571 お姉さんはとても敏感です
いつもより、ちょっぴりオシャレ度の高い衣装で現れたエルネちゃん。
赤いトップスの鮮やかさが、末広がり気味な茶色い髪をバックにしてよりいっそう際立ち、小悪魔的な瞳の輝きと口元の笑みにも色を添えている。
下は大胆な黒いミニ――前世では全然そんなことはないが、この国ではひざ上で十センチもあれば十分に大胆。 だけど、ともすると下品とも捉えられかねないところを黒のニーハイで覆うことで露出を抑え、かつ脚の長さとキレイさを強調している。
さらには、スカートが少しでも揺れるとチラリと覗く、肌色のラインが……。
子供にはとても出せない色気。 でも、大人ほどのむせかえるような濃さはなく、「媚び」を感じさせるものもない。
可愛らしさに、あくまでもアクセントとしての色気を加えたいでたちであった。
「うわあ~……」
エルネちゃんの姿をまじまじと見たマティさんが、目を輝かせて感嘆の声を漏らしている。 マティさんも素朴で可愛らしい上下でまとめているものの、さすがにエルネちゃんはオシャレ度合いが段違いであった。
なのにこの娘は、あくまでも色合いや組み合わせを工夫しているのであって、見るからに高さそうなものを身につけているワケじゃないというのがスゴイ。 さすがアナさんの娘だ。
いつも古着のリサイクルやオフシーズンの安売りなどを利用して、お小遣いや給料をやり繰りしているらしい。 よくチャロちゃんと、どこそこの店でこんなのを見かけたーなんて話をしている。
「……」
隣のリック君に至っては、驚愕で目と口を開け放ちボーゼンとしていた。 ……視線の動きは忙しそうだが。
ところで彼は、自分が席を立っていることに気づいているんだろうか?
「やあ、エルネちゃんおはよう。 今日はまた一段とキレイだね」
二人が言葉を失っているようなので、ビミョーな間ができる前に俺から声をかける。
「ホントっ? よかったぁー♪」
えへへーと嬉しそうに口元を緩ませるエルネちゃん。 お袋やメイドちゃんズとも朝の挨拶を交わすと、俺にウィンクを飛ばしてから姉弟のところへ。
先っぽを軽くカールさせた長い髪が、船の帆のように空気を受け止めてひらりとなびく。
「おはよー!」と諸手を挙げてご挨拶するリソ君の頭をなでながら応えると、まずはお姉さんの方へ身体を向ける。
「はじめまして! エミーリアの姉の、エルネスタ・カプティーニです。
秋休みの間、ここでメイドのお仕事をさせてもらってるの。 よろしくねっ」
「は、はじめまして!」
にっこりと微笑みかけられ、マティお姉さんが弾かれたように席を立つ。
そしてスカートの腰のあたりで手を拭い、エルネちゃんと握手した。
「ま、マチルダ・ブランシェです。 うわぁ……服もかわいいし、肌も白くてスベスベ。
さすが、王都の人って感じ……ですね」
「ん? そうかなぁ?」
長い耳を立てて相当に感激した様子のマティさんに対して、エルネちゃんは大きな瞳をくりくりさせて小首を傾げる。 ……でも、けっこう嬉しそう。
ちなみに、エルネちゃんの方がほんの少しだけ背が高い。 マティさんは六月に十歳になったというから、歳もひとつ下である。
それにしても……セスルームだって衛星都市の中ではいちばん大きいんだし、まったく田舎っぽいイメージはないんだけどなー。 エルネちゃん自身のオシャレへの意識の高さもあるだろうけど、たぶん周りの環境の違いじゃないかと思う。
