469 フラヴリースのお姫さま
世界を白く染めんとするべく、本気を出している太陽。 それに負けるものかと、セミもますます必死に鳴いているように聞こえる。
朝っぱらからとても濃いイベントを乗り越えたわけだが、今日という日はむしろこれからなんだと思い出すと、精神的にますます暑く感じるなあ……。
「お疲れみたいだねぇー」
るー君とこのメイドさん、エーデルさんがつぶらな瞳で小首をかしげる。 ツインテールが、まるでけも耳のようにひょっこり上下した。
うちのチャロちゃんも小柄で童顔ではあるけど、一つ年下のこの人は更に上を行く。 まさにロリー。 ……ただし、その胸囲は顔に見合わず驚異的であるけど。
「いやあ……あはははは」
そんなに疲れた顔をしてるのか、と思いながら俺は笑顔を浮かべた。
ウチの女性陣には俺のアレの味が薄かったらしいことからバレバレであり、今日は休むようにと言われてしまった。 勉強会があるのに。
エミーちゃんも「一日くらいなら何とでもなるから」と言ってくれて、めでたく俺は勉強会免除となった。 るー君達もやってきて、今はメイドちゃんズと一緒に二階で自習の真っ最中である。
ちなみに親父も、今日は夜勤だからとお袋に背中を押されて寝室へと戻っていった。
で、今の俺はというと――。
「これが、おうまさん」
「おうまー?」
るー君の妹であるリリちゃんが、垂れ下がったうさ耳を揺らしながら開いた絵本の中を指差してリソ君にお勉強を教えているのを、エーデルさんと一緒にソファーに座って眺めているのだった。
最近、風の日にはリリちゃんが来てくれるようになってからはこんな風に、俺達が勉強会をしていた真下でもうひとつの勉強会をしていたらしい。
幼児園ではマスコットのリリちゃんが、ここではお姉さんとしてリソ君に接してくれている。 明るい部屋の中、絨毯に二人並んでちょこんと座ってお勉強している姿は、どれだけ見ていても飽きることがない。
「可愛いですよねー」「だねー」
俺の真横でぽよんぽよんしているモノたちを見ないようにしながら顔を上げると、メイド服のエーデルさんがほにゃ~と微笑んでいる。 この人もこの人で、癒し系だよな。
白くて細い首には可愛らしいチョーカーを巻いていて、お姉さんしているリリちゃんもお揃いのものをつけている。 小さな花の飾りがいくつか付いているそれは、実は首回りを冷やしてくれる魔導具らしい。 出たばかりの新製品なんだとか。
しかし、ロリ系の二人がつけていると……。
「えへへっ♪ 首輪っぽいでしょー?」
「……ええ」
言っていいのかどうか迷っていると、そのものズバリを言われてしまった。 色の白いうさ耳幼女に、可愛らしいんだけど大きめの首輪。
なかなか凶悪な組み合わせである。
「リリさまのは、外から魔力を入れるタイプなんだよー」
どうして、小さいリリちゃんの方が大きい首輪――じゃない、チョーカーをしているのかと思ったら、そういう理由らしい。 エーデルさんが魔力を補充してあげているようだ。
対してエーデルさんのは自分で魔力を入れ続けるタイプで、手ではなく直接首元で魔力精製をしないといけないため上級者向けの品である。
「へえ、そうなんだー」
それをサラッと使いこなしているエーデルさんに感心する。 さすが、ラピヨーネ家のメイドさんはタダ者ではない。
二人で目の前のテーブルに置いてあるお茶に口をつけ、再びお勉強中の幼児カップルに視線を戻す。 首輪をつけたリリちゃんが、本のページをめくって描いてある絵を小さな指で差した。
で、リソ君がリピートアフターハー。
「これは、へびさん」
「しょくしゅー!」
「……」
いや、触手じゃないから。
「り、リソくん……難しい単語を知ってるね」
「あ、あはははは……」
目を丸くするエーデルさんに、俺は引き攣った笑みを返したのだった。
――エーデルさんにひざを借り、珍しく仮眠を取ってリフレッシュできた次の日。
比較的涼しい学校の地下体育館に、子供達の楽しそうな声とフローリングの床を滑る靴音がこだましていた。 また雲が増えてきて少し気温が下がっているのもあるけど、灼熱地獄とは縁遠いこの体育館は天国である。
「これで……どうですのっ!」
上品なお嬢様口調の女の子が、機敏な動きで両手で持ったラケットを横に振った。 ウチのクラスの女子を引っ張る、表のリーダー的な子である。
打たれた光球が明るさを増し、胸の高さくらいのネットを越えてけっこうな速さでコートに対角線を描く。 ネット前に詰めていた子がピクリと反応したが、手を出す前に光球はその横を通り抜けた。
しかし、ラインの引かれたコートの隅に突き刺さろうとするそれに、風を纏った別の黒い影が横から迫る。
「いい球だけれど、まだ甘いわね」
