474 それは乙女の秘密です
「はあ~。 久しぶりにいい運動をしたわね~♪」
「……あれが『いい運動』なんだ」
まるで遊園地の人気アトラクションのように、女の子達と一人ずつ順番に空中回廊を歩く「男子初学生おさんぽ」をこなす俺。
お袋とマリエルさんはご近所さん達にも絶賛され、取り囲まれてお菓子や飴ちゃんなどイロイロともらっていた。 その方々の「アレは何をしているんだ?」という視線を下からチラチラと受けながら、俺は女の子や男の娘などを取っ替え引っ替えする。
「うふふふふ~♪ ……はあぁ~」
他に誰もいない空中回廊。 緩やかに上下するめろん様をつんと張り、お袋が片手を横に広げて深呼吸をする。 もう片手は、俺の手を温かく包んでいた。
俺もマネをして深呼吸してみると、確かに気持ちがいい。 お袋が俺を見下ろして笑みを深めた。
近くなった天井の大型照明を背景にするお袋の顔は、本当に満足そうだ。 金色の髪がキラキラと輝き、天上を歩くお袋はまさに女神様だなーと思う。
「王都に来てからは、あまり身体を動かす機会がなかったものね~」
深窓の令嬢っぽい見た目のお袋だけど、両親はなにしろあの二人だ。 小さいときから師匠とセラさんにいっぱい訓練んでもらい、お袋にとってはそれが本当の意味で「遊び」だったのだろう。
少年時代の親父は庭で楽しそうにお母さんと「遊ぶ」幼女の姿を見て、剣の道一本に絞ることにしたらしい。 妹様と遊ぶ俺を見ると、たまに親父は仏のような笑顔で「お前は本当に頑張るよなあ……」と頭をなでてくる。 大雨が降っても熱を出しても剣を振り続けたという親父には、そういった背景もあったようだ。
根性というか……意地だよな。
「だから、ジャスちゃん達がママと遊んでくれるようになって、本当に嬉しいのよ~」
「あはははは」
優しく頭をなでてくれるお袋を見て。
俺は、たとえついていけなくなっても頑張ろう、と思った。
――次の日。
午後からお袋と遊ぶ約束をして、俺はマールちゃんをお供にして幼児園へ行くことにした。
暑いからと早いうちに家を出たが、セミはサマータイム出勤で既に仕事を始めているし、石畳も眩しい日射しを受けて十分に熱を帯びている。 家の前で打ち水をしている人がチラホラといるけど、すぐ蒸発しちゃうんだろうな。
「たまには顔を出しておかないとねー」
「今更ですけど……ジャス様って、ほとんど大人と同じ考え方をされますよね」
「あっはっはー」
手を繋いでいるマールちゃんはそう言うけど、表情に苦いものはなく穏やかなものだ。 ……悟っている、ともいう。
遠慮しなくなったもんなー、俺。
「だって、お世話になってるもの」
卒園後も顔を出せば歓迎してくれるだけでなく、俺の参考書を受験教室に採用している大口のお得意様でもあるのだ。 だから顔を繋いでおこう……なんて意図はまったくないけど、いろいろと幼児園に影響を与えちゃった身としては今後も見守っていきたいと思っている。
小さい子達と遊ぶのも、わりと好きだしな。
「ジャス様は、大きくなられてもお忙しい方になりそうですね」
「あー……そうかも」
否定できん。 というか、順調にそうなっているような気がする。
「お身体だけは、本当に大事にしてくださいね……」
「うん」
いろいろとやりたいことはイッパイあるけど、みんなに心配をかけちゃいけないな。
心に留めておかなければ、と改めて思った。
「おはようございまーす!」
チラホラとやってくる小さな子とお母さん方がいる中、俺は遠慮することなく幼児園の中に入ってカウンターに声をかける。
顔見知りの人からは「あっ、ジャス君先生」と声をかけてもらって普通に挨拶も交わすけど、知らない人からは「こんな大きな子が、なんでここに?」といった表情で会釈されることも。 そういった人には、マールちゃん共々にこやかな笑顔で挨拶しておく。 お子さんの方には手を振って。
幼児園は定員に空きさえあれば途中からの入園もできるし、途中で辞めるのも自由だ。 つまりは人の入れ替わりが常にあるので、仕方ないよね。
「はい……?」
カウンターで受付をしていたのは、知らないお姉さんだった。 人でも増やしたんだろうか?
