461 魔法のお絵かき
やたらと手を繋いでくるハニーやニアちゃんと踊ったりして遊んだ次の日。
「助かってよかった……」
ぺたんと狼耳を横に倒して、絵本を読んでいたくりむちゃんが安堵のため息をついた。
もちろん、昨日ステイさんが持って来てくれたアレである。 じっくり見たいからと、順番に回し読みをしているのだ。
今日は風の日、恒例のお勉強会の真っ最中。
外は少し雲が多くて風もよく吹いていて、いつもより涼しい。 精霊のお天気お姉さん予報では「今日の夜から明日の朝くらいには雨が降り始める……かも?」ということらしい。
俺が直接聞いたワケじゃないけど、ニアちゃんが受信し教えてくれた。 ……ラジオみたいだな。
「次、ボクが読んでいい?」
「うん」
今日は男の娘しているるー君が、くりむちゃんから絵本を受け取る。 そして静かに読み始めた。
近頃の勉強会は二本立て。 前半に俺が授業をして、後半はみんなが教え合いながらの自習という形だ。
「だからね、こうやって覚えれば……」
「おおー!」
エミーちゃんがニコに暗記のコツを教えている。 教え方がますます上達していて、自習の半分は彼女に任せっきりだ。 さすが、学校でもよく教えてあげているようで慣れている。
セーレたんも、エミーちゃんの教え方を見て参考にしているようだ。
「そうやって覚えるんだね~」
「セーレはどうやって覚えたの?」
「んにゃ? 特に何もしてないの~」
「……さすがね」
俺は自分の勉強やテキスト作りをしつつ、みんなとは進み方の違う我が娘やメイドちゃんズを見ていることが多い。 といっても、お仕事で役立つ計算トレーニングがメインのメイドちゃんズは、その点ではもういつでも「卒業」していい状態なんだけどね。
今日もささっと暗算問題を解き終わって、今はニアちゃんの発声練習を兼ねたお勉強を俺と一緒に見ている。
専用に作ったばかりの簡易テキストを使って、俺が指を差したものをニアちゃんに声に出して答えてもらう。
「じゃあ、これは?」
「あーかー!」
「こっちは?」
「くーろー!」
「よくできましたー」
元気のいい答えに、ニアちゃんの頭をなでなでしてほめてあげる。 マールちゃんとチャロちゃんも順番に手を伸ばし、この子の勉強というよりも俺達の心の癒しになっていた。
三人揃ってえびす顔である。
「ジャスさまっ、次はわたしにやらせてくださいよー♪」
「ん? どうぞチャロちゃん」
「あはっ♪ えっと、それじゃあ――」
勉強会とは思えない和やかな雰囲気で、朝のひとときが過ぎていった。
――みんなが帰った午後、庭には俺とニアちゃんとお袋の三世代がいる。
家族関係上、ハタチのお袋がお祖母ちゃんになるのは……やはりモーレツな違和感があるな。
「見てるだけになっちゃうけど、ごめんね」
「うふふふ~。 いいのよ~」
少し強めの風が吹くけど、超ロングのお袋の髪はそれほどなびかない。 軽く手で後ろを押さえながら微笑んでくれた。
興味のないことには意外と淡泊だったりするお袋だけど、魔術は精製なしで四級まで取っているらしい。 格闘もなんと四級だというのが最初納得できなかったが、「わざわざ大学まで受けに行くのがね~?」と可愛らしく小首をかしげているのを見て、納得した。
お袋と二人でアウトドアテーブルを挟んで向かい合い、我が娘はテーブルの上でお袋のお茶にシロップを入れている。 曇ってきているとはいえ、さすがに外は暑いのでアイスティーだ。
で、ニアちゃんの足元には少し厚めの紙が何枚もあり、更に細めのクレヨンが転がっている。 俺が殿様していた一昨日、お袋に買って来てもらったものである。
俺は部屋から持って来たノートを横に広げ、クレヨンを握った。
「ニアちゃん、お願いね」
「はーいっ!」
お馴染みになったシャボン結界が展開される。 今回は小さめで、直径で数メートル程度。 庭の半分もないくらいだ。
今日は久し振りの魔法陣――描陣の練習である。
「……よし。 できた」
自分で描き写した魔法陣のお手本を見ながら、フリーハンドで専用紙に陣を描く。 ふと時間が空いたときに練習していたので、今では定規などがなくてもそれなりに描ける。
でも、練習用でもけっこう高価な紙なのでドキドキである。 描き直しは利かない。
規則性があるのやらないのやら、パッと見はよく分からない図形を見てお袋が笑みを深めた。
「あら、キレイに描けたわね~」
「はは、ありがと。 ……ニアちゃん、どう?」
「んー……うん!」
我が娘に見てもらうと、ちっちゃなおててでサムズアップが返ってきた。 成功のようだ。
んじゃ、試してみますか。