既に学校を出て、自分とこの工房で仕事をしているお姉さんと違って、エルネちゃんは現役の女子高生だ。 周りは特にオシャレに敏感な世代だろうし、るーくん家ではセレブなお客さんと接する機会もあるだろうからな。
「オレっ――ぼぼ、ぼくは、お弟のエリックでふ!」
少し赤みを帯びたエルネちゃんの瞳がリック君へ向くと、彼も慌てて席を立ち気をつけの姿勢になって自己紹介を始めた。
ツッコミどころがイロイロとあるけれども……まあ、言わないでおくか。
弟くんもズボンの横に手のひらを思いっきり擦りつけ、恐る恐るといった感じで手を出した。 エルネちゃんはくすりと笑みをこぼし、彼とも握手をした。
「うん、よろしくね」
「ンフー!」
エルネちゃんの笑顔に速攻で目を逸らし、鹿耳を上下させながら鼻息荒く返事をするリック君。
っていうか、鼻息で返事したな……。
だがエルネちゃんは穏やかに微笑んだまま、それを流した。
「うふふふふ~」
俺はやや生温かい視線になったが、お袋やメイドちゃんズは微笑ましげに眺めていた。
――石畳をリズミカルに踏みしめる、四人分の靴音。
今日はお袋が辞退して、子供達だけでのジョギングとなった。
「エルネさんって。 落第なしで、もうすぐ、高校も卒業、なんですよね……。 スゴイなぁ」
「卒業できるかどうかは、まだ分からないけどね」
チラリと後ろを見ると、マティさんとエルネちゃんが楽しそうにお喋りをしながら走っている。
家事手伝いもハードだと言っていただけあって、マチルダお姉さんも呼吸のリズムを整えて平然とついてくる。 まあ、六歳の俺に合わせたジョギング速度だもんな。
「……」
そして二つ年上のリック君も、やはり余裕で俺の隣を走っている。 ……頻繁に後ろを振り返りながら。
どうも、ニーハイソックスを脱いでスカートをひらめかせる、エルネちゃんの生脚に気を取られているらしい。
確かにエルネちゃんの脚線美は、十一歳とはとても思えない色気があるからな。 単に細いだけなら木の枝のようになってしまいそうだが、しなやかな曲線を描く横のラインが本当にキレイなのだ。
さすが、エルネちゃんが特にこだわっているだけのことはある。 いつもマッサージを頼まれている俺も、ちょっと鼻が高い。
……なーんて思っていると、俺の肩に腰を下ろして脚をブラブラさせている我が娘がリック君に声をかけた。
「りっくん、エルネちゃんの脚ばっかり見てるー」
「んなっ!?」
途端に、首をすっ飛ばしそうな勢いで前を向く弟くん。 顔どころか耳まで赤くなった。
ところで、「りっくん」って? テレパシーで聞いてみると……。
《エリック君だから「りっくん」! かわいいでしょ?》
《……確かに可愛い》
もしやと思ったが、やっぱり日本語と組み合わせたらしい。
テレパシーだと俺がとっさに口に出すこともあるし、少しずつ教えてもいるから、この子もほんのちょっとだけ日本語が分かるのだ。
《でしょー? だから、マチルダちゃんは、うんとー……「まっちゃん」?》
《そ、それはどうかと》
どこの松本さんだ……。 そうツッコまずにはいられない。
そんな親子の会話をしている後ろからは「あははっ♪」とお気楽に笑う声と、「このエロバカー!」というお怒りの声が飛んできている。
弟くんがお姉さんから脳天チョップを食らったところで、軽くフォローを入れておこう。
「まあまあ、見蕩れちゃうのは分かるけどさー」
「だよねー」
愛娘と二人、走りながらうんうんとうなずく。
すると、背後からエルネちゃんも声がかかった。
「見蕩れてくれるのは嬉しいけど、あんまりジロジロ見るのはダメだよ?
