579 おねだりしておきました
前世の昔では「神無月」などと呼ばれていた十月が終わり、十一月。
しかしこちらでは毎月が神在月であり、しかも今月はあの人が大衆の前に姿を現す数少ない機会のある、ありがたーい月なのである。
俺は月に何度も見てるから、何とも思わんけどなー。
――というわけで、その日の朝である。
「ほら、早く起きろ!」
「……んー?」
まるで遠足当日の子供みたいな声で、俺は目を覚ました。
昨夜も俺は彼の身体の代わりに腕を抱え込んで寝ていたようだが、その手であごを掴まれ高速で左右に揺すぶられるという起こされ方であった。
いつも俺が起こしてばかりだったんだから、初めてくらいはもうちょっと、愛のある起こし方をしてほし――ゴメン、なし。
想像したらキモかった。
「いま何時ー?」
「何時でもいいだろっ」
時計を見上げようとしたけれど、暗くて見えない。 つまりは夜明け前か。
最近はずいぶんと日の出も遅くなってきたから、たぶん、二時ちょっと過ぎといったところか。 日本時間に直すと六時前くらいかな。
昨夜はなかなか彼が寝ないもんだから、足裏マッサージで強制的に体力を奪って寝かしつけたのに……元気だなあ。
いや、そのおかげでむしろ元気になったのか? だとしたら裏目に出たか。
「おはよーっす!」
「おはよー」
どちらにしても夜が明けてすぐくらいには起きるつもりだったので、そのまま着替えてリビングへ。
親父は今日こそが本番とも言える警備の仕事があるため、先日から泊まり込んでいていない。 だから、いたのはメイドちゃんズだけであった。
二人と爽やかな挨拶を交わしてから、俺とリック君は顔を洗ってうがいをして席に着き、ニアちゃんはキッチンからシュガーポットを持ってきた。 その間にお茶を用意してくれたのはマールちゃんである。
「どうぞ、ジャス様」
「ありがと」
「おにーさん、ちょっとだけヨー?」
「おーう」
香り高いホットティーが俺の前に置かれ、すかさず我が娘がシュガーを入れてくれる。 少々セリフがアレだったが、清らかなる水のごとくサラッと流しておく。
一杯目はストレートかちょっとだけ、というのはいつものパターンだからな。
リック君にはジュースが出され、風呂上がりの牛乳みたくイッキして「ぷはあーっ!」なんて爽快な飲みっぷりを披露している。
俺もゆっくりとカップを傾け、お茶の温かさと香りが身体中に染みわたっていくのを感じてほっとため息をつく。
「ああ、美味しい……ところでママは?」
「あれ、姉ちゃんは?」
意図せず、俺とリック君の声が重なった。 きょとんとした顔を見合わせる俺達。 彼の真横に伸びた鹿耳が、上下に向きを変えている。
マールちゃんも、そしてキッチンで朝ご飯の支度をしていたチャロちゃんも振り返ってくすくすと笑う。
「奥様はリソ様のお着替えを、マティちゃんも今朝の支度をしているようですね」
「そっか」
裏に弟くんの勉強という狙いがあったにせよ、姉弟の本来の目的はこの使節祭を直接その目にすることなのだ。 なので、今朝はお姉さんも手伝い無用と言われていた。
「ふーん……どうせ、何着ていこうか迷ってるんだろ? 大して変わんねーのに」
『……』
リック君のひと言で、暖かかった部屋に寒波が訪れた。
マールちゃんはため息をつき、チャロちゃんはちょっぴりジト目になって彼を睨んでいる。 ニアちゃんは肩をすくめ、両手を上に向けてなんとも欧米的なリアクションを取っていた。
さっき部屋で、俺がニアちゃんから「今日のスカートはどんな感じがいいー?」聞かれて一緒に考えていたら、横から「え、いつも変えてたのか? 全然気づかんかった」て言ってきて、我が娘をガックリさせたばかりだというのに……。
今回は俺も思わず、我が娘と同じリアクションを取ってしまった。 オーウ。
「……ねえ、リック君」
「なんだよ?」
「マティさんが来たら、『似合ってる』って言ってあげなよ?」
「なんで?」
「いいから」
俺は彼の肩に手を置き、ゆっくりと首を横に振りながら言った。
