556 雨上がりの親子デート…?
「うっぷ……ちょっと食べ過ぎたかも」
勉強会が終わり、午後の晴れ間が見える空の下を歩く。
雨が止んで石畳は乾いているものの気温は上がらず、少し風もあるのでどちらかというと寒い。
「フッ、気持ちは分かるがな」
隣から俺を見下ろし、ニヤリと口元を吊り上げて笑うのは親父である。 銀髪に黒いコートがよく似合っている。 その下に着ているのはごくごく普通の服なのに、一八〇はあるだろう長身にコートを羽織るだけで十分にカッコイイのだからうらやましい。
今日は思ったよりも早く帰ってきたので、親父がおやつを食べ終わるのを待ってから俺が連れ出したのだが……。
考えてみると、親父と二人だけで街を歩くなんて初めてじゃないだろうか。
「だが、確かに美味かったな」
「だよねー」
親父が優しい目差しをしているのはそのせいかなーと思いながら、俺は歩きながらうんうんと首を縦に振った。
大通りではないけど、俺達が歩いているのは小さな商店が建ち並ぶ通りである。 仕事終わりの鐘が鳴る前で、周りにいるのは午後の買い物に出ている女の人や子供が多い。 メイドさんっぽい人もチラホラ。
その中で父親と息子という組み合わせは珍しく、けっこう注目を集めている。 特に、身長で目立つ親父が。
ところで、勉強会にはお菓子を持ち寄るなんてルールはないのだが、みんなは必ず何かしらお菓子を持ってきてくれる。 特にマーヤさんは「料理の練習だから」と言いながら練習とはとても思えない逸品を提供してくれるので、同じく練習中らしいエミーちゃんも今まで以上に張り切って作ってきてくれるようになった。
とても嬉しくてありがたい話なんだけど……量がかなり多くなるんだよなぁ。
なので、今日はチャロちゃんもお菓子作りはお休みになったのだった。
「うーん……」
二等区と三等区の間にあるこの通りは近隣に住んでいるらしい人達が絶えず行き交い、建ち並ぶ商店も食料品に限らずいろんな物が売られている。 喫茶店や床屋なんかもあるし。
俺達は取り留めのない話をしながら、店頭に並ぶいろいろな物を見て回っていた。
アレコレ言いながら見ているだけでも十分に楽しい……が、本命は別にある。
「パパ、なんかピンと来るものあった?」
「んむ……そう言われてもなぁ」
「もーっ」
困った顔をする親父だが、困っているのは俺の方だよ。 せっかく、明日お袋が誕生日だから誘ったのにさー。
本当はお祝いとマッサージだけのつもりだったんだけど、親父と一緒ならちょっとしたプレゼントをするのもいいかなと思ったのだ。
あまり世間でもそういう習慣がないとはいえ、たまには親父からも何かプレゼントしたらどうなのよ……というワケである。
「お前の言う条件は、俺には難しすぎる」
「……かもね」
何か特別な節目というわけでもないので「決して高い物ではなく、かといってチープすぎない、ちょっとシャレた物」くらいがベストだと俺は考えている。 でも確かに……自分の奥さんとはいえ、女の人にプレゼントなんてめったにしなさそうな親父には、かなーり難しいお題だろうな。
お袋だったら、親父の選んだ物なら何だって喜んでくれると思うが、そう言ったところで親父はますます眉間にしわを寄せるに違いない。 今だって、小さな女の子向けだろうオモチャの髪飾りを、まるで自分用の剣でも探しているかのような目つきで凝視してるし。
店の奥で店員の女の人が、どうしていいのやら分からないって感じの顔でこっちを見てるぞ?
俺がニッコリ笑って「どうぞお構いなくー」とアイコンタクトを送ると、ほっとした表情になって商品の整理を始めた。
「うぅむ……」
てゆーか、親父からオモチャの指輪なんてプレゼントされたら、さすがのお袋もリアクションに困ると思うのだが。
「はいはい、行くよパパ」
「いやしかし、安くて洒落た――」
「いや、そういう意味じゃないから」
鑑識のように細部を調べている親父からオモチャの指輪を取り上げ、元の所に置いて親父の手を引っ張る。 そもそもそれ、いくらお袋でも小指にしか合わないぞ?
