497 可愛い妹には旅をさせよう(今度こそ)
秋休みの間。 セーレたんをひとりで、セスルームのセラさんのところへ行かせる計画。
それは、まだセラさんがウチに滞在していた六月の後半に端を発する。
「――ねえ、ジャス君」
「なに、セラさん?」
とうとう、セラさんの帰る日が決まった頃。
それは、そんなやり取りから始まった。
「セーレちゃんは、もっと独り立ちすべきだと思うのだけど……。
あなたは、どう思っているの?」
「……」
セラさんはまっすぐに俺の目を見つめてくる。
俺の顔を映す瞳は蒼く深く、俺の中に直接問いかけてくるように感じた。
「僕も……前からそう思ってる」
大きく息を吸って吐いてから、俺は素直に考えを明かす。
俺は幼児園時代から、家の手伝いやリソ君の相手をお願いすることであの子との別行動を少しずつ増やしていた。 そして卒園する少し前にも、幼なじみーズを招いてのお泊まり会で「初めて別々に寝る」というミッションもこなした。
かなり苦労はしたものの、その甲斐あって同じ家の中であれば半日くらいは別々に行動することもできるようになった。
とはいえ――その程度で満足していいなんて、もちろん思っていないわけで。
「でしょうね」
と言って、セラさんはふっと表情を和らげる。
「今日まで見てきて、あなたがそう思っているんだろうな、というのはよく伝わってきたわ。 で、実際にその効果も出てる。
前にうちの方に来てくれた時には、本当にべったりだったのにね」
「うん」
セラさんはふふっと声を漏らして笑うけど、俺は多少表情を緩めても笑みを浮かべる気にはなれない。
「セーレちゃんは確かに、いろいろな事ができるし賢いけれど。 でも、他のお友達と比べるとやっぱり――。
――幼いのよね」
「……うん」
心臓のド真ん中を槍で貫かれたような痛みを感じながら、俺は重くなった頭をかろうじて縦に揺らす。 血は繋がっているけど普段は離れて暮らしているだけに、セラさんの目には客観性があった。
グッと痛みに耐えていると……セラさんは俺の片側の頬に、温かい手を添えてきた。
セラさんの方こそ、痛々しい笑みを浮かべて。
「ごめんなさいね……。 本当はこんな事、あなたに言うべきではないのだけど」
「ううん、いいんだ」
俺の頬をなでながら、セラさんの笑みが苦笑いに変わる。
まあ確かに、普通は六歳の子の育児問題を、同い歳の双子の兄貴には言わないよなぁ。
「あの娘は――セフィは、そういう所は甘いのよねえ。
何しろ、あの娘自身がとびっきりの『お兄ちゃん子』なんだもの」
「あ、あはははは……」
どう相づちを打っていいか分からず、日本人的な笑い方でごまかす。 引き攣る頬を、表情豊かなお姉さんは口を尖らせながらむにむにともみ始めた。
もちろん、お袋にお兄さんなんていないから、セラさんが指しているのは親父のことである。
「当然、あの娘にもジェド君にも話はするけど……だから、まずあなたにお願いするわ」
残った手も使って俺の両頬を優しく挟み、セラさんは再び俺の顔を覗き込んできた。
「セーレちゃんを。 あの子を――。
あなたが側にいなければ何もできないような、そんな弱い子にはしないであげて」
「――うん」
吸い込まれそうな蒼い瞳をまっすぐに見つめ、俺は強くうなずいた。
「ふふっ。 さすが、お兄ちゃんね」
セラさんは嬉しそうに笑うと、目を閉じて瑞々しい唇を俺の額へと近づけてきた。
************
――それもあって。
俺はこの二ヶ月の間、何度かセスルームを往復していろいろと話し合っていたのだ。 もちろん、こっちではお袋とも何度も話し合いの場を設けた。
セーレたんが近くにいないとき――例えば、夜のマッサージの前後とかにな。
「そうね~。 ジャスちゃんの言いたいことは、ママにもよく分かるわ」
「ありがと」
ちなみに、セーレちゃんが向こうに行くというのは俺が出したアイデアである。
俺が向こうに行った方がはるかに実現しやすいのは解っているが、俺には参考書の仕事があるし、他にも勉強会やらイロイロとすることやしたいこともあるからな。
それに、セーレちゃんが向こうに行った方がより効果的だろうと考えたからだ。
まさしく日本のコトワザにもある通り、「可愛い子には旅をさせよ」である。
「行くこと自体には、もちろんママも賛成するけれど……」
「うん、分かってるよ」
だけど当然、あの子が自分の意思でそれに同意してくれることが絶対条件だ。
もしもダメだった場合は、俺が向こうへ行こうと考えている。 必然的にニアちゃんも連れて行くことになるから、必要なときにいつでも飛んで帰って来られるし。
