473 女神達のキケンな乱舞
並んで立っていたお袋とマリエルさんはうなずき合うと、俺達の横を通り抜けて体育館の借りている半面の中央に向かって歩いていく。
俺達も立ち上がり、二人がよく見える壁際に寄って座り直すことにした。 チャロちゃんがもともと荷物を置いて見学していたすぐ側だ。
空中回廊の真下で少し暗くなっているところでちょこんと座っているチャロちゃんは、少し光って見えるピンクがかったオレンジの目を何度も瞬きさせながらねこ耳をぴくぴくさせていた。
「なんだか、スゴイことになりましたねー……」
「だねー」
せっかくなので、チャロちゃんの周りに腰を下ろす俺達。 右側は俺とセーレたんとエミーちゃん、左側には首輪っ娘コンビとニコだ。
「うわー! どうなるんだろ? どうなるんだろうねー!」
「……静かにする」
「あうち」
エミーちゃんの代理だろうか? はしゃぐニコに、くりむちゃんが優しいチョップを振り下ろしていた。 その横でるーちゃんがふふふと笑っている。
左右に獣耳の首輪美少女を侍らせている少年、ニコ。 ……うん、端から見るとスゴイ光景なのがよーく分かる。
一部表現や前提に間違いがあるものの、そんなことは些末な問題でしかない。
「あはっ。 わたしも、ニコのことは笑えないわね……」
何故かるーちゃんからもチョップされているニコを見て、エミーちゃんが苦笑いをこぼす。 かすかに頬を赤くして握った手をぐっと自分の胸に押し当てているあたり、よほど二人の手合わせに興奮しているんだろう。
「あははは、まあ僕も気持ちは分かるよ」
俺だって、ワクワクが半分の――怖いモノ見たさがもう半分、それからその他が少々といったところだ。
……目に追えるスピードだといいなー、とか。
「お兄ちゃん、楽しみだね~♪」
一方、セーレたんも楽しみな様子で蒼い瞳をキラキラさせているけど、そこに不安そうな色は見られない。
笑顔でお袋を見つめる妹様は、最強たる我らがお袋様の勝利を信じて疑っていないんだろうな。
――中央の方へ目を向けると、お袋とマリエルさんが数歩分の距離を開けて、微笑みながら向かい合っていた。
涼しい体育館が、穏やかな静寂に満ちている。
「改めまして、よろしくお願い致しますわ~」
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
今から手合わせをするとは思えないほど、穏やかな様子の二人。 お袋から聞いたけど、実は同い歳で学年的にも一緒である。 ちなみに二十歳。
この国最強のメイド騎士の一人であるマリエルさんは格闘も二級、だがお袋はなんと四級だという。 ……まあ、面倒くさがって受験しなかったらしいから、級だけを見ても参考にならないのは今更である。
マリエルさんを低く見ているわけじゃないけど、それでもお袋が劣るとはどうしても思えない。
しかし、比較するのは失礼なんだけど……どうしても見比べてしまうな。
どちらも外を歩けば人目を引く美貌の持ち主なのは間違いない。 マリエルさんが爽やか系お姉さんなのに対して、お袋は実年齢よりも下に見えるお嬢「様」というよりもお嬢「ちゃん」系。 なのにそれと同時に温かな母性にも溢れていて、見た目よりも意外と年上なのかも? という感じもする。
だけど、身長はマリエルさんの方がわずかに高い。 ……というか見比べて初めて知ったよ。 二人とも、俺の知っている女の人達の中では高い方だ。
髪の長さは逆で、マリエルさんは背中までくらいだけどお袋は折り返していてもお尻の下まで届く。
プロポーションについては――男の視点から言えば、もはや好みの問題だろうな。
マリエルさんはスレンダー系に見えるけど、それはすぐ側に立っているお袋がダイナマイト過ぎるからであって、十分に豊かな曲線を描いている。 それは、ラインを強調しにくい重ね着をしていても分かる。 腰の位置も高い。