「あのー。 僕、ココの卒園生でジャスパー・オリオールというんですけど」
「えっ?」
女の人は戸惑ったような声を出しながら、マールちゃんに向けていた視線を下げて俺の顔を見る。 ……ああ、そっか。
てっきり保護者――マールちゃんが話しかけてくるかと思ったら、子供の方から来たからビックリしたのか。
お姉さんは素早く何度か瞬きをした後、視線をさ迷わせて俺の名字を繰り返し呟いてから「……ああ!」といきなり大きな声を出した。 お腹から声を出すもんだから、横で記帳をしていたお母さんの身体がビクッと跳ねる。
「ご、ごめんなさい……園長ー!」
お姉さんは後ろを向き、事務所スペースの多くに向かって大声を出す。 よく聞こえることおびただしい。
なんかアルバイトの人が店長を呼んでるみたいだなーと思っていると、ほどなくしてお姉さんの後ろから見慣れた女性がやってきた。
「はいはいはーい、どうしたの……あっ!」
出てきたのは、もちろん店長――じゃないや、園長さんだった。 紫の長めの髪を後ろでお団子にして、俺達の顔を見るとぱっと明るい笑顔を見せてくれた。
元気そうでなによりだ。
「お久しぶりですね!」
「ご無沙汰してまーす」
「今日も暑いわね……あ、どうぞ中に入って?」
「ほーい」
通ってくる親子さん達のジャマになりそうなので、二人でそそくさとカウンターの端に寄ってヴェオラ園長さんと挨拶をする。 先に小さく手を振られて、俺も振り返した。
そのまま手招きをされて、カウンター横の出入口から奥へと入る。
「もしかすると、二ヶ月ぶり? それくらいになるのかしら」
「そう……だったかも。 ごめんなさーい」
「ふふふっ、気にしなくていいのよ? ジャス君先生、忙しそうだもの」
「あはははは」
レイアウトが少し変わったらしいカウンターの裏とデスクの間を抜けて、つい立ての横から応接スペースへ通される。
ヴェオラさんの中にも、「俺=忙しい」というイメージが確立されているようだ。
言われてソファーに二人座ると園長さんは姿を消し、しばらくしてからお茶を持って戻ってきた。 お礼を言ってから飲む。 冷たすぎないお茶が火照った身体の中を流れ、マールちゃんと揃ってため息をつく。
小さいテーブルを挟んだ、向こう側のソファーに腰を下ろしたヴェオラさんがくすりと笑う。
「遅くなったけど、発売おめでとう。 これで、そういう意味でも『先生』ね?」
「どうも。 ……でも、そんな偉いもんじゃないですよー」
俺がまだココに通っていた頃、俺が受験教室のチューターを始めたあたりから園長さんからは先生と呼ばれてるけど……今後も変わらなさそうだな。
「今日は、また様子を見に来てくださったんですか?」
マールちゃんの顔も見ながら話を振ってくれる園長さん。 マールちゃんとアイコンタクトを交わすけど、あくまで俺がメインだということみたいなので俺が応える。
「いや、まあ。 ほとんど遊びに来たようなものですけど……お邪魔じゃなかったですか?」
「ううん、そんなことはないわよ?」
多少は建前も入っているかもしれないが、ヴェオラさんはにっこりと微笑んでくれた。
「そういえば、人を増やしたんですか?」
「ええ。 ツェリ先生からのご提案もあってね。 今はみんなの面倒も見てもらいながら、先生としての勉強もしてもらっているのよ」
「へえー」
まあ確かに、もともと白銀メイドさんはココの人じゃないからな。
しかし……あの人は先生として園児達に授業をしながら、加えて自分の後継になる人を育てているのか。 いずれ必要になることとはいえ、本当にスゴイな。
ちなみにさっきカウンターにいたお姉さんがそうらしい。 駆け出しの舞台役者さんで、アルバイトなんだとか。
一応とはいえプロの役者さんとは……一体どこから見つけてきたんだ? さすがツェリさんである。
「それに、私もいずれは……ねえ?」
「ん?」
園長さんは不意に遠い目をしたかと思うと、マールちゃんの方を向いて何やらはにかみながらアイコンタクトを送る。 マールちゃんは二、三度瞬きをすると、すぐに「ああー」とふやけた笑顔を浮かべて二人でうなずき始めた。
俺は一体なんだ? と一寸首をかしげたが……ほどなく察しがついた。
俺もニヤニヤし始めると、新妻さんの頬がかすかに赤くなる。
「よ、予定はないのよ!? あ、あくまでいずれだから、いずれ!」
「はいはい」
「もうっ、なんで解っちゃうのよこの先生はぁぁ~ん……」
「なにしろ、ジャス様ですから……」
ニヤニヤしたまま茶化し気味に相づちを打つけど、そうなればまさにオメデタイことだ。 園長さんが子供好きなのは、かつて俺自身もセーレたんや幼なじみーズのみんなと一緒にお世話になっていたのだから、よーく知っている。