どうもお騒がせしましたーというニュアンスで苦笑いと会釈を見せると、お店のお姉さんはくすくすと笑っていた。
「なあジャス、ちょっと一杯やっていかないか?」
「お、いいねー」
何軒か回っていると、通りの向かい側に飲み屋を見つけた。 ……といっても酒ではなく、ジュースである。
青果店のかたわらで、売り物を使ってジュースを作ってくれるようだ。 ちょうどのどが乾いていたので俺も快諾し、通りを横断する。 通りの真ん中は車道で、たまに馬車が通るので注意が必要である。
そして店の前で親子二人、立ったまま腰に手を当ててグイッと一杯。 俺は口当たりの良さそうなミックスを、親父は酸味の強いものをチョイスした。
『かーっ、美味い!』
そろって同じ台詞を吐き、店のおじさんにコップを突き返す。 「へい、毎度!」という威勢のいい返しもまた心地よい。
通りすがりに店を覗きに来たおば――お姉さんに「そっくりねえ」と笑われたが、俺と親父が顔を見合わせる。
『……』
親父の口の周りが紅い。 ……もしや俺も?
慌ててハンカチを出して拭き始めると、同様に親父も自分のハンカチで口を拭いていた。 お姉さん、お腹を押さえて大笑い。 おじさんも「こりゃおもしれえや!」と手を叩いた。
「……あはは」「フフッ」
ちょっと恥ずかしかったが、俺も親父も釣られて笑う。
イヤな気なんてしなかった。
気分も腹筋もリフレッシュしたところで、俺はおじさんとお姉さんに手を振って、親父は会釈をして店を後にした。
周りの人のジャマにならないように気をつけながら、ウィンドウショッピングを再開する。
「パパって、ママやクラリスさんとかに贈り物したことないの?」
頻繁に物を贈る習慣はないとはいっても、節目にはお祝いするんだから経験がないことはないハズだ。
モテそうなルックスもしてるんだし。
「全くない訳じゃないが……こうして適当にぶらついていて、あいつらが目に留めた物をその場で買ってやったくらいだな」
歩きながら、親父が気難しそうに腕組みをして首をひねる。 プレゼントの仕方としてはそれも悪くないなーと思ったが、まさか今からお袋を呼んでくるワケにもいかない。
……つーか親父、さりげなくデートしてたんじゃないか~♪
俺の好感度が上がったぞ。
「ちなみに、そのときには何を?」
「確か――」
親父があごの下に手を添え、斜め上に視線をやる。
「箒だろ? 石鹸だろ? あと、鍋もあったな……焦げ付きにくいってヤツ。
今くらいの時期なら、毛糸を買ってやった事もよくあったな」
「……は?」
いやそれ、フツーの買い物じゃん! せっかくの誕生日なのに、粗品みたいになってしまう。
ま、お袋はそれでも喜んでくれそうだが。
「えっと……あのさ、もうちょっと実用から離れたモノはないの?」
「実用から離れた……」
「うん」
しかし俺としては、もうちょっと別の何かを贈ってあげたい。 心が和むような。
そう思っていると、案外早く返答が来た。
「だったら置物だな。 クラが好きでな、行くたびに買ってやった記憶がある」
「へえー」
そういえば、向こうの家のリビングに可愛らしい置物がいっぱいあったな。 全部ではないんだろうけど、アレ、親父のプレゼントだったのか。
でも、ウチにはほとんど置物ってないんだよなー。 セラさんの家もそうだったけど、花瓶とかテーブルクロスとか、オシャレだけど実用性を兼ねたものが多い。
たぶんお袋にもセラさんにも、あまりそういった趣味がないんだろう。
なので、その選択肢はないかなー。
「それに万一、リソ君が口に入れたら困るし」
「……それはあるな」
そういう意味では、小さなアクセの類もあまり良くないと言える。 もともとお袋って、そんなにつけないし……つけなくても十分にキレイだけど。
俺は前にちょっと華やかなヘアコサージュを贈ったが、今でもけっこう愛用してくれているのが親父には意外だったらしい。
今でもそのコサージュが、お袋の持っているアクセの中ではいちばん大きくて目立つ。
「となると、いよいよ俺にはお手上げだ」
「仕方ない、か」
肩を落とし、力なく首を振る親父。
親父が選んだこと自体をサプライズにしたかったんだけど、ちょっと無理そうだ。
――区画の境界を兼ねた通りは、ひたすらにまっすぐ東西に延びている。 東へ行けば自然公園や繁華街に通じているし、西に行けば確か工場の建ち並ぶ区画に行き当たるハズだ。
