557 赤面がいっぱいです
ちょっとばかり、お食事時には適さない話題を含みます。
ご注意ください。
十五日というと、月のちょうど半分というイメージがいまだに抜けきらない今日この頃。
なお、「聖暦」では奇数月が二八日、偶数月が二七日だから中間は十四日くらいになる。
……要するに、大して変わらないので感覚が抜けないのだ。
「おはよう~。 ジャスちゃん、リソちゃん」
冬用の厚めのカーテンの端から、うっすらと夜明けの光が漏れている暗い部屋の中。 昨夜は俺が暖房に魔力を入れたので、布団の中だけでなく外もぽっかぽかである。
まあお袋がいれば、たとえ外が流氷の海であろうと温かいに違いない。
「おはよう、ママ」
「おはよー!」
今日もお花畑のような香りと温もりに包まれ、柔らかなお袋のお――もとい、声で一日が始まる。
「……」
朝食の終わったばかりの食卓で、さっきから親父がしきりに俺の顔をチラチラと窺っている。
今朝届いた新聞を逆さまに持っているという、非常にベタなギャグを披露しているのだが……気づいていないらしい。
それを見たメイドちゃんズが、とてもツッコみたそうな顔で俺にアイコンタクトを送ってきたけど、「そっとしてあげてよ」と生温かい笑みを返す。 すぐに二人とも「親父を見守る会」のメンバーに加わった。
親父は、ウチの女性陣に愛されている。
「ゴホン! ゴホン! ……ンンッ」
ついには咳払いまでし始めた。
目を細めて「もうちょっと待ちなよー」と合図を送っていると、マールちゃんと一緒にテーブルの片づけをしていたお袋が声をかける。
「あら~、風邪ですか?」
「ぅあっ、い、いや、何でもないぞ?」
「そうですか~?」
「そうなのだ!」
口調までおかしくなっているが、お袋は気にしない。 今日はオフで私服のチャロちゃんが、ホットティーを飲みかけた手を止めて笑いそうになるのを必死に堪えている。
耳としっぽがプルプルしているのは隠せてないけど。
マールちゃんも小首を傾げているお袋の後ろで、背中を向けて静かに震えていた。
親父は、ウチの女性陣にとても愛されているのだ。
《パパさん、ものすごーく怪しいねー?》
テーブルのお皿を片づけるのを手伝いながら、我が娘が俺にテレパシーを送ってくる。
メイドちゃんズ同様、昨日の内にニアちゃんやアナさん、エミーちゃんにも伝達済みだ。
《それを指摘しないのが優しさなんだよ》
《そうなの? ……難しいねー》
俺の横では、リソ君が小さな両手でカップを持ってホットミルクをこくこくと飲んでいる。 お袋が席を立ったので、代わりに俺がそこに座って面倒を見ているのだ。
白いおひげをつけて「ぷはー!」と満足げに笑っているのが可愛い。 お口を拭いて、頭をなでなでしてあげる。
「よしよし……さて、そろそろかな?」
「そろそろなのかッ!?」
だから、落ち着きなさいって親父。 チャロちゃん、咳き込んじゃったじゃないか。
お袋へのプレゼントは、既にズボンのポケットに忍ばせてある。 花屋のお姉さんのおかげで隠し場所にも困らなかった。
あとは渡すタイミングだが、せっかくなのでアナさん達が来てからがいいだろうということになり、チャロちゃんもそのために出かけるのを少し遅らせてくれている。 今日は火の日だから、エミーちゃんエルネちゃんも来るしね。
時計を見ると、そろそろ来ていい時間なんだけど……遅いな。
今日は早めに来てくれるって言ってたのに。
「……あっ、来ましたよー!」
