541 プリティーで、にゅわにゅわ
園児達に混じってみんなでおやつを食べ、ぽかぽか陽気の街を歩いて家に帰る。
なお、ノリノリで演じていたエルネちゃんと顔を真っ赤にしながらも最後には開き直っていたエミーちゃんのガールズユニットの戦隊モノはコンビネーションが抜群で、子供達にも保護者さん方にも大好評だった。
「あはははははっ♪ けっこう面白かったねー!」
「は、恥ずかしくて、身体が燃えるかと思った……」
申し訳ないんだけど、たぶん秋休みの間は毎回お願いすると思う。
園児の女の子に演じてもらうには難易度がちょっと高く、お母さん方からはさすがに恥ずかしすぎてムリだと断られたらしく、お蔵入りになっていたシリーズだから。
「そ、そんな……」
顔は真っ赤なのに青ざめる、という器用な絶望を表現したエミーちゃん。 道の途中で立ち止まり、知らない人の家の壁におデコをくっつけてどよーんとした瘴気を放ち始めた。
「え~っ、またやろうよエミー? 私もいっしょなんだから、イイじゃなーい」
「……本当に申し訳ない。 でも、みんなすっごく喜んでいたから」
エルネちゃんが横から抱きつき、俺も反対側から落ち込んだ肩に手を添えて励ます。
「それに……エルネちゃんもエミーちゃんも、すっごく可愛かったし」
「っ……!?」
更にフォローを入れると、エミーちゃんの肩が大きく跳ねた。 エルネちゃんは「えへへ~」とはにかんでいる。
おやつを食べているときも何度か言ったしみんなからもたくさん言われていたんだけど、ずーっとテーブルに突っ伏してたからなあ。 本人の耳にはほとんど入っていなかったようだ。
「……ぃ、かった?」
「うん。 すごく」
蚊の鳴くようなか細い声で聞き取れずとも、何と言ったのかは解る。
そう思ったのは本心なので、即答した。
「ほんと……に?」
「うん」
「本当の本当に……?」
「うん、もちろん」
「……」
エミーちゃんはいまだ、壁に張り付いたまま動かない。 「ねー」とエルネちゃんに視線を向けると、「うんっ」と元気な返事が返ってきた。
その笑顔には単に楽しかったというだけではなく、妹と一緒にできたことが嬉しかったという、お姉ちゃんとしての喜びが見て取れた。 普段から家事の手伝いは一緒にやっているんだろうけど、そういうのとは全然意味が違うんだということは、言葉にしなくたってよーく解る。
「でも、エミーが本当にイヤだって言うんだったら……」
「もちろん、無理強いなんてしないよ」
「……」
エミーちゃんの頭が壁から離れ、ゆっくりとこちらへ向いた。 その気配を感じた俺達は身体を離し、お互いに見せ合っていた微笑みをいまだ顔の赤い彼女へと向ける。
彼女は俺とエルネちゃんに目を合わせ、しかしすぐに恥ずかしそうにうつむきながらも。
「じゃ、じゃあ……がんばる」
――確かに、そう呟いた。
「ありがと」「ありがとうな」
エルネちゃんと俺は、そっとエミーちゃんの肩に手を置き再び微笑み合う。
それから一瞬のアイコンタクトで声なき言葉を交わし、その結果俺が横を向くことになった。 エミーちゃんの長い髪がサラリと揺れ、首を傾げているのが横目に入る。
背中を向けたので見えないが、エルネちゃんは自分のスカートのポケットに手を入れながら話しかけているのだろう。
「はいエミー、じっとしててねー」
「えっ、どうして?」
可愛らしい声に思わず笑いそうになったけど、俺はピクリとしただけでなんとか堪える。
だけどお姉ちゃんはくすりと笑いながら、その疑問に答えた。
「だって……おデコ、壁の汚れがついて真っ黒になってるから」
「ふぎゃっ!?」
「ぷっ!」
……ごめん。
さすがに、そのリアクションには噴き出した。
涙目で睨んでくるエミーちゃんに謝りながら帰宅。 許してはくれたもののエミーちゃんはすぐさまリソ君の部屋へと走っていき、エルネちゃんは苦笑いを残してメイドさんの仕事に戻った。
そして俺は、リビングでマールちゃんに淹れてもらったお茶を飲む。
しばらくまったりとしてると、ドアが開いてお袋が入ってきた。
「ジャスちゃん、おまたせ~」
着ているのは、いつもの白いロングワンピース。 ただし、頭の後ろには俺のプレゼントした白い花の髪飾り――コサージュをつけている。
「ううん、待ってないよ。 ……やっぱり、よく似合ってるね」
「うふふふっ、ありがとう~♪」
特に飾りっ気のないゆったりとした服なんだけど、それでも抜群を通り越して凶悪とも言えるスタイルの良さは隠しきれない。 ふたつの膨らみは理想的な円形を描き、その下のくびれは驚く程に細くしかもベルトの位置が高い。
更には光のカーテンのような金色の髪に大きめのコサージュをつけると、ともするとウェディングドレスのようにさえ見えてくるのだから素晴らしい。
こう見えて、三人の子供に加えて孫までいるんだぜ?
