470 暑さ対策としても有効です
今日は夕立があったものの、寝る前くらいにはキレイな夜空が拝めるようになっていた。
窓を開けると少し涼しい空気が流れ込んできて、頬の産毛をサラリとなでた。 まだ身体の芯に残っていた風呂上がりの熱が、すっと溶けるようになくなっていく。
「ふぅ……」
窓枠に上半身を乗り出して、かすかな風を感じながら夜空を見上げる。 降ってきそうな無数の星々は互いにお喋りでもしているかのように瞬き、小さな青い月がその手前で自分の対となる赤い月を追いかける。 彼の求め人とはまだまだ離れていて、手が届くには今しばらくかかるだろう。
星に物語を見出すのはどこの世界も同じようで、姉弟とも恋人とも言われている二つの月は、今日も飽きることなく星の海を追いかけっこしているのであった。
「お兄ちゃ~ん」
しばらく眺めていると、寝る準備の終わったセーレたんが後ろからやってきた。 俺の背中と左腕に触れると、本来の場所へ帰ってきたかのようにぴとりとくっつく。 柔らかく甘い花のような香りが空気に混じった。
そして、同じように明るい夜空を仰ぎ見る。
「……」「……」
隣の体温を感じながら、だけど言葉を交わさずに二人でたたずむ。 控えめな虫の声が耳に優しい。
俺がよく空を見上げているのはいつものこと。 俺が静かに眺めているのが好きなんだと分かっているから、今や声をかけられることはない。 ただ、ひっそりと寄り添ってくれる。
地に足をつけているこの世界。 宇宙にあまねく無数の世界。
――そして、もうこの目で見ることの叶わない、どこかにあるハズのあの世界。
自分が世界と繋がっているのだと感じられる、このひととき。 ひとりで見ているのも好きなんだけど、同時に無辺の世界に身ひとつで放り出されたような冷たさも感じてしまう。
だから、その不安を埋めてくれる、隣の温もりと共に見上げているときがいちばん好きだ。
俺の居場所はここなんだと、どんな言葉よりも強く優しく教えてくれるから。
「……さ、寝ようか」
「うん」
心のリフレッシュが終わり、満足した俺は彼女に向けて声をかけた。 ちょっと眠そうな目でこちらを見て、微笑んでくれる。
どうやら、俺の思っている以上に時間が経っているようだ。 ……俺も急に眠くなってきた。
我が娘は既に腹の中で夢の中だし、早く寝ることにしよう。
謝る代わりにセーレたんの頭をなで、同時に触手で窓とカーテンを閉めてベッドに向かう。 途中で少し立ち止まり、おやすみの挨拶を済ます。
そして毛布をめくってお互いの収まり具合に納得したら、今日はしっかりと肩までかけてから触手で部屋の明かりを落とした。
「おやすみ、セーレちゃん」
「おやすみ、お兄ちゃん……」
目を閉じて、自分の中の世界へと沈んでいく。 隣の温もりを感じながら。
また明日から、頑張ろう。
――次の日。
帰ってきた太陽は早々に庭の緑を乾かすと、いつも通りの暑気をもたらしていた。 窓のカーテンをわずかに揺らすくらいの風はあるものの、まったくの焼け石に水である。
太陽さんにはむしろ頑張ってもらわない方が嬉しいのだが、彼女はとても頑張り屋なのだ。
「今日も暑いよねー」
長い髪が広がらないように細いカチューシャ二本を頭につけているエルネちゃんが、俺に帽子を被せてくれる。
自分で被るからと手を出したんだけど、帽子の代わりにシェイクハンドされた上、眩しい笑顔で「だーめ」というお言葉を拝領してしまった。 抵抗は無意味である。
「うんうん、バッチリ。 カッコいいよっ♪」
最後の仕上げが終わり、絨毯にひざをついて俺の姿を全身くまなく確認したエルネちゃんが満足そうに笑う。
どうやらオシャレ好きな先生のおメガネに適ったようで、素敵なウィンクも頂いた。 黄色い星が三つ、その瞳から飛び出したように見えた。
「あ、ありがと」
