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そだ☆シス  作者: Mie
学童編(夏)
459/744

425 俺達の冒険はこれからだ!

挿絵(By みてみん)





 今日も空は青くよく晴れわたっている。

 雲の少ないド真ん中で太陽が我が物顔で輝き、ちょっと暑くなりそうだけどお出かけ日和と言えるだろう。


「ハンカチと、帽子と……水筒もあった方がいいですよねー。 あとは、何があればいいんでしょう……」


「あまり、いろいろと持たせるのもどうかと思うけどねえ」


 チャロちゃんが耳をぴくぴくさせながら、目を天井の方に向けてうーんうーんと考えている。 今日はお休みの日なので、メイド服は着ていない。

 出勤してきたアナさんと二人で話し合っている。


「ああ……どうか、どうかご無事で……」


 マールちゃんは床にひざをついて俺の右手を温かい両手で包み、とても心配そうに祈り続けている。


「本当に、気をつけてね……」


 お袋もマールちゃんの隣に立って、俺の肩の上や頭をなでながら優しく気遣ってくれる。


「ジャスなら、きっと大丈夫だと思うけど」


 私服にいつものエプロンを着けたエミーちゃんが、お袋のもう片側の隣で少し不安そうな顔をしている。


「何かあれば、すぐに助けを求めるといい」


 親父はテーブルの向こう側の席から俺の顔をまっすぐに見、具体的なアドバイスをいろいろしてくれた。

 今日は休みのようで、朝食も一緒だったのだ。

 そして。


「お兄ちゃん……」


 セーレたんは俺のすぐ左の席から、複雑そうな表情で蒼い瞳を揺らしながら、俺の目をじっと見つめている。

 不安げに伸ばしてくる手を、俺は空いている方の手を伸ばして受け止めた。


「セーレちゃん……みんなも、心配してくれてありがとう」


 みんなの顔を見回して礼を言う。

 親父は真剣な顔にかすかな笑みを浮かべてうなずき、お袋も軽く息を吐いてから穏やかに微笑む。 マールちゃんは俺の右手をぎゅっと握り締め、チャロちゃんはにこりと笑みを返してからキッチンへと歩いていった。

 マイハニーはそれでも表情を曇らせているけど……。


「でも大丈夫だよ。 だって、この子がいるから。 ……な?」


 俺は自分の右肩に目を向ける。 そこには、お袋になでられながらぺったんこの胸を反らせる小さな姫騎士様がいた。


《うん! ニアがついてるから、まっかせてー♪

 ママのことは、ニアが絶対にまもるからーっ!》


 虹彩ができてよりヒトに近づいてきた瞳をキラキラさせ、我が娘は熱い使命に燃えている。

 両手が塞がっているので、俺は目に信頼の気持ちを込めて視線を注いだ。


「うん、期待してるよニアちゃん」


《はあーーーいっ!》


 小さな身体にやる気をみなぎらせ、ニアちゃんは元気に片手を上げる。 その姿はとっても可愛らしく、だけど俺は確かな頼もしさを感じていた。

 内心に隠していた不安が、その眩しい笑顔に溶かされて消えていく。


 今から俺は、師匠とセラさんのいるセスルームへと向かう。

 でも、その交通手段は定期便の箱馬車ではなく。



 ――生身による空中飛行である。




************



 話は、セラさんがセスルームに戻る少し前の夜にさかのぼる。


 寂しいけれど、帰るのは仕方なし。 でも、そうなるとオトメの悩みが……。

 もともとセラさんはキレイなのだから、そんなに気にすることもないと思うのだが。 そして実際にそうも言ったんだけど、セラさんは照れて言葉を詰まらせながらも、やはり気になるのだと言っていた。

