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そだ☆シス  作者: Mie
説得編
556/744

521 書いて描くだけのお仕事です

挿絵(By みてみん)





 また気温の下がってきた次の日。 空は薄い雲に覆われ、明るさを減じている。

 いつもだったら初学校で武術の練習をする日なのだが、一昨日(おととい)に続いて今日も中止である。

 冬物に近い服を出してもらいそれに着替えると、俺はずいぶんと回復してきたノドの調子を確認してみた。


「んがっぐっぐ」


 うん。 ちょっとだけ違和感は残っているけど、おおむね問題なし。 ほぼ健康と言えよう。

 ……ただし、マスクは念のためつけたままである。


「お兄ちゃん。 うんが~って、なに~?」


「へ? いや、別に意味はないんだけど……」


「そうなの~」


 セーレたんが宝石のような瞳をパチリとさせて、首を傾けた。

 今日は描陣――魔法陣の検定試験があり、体調を整えるため俺だけギリギリまで布団に入っていたのだ。 その際、先に起き出して着替えをしたハニーが服が冷たいことに気づき、なんと俺の服を抱きしめて温めてくれていた。

 そんな将来の天下(びと)シスターちゃんから服を受け取り、俺様はキラキラとした視線を浴びながら朝っぱらからストリップショーを披露したのである。


「服、とてもあったかいよ。 ありがとうね」


「うふふふふふ~♪」


 頭をなでなでしてあげると、セーレたんはほにゃりと頬を緩めて喜んだ。 この服の温もりとその笑顔のおかげで、俺の中にわずかに残っている風邪も飛んで行ってしまいそうだ。 部屋の中も明るくなったような気がする。

 今の俺なら、たとえ燃えさかる本能寺からでも華麗に脱出イリュージョンを決めてみせるぜ!



「それじゃあ、行きましょう~」


「はーい!」「ほーい」


 お袋の声に返事をしたのは、エルネちゃんと俺。 久しぶりにリビング兼ダイニングで温かい朝食を取り、気力も体力もほぼ万全だ。 メイドちゃんズが俺用に、具だくさんスープを一品追加してくれた。

 冬物に近いジャンパーを着せてもらった俺は、筆記用具と初学校で受け取った受験票、そして薄い(みどり)色の学生証を入れたカバンを肩にかけ、ハンカチと小銭入れを上着のポケットに入れたことも確かめる。 念のために傘も持ち、これで準備完了。

 会場は初学校ではなく第七高校・セーテムバルコー。 けっこう楽しみだ。


「案内は私に任せてねっ」


「うん、お願いね」


 ラピヨーネ家のワインレッドのメイド服がよく似合う、エルネちゃんが差し出してきた手を取る。 水仕事なんてものともしない、常にスベスベでキレイな手だ。

 外に出るのにミニスカートのままでは寒いのか、それとも知り合いに見られると恥ずかしいのか。 いつもは腰のところを折って膝上まで短くしていたスカートの裾は、今はしっかりと黒いニーハイソックスとの間にある太ももの肌色を覆っている。

 握った手を前後に振りながら、少しずつ大人っぽくなっているメイドさんは俺に眩しい笑顔を見せてくれた。 長いストレートロングの茶髪も身体の揺れに合わせて踊るように波打ち、反射するツヤの光が上に下にと行き交う。


「ジャス君、確か直接『戦闘科』に行けばいいんだよね?」


「うん、そう聞いた」


 初学校の事務のお姉さんからも聞いたが、受験票にも会場は「戦闘学科校舎」と書かれている。

 学科で校舎が分かれているとか、まるで大学だな……。 スケールが違う。



「じゃ、行ってきまーす」


 家のみんなに手を振って、三人で玄関を出る。 今日は休みのマールちゃんも見送ってくれた。 親父とアナさんにはリビングで行ってきますを言った。

 セーレたんとエミーちゃんはついて行きたそうにしていたが、試験だからぞろぞろと大人数で行くワケにもいかない。

 何か、お土産(みやげ)になるものでも買って帰ろうか……。


 エルネちゃんと俺が前を歩き、お袋は後ろからいつもの女神様スマイルを浮かべてついてくる。 エルネちゃんの自慢の髪がふわりと揺れるたびに、マスク越しでもフルーティな甘い香りがかすかに感じられる。

 そしてお袋は、秋物の白いロングワンピースにアイボリー系のストールを広げて肩に掛けているのがいい感じだ。 優しい陽だまりのようで、見ているだけでも空気の肌寒さを忘れられる。