サラッとお世辞でほめられる分には俺も「どーもどーも」と軽く受け流せるのだが、目をじーと見つめられながらだと、俺の方も真正面から受けざるを得ない。
どうもウチの女性陣はそれを分かっているらしく、ほめるときは決まって視線をロックオンされるので照れてしまう。
……ま、俺もやるからお互い様か。
「うん、お兄ちゃんはいつもカッコいいの~」
先に帽子を被せてもらった妹様が、エルネちゃんの後ろからその横に並んでほめてくれる。 白い麦わら帽子がよく似合っている。
二人は女の子どうして顔を見合い、「ねー!」と声をハモらせた。
「あはは、ありがとな」
「ジャス君……今日はついて行けないけど、ゴメンね?」
「いやいや、気にしないで」
今日は精霊の日。 久しぶりに体育館の予約が取れて、お袋とチャロちゃんに連れて行ってもらうのだ。
エルネちゃんはアナさんと二人で、お手伝いではなくメインとして留守中の仕事をしてくれるらしい。
ちなみにるー君達は既にウチに来ており、下のリビングでジュースでも飲んでいるか、部屋でリソくんやニアちゃんと遊びながら待っているハズである。
最初はるー君とこのメイドさんであるエルリアさんが申し出てくれていたのだが、ただでさえ幼なじみーズのみんなをココに連れてきてくれているのに更に歩かせることになるのは申し訳ない。 そのため、お留守番という建前でのんびりしてもらうことにした。
ちびっ子コンビと遊びながら、今日は休みのマールちゃんとお喋りに花を咲かせる予定なんだとか。
「じゃ、そろそろ行くよ。 エルネちゃん、頑張ってね」
「がんばって~♪」
「まっかせて!」
いつもの左側にハニーをくっつけ、二人でエールを送る。 エルネちゃんは、毎日頑張って育成中――と本人が言っている場所ではなく、その上の鎖骨の近くを自分で叩きながら笑顔を見せた。
「ええっと。 もうそろそろ出ようかと思うんだけど、誰かいるー?」
階段を降り、まずはリソくんの部屋に寄って中を覗いてみた。 エルネちゃんとセーレたんには、先にリビングへ行っててもらうことにする。
ノックにはマールちゃんが応えてくれたが、エルリアさんもいてさっそくお喋りをしていたようだ。 エルリアさんはもちろんながらワインレッドのメイド服なのに対して、マールちゃんは私服姿で髪も下ろしていた。
珍しく肩を出してスカートもちょっとだけ短い格好をしているところを見ると、今日は出かけずに一日家で過ごすようだ。
「あ、もう行くんだ」
くつろぎ用のソファーに座っていたメイドさんコンビの奥。 窓際の絨毯に座っていたらしいるーちゃんが、手前にあるテーブルの影から半ば現れるように立ち上がって振り返った。 後ろの窓からの日射しを浴びて、後光のように全身を白く輝かせている。
……ショートパンツから出ている脚がキレイすぎだ。
「くりむちゃん、時間だって」
しかし、今回に限っては――るーちゃんの横で機嫌よさそうに大きなしっぽを振っていたその娘の方が、インパクトが強かった。
「……ん」
るーちゃんよりも頭二つ分は高いわん子ちゃんは、手前にテーブルがあっても問題なく背中としっぽの上半分が見えている。 その横からチラチラと金色の髪が見え隠れしているのはリソ君だろう。
ニアちゃんもその場にいるんだろうけど、俺のいるところからは見えない。
で、くりむちゃんがゆっくりと振り返ると――。
「ぐはっ!?」
キャミソール姿のわん子ちゃんが、少し大きめの首輪をしていた。 思わずのけ反り、靴脱ぎ場でひざをついてしまった。
つぶらな犬耳っ娘に首輪。 正しくは狼っ娘でチョーカーだけど……その組み合わせは、可愛いを通り越してもはや卑怯だった。
「ふふふっ。 この子でも少し大きいけど、よく似合っているわよね♪」
「はい、大きいのがかえって可愛らしいですよね♪」
