432 へヴィでクールなヤツが来た
気持ちのいいほどに澄みわたった青空の中心で太陽が輝き、世界を白く暑く染め上げている。
まさに太陽の季節。 アツはナツい。
「先輩、この日射しにやられちゃいまして……」
「あらまあ~」
今朝の勉強会には、ツインテールやツインバストやらがぽよよんと揺れる太陽娘ことエーデルさんがやって来た。 それをお袋が、あごに手を添えてブラウスの胸元をふにょーんと変形させながら応えている。
俺がトイレついでに、リソくんの部屋にある渦風塔の魔力を補充して出てきた、玄関先でのできごとである。
「あっ、ジャスくんおっはよー!」
「おおーいっす!」
全員集合している幼なじみーズの中、先頭でぽよよーんふよよーんを見上げていたニコがやってきてタッチを交わす。 日に日に爽やか体育会系になっていくコイツの手は、攻撃力もまた然り。
イイ音が鳴り響き、右手がジンジンするが俺も男だ。 顔に出すわけにはいかん。
「ジャスおはよう。 ……痛くない?」
「ハハッ、大丈夫さー」
一瞬顔をしかめたのがバレてたようで、くりむちゃんが心配そうにやってきて俺の手を両手で包んだ。 その心遣いと手の柔らかさに、俺の手と気持ちが癒されていく。
それにしても、この子の身体的な成長はとどまることを知らない。 同学年でもほぼひとまわり違うから仕方ないんだけど、いまだ俺との身長差は軽く頭ひとつ以上はある。 俺の目の前にはスクエアネックで大胆に開かれた胸元が広がり、甘さの中に爽やかな酸味を含むような杏っぽい香りが俺の鼻をくすぐる。
いまだに手をさすり続けてくれるのを感じながら思わず白い胸元に目がいっていると、くりむちゃんも俺の視線に気づいたようで同じところを見下ろした。
ぐ……変な勘違いをされたらイヤだなぁ。
「えっと……くりむちゃん、肌すごく白いねぇ」
とっさに口をついて出たが、それ自体は紛れもなく本音だ。 涼しげなショートの髪やぴくぴくしている耳、そして大きく揺れているしっぽは黒いのに対し、肌はこれだけ露出しているのにとても白い。
日焼け止めでも塗っているんだろうか、と思ってしまうくらいだ。
まあ、同じ印象を持っている女の子は他にも少なからずいるんだが。
「うん。 わたし日に焼けにくいの……ほら」
「ちょっ!? やめなさいって」
「うん?」
わずかに身体を前に傾け、わん子ちゃんはキャミソールの肩ひもをずらして更に肌を見せてくる。 さすがに、これにはドッキリヒヤリとさせられ、反射的にさすられていない方の手でくりむちゃんの手を押さえた。
まったく……無防備すぎるってば。 しかもご本人は、無邪気に微笑んで小首をかしげてるし。 これは、今のうちにちゃんと教えておかないと、大きくなったら無自覚な男殺しになってしまいかねない。
……お兄さん、とても心配です。
「あ、あのねくりむちゃん。 君は女の子なんだから、そうやってむやみに誰にでも肌を見せちゃダメだよ」
もともと体温の高めな子だし、夏場は黒い毛の部分がすごく暑いって言ってたから、他の人よりも少し薄着になったり露出が増えたりするのはやむを得ないだろう。
が、ものには限度というモノがあるのだ。
「うん、誰にでも見せてないよ?」
「……」
訂正。 既に男殺しになりつつある。
「ふふっ♪ くりむちゃん、大胆だもんね」
そういってわん子ちゃんの影からひょっこりと現れたのは、キャミソールにショートパンツ姿のるーちゃんだ。 お人形さんのような微笑みと共にピンクの髪がふわりと踊り、垂れ下がったうさ耳が揺れる。
ミニスカスパッツのくりむちゃんに対して、このコは生脚にサンダル。
小さな身体で無邪気な仕草を見せているので、印象としては「カワイイ」で済んでいるが……ハッキリ言って、こっちの方が露出度が高い。
「あ、あのね……るーちゃん。 君は男の子だけど、そうやってむやみに肌を晒しちゃダメだよ」
でないと、熱射病と重なって死者続出だよ。
夏場にゾンビの量産は、ちょっと勘弁してもらいたい。
「この方が、涼しくて楽なんだけどなあー」
「いやまあ、そうだろうけど」
「ふふ……うん。 ほどほどにしとく」
そう言って、輝く朱い瞳を弓なりに細める。 かなりギリギリのラインを攻めてくる子だけど、だからこその線引きはわきまえている子だ。
今だって、キレイすぎる笑顔とややボーイッシュな仕草で中和しているんだろう。 ファッション雑誌から飛び出してきたような非現実的さがあって、可愛いんだけど魅了されそうな気はしない。 ……でなきゃ、とっくにニコが死んでいる。