どちらにしても、うまくいけばあの子のブラコンっぷりも少しは治まるかもしれない。
……合わせて、俺のシスコンっぷりもなー。
「うふふふふふ~♪」
「な、なに?」
再び寝間着をまとったお袋は、ベッドの上で頬杖をついて俺の顔を見つめてきた。 マッサージの余韻の残る肌はまだほんのりと色づいている。
その一方で、うつ伏せの体勢のままで寝間着のスカートから覗く素足をぱたぱたと動かしているところは、妙に子供っぽく見えた。
「それは、どうかしら~?」
「え」
潤みを帯びた蒼い瞳を細めると、お袋はわずかに小首をかしげながら口元を緩める。
「セーレちゃんは、もちろんだけれど――。
きっと、ジャスちゃんもそこは変わらないと思うわよ~?」
「……い、いや。 さすがに……」
「うふふふふ~」
まるで本当に子供のような、あどけなささえ感じられる純真な笑顔。
その瞳には一片の曇りもなく、どこまでも蒼く透き通っていた。
************
お袋以外のみんなにも、秋休みに向こうに行きたいなーという話はしていたけど……。
詳しいことは、お袋やセラさんとの話し合いがまとまってから打ち明けることにした。 日程や費用など、細かく詰めないといけないこともあったし……なにより、先にあの子に感づかれてしまう可能性もあったからな。
結果、それは九月に入ってからになってしまった。
「――というワケなんだ」
今月最初の精霊の日、セーレたんと幼なじみーズのみんなが学校で武術の稽古をしている間に、俺からみんなへ話をする。
引率はお袋と、るー君とこのメイドさんであるエルリアさんにお願いして、俺は用事があるからと家に残っている。
リソ君にはニアちゃんと部屋で遊んでもらうことにして、リビングにウチのメイドさん達が大集合してもらった。 親父は例によって仕事である。
今日が休みのマールちゃんは、そのせいで家に引き止めることになってしまったけど……「もともと、今日は出掛けずにのんびりするつもりでしたから」と笑って許してくれた。
「また、思い切ったことを考えたわねえ。 さすがジャス様……と言うべきかしら」
リビングにみんなの驚く声がこだました後、真っ先に口を開いたのはアナさんだった。
「た、確かに、ジャス様のおっしゃることは分かりますけど……」
「……ムリじゃないかなーって、思いますよー?」
続いてマールちゃんとチャロちゃんが、互いにアイコンタクトを交わしながら俺に感想を言う。
「うん……。 ジャス君には悪いけど、私もそれはさすがにムリだと思うよ?」
最後に、ひとりだけ色違いのメイド服を着たエルネちゃんが、俺や周りを見ながら遠慮がちに意見を口にした。
立場的にはお手伝いだけど、今やエルネちゃんはほとんど一人前扱いされている。
「私はいずれ必要だとは思っていたから、無理、とは言いたくないけれど……。
でも、とても難しいことは確かねぇ」
小さくうなずいて娘に発言を促していたアナさんからも、やはり予想通りのコメントが。
ウチのメイドさんチームの意見は、全会一致であった。
……まあ、俺も同感なんだけどな。
「だって、秋休みっていったら一ヶ月半だよ?
ジャス君と離れるってだけでもゼッタイ嫌がるだろうし、しかもひとりっきりで一ヶ月半って……。
いくらなんでも、それはセーレちゃんがかわいそうだよ……」
「……うん」
少し口調を強くするエルネちゃん。 メイドさんチームの中ではいちばん歳が近いからか、セーレちゃんの身になって考えてくれるな。 胸元に添えた手をきゅっと握り、とても切なげな表情を浮かべている。
「あ……! べ、別に、ジャス君を責めてるわけじゃないんだよ? そうじゃないんだけど――」
「うん、分かってるよ。 ありがとうね」
すぐに慌てたようにフォローを入れてくれるが、気にかけてくれているが故の意見だということは分かっている。 むしろ感謝すべきだ。
エルネちゃんは、ほっと息を吐いて微笑んだ。
「そうですね……。 それに、その間はジャス様もセーレ様と離ればなれになるわけですし」
「まあ、ね」
片や、マールちゃんは俺のことも気にかけてくれているようだ。 とはいえ、俺の中身は子供じゃないワケで……。
感謝の気持ちを込めつつ、僕は大丈夫だからと微笑んで返す。 でも、心配げなマールちゃんの表情はあまり変わらなかった。
次にチャロちゃんが、先の二人の意見に同意しながら発言した。
「だよねー。 ……ジャスさまー? いくらセラさまがいらっしゃるとはいっても、やっぱりそれはムリだと思いますー。
せめて、一週間くらいに短くするとか、誰かがついて行くとか……」
それなら、私が行きますよー? と。
チャロちゃんはマールちゃんの顔をチラッと見てから、自分自身の提案に小さく手を上げた。