 まあ、よりキレイになりたい、という女の人達の気持ちと日々の努力は俺もよく目にしているから、それなりに理解しているつもりだ。

 しかしオドだけを定期お届けコースで……というわけにもいかず、かといって俺が毎月向こうへ行くのは、時間的にも費用的にも厳しい。

 とそのとき、仕事をエスケープ――もとい、自由の探求者である聖母様がこう言ったのだ。



「ならば、飛んでいけば良いではないか」



「……え」


 パンがダメなら――みたいな、どこの王妃様だよとツッコみたくなる言葉だが、相手は王妃どころか更にその上を行くリアル女神様である。


「今のニアでも、一日あれば其方(そなた)をセスルームに連れて行き来する程度ならできるぞ」


 思わずニアちゃんの方を見たが、本人は「セスルームってどこー?」と三頭身の頭を傾けている。

 なので、ニアちゃんに説明しながら父親であるアルヴィちゃんの顔を再度見てみる。


「流石(さすが)に、運べるのはまだ其方一人が限界だろうがな」


 俺は部屋のドアの方を見た。 妹様はセラさんと入浴の最中である。


「どうする? 行くのなら手を回すが」


「うーん」


 日帰り可能、しかも交通費はゼロか。 立ちはだかっていた問題が二つともあっさりとクリアされてしまった。

 渡りに船が飛行船になってしまったのはビックリだが、これを受けない手はない。 しかも、必要な手続きまでしてくれるというなら尚更だ。


「……うん、お願いしていいかな」


「うむ」《分かったー!》


 二人は快くOKしてくれたのだった。




************



 俺は御使いなので、空中から街を出入りするのに許可は必要ないそうだ。 出入りの際、入出国管理局――要するに入管に申請するだけでいいらしい。

 だが壁の外に出る以上、身の安全はしっかりと確保しないといけない。

 とはいえ、ニアちゃんには俺を飛ばしながら外敵と戦う余裕はなく、それ以前に実戦経験さえもない。

 なので、アルヴィちゃんは俺とニアちゃんの護衛役を手配してくれた。


「おいでになりましたよー!」


 来客に気づいたチャロちゃんが、慌ただしくリビングを出てまたすぐに戻ってきた。 お袋がドアの方へ身体を向ける。

 ちなみにマールちゃんは、チャロちゃんから受け取った俺のお出かけ装備一式を甲斐甲斐しく身につけさせてくれている。

 おかげで俺は頭には帽子をかぶり、肩から水筒を掛け、腰には小遣いの入ったウェストポーチ着用という、まるで遠足に行く児童のような格好になっていた。


「やあ。 ……ははは、今日は特に可愛らしい格好だね」


「……どうも」


 入ってくるなり、そのヒトは俺のことを見て穏やかに笑った。 そういうあなたこそ、いつもながら七五三みたいなんですけど。

 俺よりも少しだけ背の低い、青みがかった銀髪を坊ちゃん刈りにしている男の子。 そのように見えるが、実は数百年を生きているらしい精霊で、しかもショタお姉さんの旦那さんでありあのマーヤお姉さんの義理の父親でもある。 また同時に、御使いとしての俺とニアちゃんをサポートしてくれる後見人でもあった。

 ぺこりと俺が会釈した横で、お袋とマールちゃんが深々と頭を下げる。


「今日も、二人のことをよろしくお願い致します」「よろしくお願いいたします」


「ええ、ご安心下さい。 スフィニア姫にもジャスパー君にも、傷一つつけさせはしませんよ」


 半ズボンの子供用スーツを着たショタっ子精霊さん――アーンさんは、冬の湖面のように澄んだ微笑みを浮かべた。



「姫、少し見ないうちに造形が上手くなったね」


《そうー?》


「うん」


 お袋が手ずから淹れたお茶の香りを楽しみながら、アーンさんがニアちゃんを見てほめてくれた。

 言葉回しがちょっと変な感じだけど、精霊の成長というのは、見た目の大きさよりも造形の精巧さや内面の成長が重要視されるのだ。

 だからそう言ってもらえると、俺もニアちゃんの母親として鼻が高い。


「ところでアーンさん、セスルームまではどれくらいかかるんです?」


「そうだね。 姫次第だけど、ゆっくり行っても半時(とき)かかるかどうか、じゃないかな」


「そんなに早いんだ」


「僕一人なら、急げば数分くらいで着くけどね」


「マジですか……」


 馬車だとのんびりとしたスピードだとはいえ、ほぼ一日かかっていた距離が半時や数分って。

 具体的な距離や速さを知らないからかなり大雑把な比較計算だけど、ニアちゃんは前世の自動車や電車にも負けないくらいの速さで飛べるようだ。 前に飛んだときは空に上がっただけだったので、まったく気づかなかったが。

 ということは……アーンさんの全力飛行は、ヘタをすると音速に近いんじゃなかろうか?