と思った矢先、チャロちゃんが耳を動かして教えてくれた。 ちょっと涙目になっているが。
オレンジがかった黄色い瞳が潤むと、まるで日の出の水平線を結晶化したみたいでとてもキレイだ。
「おはよう」
『おはようございまーす』
ほどなくしてリビングのドアのガラス越しにアナさんとエルネちゃん姉妹の顔が見え、中に入ってきた。 全員私服で、肩に着替えの入ったカバンを掛けている。
最近はアナさんもちょっと色の濃い服を着てくることが増えたので、暖色系と黒で統一された美人親娘がそろうと存在感がスゴイ。
「遅くなったわね」
「いえいえ」
みんなとの挨拶が終わると、アナさんが俺の座っている後ろに来て小声でささやいた。
その間にエミーちゃんはリソ君の後ろへ回り、頭をなでなでしているが……そこで気づく。
「エルネちゃん……もしかして、あまり調子よくない?」
「あ、うん……」
いつもなら俺に抱きついてくることも少なくないのに、今日はアナさんの横で淡く微笑んでいるだけだ。 顔色も今ひとつ。
それに、今日は厚着で脚まで完全に隠している。 これはかなり珍しい。
「でも、このくらいは大丈夫だよ」
「そう……?」
振り返ってアナさんの顔を見上げると、苦笑いっぽい笑みが返ってきた。
お母さん判断でギリギリOK、という感じか。
「ジャス君」
アナさんの手が俺の肩に置かれ、すぐにその意味を理解する。 メイド服に着替えてもらってからのつもりだったけど、今すぐの方がよさそうだ。
ところで昔は「坊ちゃん」なんて呼ばれ方をしていたけど、今は仕事中は「様」、それ以外のときは普通に君付けで呼んでくれる。
その辺りの切り替えがとってもハッキリとしている人なのだ。
「ねー、ママ」
「うふふ、何かしら~?」
テーブルの向こう側で、お袋は両手をお腹のちょっと下の位置で重ねてかくんと首を傾けた。 絹糸よりもキレイに違いない金色の髪がキラキラしているが、それ以上に笑顔が優しく輝いている。
もしかしなくても……気づかれてるよなぁ、コレ。
親父は目を見開いてイスをガタンと鳴らしているし、お袋ならほとんどすべてを察していてもおかしくはない。
ま、それでもいいんだけどね。
みんなの視線がお袋に集まる中、俺が代表してお袋にお祝いの言葉をかける。
「今日、ママのお誕生日だよね。 お誕生日、おめ――」
『あうぅっ』
拍手をしようとした直前、背後で小さなうめき声が。
とっさに振り返ると、エルネちゃんが長い髪をなびかせてフローリングの床を小走りに駆け、ドアの向こうへと消えていった。
「まさか……!」「お姉ぇ!?」
そして、すぐにアナさんとエミーちゃんが跡を追い、アナさんの「早く閉めて!」という叫び声と共に勢いよくドアが閉まる。
『……』
静まり返るリビング。
俺は拍手直前の状態で固まり、ドアを見つめた。
「……こほん」
はっと我に返り、すぐに前を向く。 角度的に見えなかったのが幸いだったけど、ドアの音からして恐らく……向かいの小部屋へ駆け込んだのだろう。
今日は冷えるもんな、そういうときもあるさ。 俺もあるし。
親父と目が合うと、ちょっとだけ気まずそうな顔をしていた。
『んんっ!』
二人同時にのどに手を当て、軽く咳払いをする。 ティーカップを手に取り、やはり同時にお茶を飲む。
だがお袋を見てみると、頬に手を添えて少し目を細くしていた。
「もしかして――」
マールちゃんとチャロちゃんはその呟きを聞くと、顔を見合わせて何やらうなずき合った。
あれ……なんか、俺達が心配していたコトとは違う?
