498 かわす言葉は少なくても
朝起きて、思った以上に涼しかったのでビックリした。 ……抱き枕ちゃんのおかげで寒くはなかったけど。
秋が近くなってきているんだなーと思う今日この頃であった。
「できそう?」
《やってみるー》
セーレたんと二人で庭に出て、同じく連れてきたニアちゃんにお願いごとをしている俺。 手にはそれぞれ、風と光の護身具を持っている。
少し前にリアル弾幕シューティングゲームを体験した俺達だったが、それをまたできないかなーと思ったのだ。
「やあーっ」
半透明の羽を出して、俺達の目の前に浮いているマイドーター。 そのまま上昇し始めて二階にある俺達の部屋の窓と同じくらいの高さまで達すると、可愛らしい声を上げてバンザイをした。
ぱあっと光の粒が広がるものの、朝の日射しの中ではほとんど目立たない。 夜だったらキレイなんだろうなあー。
ちなみに緑のレオタード姿はいつも通りだけど、今日のスカートはちょっと長めだ。
「……」
なので、下から見上げるとちょっぴりイヤンな感じになってしまう。
三頭身のお人形さんサイズだから決してイヤらしくはないし、そもそもレオタードの一部なんだから下着ではないのだけど……。
だが、いつか人前に出るようになったらビミョーな高さを飛ばないように注意せねば。
男はケダモノだからね――ママ、心配です。
「わあ~」
悲しい生き物のサガと母性との間で複雑な気持ちになっていると、隣でマイシスターがいつもの脱力――もとい、癒し系エンジェルボイスを漏らしていた。
ニアちゃんが空中で張ったシャボン結界が、ほぼ庭全体を覆ったのだ。 お隣さんとの境目でもある壁から我が家に向かって、薄いスクリーンを張ったような屋根ができた。
室内の天井と同じくらいの高さでわずかに閉塞感があるものの、球形に張ると目立つから仕方ない。 他の人に結界を見えないようにして維持しつつ、俺達を相手に手加減しながらシューティングゲーム……というのは、今の我が娘にはちょっと難しすぎるらしい。
《んー。 これじゃ、ニアはあんまり高く飛べないねー》
「まあ、僕とセーレちゃんにとっては都合がいいから」
上空から降り注ぐ弾幕を避けまくるのは面白いが、こっちにとって不利すぎるからな。
結界の固定が終わり、ニアちゃんが再び降りてくる。 身長よりも少しだけ長い髪とスカートが上方向になびく。
……うん。 やっぱり、手で押さえるかスカートをなびかないようにするかさせないと。
「ニアちゃん? スカートの中は、人に見せないようにするのがオトメのたしなみなんだぞー」
《そなのー?》
「うむ」
レオタードなんだから別に……という気もするのだが、やっぱり注意しておく。
母親として、見せパンなんてものは認めません。
「ほら。 セーレちゃんもママ達も、見せないようにしてるでしょ?」
《おおー! そいえばそーだねー》
「でしょ?」
もともとまん丸なおめめを大きくして、我が娘は瞳を輝かせた。
「なー」とセーレたんに振ってみれば、「うん~♪」と軽快なお返事が戻ってくる。 両手でスカートを押さえて見せている仕草が可愛らしい。
……ミョーに無防備なときもあるのだが、それについては触れないでおこう。
と、思っていると。
「でもね~? 見せたい人にだけは、たまに見せた方がいいって言ってたの~」
その妹様が、まさにその部分を突いてきた。
《そーなんだー!》
「違うから!?」
ニアちゃんも感心しないでくれー! 俺の周りには、やたらそーゆーヒトが多くて困ってるんだから……。
すると、あごに指を当てたままの妹様が小首を反対側に傾けた。
「にゃ? 効果ないの~?」
「いや、あるけど……じゃなくって!」
「やっぱり、あるんだ~♪」
「おおーっ」
うっかり本音を漏らしてしまうと、途端に女の子達のテンションが上がった。
「くっ! だから、ちが――」
慌てて否定するも、二人は嬉しそうにうなずき合っていて俺の話を聞いてくれない。
前々からたまに注意するんだけど、こういうのに限っては誰も俺の言うことを聞いてくれないんだよな……。
「……じゃ、そろそろ始めようか」
『はあーいっ♪』