俺はわざわざマールちゃんに用意してもらった、冷やしていないお茶を自分のカップに注いで陣の中心に置いた。 お袋は冷却コースターにカップを置いてそのお茶を自分で冷やしているが、俺は同じことを魔法陣でやろうとしているのだ。
練習だからいいんだけど……コスト的に考えると、ムダなことおびただしい。
「じゃ、やるね?」
お袋に声をかけて、陣の端に人差し指を置く。 お袋は自分で冷やしたアイスティーを一口飲み、優雅に微笑んだ。
精霊のニアちゃんが保証しているので大丈夫だとは思うけど、発動実験はそれなりに危険を伴う。 なのに結界の外ではなく、こうして内側で平然とお茶など飲んでいるのだから……。
絶対に、失敗は許されない。
「ふぅ……」
大きく息を吐き出して、陣に魔力を注ぐ。 間もなくして、黒い陣が図形に沿って光り始めた。
俺の銀髪を温める日射しの下、その眩しさに対抗するように光量を増す魔法陣は、最後に爆発的に強く輝いて消滅した。
陣の形に沿って、紙をくり抜いて。
「……」
開いた穴の中に残ったティーカップ。 俺とお袋とニアちゃんとで覗き込むが、中身に見て分かる変化はない。
凍らせるほどの効果はない魔法陣なので、当然ではあるんだけど。
俺はティーカップの取っ手を掴み、おもむろに口元へと運ぶ。 二人がじーっと見つめてくるのがちょっと気になるものの、カップに視線を戻してゆっくりと傾けた。
「……ちめたい」
「うふふふっ♪」《ママ、よくできましたー♪》
思った以上に冷たくてビックリしたが、無事に成功。
今朝の俺のマネか、我が娘は羽を出して宙に浮き上がると、俺の頭をなで始めた。 お袋も追従してなでなでしてくる。
真夏の太陽にお袋の金色の髪が輝き、神々しくさえ見える。
「すごいわね~。 ……ママも飲んでいいかしら?」
「うん、はい」
わずかな照れと冷たさで口をモゴモゴさせながら、お袋にカップを渡す。
お袋はふわりと笑みを見せてから、俺のカップに桜色の唇をつけた。
「ん……はぁ~。 よく冷えて美味しいわね~」
俺のカップでもう一口飲むと、お袋はそれではなく自分のカップを取って俺に差し出した。 特に何も考えずに受け取り、視線で促されたのでそのまま口をつけた。
ちょうどいい具合に冷えたお茶がすっとのどを通り抜け……少しだけしかシュガーを入れていないハズなのに、けっこう甘く感じた。 鼻に抜ける茶葉の香りが爽やかだ。
それに比べると、冷やしすぎた俺のお茶はイマイチだった。
「……やっぱり、そっちの方が冷えてるね」
「うふふ、そうね~」
注いだ魔力量は普通だったハズなので、温度の違いは恐らく魔法陣の大きさによるものだろう。 ムダに大きすぎると逆に効果がなくなる魔法陣だけど、ある程度の大きさであれば強くなる。
カップを返してほしいなーと目線を送るものの、お袋は笑顔だけを返して肝心なものを返してくれない。 俺は諦めて、お袋のカップでお茶を楽しんだ。
「うぉあ……なんか、変な感じ」
「うふふふふ~」
飲み終わると、今度はセーレたんご愛用の冷風扇子の魔法陣を描いてみた。
発光し続ける陣から冷気がもわもわ~と湧き起こり、周りの熱気と混じってなんともビミョーな空気が渦を巻く。 ドライアイスみたいに目に見えるならともかく、まったくの透明なので違和感がすごい。 やってみると、扇ぎながら使うことが前提になってるんだなーということが分かる。
ニアちゃんがテーブルの上で陣にオシリを向けるように立つと、羽をぱたぱたさせて空気を混ぜてくれた。 ちょうど良くなった冷気が周りに広がって、顔や胸元が涼しくなってくる。
「あー、涼しい~」
「いい風ね~」
続いて渦風塔の魔法陣を新しい紙に描いて発動させ、結界の中にくるくると循環するそよ風を作った。
先ほどの冷気は魔法陣と共にとっくに消えてしまったけど、新たに生まれた風のおかげで外にいながらにして快適空間が生まれる。 ……いやまあ、頭は日に照らされてじんわりと熱いんだけどな。
「魔法陣って便利だよねー」
「そうね~」
紙に耐久性がないので、一分も経たずに効果は消える。 コストも持続時間も優れているとは言えないが、使い方によっては役に立つと思うし何より面白い。
自分で自由にできるお金もあるし、資格も取りたいからもっと練習しよう。
「ジャスちゃんは、いろいろ頑張るわね~」
「うん。 いろいろやってみたいからね」
せっかく魔法のある世界なのだ。 どうせなら楽しまないとな。
《ママー、あとでごほうびちょーだいね!》
「うん、分かってるよー」
太陽が雲に隠れ、ますます過ごしやすくなってきた庭で。
お袋やニアちゃんとお喋りをしながら、俺は魔法のお絵かきを楽しんだ。