とはいっても、まさか端から端まで見て回るワケにもいかないので、ある程度の範囲で店を選ぶ必要がある。
「お?」
そろそろ引き返すことを考えていた俺達の目に、ふと入った一軒のお店。 ピンと来るものを感じた俺は、急ぎ足でそこに向かう。
いい香りと土臭さが混じって漂ってくるその店は、花屋さんというよりは園芸品屋に近かった。
「ふむ、花……か」
少し大股にするだけでカンタンに追いついてきた足長親父が、俺の後ろで呟く。
……ちょっとだけ悔しかった。
「じゃなくって、アレだよ」
値札の数字にビックリしながらも、俺は首を横に振って違うところを指差す。
親父は俺の示す先を目で追うと、とても意外そうな顔をした。
「アレ、か?」
「うん」
いかにも「あんな物でいいのか?」という表情だけど、だからこそイイと思うのだ。
なぜなら――。
「いらっしゃいま――あっ!?」
親父に思いついたことを話そうとしたら、店の中からエプロンをした髪の長いお姉さんが出てきた。 すごく若そうで、まだ成人していないかもしれないな。
その娘は長身で目立つ親父を見た途端、立ち止まってぽっと頬を染めた。
花屋に現れた、銀髪に黒いコートを着た精悍な男。 ……まあ、フツーにカッコイイよな。
「あっ、あ、ああああのっ」
「お姉さん、ちょうどよかった」
「えっ? ……あ」
話しかけるとお姉さんが初めて俺に気づいたような顔をして、俺と親父の顔を何度か見て……残念そうな声を漏らしたのが耳に入った。
すみませんが、この人は子持ちです。 孫もいるけど。
ちょっぴり凹んだが、聞きたいことがあるので気持ちを切り換える。
「あのー」
「あっ、はい。 ぼく、どうしたのかな?」
俺の背に合わせて軽くひざを曲げ、優しい笑顔を見せてくれるお姉さんに、いろいろと質問を投げかける。 さすがお店の人だけあって、俺の思いもよらなかったことまでいろいろと教えてくれた。
そのやり取りを聞いて、親父も俺の意図に気づいたようだ。
「ね、悪くないでしょ?」
「なるほどな……」
さすがジャスだな、と親父は感じ入ったように何度もうなずいた。 さすがって、どういう意味なんだろうか?
新たな疑問が生まれたが、今は流すことにして小首を傾げているお姉さんに種明かしをする。
「――ということなんですよ」
「ああっ、なるほど! ……きっと、お母さんも喜んでくれると思うわよっ♪」
話を聞いてノリノリになったお姉さんが、だったら、と手を叩きよりふさわしいオススメなどを詳しく教えてくれる。
俺はあまりそっち方面に明るくないので、とてもありがたい。
「へえ、そうなんですか」
「そうなのよー」
気がつけば、目的のブツの前でお姉さんに後ろから抱きつかれているような体勢でお喋りしていた。 特に顔なんて、俺の肩に乗ってるし。
このお姉さんも花に負けないいい香りがして、少しドキドキした。
「じゃ、じゃあそれで」
「ありがとうございますっ♪」
サイフを出そうとしたら親父に止められ、お金を出してくれた。
「そのくらいは俺にさせろ」と笑う親父を見て、お姉さんはまた頬を赤らめる。 ……まあ確かに、今のコートの内側からの取り出し方はカッコよかった。 トカレフ的で。
そのおかげか、お姉さんは少しオマケしてくれた。 男でも、美形だと得をするんだな。
「ありがとうございましたー!」
思った以上の満足を得て、見送ってくれるお姉さんに手を振りながら来た道を引き返す。
無論、親父は俺みたいには振らなかったが、軽く手は上げた。
「ありがとね、パパ」
「いや、礼を言うのは俺の方だ」
俺も具体的に何をプレゼントするかは決めていなかったが、思った以上のものが買えたと思う。
オマケもしてくれたけど、元々の値段も子供のお小遣いで買える範囲内である。
「渡すのは、お前から頼むぞ」
「え?」
それも親父からの方がいいかなーと思ってたのに、親父はコートのポケットに突っ込んだ手を出してくれない。 プレゼントは俺の手の中だ。
もしかして、照れるから?
「……ん、分かった」
まあいっか、と思いながら了承する。
けっこう歩き回ったので疲れを感じるが、明日見られるだろうお袋の花咲くような笑顔を思えば、それも全然大したことではない。
思いっきり息を吸い込めば、雨上がりの冷たい空気が肺の中に染みわたった。
「楽しみだね」
「フッ、そうだな」
親父は俺の顔を見ると、ポケットから手を出して俺の頭をガシガシとなで回した。
それがまさか――あんなコトになるなんてなぁ。