俺は早々に諦めて、シューティングゲームで話題を流すことにした。
――ゲームのルールは簡単。
飛び回るニアちゃんと、俺達が撃ち合う。 当たったらリタイアだ。
「どりゃああーーー!」
「にゅわああああ~~」
小さな妖精さんを挟み、容赦なく魔導具を撃ちまくる俺達。 リミッターが付いているので毎秒でしか撃てないものの、二人でほぼ交互に撃てば間隔は半分である。
しかも光球と風球には速度差があるので避けにくい。 挟み撃ちにされればなおさらだ。
だが……ニアちゃんはものともしない。
「にゅっふふーん」
小さな身体で不規則な三次元機動を見せ、巧みに弾を回避するマイドーター。 飛び去った弾はシャボン天井や敷地の壁や我が家に当たるものの、壊すような威力もなければ壊れるような強度でもない。
ニアちゃんも動きながら複数の光球を生み出しては、俺達に向けて放ってくる。 弾どうしがぶつあり合うと、光や色のついた風を散らして消える。
前回は手も足も出なかった俺とセーレたんだけど、今回は結界もニアちゃんが張っているため、動くスピードも弾数も減っていてなかなか善戦している。
とはいっても光球はひっきりなしに飛んでくるし、フィギュアサイズで飛び回る我が娘に弾を当てるのは至難の業である。 それに……まだまだ余裕っぽいしな。
「やっぱり、ムリか……」
呟きながら身を翻す俺の上と左右を、ニアちゃんの光球が通り過ぎていく。 更に正面から追加の攻撃が来るものの、ムダを削った動きで体勢を崩さない俺は流れるように動いて避けた。
セーレたんなんて、弾幕に目もくれずただ踊っているように見えるが、そのすべてを紙一重で回避しながら風球を撃ち返している。 表情にも必死さなどカケラもなく、純粋に楽しそうだ。
俺達も動き回って当たることはないが、一向に当てられる気配もなかった。
……もちろん、こうなることは予想していた。
が、護身具のリミッターを解除するわけにはいかない。
ということで。
(そろそろ、アレやろうか)
(うんっ)
(ちょっと大変だと思うけど、頑張ってな)
(大丈夫なの~)
お互いに動きながら、刹那のうちに視線を交わす。 実際には一言も喋っていないが、俺達に言葉は必要ない。
回避が難しくなるのは覚悟の上で、俺と妹様は同時に距離を詰める。 当然、魔導具を撃ちながらである。
「わ、二人とも来たあー!」
俺達に挟まれているニアちゃんは、動きとは無関係に背中の羽をぱたぱたさせながら可愛らしい声を上げた。
でも、声のトーンは相変わらず余裕だ。 リソ君と追いかけっこをしているときと変わらない。
「ほっ、はっ」
俺はニアちゃんの攻撃を見てから回避できるギリギリ、おおよそ三、四メートルくらいの距離で止まって踊り続ける。
一方のセーレたんは止まることなく、弾幕をすり抜けドンドン近づいていく。
「ふやあああ~」
再び、俺達はアイコンタクトを交わす。
俺は目前に迫ったニアちゃんの光球を迎撃して打ち消し、ハニーはくるりと回転してかわす。
――と、同時に。
「よっし!」
思わず呟いた俺の左手には、懐中電灯型の光球を放つ魔導具。
そして右手には――風球の魔導具。
妹様は回転を始めると同時に、華麗なるバックハンドパスで俺に投げてくれたのだ。 加えて俺は光球どうしの衝突で光を弾けさせ、そのパスからニアちゃんの目を逸らそうとしていた。
まあ、我が娘もセーレたん同様に目で見るより気配を感じて動いているみたいなので、どこまで効果があったのかは疑問だが。
それはともかく、これで俺の手数は二倍になった。
「そりゃああああー!」
ソフト小太刀の二刀流に比べれば少し軽い程度の、魔導具を両手に持って撃ち始める俺。
代わりに、ニアちゃんの懐で攻撃の手段をなくしたハズのセーレたんだけど――。
「ふわわわわ~ん♪」
スカートのポケットから丸い石を取りだし、ぽぽぽぽぽーんと連続で光球を生み出し始める。
ハニーがお気に入りの魔導具の一つ、空中に明かりを作る魔石だ。
照明球を生み出す早さは護身具とあまり変わらないももの、しばらく空中に留まり続ける性質がある。 護身具と違って単なる明かりだけど、今回のゲームではこれも攻撃手段とみなすという話になっていたのである。