そのあたりは俺も信用しているのだ。
「うん、頼むな」
ちょうどなでやすいところに来る頭をなでなでする。
演技が解けて気持ちよさそうに微笑んでいる様子は、とても素直だった。
『いい音が聞こえたと思ったら……いらっしゃい』
上から声がして見上げると、明るい吹き抜けの玄関の上から柵越しにエミーちゃんが覗いていた。 隣にはセーレたんと、肩の上にはニアちゃんもいる。
エミーちゃんはチュニックにレギンスを合わせたお姉さんスタイルで、妹様はお袋の影響を受けた白いワンピース。 二人とも髪をくくっている。
少し離れたところから見ると分かるが、完全に幼児っぽさが抜けたよな。
ニアちゃんはいつものスカート付きレオタードだけど、今日は肩ひものないチューブトップ仕様である。 まあ、ぺったんこなので普通にカワイイだけなんだけど。 胸元で、御使いのネックレスの石がキラリと光っている。
基本的な格好は変わらないんだけど、微妙なアレンジは毎日やっている。 これも造形の練習の一環であり、同時に「服」と「身体」を区別するためでもある。
どちらも同じオドで作られている以上、しっかり「別物」だと認識しておかないと服と身体が融合しちゃうんだとか。 ちなみに……お風呂に入るときや俺の中で寝ているときの我が娘は、すっぽんぽんである。
融合を避けるためには、裸でいる時間を作ることも必要なんだそうだ。
「みんな、おはよ~」
セーレたんが笑顔でニアちゃんと一緒に手を振ってきて、エーデルさんと幼なじみーズが挨拶を返しながら手を振り返す。 挨拶はしないが、俺もお袋も見上げて手を振った。
「さ、みんな上がってよ」
ダイニングの方からアナさんも出てきて、エーデルさんから差し入れを受け取っている間に俺はみんなを連れて階段に向かう。
さあ、まだそれほど暑くないうちに勉強を済ませてしまおうじゃないか。
――そよ風レベルで空気が循環している部屋で、俺達とメイドちゃんズが勉強に勤しむ。
俺が授業をすることもあるけど、基本的にはそれぞれの進み具合に合わせた個別指導をすることになっている。
何か質問があれば、俺かセーレたんかエミーちゃんの誰かが聞く。 ただしセーレたんは教え方がイマイチなところがあるので、ヒントを出せばだいたい分かってくれるるーちゃんについていることが多い。
《ねーねー、ニコっちー》
「な、なにー?」
ニアちゃんについては最初は俺が教えていたが、今は俺を含めた誰かをテキトーに選んで質問している。 文字もスラスラ読めるようになってきたから、本人の自主性に任せているのだ。
我が娘は計算能力は高いが、興味の薄いことはサラッと流してしまいがちだ。 社会の仕組みとか、人にとっては不可欠なんだけど精霊にとってはそうでもないところなど、よく大きな頭をかしげては「なんでー?」と聞いている。
《なんで、こんなホーリツがあるのー?》
「え……ええー!?」
でもコレが、丸暗記では対応できない本当の意味での知識や教養になりそうで、みんなにとって非常にプラスになると思っている。
……ま、質問される方はたまったものじゃないんだが。
なぜかニコが指名される率が高いような気がするけど、頑張ってくれ。
そして、既に成人しているマールちゃんとチャロちゃんは、みんなとは違うコンセプトで勉強している。
具体的には暗算のトレーニングなど、実生活ですぐに使えるものが中心だ。
「……はぁ。 ジャス様、終わりました」
「はい、お疲れさん」
マールちゃんからピラミッド算の答案を受け取る。
ちなみにマールちゃん。 せっかくの休みなのにそれを潰して毎回参加するので、お袋命令で今月から休日が風の日から精霊の日に変更になった。
精霊の日も勉強会はあるけど、もうすっかり武術と魔術の練習日になったからメイドちゃんズは不参加だし。 しかもエルネちゃんも来るから、ぶっちゃけてしまうと仕事がない……というのも理由らしい。
ま、だからこそ、こうやって勉強時間を作ることができるんだけどね。
「――そうだ。 ジャス君」
「ん?」
妹様に質問をして、二人で勉強を進めていたるー君から話しかけられる。
キレイすぎる美少女風のるーちゃんに、後ろからモノホン美少女のセーレたんが抱きつくようにして教えている様子は、見ていてヒジョーに目の保養になる。
なりすぎて、俺もニコも手が止まりがちになるから困るが。 その度にニコはエミーちゃんに頭をはたかれ……俺はもちろん、並列思考を使って両立させている。
うむ、便利だ。
「ニャルちゃんとラート君なんだけど、来週の今日なら大丈夫って言ってたよ」
「お? そっかー」