大半の女の子達がパンツ系に着替えている中、スカートのままの彼女はそれをほとんどひるがえすことなく、長い黒髪をなびかせて流れるようにラケットを片手で振り抜く。
球質が重くなっているハズの光の球を、裏のリーダーと目されるその子は、それ以上の魔力を込めてすくい上げるようにして打ち返した。 色気さえ感じる、しなやかな腕の振りと手首の返し方が印象に残る。
「あっ、アウト……」
その打球を見て、お嬢様っ子のパートナーを務める女の子がネットの前で首だけを向けた。 確かに光球はネットの支柱のほぼ真上を、コートのわずかに外側に向かって飛んでいくように見える。
が、そこで後衛の彼女が鋭い声を上げる。
「違うっ! しまっ――!」
その声と同時に、白い光球はまるで自分の意思があるかのように軌道を修正してコートの内側へと向かい始めた。
コートの奥端から靴を鳴らし走り始めるお嬢様っ子。 だけど彼女は光球とは反対側にいて、鋭いダッシュからラケットを伸ばしてもわずかに届かない。
結果、光の球はライン際のギリギリ内側に入り、床に当たると光のしぶきを上げながら弾けて消えた。 コートの横に立っていた審判役の子が、マーヤさんのいる方に向かって腕を横にまっすぐ伸ばす。
「試合終了ー!」
『おおおおーーーーっ!』
見ていた他の子達から、驚きと賞賛の拍手が起こる。 シャルちゃん先生も、大きなリスしっぽをぴこぴこ動かしながら手を叩いていた。
「ポール回し……だと?」
横の別のコートで順番待ちをしていた俺は、マーヤさんの繰り出した技を見て目を瞠った。
まさか、リアルでソレにお目にかかるとは……。
「ギリギリ中に入るようにした、あの曲げ方……やるわね」
俺の横で、今日の授業で俺とペアを組むことになったニャル子ちゃんが、濃い金髪の三つ編みをいじりながら鋭い視線を隣のコートに向けていた。
その先には、パートナーの子に「すっごーい! すっごーい♪」と抱きつかれながら大人な笑みを浮かべる黒髪のお姉さんがいた。
フラヴリース経験者であるニャル子ちゃんをも唸らせるマーヤさん。 俺の顔を見ると、瑠璃色の目を細めて薄く微笑んだ。
相変わらずである。
「ふんっ。 まだまだよ……あたしだって、あのくらいはできるわ」
お姉さんに対抗するように、ラケットを持っていない方の手を腰に当てて胸を反らすニャル子ちゃん。 だが、それは強がりでも何でもなく事実である。
魔導具を使ったバドミントンとも言えるフラヴリースは、練習用のラケットでも慣れれば打球を曲げるくらいはできるのだ。
ちなみに魔力の込め方によって調節するので、それに癖のある子は意図せず曲がっちゃうんだけどな。 まっすぐに打つ方がむしろ難しかったりする。
「すごく自然に曲がったね」
「うん」
俺とニャル子ちゃんが喋っている更に横には、俺達の対戦相手――るー君とセーレたんがいる。 身体を動かすので、セーレたんはツインテール仕様である。
実力からすると本来はペアになれない俺達だけど、対戦相手がこの二人なのでOKが出たのだ。 ……さすがに、俺とセーレたんが組むことはできなかった。
「終わったみたいね。 行くわよ」
「ん」
俺達の方のコートも空いたようで、審判をしてくれるらしい子が手招きしている。
試合、開始だ。
「ふふ。 ……いくよ?」
ニャル子ちゃんが俺の背後に回ったこちらに対して、プリンセスチームはなんとるー君が後衛に立った。 サーブは向こうからだ。
巫女さんがお祓いをする棒? を持つようにして立つるー君の手前で、俺と向かい合っている妹様はにこにこしている。
「ふふふ~。 お兄ちゃん、負けないよ~?」
「……望むところだ」
俺に勝ってイイところを見せたいらしいハニーだが、それは俺もそうだしニャル子ちゃんも同様である。 というか、後ろからは「むふー」なんて気合十分な鼻息が聞こえてきている。
後頭部にラケットが飛んできそうなので、指摘はしないが。
「審判さん?」
「ほへ~……え? あ、ああ」
W姫様を見てぽーっとしていた主審の女の子が、るー君に声をかけられて我に返った。 そして開始の合図を出す。
今日のるー君は普通に、キュロットを穿いた男の娘スタイルなんだけど……まあ、仕方のないことだ。 昨日リリちゃんがつけていたのと同じチョーカーを首に巻くるー君は、俺でもお持ち帰りしたくなるくらいには萌える。
「よっ」
ラケットから光球を出した首輪るー君は、アンダーハンドからゆっくりと打ち上げた。
光球は山なりに飛んで、俺の頭上を越えて――。
『違うっ! 後ろーーーっ!』
ぽけーと見上げて光球をやり過ごしていたら、いきなり後ろから怒鳴られた。
驚いて振り返ると。
「へ? ……おおぅ!?」
なんと、放物線どころか楕円の軌道で戻ってきた光球が、俺の真後ろに落ちようとしている!?