だけど、射程距離……というか飛ぶ距離がすごく短いから、使おうと思えばああやって懐に飛び込んでいかないとダメなのだ。
「わっ、来たあー!」
浮かぶ照明とハニーの身体によって、ニアちゃんの動けるスペースが狭まっていく。 妹様も同じ条件だけど、何ら問題にしていない。
ドンドン照明球が増えていく空間に、俺は少しだけ後退して光球と風球を交互に放つ。
「これでどうだあーっ!」
護身具と照明の球は種類が違うので、ぶつかることなくすり抜けてニアちゃんを狙う。
……ちょっと大人げない気もするけど、ここまでやらないと勝負にならなそうなんだもんなあ。 実際、これでも当たらないし。
もちろん接近している妹様にも多少の流れ弾が行くが、あの子なら大丈夫。 激しくも優雅な動きで全弾やり過ごしている。
光球の群れの中で長い髪をなびかせ踊る姿は、手を止めてずっと見ていたくなるほどに幻想的だ。
「わっ、わっ」
ややスムーズさには欠ける飛び方をしているものの、それでも我が娘は蝶のように回避し続ける。 あまり余裕がないのか、反撃が散発的だ。
撃ち出す光球を手近な照明球に当ててかき消し、動ける空間を広げることに費やしている。 ついでにセーレたんも狙っているみたいだが、まるで未来予知でもしているかのような迷いのない動きで回避される。
《ぱ、パパと遊ぶのもタイヘンだけど、コレもちょっとタイヘンだよー》
「これでも、ちょっとなのか……」
もう慣れてきたらしく、ニアちゃんはパズルゲームのように確実にお邪魔光球を消しながら反撃の手数を増やし始めた。 また俺のところまで攻撃が来るようになって、かわしながら撃ち続けている。
しかし……アルヴィちゃんとの「遊び」とやらは、一体どれほど苛烈なのやら。
「にゅ……にゅう~!」
今回の勝負は、踊るセーレたんの息が切れるまで続いたのだった。
「つかれたけれど、楽しかったの~……」
《だねー♪》
ふらふらになるまで頑張ったセーレたんを冷感スライムベッドに寝かせて家の中で癒し、二対一で最後まで頑張ったニアちゃんにも食事デザートのごほうびをあげる。
俺も疲れていないわけではないが、明らかにいちばん動いていなかったからなぁ。 まだ多少の余裕があった。
ちなみに我が娘の方にも冷感触手をあげようかと思ったのだけど、どうやら普通の触手の方が美味しいらしい。 ……そのあたりの基準はよく分からん。
《ママとセーレちゃん、何もおしゃべりしてないのに、よくあんだけ動けるよねー》
「えへへ~」「まあな」
立場でいうと逆なんだが、ニアちゃんにほめられたセーレたんがマットの上でくねくねして喜んでいる。 でも確かに、一瞬目を合わせただけでも我ながら驚くくらいたくさんのコミュニケーションが取れるんだよな。
そのときには周囲の時間が止まったようにも感じられて、たぶんこれは双子独特の感覚なんだろう。
さすがに、他のみんなとはそこまではいかない。
「だけどさ、ニアちゃんとも『交信』でそれに近いことができるもんな」
《にゅふふーん♪》
部屋であぐらをかいている俺の足の上で、触手をほおばっている我が娘の頭をなでりなでりする。 嬉しそうだ。
《ニアも、ママと一緒に誰かと遊んでみたいなー》
「ははは……相手がいればね」
まだ俺とニアちゃんは「御使い」としてコンビを組んで戦闘訓練をしたことはない。 いずれすることにはなるんだろうけど……相手してくれる人が限られる上に、そもそもウチの庭では狭すぎる。
でも、やってみたいもんだね。
「わたしも、お兄ちゃんとニアちゃんといっぱい遊びたいの~」
「うん、またやろうな」
「えへへへへへ~」
横たわるハニーをもなでてあげると、目を細めて喜ぶ。
前世を基準にすると物騒な遊びではあるが、しっかりと安全には配慮しているしているので危険度でいえば普通のスポーツと大差ないと思う。
俺はニアちゃんを持ち上げると、セーレたんの横たわるマットを大きくして隣に寝転んだ。
「ふぅ」
おやつの時間までは、もう少し。
お腹が空いているのをガマンしながら、疲れた身体を癒した。
――今夜。
あの話を、セーレちゃんにしないとな。