「高校って、かなり広いんだよね?」


 石畳の上をコツコツと歩きながら、俺は隣のメイドさんに話しかける。 距離的には初学校と同じくらいか少し遠いかも、というくらいらしい。

 第七高校は、俺の住んでいる二等区の南の三等区内にある。 エルネちゃんの家からも通いやすい場所だ。

 左右の家の壁からときどき見える木の葉は、ところどころ先っぽが色あせて黄色くなり始めている。 秋なんだなーと思う。


「うん。 私も、最初見たときはビックリしたなあー。 『えっ? あちこちに校舎がいっぱいあるんだけど、どこに行けばいいの!?』って」


「あはははは」


 ビックリ顔を作り、キョロキョロと左右に首を振るエルネちゃん。 後ろでお袋もくすくすと笑っている。


「あとね、お土産なら学生街で買うといいよ? ほとんどの店は閉まってると思うけど、地上のいくつかは開いてるハズだから」


「そんなのもあるんだ……」


「ふふーん♪ それにね、セーテム生だったらコレで買えちゃうから便利なんだよ~」


 そう言ってエルネちゃんはスカートのポケットから小さなカードを出し、人差し指と中指にぴっと挟んで見せる。 真顔のエルネちゃんの写真がついた、高校の学生証だ。 ダークレッドと言えばいいんだろうか、なかなかにカッコいい色であった。

 初学校の食堂や購買でもそうなんだけど、高校でも「学生街」でなら、学生証があればお金を持っていなくても買い物ができるようだ。

 もちろん、成人してから学費と一緒にキッチリと請求されるのだが。


「うふふふ~。 ママも、学生街の喫茶店でお友達とよくお茶をしたわね~」


「へえー」


 お袋の声に、エルネちゃんと二人で振り返る。 そういやお袋も、高校に行ってたんだもんな。 王都じゃなくてセスルームのだけど。

 学生街の喫茶店、というとものすごーくセピア色の香りがするが、せいぜいが十年も経っていない程度の以前の話でしかない。


「セフィさんは保育科だったんですよね?」


「ええ~」


 エルネちゃんからの問いかけに、お袋が頬に手を当て首をかしげ気味にしてうなずく。 今でもフツーに高校生に混じれそうだなーと一瞬思ったが、すぐに心の中で否定した。

 ……きっと、女神様オーラがスゴすぎて目立ちまくるに違いない。 こうして歩いているだけでも、すれ違う人々の視線を集めているというのに。

 エルネちゃんも十分に可愛らしいのだが、さすがにお袋が真後ろにいるとあまり目立たない。 それなりに視線は浴びているけどね。

 でも本人は慣れたものである。


「ママが幼児園の先生か……すごく似合いそうだよね」


「そう? ありがとう~♪」


 大人しく座っている園児達の前で、お袋が唄いながらオルガンを弾いてる様子が目に浮かぶ。 エルネちゃんが俺の言葉にうんうんとうなずき、お袋は白い花のような笑顔を咲かせた。

 もしもお袋が保母さんになっていたら、子供の迎えにはお母さんじゃなくお父さんが殺到しそうだな……。




 ――曇った空の下、三等区の真ん中を東西に延びる通りを歩く。 精霊の日のせいか、人通りはそれほど多くない。

 見かける人は、だいたいだエルネちゃんとお袋の間くらいの若い人がほとんどなのだが、たぶん高校生なんだろう。 みんな私服だから分からないけど。

 やがて道の端に街灯が現れると、その先にだんだんと大きな建物群が見えてきた。

 周囲には平屋の家も少なくないため、その高さはものすごく目立つ。 しかも造りも比較的新しいから尚更だ。

 さながら、田舎のド真ん中に新しくできた巨大商業施設のようである。


「うわー……でっか」


「あははっ」


「立派な学校ね~」


 マスクの内側でぽかーんと口を開けている俺を見て、エルネちゃんが笑う。 何となーく、ワインレッドのメイドさんに向けられる視線が増えたような気がする。

 さすがに城の周りにあるビル群には及ばないものの、高校の学舎(まなびや)は十分にビルと呼んでいいくらいの高さがあった。 俺の抱いていた前世の「高校」のイメージとは合致せず、やはり大学に近い感じである。

 高校の手前には初学校もあるけど、やっぱり大人と子供くらいの違いがあるな。


「でも残念。 戦闘科はこっちねー」


「え」


 子供達が遊んでいる初学校を通り過ぎ、いよいよというところで右手の路地に引っ張り込まれた。 お袋も「あら~?」と言いながら後ろからついてくる。

 左手に壁のはるか上までそびえ立つ建物を見ながら、小ぎれいに舗装された道をてくてく。


「これは教育科の校舎なの。 戦闘科はこの先」


「そうなんだ」


 ずーっと先まで続く道を更に歩き、左手に並ぶ校舎がまた別の建物に代わり、ようやく開けた通りに出る。

 道幅は路地に入る前の通りよりもずっと広いけど、代わりに石畳が途切れた。

 そして――。



「うへえー……」


 視界が開け、いきなり飛び込んできた黄色と緑。 けっこう遠くまで畑が広がっている。 吹いてきた風に、かすかな潮の香りを感じた。

 そんな畑の一角を占領するかのように、正面から右手にかけて頑丈そうな物々しい高い壁が続いている。 建物は見えないようだけど――あ、左の方に見えた。


「この中が戦闘科ね。 私は、入ったことないからよく知らないんだけど」


「そ、そうなんだ」


 わりとオシャレな建物を見た直後だっただけに、分厚そうな壁に威圧感を覚える。

 だけどやっぱり見慣れている人にはなんでもないようで、のーんびりと目の前を通り過ぎていく馬車を見送ってから、踏み固められた土の広い通りを横断した。 それから、壁沿いに建物の見えた方に向かって歩く。