慌てて横にずれて間合いを取り、やや前方に戻りながら落ちてくる光球を追いかけ気味に叩き――。
「くっ……!」
お、重っ!? 想像以上に重い!
どうやらめいいっぱい魔力を込めたようで、軽~く打ったように見えた光球はソフトボールのようにズッシリと来た。 俺もとっさにラケットへ込める魔力を増やし、手首にも力を入れて何とか押し返す。
あぶないあぶない……普通に打っていたら、ネットに当たってアウトになるところだったよ。
ところが。
「やあああ~」
いつもの脱力系ボイスを上げたマイシスターは、浮かせた光球に高さを合わせるように軽くジャンプをすると、両手に持ったラケットに腰の回転からくる力も上乗せして力強いスマッシュを放った!
てゆーかソレ、いわゆるジャックナイフってヤツじゃないのか!?
……しかし、甘いな。
「予想通りね」
俺がラケットを振り抜いたのとは逆方向へ飛んでいき、背後に抜けていった光球――その目の前に、ニャル子ちゃんが走り込む。
こちらが動揺したところにセーレたんがカウンターを叩き込み、逆方向への最速のショットで点を取りに来る確率、九〇パーセント以上。
いやまあ、数字は適当なんだけどな。
「はああああっ!」
下から打つお手本のようなショットで、ニャル子ちゃんが空いている側へとスマッシュを放った。
やはりマックスに魔力がこもっていたようで、両手を使った全力の打ち返しだ。 それでも重そうで、彼女の顔が苦しそうにゆがむ。
しかし片足で着地したマイシスターはすぐに、滑らかな歩法を用いて瞬く間に光球へと追いつく。
「これでも抜けないのか……」
ところが。
「――ふんっ、甘いわ」
「ふにゃっ!?」
ここでなんと、光球が妹様が走ってきた方向へと逃げるように曲がった!
さすがのハニーも、前衛では全力に近いダッシュを繰り出しており、急ブレーキをかけながら空中でラケットを持つ手を替えるものの届かない。
……が!
「ふふっ」
セーレたんが動いて空いたところには、サーブを打ったるー君が待機していた。 昔からけっこう波長の合うこの二人は、コンビネーションもさすがである。
あまり機敏に動くことは苦手なるー君だけど、武術で攻撃を受ける練習はしているので守ることはできる。 しっかりと両手に持ったラケットで、横を抜けようとする光球を緩やかに叩いた。
だけど魔力はいっぱい込められている光球は、ラケットに反射して意外とスピードを保ったままこちらに返ってくる。
でもね……その頃には、俺ももう動ける体勢になっているのだよ。
「ばあああああーーにいいいぃぃぃぃぃーーーんぐ!!」
俺は全身の力とラケットが耐えうる限りの魔力を込め、全力で光球を叩く。
それをセーレたんが身体を横回転させ、後ろを向いたまま受け止めてロブを上げた。 コートの奥を狙って落とそうとしたようだが……ニャル子ちゃんは既に後ろに戻っているのだ。
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「な、なんですの? あれは……」
ジャスパー達の試合を、先ほど試合の終わったお嬢様風の女の子が観て呆然としている。
その隣では、マーヤが大人っぽい笑みを浮かべて平然と眺めていた。
「ふふふ。 あのくらいなら、ジャス君達だったらできるわよ」
この日、最も白熱した試合は、授業時間が終わるまで決着がつかなかったのだった。