「ねーねー、エルネちゃんはどーしたの?」
ニアちゃんが俺に聞いてくるけれど、俺にも何が何やら――。
でもその代わりに、お袋が応えてくれた。
「もう少し、待ちましょう」
そう言って、お袋はキッチンからカップを二人持ってきてイスに腰掛けた。 するとマールちゃんがテーブルに置いてあるポットを取り、それぞれのカップにお茶を注いでお袋の隣――チャロちゃんとの間の席に座る。
「ニアちゃん、お砂糖いいかしら~?」
「ほーい」
で、我が娘にいつものお仕事を頼み、静かにお茶を飲み始める。
唐突に始まったお茶会。 なんともビミョーな空気が漂う。
「はぁ~」
落ち着いた吐息を漏らし、お袋がカップをテーブルへ置く。 ことりとも音を立てない、その上品さはさすがである。
それに続くようにマールちゃんもカップを置き、チャロちゃんも自分のお茶に口をつける。
「おにー?」
「……おぉ、よしよし」
取り敢えず、俺の横で首を傾げているマイブラザーをなでなで。
親父は既に空になっているカップで空気を飲んでいるが、俺のカップはまだ残っているので少し飲んで気持ちを落ち着ける。
あからさまにオロオロしている俺達に比べ、女性陣はゆったりと落ち着き払っていた。
お袋がふふふ~と笑いながら、親父のカップへお代わりを注ぐ。
この違いを見て……俺もいよいよ、別の理由である可能性に行き着く。
「ま、まさか――」
エルネちゃんも今年で十一歳。
前世の感覚だと、ちょっと早いような? 最近はそうでもないとも聞くけど……詳しいことは知らない。 でもこっちの人からすると、意外とそうでもないらしい。
……というのを、生活の教科書で読んだ。
図らずも妊娠・出産までしてしまった俺だけど、さすがにその経験だけは今後もすることはあるまい。 それでもあるとするならば――それは別の病気だ。
塗るか注入である。
「ジャスちゃん、落ち着きましょうね~」
「あ、うん」
それはそれで反応に困っていると、お袋が柔らかく微笑んでくれた。
そ、そうだな。 前世でも、かほは寝て待つんだよぉ? って言うしな……ん? 誰なんだ「かほ」って。
「……」
唾を飲むのも気が引ける静けさがリビングを包む。
し、しかし、こういうときって、どうすればいいんだろうな?
まるで妻の初産を待つ父親の心境だ――って、それは違うだろう。 まったく無関係、というワケでもないが。
「えっと……ママ」
「なあに?」
にっこりと笑みを見せてくれるお袋。
おかげで、ちょっとだけ落ち着いた。
「こういうときって、僕はどうすればいいんだろう?」
「うふふ~」
お袋が楽しげな声を漏らす。
見ると、マールちゃんもチャロちゃんもお姉さんのような優しい微笑みを浮かべていた。
俺がお袋の視線を戻すと、それを待っていたかのようにお袋が唇を開く。
「何も、難しいことはないわ。
ジャスちゃんはただ、にっこりと笑って、『おめでとう』ってお祝いしてあげればいいと思うわよ?」
「……そっか」
「ええ」
横に並ぶメイドちゃんズも、静かに首肯している。
……そうだよな。 おめでたいことなんだから、腫れ物に触るような扱いなんかせず、にこやかにお祝いしてあげればいいよな。
前世でもこんな場面に立ち会った経験なんてなかったから、内心かなり取り乱してしまったよ。
自分のとるべきスタンスが分かり、俺の全身から力が抜けた。 口をすぼめ、思いっきり息を吐き出す。
「ふわあぁあ~」
ちょうど俺の前を通りかかったニアちゃんが、ため息にあおられてよろめいた。 ごめんごめん。
お袋達女性陣がくすくすと笑い、リビングの空気が柔らかくなった。
「そ、そうなのか……んんむ」
俺達のやり取りで、どうやら親父も分かったらしい。
だが親父の立場ではまた勝手が違うのか、気難しい顔のまま再び新聞に目を落とし、トントントントンと指でテーブルを叩き始める。
新聞、まだ逆さまだ。