 あまり通行人の姿はなく、代わりに枯れ草などを積んだ荷馬車をチラホラと見かける。


「……病院があるって、生々しいね」


「あはは。 ちなみにココも、医学科の人が入ってる病院ね」


 渡った通りの反対側を見てみると、さっき俺達が通ってきた路地の横に立派な病院と看板が目に入った。

 戦闘の授業中にケガしてもすぐに運び込んで治療ができ、医学生のいい練習台にもなる……と。

 ……それ、安心していいのか?


 ふと思ったことはとりあえず気にしないことにして、歩道を歩く。 道の先には大きな交差点があるようで、その辺にはまばらに人の姿が見えた。

 そのずっと手前に戦闘科の敷地に入る門があり、やっと俺達は目的地に到着した。 確かに、入口に試験会場であることを示す看板が出ている。


「やっと着いたー」


 さすがに「戦闘科」というだけあって、ガタイのいいお兄さんが背中に大剣を背負って中に入って行く。

 敷地の中は校舎もあるが基本的にだだっ広く、ちょっとした集団戦も十分にできそうだった。

 ココが試験会場か……。 なんとなく空気が重い。

 他に目立った人通りはなく、さすがにマイナーな検定だなと思った。


「ここから先は、ジャスちゃんひとりね~」


「だね」


「頑張ってね、ジャス君っ!」


「うん」


 お袋とエルネちゃんの笑顔に癒され、身体がふっと軽くなる。

 別に俺は、大剣のおにーさんと()り合うために来たワケじゃない。 あくまでも楽しいお絵描きをしに来たのだ。

 ……まあそれだって、描くモノによっちゃ火柱やら竜巻やら出たりするのだが。

 そんな陣は知らんけど。



「あ、あの……受験の方、でしょうか?」


「はい~?」


 振り返って中に入ろうとしたら、近くになっていた警備員らしい男の人がやってきてお袋に声をかけてきた。

 真面目そうな感じだけど、お袋の微笑みを前に動揺を隠せていない。 ……あ。 今、お袋の胸をチラ見したな?

 しかし、お袋は気に留める様子もなくふわ~っとした笑顔をケビン――じゃないや、警備員さんに向ける。


「いえいえ~。 受けるのはこの子なんですよ~」


「……へ?」


 言われてやっと足元に俺がいると気づいた、というビックリ顔で俺を見下ろすケビンさん(仮)。 ちなみに眉毛が太い。

 俺はうなずき、肩に掛けたカバンから受験票と学生証を出して見せた。


「ふむ。 ジャスパー・オリオール君……か。 確かに」


 (仮)さんは二枚のカードを受け取り、中身を見比べた。 学生証の薄い翠色は俺の魔力によって付いた色であり、他の人が手に取ると一時的にその色が抜ける。

 で、返してもらうと元に戻る。 それが本人確認になるわけだ。


「つ、付き添いの方は原則的にご遠慮いただいているのですが、よろしいでしょうか?」


「ええ~」


 (眉)さんの言葉にお袋が返事をし、俺とエルネちゃんは首を縦に振る。 お兄さんは俺にも目を向けているから、「君はひとりでも大丈夫か?」という意味も含まれているのだろう。


「では、あそこに見える校舎に入ってくれるか? 入ってすぐのところにいる係の人に、またその受験票と学生証を見せてくれればいい」


「分かりました」


 しっかりと目を見て返事をする俺。 ……それにしても、眉が太い。

 見とれていると、今度はエルネちゃんが眉の人に話しかけた。


「ところで、試験はどれくらいで終わるんですか?」


「む……今からなら、恐らく昼過ぎには終わるだろうな」


「じゃあセフィさん、鐘が鳴って少ししたらまた来ましょうか」


「そうね~。 それまで、ママはエルネちゃんと学生街の喫茶店に行っているわね」


「うん」


「マ……!?」


 そしてエルネちゃんとお袋は顔を見合わせ、俺にそう言った。

「ママ」という単語を聞き、眉さんの眉が激しく波打っているが。



「ジャスちゃん、いってらっしゃ~い♪」

「頑張ってねっ♪」


「ん」


 最後に、二人の勝利の女神様からおデコにキスをもらい、俺は戦闘科の校舎へと足を向けた。

 この上ない「おまじない」をダブルでもらったし、これで落ちることはないだろう。




「子持ちって、マジか……」


 警備員さんは、ハの字に眉を落としていたけどなー。





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