……私のだんな様だったら、別だけどっ♪」
「す、すいません……」
前を向いたまま、リック君がぺこぺこと頭を下げる。 そうそう、女の子は視線に敏感なのだ。
俺もふと目が行っちゃったときとか、まるで見計らったかのように、イタズラっぽい笑みを浮かべながらスカートをたくし上げて見せてきたりするもの。
いつも油断したところを狙われるから、すごく困る……。
出会ったご近所さんにブランシェ姉弟の紹介をしながら、ご町内の案内も兼ねたジョギングを終わらせる。
碁盤の目ほど細かくはないけど、かなりキッチリと区画が整理されているこの王都は、おおよその方角と距離さえ分かっていれば迷う心配は少ない。 北に向かえば大通りに出ることと、南に行けば三等区との境界通りに出ることが分かっていれば大丈夫だろう。
適度に運動をして腹を空かせた俺達は、夜勤を終えて帰ってきた親父と一緒に食卓を囲んだ。
ここでまた姉弟そろって、ワインレッドのメイド服に着替えたエルネちゃんに目を奪われるのだが以下省略。
「……ではすまんが、俺は寝させてもらうな」
「はい叔父さん、お休みなさい」「おやすみなさーい、おじさん」
「おう」
マティさんとリック君にオジサンオジサンと連呼され、親父はのそのそとリビング兼ダイニングを後にする。 月末が近いのに加えて使節祭前なので、かなりお疲れであった。
そんな親父をいたわるため、お袋も一緒に二階へと上がっていく。
見送ったメイドちゃんズはそれぞれの仕事を始め、家で食べてきたエルネちゃんは洗い物のためキッチンへ。 その横に、腕まくりをしたマチルダさんが立った。
「ごめんねー? お客さまなのに、手伝ってもらっちゃって」
「いいのよ。 逆に、じっとしている方が気を遣っちゃうから」
食器の片づけも率先して手伝ってくれたマチルダさんが、楽しげにお喋りしながらもパッパと洗い物を片づけていく。 さすがに手慣れているな。
ちなみに弟くんもお姉さんに肩を叩かれて片づけを手伝わせられ、集めたお皿を持ってエルネちゃんの後ろでぽーっと立っていると、お皿だけ回収されるとすぐさま叩き出されて……。
今は俺の隣で、若干凹みながらも二人の後ろ姿を眺めている。
そして俺は、彼が見ていないのを絶好のチャンスと、リソ君とニアちゃんにこっそり触手を食べさせていた。
たとえ見られても、二人が俺の手に群がってぺろぺろしているようにしか見えないだろうが。
「メイドさん、いいよなぁ……」
食後のジュースに目もくれず、頬杖をついて眺めているりっくん。
マティお姉さんの、肩にかかる長さの赤い髪もキレイだけど、腰まで届くエルネちゃんの自慢の髪はとても艶やかだ。
部屋と外からの明かりを受け、光の筋が上下する様は確かに見ていて飽きることがない。
でも。
「あんまり見ていると――」
お茶を飲みながら助言してあげようと思った矢先、視線を感じたお姉さんズがこちらに振り返った。
片方は「もう、仕方ないなあ」という優しげな目差しで。 だがもう片方は「何見てんのよこのエロガキ」と言いたげな半眼で。
「うぐ……!?」
「ほら、言わんこっちゃない」
今更ジュースを飲むフリをしても遅いよ。
俺はお茶を飲んでいたカップをテーブルに置くと、「ごめんねー」とアイコンタクトで二人に軽く謝った後、マチルダさんに代わって隣にチョップを食らわせておいた。
「痛てっ、なにすん――」
それで、不満の声を上げようとした彼だったけど。
「あははっ♪」「ふふっ」
「……何でもねえ」
お姉さん達の笑顔を見ると、ぷいっとそっぽを向いたのであった。
お姉さんズの洗い物がそろそろ終わりそうな感じになり、俺もちびっ子達にデザートをあげ終わった頃。
リビングのドアが軽くノックされて、廊下からエミーちゃんが顔を出した。
「おはようございます」
「あっ、おはよう。 待ってたよ」
エルネちゃんよりも黒の多い服と、緩やかなウェーブの残った長い髪。
今日はひざ上のスカートからわずかに黒いスパッツの裾が覗き、髪は頭の上で束ねてポニーテールにしている。
「お、おぉ……」
エルネちゃんとは似ているけれど印象の違うその姿に、りっくんはまた目を丸くしていた。
しかしエミーちゃんは特に気にした様子もなく、こちらにやってくるとリソ君とニアちゃんの頭をなでてから俺と会話を始める。
「ごめんね、付き合ってもらって」
「ううん、僕の方こそ助かるよ」
リック君が俺達のやり取りに首を傾けている……って。
「あれ、言ってなかったっけ?」
「何がだよ?」
そういや、彼には言ってなかったな。 勉強会メンバーには、先週のうちに話してあるけど。
説明しようと口を開きかけたところ、向こうから洗い物が終わったお姉さんズが近づいてきた。
「えっ、何の話?」
「ああ、実は――」
同じく、なにも知らないマティさんが疑問を投げかけると、俺よりも早くエルネちゃんがそれに答えた。
「ジャス君とエミーがね? 明日、武術の試験を受けることになってるの。
四級の」
『――えっ?』
鹿耳姉弟の黄色く大きな瞳に、俺とエミーちゃんのうなずく姿が映った。