崩れ落ちた俺を見て首をかしげるくりむちゃん。 その姿を、エルリアさんとマールちゃんがほめている。
あの首輪――もとい、チョーカーはるーちゃんのものだろう。 外から魔力を入れるタイプでやや大きく厚みもあるため、ケモ耳っ娘がつけるとどー見ても首輪である。
「リティシア様が『野暮ったいからこそ逆に可愛いのよ』とおっしゃっていたそうですけど……まさにその通りだわ」
「そうですね」
「……」
アレ、リティシアさんのプロデュースなのか……。
さすがはるーちゃんのお姉さんにして、ラピヨーネ商会を率いる若き女社長。 「魅力」というものを知り尽くしていらっしゃる。
「ふふ。 くりむちゃん、似合っているでしょう?」
「……思わず、腰砕けになるくらい」
「ふふ」「えへっ」
にやりと妖しく微笑むるーちゃんに同意すると、うさ耳っコはますます笑みを深め、犬耳っ娘は嬉しそうにはにかんだのだった。
「それじゃあ、それを飲んだら行きましょうか~」
お留守番の四人に「行ってきます」を言ってから二人を連れてリビングに行き、エミーちゃんとニコ、そしてお袋と合流する。 エルネちゃんは既にアナさんと並んでキッチンに立っており、セーレたんが俺の分らしいコップを持って来てくれた。
俺はお袋にうなずき、立ったままハニーからコップを受け取ってお茶を飲む。 その間、飼い犬状態のくりむちゃんはみんなからしきりにほめられていた。
席を立って歩いてきたお袋に頭をなでなでされて、気持ちよさそうに目を細めている。
「くりむちゃんもるーちゃんも、よく似合っているわね~♪」
「ありがとう……」
「ふふふ」
――そう。 俺の左右には、首輪つきの美少女が二人いるのだ。
なぜかエルリアさんが持っていた、予備のチョーカーをるーちゃんは首につけていた。
その彼女いわく。
『はい。 ツェリ様に持って行くように言われまして。
私も不思議に思っていたんですけど……このためだったんですね』
「……」
さすがである。
開いた口が塞がらなかった。
「ふふふ。 ……ご主人さま?」
「るーちゃん、お願いだからやめて」
一人一人は可愛いんだけど、左右から挟まれると背徳的な気持ちになってくるから!
目の前にいるセーレたんを左にくっつけて、俺はなんとか挟撃を回避したのだった。
『行ってきまあーす!』
「みんな、ケガとかしないでね!」
ぞろぞろと玄関まで出てきた俺達を、エルネちゃんが見送ってくれた。 みんなで声を揃えて挨拶をする。
ドアを一歩出れば、そこはもう夏真っ盛り。 外からはドアや壁越しに、セミの声がひっきりなしに聞こえている。
俺達はもちろんお袋とチャロちゃんも帽子を被っていて、日射し対策はバッチリである。
「さあ、行きますよー」
メイドさんのカチューシャ――ホワイトブリムをサンバイザーに組み合わせたような帽子を被ったチャロちゃんが、玄関のドアに手をかける。 メイド服にもなかなか似合っていて、なおかつねこ耳のジャマにもならないというなかなかの逸品である。
そして、手首を捻ろうかというそのとき。
『ごめんくださーい』
ノックと共にドアの向こうから聞こえてきた、澄んだ声。
特に叫んでいるわけでもないのに、叫びまくっているセミの声がまるで避けて道を譲ったかのように、ハッキリと俺達の耳に届いた。
「この声って……」
呟きながら顔を上げ、チャロちゃんやお袋と視線を交わす。 俺とお袋とでチャロちゃんにうなずいて見せ、同じくうなずいて返事をしたチャロちゃんがドアノブを捻る。
眩しい外界の光の中、姿を現したのはやはり。
「――あら? もしかして皆様、これからお出掛けでしょうか?」
厳しい暑さを忘れさせてくれる、自然で爽やかな笑みを浮かべる上品なメイドさんは。
「マリエルさん……」
私服でも、自然かつロイヤルな雰囲気をまとっていた。