しかしお袋は我が母親ながら、とても三人も産んでいるとは思えない。 膝枕されれば見上げても顔が見えないほどのめろん大山脈を持ちながら、腰は手を回すと驚くほどに細い。 なのに柔らかいときたもんだ。 脚の長さだって負けていない。
以前「やっぱり、お産すると崩れちゃうわね~」とこぼしていた時点でも「どこかだよ!」と内心でツッコんでいたのだが……。 俺がマッサージするようになって「お産前に戻ったわ~♪」と毎日ご機嫌の今、それが決して冗談でなかったことを思い知っている。
お袋は、服だけ庭に干してあるのを見るとビックリするくらいに地味なものを好むけど、実際に着ているのを見れば納得。 本人がものすごく華やかなので、服で抑えるくらいでちょうどいいのだ。
「……」
「えへ~」
今は、俺のとこであどけない笑顔を見せてくれる幼女様も――将来はそのあどけなさを残したまま、あーんな女神様バディになってしまうのだろうか。
恐ろしい限りだ。
遠い将来に思いを馳せてひとり戦慄していると、マリエルさんとお袋がこちらを向いて自分のスカートを両手で摘み、非の打ち所のないカーテシーを披露した。 誰からともなく、パチパチと拍手が起こる。
「……」
一瞬、二人と目が合った。
次に二人は回れ右すると、体育館のもう半面でこちらを見ているご近所さんらしき親子連れの方々にも同じようにする。 帰る支度をしていたはずだが、いつの間にか水筒のお茶か何かを飲みながらすっかり観客と化していた。
で、最後は向かい合った二人でもう一度。 スカートから手を離し、自然に背中を伸ばして微笑み合った。
――次の瞬間。
「……くすっ」
「うふふ~」
気がつけば立ち位置の入れ替わっていた二人が、かすかな笑い声をこぼしながら踊るようにターンして再度向かい合おうとしているところだった。
「えっ?」「なんだ?」
あちこちから上がる、ギャラリーの戸惑う声。 俺も直後に……しかも両方が動くとは思っていなくて、マリエルさんを見失ったと同時にお袋が視界に現れてビックリした。
「ふっ」
「ふふ~」
ターンが終わったと思いきや、マリエルさんはすぐに距離を詰めて掌底を繰り出す。 その速さのわりに脚はほとんど動いていないように見え、まるで氷上を滑るフィギュア選手のようだ。
薄く透けるブラウスからすっと伸ばされた細腕は、しかし紙一重で外側に避ければひじを当てようとする二段攻撃。 社交ダンスのような、柔らかく滑らかで指の先まで気の配られた手の動きは思わず目を奪われそうになるけど、ぼーっと見ていたらアゴに二連撃をくらって即ノックアウトである。 それをお袋は、どちらも小さな鼻先ギリギリで回避してくるりと回る。
……今度は、マリエルさんが避ける番だ。
「ふっ」
短く息を吐き、ロイヤルメイドさんは瞬間的に一歩分の距離を滑るように離れる。 だが、スケートでは不可能な速さだ。
しかも、離れていく間にもマリエルさんはお袋の手を掴もうとし、それを更にお袋がもう片方の手で払いのけるという攻防を見せていた。
「うふふふ~」
次はお袋のターン。 わずかな間合いをそのまま回転しながら詰め、手を伸ばす。 その手つきは絡みつくように波打ち、インド舞踊のごとく艶めかしい。 切なく相手を求めるような指先は、見ていると思わず自分から首をさらけ出したくなる。
だが、少しでも触れられれば最後。 次の瞬間にはたちまち関節を極められるか投げられるか、あるいは体表を通り抜けて内臓に直接衝撃の走る掌打を食らうことになる。 このあたりは、さすがのセーレたんもまだまだ到達できない高みの境地だ。
マリエルさんは背中を反らさずにステップで後ろに回避するけど、お袋は続いて長い髪をなびかせた金色の目隠しを挟み、更に回転して反対の手で掴みにかかる。 これは妹様もよく使う手だな。
その間にお袋は、回転でわずかに浮きあがったスカートをこれまた隠れ蓑にして、更にその下でさり気なくマリエルさんの足を引っ掛けようとしていた。 もちろんお姉さんはその両方を見破り、華麗なステップで避けてみせた。