恥ずかしそうなジト目と悟りきった生温かい視線を受けながら、俺は堂々と満面の笑みを浮かべる。 さんざん非常識を見せつけたこの人達には、遠慮は無用だ。
お姉さん達は顔を見合わせると、揃ってため息をついた。
「……ああ、それとね? 実はジャス君先生の本って、直接出版社さんから安く卸してもらっているの。
『同じ新婚どうしですから』って安くしてれたブリートさんには、本当に感謝しているわ」
「え? そうなんだ……」
ステイさん、そんなことをしていたのか。 さっき、カウンターの上に「教科書あります!」と書かれた手作りのPOPを見かけたんだけど、定価よりもちょっとだけ安かったんだよね。
卸値だったらそれでも利益が出るから、その分は幼児園の運営費の足しになる。
俺の方からも、今度ステイさんにお礼を言っておかないとな……。
「本についても、お母さん方からの評判はいいわ」
「それはよかった」
――と思っていたら、急にヴェオラさんがイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「さすがは、ジャス君先生の書いた本よね、って♪」
「ぐっはああああああーーーーーっ!?」
ドえらい反撃が来たーっ! って、バレないワケがないんだよな……。
プロトタイプであるテキストは、前から受験教室で使われていたんだから。 最近は小芝居形式のリクエストがたびたびあって、脚本みたいな問題ばっかり書いているけどな。
ちなみに、適当な思いつきを基にカラダを張った実験を繰り返す「博士と助手」シリーズなどが人気である。
「え、ええっと、あの」
サブ思考の中で博士がまたトンデモ仮説を生み出すかたわら、メイン思考で園長さんに声をかける俺。 ムダに器用だ。
あたふたしている俺を見て溜飲が下がったのか、ヴェオラさんはスッキリした笑顔で口を開いた。
「ふふっ、心配しないで。 内緒にしているんでしょう? ブリートさんとツェリ先生から聞いているわ」
「そ、そうですか……」
バレたからといってどーかなるワケじゃないだろうけど、イタズラに周囲を騒がしくしたくないのが本音だ。
「お母さん方も子供達も一緒に、口を押さえて『んー!』って言ってるわよ♪」
「……」
両手の先で口を押さえ、園長さんが目を細める。 前世でいう「お口にチャック」と同じ意味だ。
どうやら、一部では既に公然の秘密と化しているらしい。
ああ……今、すっごくリリちゃんに会いたい気分だ。
うさ耳聖少女たんをなでなでして癒されたい……。
『――おはよう御座います』
遠い目をしていると、つい立ての向こうから聞き慣れている声が聞こえてきた。 真夏でもあくまでクールなハスキーヴォイス。
続いて、カウンターで会ったアルバイトお姉さんのよく通る大声が響いてくる。 テーブルに置いたティーカップの表面に波紋ができそうだ。
園長さんもマールちゃんも苦笑いしている。
『ツェリ先生、おはようございます!!』
『……ぅわあああああーーーーん』
なんか、小さな子の泣き声が聞こえてきた。 役者さんの声にビックリしたらしい。
すぐに、たぶんお母さんだろう人の「ああ、よしよーし」というあやす声が聞こえてくる。
『はい。 元気なのは結構な事ですが、もう少しお静かにお願い致します』
『はい……すみません』
バイトお姉さんが凹んだ声で謝っているが、それでもよく聞こえてくる。 さすがはプロ。
『わああああああーーーーーん』
『よしよし、怖くないですからね~』
お母さんがあやしているようだけど、泣き始めた子はすぐには泣き止まない。
すると、ツェリさんが何やら助け船を出したようだ。
『私もお手伝い致しましょう。 私の息子は、私がこの顔するとすぐに泣き止んだものです』
この顔ってナニ……?
俺とマールちゃんとヴェオラさんとで顔を見合わせる。
『わあああ……?』
そうしている間に、つい立ての向こう側が静かになってきて。
『きゃああああああーーーーっ♪』
『ぷっ……あっはっはっはっはっはーーーー!?』
『あははははははははっ!!』
大人も子供も巻き込んだ、笑いの大爆発が起こった。
「い、一体ツェリさんは、どんな顔を……」
「さ、さあ……?」
「見てみたいような、見たくないような……」
つい立てが震えそうなほどの大爆笑に、俺達はかえって笑えなくなったのだった。
その後――。
「おはよう御座います」
『……』
何事もなかったかのようなポーカーフェイスでやってきたツェリさんの顔を、三人で凝視したことは言うまでもない。