いい加減にツッコんでやろうかと考えていると、普段であれば気づかなかっただろう小さな音を立てて背後のドアが開いた。
全員が視線を向け俺も振り返ると、ゆっくりと茶色いウェーブのかかったショートヘアが姿を現す。 アナさんだ。
「……」
一身に注目を浴びて、ちょっと目を大きくしたアナさんだったけど……すぐに穏やかに微笑み、おもむろにうなずいた。
「……ぉぉー」
はしゃぐのもちょっと違うよなーと思い、控えめに手を叩く俺。
次第にみんなも小さく手を叩き始め、先にお袋が同じ母親であるアナさんにお祝いの言葉をかけた。
「エルネちゃん、よかったわね~」
「ええ、ほっとしたわ」
実際の安堵のため息をつきながら、アナさんが中に入ってきた。
俺の右側のイスが空いているのでそこに座る。 すぐにマールちゃんが席を立ち、新しいカップを持ってきてお茶を注ぐ。
俺達も飲んでいたポットは、見計らったように空になった。
「あら~? エミーちゃんは……」
「ええ、そう」
俺も気づいたが、エミーちゃんがまだ戻ってこないことにお袋が触れて、アナさんはすぐに首を縦に振る。
「あの子もいずれはそうなるんだもの、一緒に教えて付き添わせているわ。 もう少しすれば二人で戻って来るはずよ」
「そう~」
お袋がぱふっと手を叩く。 まあ、確かに名案ではあるが……なんとも生々しい話だ。
なんとなく、アナさんと目を合わせづらい。
「……」
しかし、エミーちゃんも、ということは――。
「それじゃあ、ジャスちゃんも……」
「んおっ?」
ぼんやりしかかったところに名前を呼ばれ、ちょっと身体が跳ねてしまった。
顔を上げると、お袋が俺を見てにこにこしている。
「セーレちゃんのときに困るといけないから、今度ママのを見てお勉強しましょうね~♪」
『んべふぉおおおっ!?』
ナニ言うんですかアナタはあああああああーーーーっ!?
俺も噴き出したが、他のみんなも一斉に噴き出してるぞ! ……特に親父。
「ちょっ、ママ何……げふぉっ、げほっ!」
ニアちゃんが文字通り飛んできて背中をさすってくれるけど……残念ながら、おててがちょっと小さすぎた。
しかし気持ちはとても嬉しく、おかげで少し楽になった。 すぐにテレパシーでお礼を言う。
テレパシーと並列思考はこういうときに便利だ。
「……はぁ。 マ、ママ、それはいくらなんでも……」
「そ、そうですよ奥さま。 さすがにジャスさまでも、ちょっとそれはキツイかとー」
息を整えながらお袋に物言いをつけると、チャロちゃんも苦笑いしながら援護射撃をしてくれた。 噴き出した際に新聞を握り潰した親父もいまだ咳き込みながら、テーブルに打ち付けんばかりの勢いでヘッドバンキングしている。
ちなみに、新しいお茶をポットに入れて戻ってきたマールちゃんは……俺と目が合うと真っ赤になった顔をポットで隠し、何やらブツブツと呟き始めた。
あと、リソ君は親父を見て心配そうな顔で「だじょーぶー?」と声をかけている。 いい子だねー。
「セフィ、あなたねえ……別にそこまでしなくても、応急処置だけで十分でしょう?」
額に手を当てていたアナさんが、ここで鶴の一声的なフォローを入れてくれた。 「最初の時だけ助けてあげれば、後は自分でするものなんだから」と。
よく分からないが、たぶん俺もそうだろうと思う。 一から十まで教えられても、なぁ?
あーあ、顔が燃えそうだよ……。 アナさんも、ちょっと赤くなっている。
親父はテーブルに突っ伏したまま、頭を上げない。 リソ君は横から手をめいっぱい伸ばして、「ぱぱー、ぱぱー」と声をかけている。 とてもかわいい。
「そう~? それじゃあ、どうすればいいかだけ教えてあげるわね~」
「そ、それでお願いします……」
肩に登ってきた我が娘をなでながら、俺はお袋に深々と頭を下げたのだった。
「え、えっと……」
「入って、いいのかな……?」
振り返ると、顔を赤くしたエルネちゃんとエミーちゃんが、ドアから一緒に顔を覗かせていた。