「ふっ!」
なおも回りながら攻めようとするお袋に対し、マリエルさんはまた一瞬のうちにお袋の側面に回り込んで、今度は板張りの床に手をついて身体全体を滑り込ませるような足払い! 急に位置の低くなった頭について行こうと、青い髪が筆を走らせたように後を追う。
お袋の指先は、毛先が逃げ去った直後を切なげに通り過ぎた。
『おわあっ!?』
向こう側のギャラリーから驚く声が上がり、反響する。 お花屋さんの前で楽しそうに花を眺めていそうなお姉さん達が格闘しているだけでも意外なのに、スカートでそんな激しいアクションをするんだもんな。 靴だって、かかとの低いごく普通のパンプスだし。
それにしても……すらっとしたキレイなふくらはぎだ。
そんなお姉さんのスライディングに、金髪のお姉さんは跳ぶわけでもなく後退りもせずに。
「うふ~」
ふくらはぎまで隠す純白のスカートに包まれたまろやかなヒップのあたりを軸に、なんと身体ごと縦回転することで対抗した! 長い髪が金色の半円を描き、わずかに後方へ動きながらの空中前転で床に横たわるマリエルさんめがけてかかとを振り下ろす。
当然ながら、二人ともスカートを捲り上げるような、はしたない失態は演じない。
『おわあぁぁぁぁ……ぁええええ~~~~っ!?』
観客の驚く対象がお袋にそのまま移り、繋がった声がミョーな発音になった。 みなさん、親子揃ってハニワ顔になっているんだろうなーと思うとちょっと面白かったが、舞台で踊る二人にはもちろん関係ないし、俺だってギャラリーに目を向けている暇はない。
マリエルさんは叩きつけるよう迫り来るパンプスのかかとに対し、自分のスライディングを流しながら身体を捻ると、お袋の側面へ身体を転がすようにして動いてそれを免れる。 そして床を手でそっと押し返し再び身体を起こした。
しかし攻防はそこで終わらず、二人は息をつく間もなくくるりと横回転で手技の応酬を一通り繰り広げ、それからようやく一歩分の間合いを広げて動きを止めた。 ……別れ際の離れていく二人の指先に、何とも言えない色気を感じた。
青と金の長い髪がふわりと空気をなでながら、それぞれ持ち主の背中へと帰っていく。
「……」
手合わせの前と同じ、柔らかな微笑みを浮かべる二人。 先ほどのギャラリーの絶叫が余韻となって体育館の壁や天井に染み込んで消えていき、再び静寂が帰ってくる。
あれだけ動いても息が乱れていないのもスゴイが、髪や服装がまったく乱れていないのがもっとスゴイ。 というか二人とも、動きながら軽く整えてたよね?
そりゃあ、まだまだ本気じゃないのは解ってるけどさ。
つい先程まで確かに繰り広げられていた激しくも華麗なる攻防だが、もしかして白昼の夢だったのではないか……なんて気さえしてくる。 また見てみたいよな。
だけどアンコールは許されず、向かい合った二人はダンスはこれにしておしまいと、再び指先でスカートを摘み上げて軽く頭を下げた。
そして、次はギャラリーのみなさんに向かってもう一度。 ……最後に、俺達に対して。
美しき踊り手達はそっと目を伏せ、ひざをやや深めに曲げ静かにたたずむ。
「……素晴らしい」
少し間が空き、俺は爽やかな満足感を抱きつつ、だけどもう少し見ていたかったなという若干の寂しさも感じながら手を叩き始める。
その余韻さえも、まるで作品の一部であるかのように感じた。
「ふわああ~っ♪」
「すごい……やっぱりすごい!」
左の妹様も右のエミーちゃんも、感嘆混じりの高い声を漏らしながら手を叩く。 チャロちゃんもしっぽを揺らしながら拍手を始め、首輪っ娘達も嬉しそうに叩いている。
「おおおおおーーーーっ!」
ニコはハイテンションでちと声がデカイけど、絶賛していることはよーく分かる。
『わあああああーーー!』
すぐに向こうの親子達からも、惜しみながらも惜しみのない拍手が贈られたのだった。