朝から彼の額が割られないようにと、せめてもの忠告であった。
「よう姉ちゃん、よく分からんけど似合ってるぞー」
「だったら言うなぁ!」
「げはっ!?」
「……」
突き刺さるような、ナイスエルボー。
結局、俺のアドバイスはムダに終わった。
ちなみに俺はちゃーんと、マティお姉さんのボブの髪がいつもより丁寧に梳かされていたところからほめた。
髪の赤さがブラウン系のジャンパースカートに馴染み、落ち着いたお姉さんという感じでよくまとまっている。 鹿耳にも合う色だよね。
「前髪もちょっと切ったよね?」
「えっ、分かってくれた!?」
まさか気づかれるとは思っていなかったようで、お姉さんはビックリしつつも嬉しそうだった。
――さて。
英語で言えばノーヴェンバーファーストである今日は、いよいよ使節祭の開幕日である。 ……英語で言った意味は特にない。
だが既に使節団は到着しているので、完全なセレモニーだ。 体育祭の開会式みたいなもんだな。
一行は、王都のまさにド真ん中である中央駅前の広場から、フォルクバング城までの道のり――王城前通りをパレードしてから、城の敷地内に入って王様や聖母様の歓迎を受ける。 それがセレモニーの流れである。
ほとんどの人達は通りから使節団を見物するんだけど、一部の招待されたゲストや抽選に当たった幸運な人は式典を見ることができるのだ。
当選しても、チケットは有料らしいけどな。
「みんな、おはよーっ♪」
「おはようございます」
陽も昇り、朝食も終わって一服していると、エルネちゃんとエミーちゃんの姉妹がやってきた。 曜日でいえばエミーちゃんはお休みなのだが、今日のお出かけに誘わないワケがないので二人で来たのだ。
なおエルネちゃんはいちおうお仕事の日になっているので、ワインレッドのメイド服姿である。
エキゾチックなヒミングレアファッションが見られないのはちと残念だけど、リック君の鼻の下が地面につきそうだからこの方がいいかもな……。
「おぉ……二人そろうと、なんかすげーっ♪」
コレはコレで、それなりに伸びていた。
エプロンは着けず、ワインレッドがメインで各所にあしらわれた黒がアクセントになっているエルネちゃんと、黒のワンピースに赤いリボンやベルトがアクセントになっているエミーちゃん。
お揃いっぽくもありながら対照的でもあるという、「さすが」と唸らされるコーディネートであった。
二人はりっくんの伸び伸びっぷりに対し、「そう?」と同時に小首を傾げていた。
もちろん、俺もいっぱいほめましたとも。 二人が赤くなるまで。
「今日は、みんなに特別お小遣いをあげるわね~♪」
「おおっ!?」「いいんですかっ!?」
スリムなお袋の太っ腹発言に、ブランシェ姉弟が長い耳を跳ね上げて黄色い瞳を輝かせた。
なんだかんだ言っても、けっこう似ているところのある二人である。
「もちろん、エルネちゃんとエミーちゃんにもね~」
「えっ?」「い、いいんですか……?」
女神様スマイルがエルネちゃん姉妹にも向けられ、二人は目を丸くした。
「もちろんよ~。 はい、みんな並んでね~」
『はあーいっ!』
リソ君に下から抱きつかれ、にこにこしながら立っているお袋の前にみんなが並ぶ。 お袋の最後は俺にも目を向けて言われたので、俺も我が娘を肩に乗せて最後尾につく。
俺は自分のポケットマネーを用意してたんだけど……きっと、それも知ってのことだろうな。
「はい、どうぞ~♪」
「え……こんなに、いいんですか!?」
「ええ~」
手渡された硬貨を見て、マティお姉さんが驚いている。 よかったねー。
その後ろにいるリック君が、期待に耳をぴくぴくさせていた。
「はい、どうぞ~」
「よっし! やった……あ?」
しかし、もらった硬貨の違いに、突き上げようとしていた拳が途中で止まった。
「あ、あれ……なんか、姉ちゃんと違いすぎない?」
「うふふふふ~」
最後尾なので二人がいくらもらったかのかは見えないけど、たぶん相当に差があったんだろう。
