪」
「あ、ありがとうございます……!」
少し厚みのある上質な紙に、すっかりお馴染みとなったマスコットキャラ「セイちゃん」と「マリちゃん」が描かれたカラーイラスト。 可愛らしい絵である。
それを表彰状のように両手で差し出され、俺もとっさに両手を出して受け取って頭を下げる。 二人とも手が塞がっているため、その分マールちゃんが一層大きな拍手をしてくれた。 本当に表彰式みたいだな。
また親父が額縁を買ってきそうだ。
「……さて。 先日の件なんですけど」
またしばしの間、三人で拍手をしたところで。
急に落ち着きを取り戻したステイさんの言葉に、俺とマールちゃんは姿勢を正した。
先日の件というのは、次のテキストをマンガ「風」ではなく、ほぼ丸ごとマンガ「そのもの」にしてしまおうという提案についてである。 イラストレーターさんにかかる負担がものすごく重くなるので、あちらの返事を待っていたのだ。
それに加え、参考書として必要な部分は俺が描き方に注文をつけることになるので、特にその点を了承してもらう必要があるからな。 つまり、イラストレーターさんは素人の俺に口出しをされながらマンガを描かなくっちゃいけないのである。
隣のマールちゃんと二人、同時に固唾を飲んでその答えを待っていると――。
「あっさりとご了解いただきました!」
「……え?」「あっ」
マールちゃんは嬉しそうな吐息を漏らしているが、俺にしてみれば驚きだった。
前にステイさんも「たぶん大丈夫だと思います」とは言ってくれたものの、あっさりOKだとまでは考えていなかったと思う。
「い、いいんですか?」
「いいそうです!」
また二人がパチパチと拍手してくれるのを聞き、俺も半ば無意識に手を叩きながら確認を取る。
俺がサンプルとして見せた「原案」もそうだったらしいのだが……第一弾である算数の、やたらにストーリー性に凝りまくった文章問題を、イラストレーターさんもかなり評価してくれていたようだ。 いや、「面白い」と言ってくれていた、という話は俺も前に聞いていたけどな。
しかしまさか、それで快諾といっていい返事をもらえるとは思っていなかった。
「あちらからも何か案があれば出してくださるということですので、それも参考にしてくだされば……と、おしゃってました」
「それは喜んで!」
あちらさんはプロなんだから、むしろありがたい話だよ。
俺の知らないネタも、きっとたくさん持っているハズだ。
順調に話が進み、打ち合わせが終わった俺達が一階に下りると。
「あ、あのー。 どうなさったん、ですかー?
何回か、拍手が聞こえたんですけど……」
廊下にいたチャロちゃんが遠慮がちな表情で、だけど興味深そうに耳をぴくぴくさせながら俺達に話しかけてきた。
マンガ化についてはビジネスなので詳しく話せない部分もあるけど、衛星都市で発売された件についてはまったく問題ないので、俺からチャロちゃんに教えてあげる。
「いや、実はね――」
「わああっ、おめでとうございますー!」
そうして、今度は四人で拍手が始まったのであった。