「ねーねー、ニアはどうー?」
そんなお袋の肩にちょこんと乗っているのは、俺の娘でありお袋の孫である。
今日の衣装はおめかしバージョン。 長袖に膝丈のスカートというドレスっぽい服で、胸元にはリボンまでつけている。 色もグリーン系なのは変わらないけど、ライトな感じにしていた。
背丈よりも少し長い髪にもリボンをつけ、軽く束ねていた。
「おおーっ、すごく凝ってるな……。 とっても可愛いぞー」
「にゅふふふふーん♪」
ほっぺに手を添えて、嬉しそうにくねくねするニアちゃん。 セーレたんみたいなリアクションだ。 キッチンに立っていたマールちゃんも手を止め、マイドーターのオシャレっぷりに手を組んで「わあ、可愛い~♪」と大絶賛である。
それにしてもリボンなんて難しそうなもの、よく具現化できたな……と思ったら、どうやら本物らしい。 包装用の布のリボンなんだそうだ。
ちなみに、チャロちゃんのアイデアらしい。
「ママもニアちゃんも支度できているけれど、もう行く~?」
「うん、行こ」
俺は既にお出かけに問題のない服装をしているし、ひと息ついて午前中の疲れも少し取れた。 残りのお茶を飲み干て席を立つ。
今日は、ニアちゃんのご近所デビュー。 要するに挨拶回りの日なのだ。
我が娘の姿そのものはご近所にも知られているしそのときにも挨拶はしているみたいだけど、正式な紹介はまだしていない。 同時に俺も「御使い」として、改めてよろしくーと挨拶をすると共に、ニアちゃんともども気軽に接してもらうようにお願いして回る予定である。
特に宗教らしきもののない国だけど、その中でも精霊とその契約者って聖職者のような認識らしいからな。 近頃、俺に対して敬語になったり、言葉づかいに迷っているような様子を見せる人も多いし。
「いってらっしゃいませ」
「うん、行ってくるね」
マールちゃんに軽く手を上げて応え、俺達はまた家を出た。
「こ、こんにちはー」
俺の肩から手の上に飛び移ったニアちゃんが、お隣さんの前でぺこりとお辞儀した。
何度となくやってきた自己紹介、でもここは自宅ではない他所様の家の玄関先である。 さすがに緊張気味であった。
「こ、こんにちは……」
しかしお隣さんの奥さんにとっても、相手は精霊様。 街でもたまにお目にかかれる存在ではあっても、面と向かうとなると緊張するのだろう。
奥さんはニアちゃんと俺、そして横にいるお袋の様子を窺いながら同じように頭を下げていた。
「うふふふふ~。 この子はとても人なつっこいですから、どうぞお気軽に話しかけてあげてくださいね~」
「は、はあ……」
お袋もそう言ってフォローしてくれるが、奥さんは「本当にいいの?」という表情でお袋の顔を見ている。
その様子を見て、お袋はニアちゃんに手を伸ばし優しく頭をなで始めた。 俺も空いている方の手を使い、我が娘のあごの下を指先でくすぐる。
上下からなでられて頭を動かせない代わりに、ニアちゃんはおしりを振り振りさせてくすぐったがった。
「きゅふっ、きゅふふふー」
「か、かわいい……♪」
恐らくセラさんと同年代くらいであろうお隣さんは、くねくねししているニアちゃんを見て柔らかく目尻を下げた。 お袋も嬉しそうになでなでしている。
お袋をはじめ、日頃から見慣れている我が家の女性陣ですら萌える我が娘である。 その威力にお隣さんも心を動かされたようだ。
「この娘はスキンシップが大好きですから、なでてあげると喜びますよ」
はいぞうぞ、と我が娘を乗っけている手を近づけてみる。
奥さんは、すごくなでたそうに両手の指をそわそわと動かし始めた。
「ほ、本当にいいのかしら……?」
「もちろん。 な?」
「うん。 なでなでしてー」
俺とお袋はなでるのをやめ、ニアちゃんは自分の頭を差し出して上目遣いに奥さんを見つめる。 こんな愛らしい姿を見せられては、俺だって狂ったようになでなでしてあげたくなるぜ!