だから、もっと勉強しようって言ったのにー。 帰りには露店を見て回る予定だったので、そうだろうなーと思っていたのだ。
ウチでのお小遣いは、頑張り次第なのだよ。
ちなみにエルネちゃんとエミーちゃんは、バイト代やお手伝いのお小遣いとは別にボーナスという形でもらい、二人そろって恐縮していた。
十分以上に頑張ってくれているんだから、いいと思うんだけど……謙虚だよなあ。
だが、俺も思っていた以上にもらってしまい、「いいの?」と聞き返してしまった。
「だって、ジャスちゃんはセーレちゃんの代わりもしてくれているから~」
「……なるほど」
「はい、ニアちゃんもね~」
「わーいっ♪」
横から覗き込んできたりっくんが「なんでっ!?」と驚愕しているが、冷蔵庫や風呂焚きなどの魔力チャージはお袋と俺がやってるからな。
もちろん夜のマッサージだって、姉弟の目を盗んでキッチリとやっております。 声が聞こえないか、ヒヤヒヤしながら。
ニアちゃんは、リソ君と遊ぶのとシュガー入れがお仕事だからな。 他にも食器運びとか、いろいろ手伝ってるし。
ところで、我が娘にとって硬貨は相対的にフリスビーくらいの大きさになってしまうので、代わりに俺が預かっておく。
「じー」
「……」
りっくんよ……。 ミョーに必死で子供からお年玉を預かろうとする親じゃあるまいし、ちゃんと返すからな?
更にしばらくして、そろそろ出発しなきゃパレードが始まっちゃうんじゃないかな? という頃。
呼んでいた二人のゲストが、それぞれやってきた。
「おはよう、ございます」「おいすー!」
ちょっぴりおめかししたくりむちゃんと、まるで七五三みたいな一張羅をまとったニコであった。
「や、おはよう……おいっす!」
俺はわん子ちゃんの頭をなでつつ、もう片方の手でニコの張り手をパンチで迎撃した。
なお、くりむちゃんは人混みの中でも動きやすそうなパンツルックであった。
「誘ってくれて、ありがと」
「いやいや」
わーい、と抱きついてきたリソ君をなでなでしながら、わん子ちゃんがお礼を言ってくれる。 予定外ではあったけど、二人とも家の手伝いが大変そうだからいい気分転換になるだろうと思ったのだ。
くりむちゃんはお母さんからあっさりOKが出て、ニコも武器屋の接客はしないから逆にヒマだったらしい。
「お城の中に入れるなんて、さすがジャス君だねー!」
「まーな」
腕と腕でコツコツとチャンバラしながら、ニコが賛辞をくれる。
骨どうしが当たって、地味に痛いぞ。
「えっ、お城……?」「マジかっ!?」
すると、鹿耳を立てて姉弟が目をまん丸にした。
ふっふっふー。 せっかく王都にまで来てくれた二人だ、聖母様を使って招待券をGETだぜ!
さすがに大人数すぎて全員は難しいと言われたんだけど、もともとメイドちゃんズはそのことを考えてお留守番するつもりだったそうで……。 リソ君も人混みの中で迷子になったりしてはいけないので、今回は見送りだ。
ごめんね、三人には何か買ってくるから。
それでも十分に大人数なのだが……保護者のお袋以外はみんな未成年ということで、それならまあ良かろうと許可をもらえたのである。
なお、中といっても城の建物の中という意味じゃなくて、敷地の中という意味だ。 建物内はさすがに立入禁止だからな。
「うん、この娘に感謝してね」
「にゅっふーん♪」
肩の上を指さすと、我が娘がぺたんこの胸を張って自己主張をした。 ドヤ顔がなんとも可愛い。
でも父親がOKしてくれたのは、この娘の後押しもあったおかげなのだ。
「ありがとう、ニアちゃん」
「さすが精霊様だぜー!」
「にゅふー」
ブランシェ姉弟をはじめとしてみんなが俺の周りに集まり、順番にニアちゃんをなでなでしたり、指であごの下をくすぐったりし始めた。
子猫みたいな扱いになってるけど、わりといつものことなので気にしない。 俺もよくやってるし。
なぜか俺もドサクサに紛れてなでられたり抱きつかれたり、首筋をくすぐられたり耳に息を――って、そろそろやめようねエルネちゃん?
「ふーっ♪」
「あっ……」
か、感じちゃうから。