 だけど、日帰りでも向こうで十分な滞在時間が取れそうだということは分かった。 とんぼ返りにならずに済みそうで、よかったよ。


「……」


 俺の隣の席で、セーレたんは相変わらず複雑そうな顔で俺のことを見ている。 先にセーレたんに話をしたときもそうだったが、ハニーはできれば俺と一緒にセスルームに行きたいのだ。

 だが、行きたい気持ちもあると同時に、セーレたんには空を飛ぶことに対する怖さ……というか、不安な気持ちがある。 自力ならともかく、俺もセーレちゃんも精霊の力に頼らなければ飛ぶことはできないからな。

 アルヴィちゃんのときでも少し怖がっていたのに、それが妹様にとってはほとんど赤の他人であるアーンさんとなると、さすがに言いたくとも言えないのだろう。


 ちなみに護衛役であるアーンさんが、言い方は悪いけど「お荷物」になるセーレたんを連れて行くことは、やっぱり難色を示している。 あの夜に、アルヴィちゃんもそれはダメだと言っていた。

 この場で声に出すとセーレちゃんに期待させてしまうと思い、アーンさんにはたった今、普通に会話しながらテレパシーを使ってこっそりと確認してみたのだ。


《別に、セーレちゃんがアーンさんのことを信じていない、というわけではないと思うんですけど……すみません》


《ははは、僕は気にしていないよ。 仕方のないことだと思うからね》


 俺もアーンさんも、普通の声とテレパシーを併用して別々の会話を同時にできる。 俺は並列思考があってことの芸当だけど、なかなか便利だ。

 親父やお袋もアーンさんと会話しているが、テレパシーが聞こえているのは、俺以外には通信の仲介をしているニアちゃんだけのハズである。


「お忙しい中、アーンスロール様にはこちらの私事(わたくしごと)の為にお時間をいただき恐縮です」


「いえ、お安い御用です。 むしろ僕は、抱えていた仕事を同僚に投げることができて感謝しているくらいですよ。 妻にも休みをあげられましたしね」


 畏まった親父の言葉に、アーンさんはユーモアを交えて軽く返している。

 見た目は子供だけど、御使いとしての仕事以外にるー君ところの商会で魔導具の開発に携わる仕事も持っている多忙な人なのだ。




「――では、そろそろ出発しましょうか」


 アーンさんの一言で、ついに出発の時を迎えた。

 門の前ではムダに目立ってしまうため、俺達は玄関から庭に回ることにした。 お袋達がわざわざ全員で見送りしてくれることになり、緑のキレイな庭に一家全員が集まる。


「ジャス、念のために持っていけ」


「うん、ありがとう」


 親父から渡されたのは、師匠とセラさんへの手土産……ではなく、俺が稽古で使っている木刀である。 たかが木刀ではあるけど、硬化魔術を込めればヘタな鉄の棒よりも強力な武器になる。

 いくら中級精霊であるアーンさんがついていてくれるとはいえ、同じ中級以上の魔獣に出くわす可能性がないわけじゃないからな。 万が一の場合はアーンさんが敵の足止めをして、その間に俺とニアちゃんが地上のあちらこちらにいるハズの軍の人に助けを求めることになっているが……念には念を、だ。

 ということで、俺は遠足児童と修学旅行生を足して二で割ったようないでたちになった。


「二人とも、気をつけて行ってきてね~」

「ジャス様、お気をつけて……」


 みんなから順番に、俺と肩の上のニアちゃんへ行ってらっしゃいの言葉をもらう。 特にお袋からはおデコにキスをもらい、マールちゃんには優しく両手を握ってもらった。 もちろん、ニアちゃんとは指握手である。