「うーん……」
それは俺も考えた。 でも期間が短いと「その間だけガマンすればいい」となってしまって、せっかく行っても効果があまりないんじゃないかと思う。
あと、向こうでいっぱいセラさんのお手伝いをすることも大事だと考えているので、メイドさんが同行してしまうとその機会が大幅に減ってしまう。 しっかり者のエミーちゃんを見て、その方がいいかなと思ったのだ。
それに……セーレちゃんの寂しさを紛らわせるという意味でも、することが少しでもあった方がいいだろうと考える。
となると、今度は同行するチャロちゃんが暇を持て余すことになる。
「うーん、なるほどー」
俺の考えを伝えると、チャロちゃんはねこ耳をぴくぴくさせて唸った。
他のみんなを見回しても、同じようにうなずいたりしている。
今回のことは、俺も血を吐くような思いなんだが……セーレちゃんには少々辛い思いをさせてでも、今の内に極度なブラコンを克服してもらいたいのだ。
……そもそも、あの子がそうなったのは俺が原因なんだけどな。
だから、それであの子からどのように責められたとしても、俺はすべて受け止めるつもりでいる。
もちろん、フォローについてもいろいろと考えてある。
向こうではセラさんが付きっきりで見てくれるし、それでも万が一なにかあったときには、「精霊便」を使っていつでも連絡してほしいとお願いしてある。 精霊便は物の配達だけでなくメッセージも取り扱ってくれるらしいので、それをニアちゃんが受信して、すぐさま俺がセスルームに飛んで駆けつける……という手はずになっているのだ。
あと、俺とニアちゃんが飛んでいく際に必要となる護衛についても、たとえアーンさんの都合が悪くてもアルヴィちゃんが他の精霊さんを手配してくれることになってるし。
セラさんがメッセージを依頼してから実際に駆けつけるまで、一時以内――はさすがに難しいとしても、二時はまずかからないだろう。
さすがに日没後の出動はできないんだけど、いざとなればアルヴィちゃんを説き伏せてでも飛んで行くつもりだ。 トゥキお兄さんに来てもらう、という手もあるしなー。
あのヒトも年中無休だから。
「そ、そこまで手を打ってあるのね……」
ほぼ二四時間対応のバックアップ体制について説明をすると、アナさんは半笑いになって頬を引き攣らせた。
「さすが、ジャス様……」「さ、さすがですねー」
「聖母様にまで話を通してるとか……ジャス君、スゴすぎ」
他のみんなも、目を丸くしたり半笑いになったりしているけど。
はっはっは。 セーレたんのためならば、そのくらいはやるさ。
「もちろん、セーレちゃんの説得は僕がするよ。 だから、みんなには見守っていてほしいな、って」
「そこまで言うなら……」
誰もお茶に手をつけず、静かになってしまったリビング。
アナさんから順番にみんなの顔を見つめていくと、唸りながらも首を縦に振ってくれた。
ちなみに、「協力してほしい」とは言わない。 でないと、みんなであの子を包囲して追い込むような形になってしまうから。
アナさんが真っ先にその心配をしてくれて、だけどできる範囲で協力はするしいつでも相談にも乗ると言ってくれた。
「ジャス様、私にもご遠慮なく申しつけてくださいね」「できるだけのことはしますよー」
「うん、私も……何ができるかは分からないけど」
「みんな、ありがとう」
俺の考えを支持してくれたことに、俺はにっこりと微笑んでお礼を言う。
本当は、深々と頭を下げたいくらいなんだけど……水くさいかなーと思ってやめた。
――とりあえず、話は終わった。
これで、説得のための準備は整ったな。
「……」
ようやく、手つかずだったお茶を飲み始めるみんな。 仕方なかったとはいえ、ちょっと空気が重くなってしまった。
俺もお茶を飲んでのどの渇きを潤すと、空気を変えるべく軽い調子で口を開いた。
「あっはっはー♪
まあもしダメだったら、代わりに僕が向こうに行くよー」
言い方こそ冗談半分だが、もしも説得できなかったときには本当にそうするつもりでいるんだけどな。
もちろん、そのときはニアちゃんだけを連れて飛んで行くつもりだ。
すると――。
『えっ? ……えええええええええええーーーーっ!?』
「お、おおぅ!?」
なんか、話を切り出した時以上の絶叫が響きわたった!
外まで聞こえたんじゃないかと思うほどに高く大きな声に、思わず耳を塞ぐ。
「そ、そんなっ!?」
「それは……っ!?」
目をまん丸にして、顔を見合わせたりその場でオロオロしたりしているメイドさん達。
思った以上の混乱っぷりだ。
「……」
そ、そこまで驚かんでも……。