頭を傾けているメイドちゃんズに、勉強会に来る予定の子ができたことを言う。
しかし、そうなるとさすがに部屋が狭いな……。 我が娘の姿も見せるわけにはいかないし、メイドちゃんズと三人でお休み願いしかないかな。
というかお客さんが来るんだから、二人には本来のメイドさんの仕事をしてもらう必要があるか。
「ということで、よろしくね」
メイドちゃんズは快く了承してくれ、ニアちゃんもその日はリソくんと遊ぶということでOKしてくれた。
それから次の日。
学校から帰ってくると、例のヤツが我が家にやって来ていた。
「……これが例のヤツですか」
そのヤツを前に、俺達は一堂に会して熱い目差しを注ぐ。
対するヤツは、あくまでもクールであった。
「ええ、例のヤツよ~♪」
「はい、例のヤツです」
「ヤツなんですねー!」
俺の呟きに、お袋、マールちゃん、チャロちゃんの順番で答えてくれる。
もっとヒョロくて背の高いヤツかと思っていたんだが、来たのはなんと俺よりも低い、えらく横にデカイヤツであった。
意表を突かれつつも、確かにそれもアリだな……いや、その方が都合がよさそうだな、と思ったのだった。
ところで親父は、業者さんと一緒にヤツを迎え入れるとすぐに仕事に行ったらしい。
「つるつるだね~」
《光ってるねー♪》
セーレたんがヤツの頭頂部を気持ちよさそうになでる。 確かにツルッツルだ。 ニアちゃんが、スケートを楽しめるくらいに。
そして眩しいくらいに輝いている。
ずんぐりむっくりな上に、てっぺんはツルツルのピカピカ。
更に親父いわく、かなり重かったらしい。 まさしく見た目通りであった。
みんなでてっぺんをなでながら、お袋が歌うように言った。
「やっと来たわね~、冷蔵庫~♪」
『わーーーー』
声を上げて拍手をする俺達。 祝・冷蔵庫である。
俺が知っているタワー型ではなく、上が作業台になっているテーブル型。 今まであった作業テーブルを処分し、代わりにキッチンに並べて置かれた冷蔵庫は高さもバッチリで、確かに便利そうだ。
しかも、テーブルの天板は錆びにくい金属製である。 耐久性もバッチリ。
さすがお袋、その瞳は優しいが目の付けどころはシャープであった。
前世だったら生温かい視線をもらいそうな光景だが、この国で家庭用冷蔵庫というとなかなかの贅沢品なのだ。
なにしろ、常に魔力を消費し続けるのだから。
エアコンや車さえ存在する魔導具万能文明だけど、動力はあくまでも人間の魔力。 経済的な問題もあるけど、それ以上に魔力を安定供給できなければ意味がない。
冷蔵庫だって、日持ちしないものはこまめに買い物に行けば済む話だ。 涼しい床下収納などもあるし、なくてもそれほど困るものじゃない。 だから贅沢品と言われている。
ちなみにこの冷蔵庫には、冷凍機能はついていない。 むしろ「凍らせたら食材がダメになるじゃない」と言われてしまった。
「ところでママ、魔力は」
「もちろん、入れていないわよ~」
さすがお袋、分かっていらっしゃる!
「……だってさ」
「わあ~♪」
手を合わせて喜ぶマイシスター。
魔力があふれ出すほどに多すぎてヤバイ妹様にとって、魔力を吸い取ってくれる魔導具は気持ちのイイモノらしい。
にも関わらず、頻繁に俺の触手を食べたがるんだけど……「それはそれなの~♪」なんだって。 よく分からない。
「さあ、どうぞー」
チャロちゃんに背中を優しく押され、魔力注入パネルの前に立つ。 初稼働セレモニーへご招待だ。
日の光を受けて輝くテーブル型冷蔵庫の端っこで身を屈め、そこにあるパネルに可愛らしい手をぴとりとつける。
そして――。
「はい、拍手~♪」
『わーーーーー』
音もしなけりゃ光りもしないが、確かに魔力が入っていくのを見てみんなで拍手。
たぶん大丈夫だとは思うけど、念のためセーレたんには無理をしないように言って可能な限り魔力を入れてもらう。 時間がかかって疲れたらしく途中からはひざをつく体勢になったが、無事に満タンまで注入された。
あとは、中が十分に冷えたら食材を入れるだけだ。
「はふう~」
「お疲れさん」
「えへへ~」
俺をはじめ、みんなからなでなでされてご満悦の妹様。 特に夏場の食材が腐りやすいから、買い物の負担が軽くなるとお袋達も大喜びだ。
俺も何度も手伝っているから分かるけど、買い物の荷物運びは骨が折れるのだ。
特にウチは人数もそれなりに多いから、毎日毎日タイヘンな思いをしているみんなには感謝である。
――その代わり。
冷蔵庫の中が臭わないように、こまめに拭き掃除をする仕事が増えました。