 続いてチャロちゃん、エミーちゃん……そしてアナさんからも気遣う言葉をもらった。 エミーちゃんも上目遣いでもじもじしていたので、俺の方から手を握って両手で握手をした。

 俺の中では「ちょっと出てくるだけなのに、大げさだなあ」という気持ちもないわけではないが、それなりに危険のある外出であるのは確かなのだ。 安全だった前世や王都内と同じ気分ではいけない。 気を引き締めなければ。

 まあ、ニアちゃんとアーンさんのというW精霊さんのおかげで、ちょっとしたVIP並の安全性を確保してもらっているけどな。


「お兄ちゃん……」


「ん、行ってくるな」


「……」


 最後にセーレたんにも挨拶。 片手でほっぺをなでてあげるが、それでも表情は晴れない。

 このまま行ったら、ちょっとかわいそうか……と思い。


「大丈夫、夕方までには戻ってくるよ」


 一旦木刀を芝の上に置くと、俺は空いた左手をハニーの腰に回して軽く抱き寄せ、おデコにキスをしてあげた。

 周りから「あ」とか「あらあら~」とか声が漏れ聞こえてきたが、あまり気にしないことにする。


「あっ……えへへ~」


 ほんのりと頬を染めながら、ようやく少しだけ照れ笑いを見せてくれた。 人前でこういうことをするのは、特別な場合だけだと言ってあるのだ。

 ただでさえブラコン・シスコンの名をほしいままにしているというのに、キスまで人の目を憚(はばか)らないようになったら、もはや末期だからな。


 ……既に世紀末並に末期だという気がしないでもないが、気にしないことにする。



「お待たせしました。 では、よろしくお願いします」


「うん、こちらこそね」


 木刀を拾い上げてからアーンさんにも挨拶をし、横に並んで家族のみんなと向かい合う。


「ニアちゃんも、よろしく。 行こうか」


《ほーい♪》


 俺の右肩の上でニアちゃんがぼんやりと光り始めたかと思うと、くるりと俺達を包み込むように薄いシャボン玉っぽい膜が形成された。 飛行による風の抵抗や寒さを和らげてくれるものだ。

 間もなく身体が浮遊感に包まれ、実際に俺のつま先が地面から離れ始める。


「じゃあ、行ってきます」


「行ってらっしゃ~い」「お気をつけて!」


 みんなに手を振り、また暖かい言葉を追い風のようにもらいながら、俺の身体は少しずつ高度を上げていく。 やがて見上げる妹様の背丈を超え、親父の高さを超え、庭の壁の高さを超えた。

 俺の横ではアーンさんが、シャボン結界を出さず生身のままで俺と同じ高さを維持している。


「姫。 ゆっくり飛ぶから、僕の言う通りにしてついて来てくれるかな。 方向や道順も覚えておいてね」


《はーいっ!》


 いつの間にかシルクハットを被っていたアーンさんが、我が娘に声をかける。 その姿は、思わず笑みがこぼれるほどによく似合っている。

 家の屋根の高さを超えたのを見下ろしていると、道を掃除していた近所のメイドさんがこちらを見上げてビックリしているのが見えた。 あははーと笑って手を振ると、目を丸くしながらも振り返してくれた。



 青い空は眩しいほどに明るいが、帽子のおかげでそれもヘッチャラ。

 そよ風でも吹いたようで、庭の木の葉がサラサラ音を立て始めたが、結界のおかげでほとんど風を感じない。 それは少し残念。

 そして俺の隣と肩の上には、見た目は可愛らしいがとっても強い精霊さんコンビ。 おかげで不安など微塵(みじん)もない。


「じゃあ。 アーンさん、ニアちゃん……行きましょうか」


「うん」《しゅっぱーつ!》


 下でずいぶんと小さくなっても、まだ手を振ってくれている家族達。

 もう一度手を振り、俺達は東に向けて上空を飛び始めた。





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