俺はさっきまでくすぐっていた方の手を奥さんから隠してグッと握り込み、お袋も自分の両手を白いめろんへむにょんと押しつけて衝動に耐えている。
当然奥さんだって耐えられず、たちまちその目がうるうるしてきた。
「ああぁ……い、いいのね? いいのね……?」
そこに、トドメのひと言。
「おねーさん、なでなでして?」
「……ぁぁぁあああああああ~~~~~~っ♪」
恋するように頬を赤らめた奥さんは、黄色い声を上げて両手でニアちゃんの頭をなでなでし始めた!
かわいい、かわいいー! と何度も叫びながら、だけど手つきはあくまでも優しく我が娘の頭や身体の表面に沿わせている。
「にゅふっ、くすっぐたぁーい♪」
「ああもうっ、なんて可愛い精霊様なの~っ!」
奥さんは、身をよじらせて喜ぶニアちゃんの姿に、ますます顔を赤くして全身をなで回す。 その手つきは艶めかしく、まるで水晶玉を扱う占い師のようであった。
十本の指と手のひらを使い、存分に我が娘を可愛がる。
「なでなでなでなでなでー」
「にゅあっ、あひゃあっ、にゅはーっ!」
「なでなでなでなでなでなでなでなでなでなで……!!」
「くしゅ、くしゅぐっちゃ……ふわああああーーー」
繊細かつ大胆な奥様のテクニックに、ニアちゃんは余裕をなくしてかなり本気で悶えている。 ……ヤバイ、奥さんの目が本気だ。
これは、さすがに助け船を出さなければ。
お袋も同じように思ったようで、俺と同時に奥さんをなだめる。
「あの~奥様? ほどほどに~……」
「え、ええっと、もうそのくらいで……」
「……はっ!?」
我に返った奥さんが手を離す。 リソ君に食べられても平気なニアちゃんもミセスの卓越した指使いには腰砕けになり、くたりと座り込んでしまった。
自分自身の身体を抱きしめ、まだぴくぴくと震えている。
「あふっ……す、すごかったよ~」
「お、お疲れさん」
指の動きが速すぎて、残像になっていたからな……。
あんななで方をされたら、特にくすぐりに弱いエミーちゃんなんて五秒も保たずに失神するかもしれない。
お隣さん……恐るべし。
その後も一軒一軒に時間をかけ、ご近所さんを回っていく。 時間がかかったのはもちろん、ニアちゃんをなで回していたからに他ならない。
中には自分の子供やメイドさん、その日たまたま休みだった旦那さんまで出てきて家族総出でなでなでした家もあった。 近所には俺のクラスメートも一人だけいて、このときは俺もほんの少しだけ緊張した。
「まさか、本当だったとはな……」
「あははははは。 ま、まあ、あんまり大げさにはしないでね?」
「……お、おう。 分かりまし……いや、分かった」
クラスではお調子者に属する彼も、さすがに「御使い様」からの頼みには神妙にうなずいた。 これで、休み明けには俺が御使いだということはクラスに知れ渡ることになるだろう。
でもまあ、今さら腫れ物のような扱いをされることもないだろう。
「それにしても……か、カワイイな」
「だろ?」
おずおずとニアちゃんの頭をなでるクラスメート。 彼もすっかり我が娘のトリコだな。
「……」
「言っておくけど、この娘は誰にもやらんぞ?」
「わ、分かってる……よ」
「……」
「……」
軽く睨みつけると、彼は俺から目を逸らせた。
「うふふふふふ~。 あらまあ~」
クラスメートのお母さんはため息をつき、お袋は穏やかに笑っている。 そんなお袋を見て、彼は顔を真っ赤にしていた。
ニアちゃんも「ごめんねー?」と彼に声をかけていた。
うーん。 可愛すぎるというのも、なかなか罪のようだ。




