401 シゲキ的なおさんぽ
しばらくの間、おやつを食べてまったりしていたが、ステイさんはお腹が落ち着くと「営業頑張りますよー!」と張り切って午後の街へと出陣していった。
「……さて、僕もお勉強するとしますか」
お袋も間もなくして、セラさんと一緒にリソ君の服を買いに行った。 そのリソ君も連れて行き、軽く散歩して帰ってくるようだ。
セーレたんはお立ち台に立ってチャロちゃんの横で洗い物の手伝いをすると、そのまま夕ご飯の仕込みのお手伝いに突入。 マールちゃんはリソ君の部屋に入って、せっかくの機会だからといつもより念入りに掃除をしている。
俺も久し振りに触手四刀流くらいで手伝うよーって言ったんだけど、「今日は、『先生』はゆっくりしていてくださいね♪」と返されて、今までリビングでお茶のお代わりをもらって新聞を読んでいたのだ。
ならばと、エプロンを着けた二人の後ろ姿を見ながらのんびりしていたわけだが……さすがに申し訳なくなってきたし、俺自身の勉強もドンドン先に進めておかないといけないしな。
「お兄ちゃん、洗っておくね~」
「おっ、ありがとなー」
俺が席を立つと、すかさず妹様がやってきたのでティーセットを手渡した。 手慣れてきてあまり汚さなくなった白いエプロンは、フリルがいっぱいついていてマイシスターによく似合う。
俺に頭をなでられると、嬉しそうにはにかんでキッチンへ引き返していった。
午後の日差しが降り注ぐ階段を上がり部屋のドアを開けると、もう一人の学生さんが帰ってきていた。
《あっ、ママお帰りーっ!》
「ニアちゃんこそお帰り。 今日は遅かったんだなあ」
頭のてっぺんで揺れる碧のアンテナっ毛に合わせるように、我が子がベッドの上で大きく手を振っている。 今日の青空教室はロングバージョンだったようだ。
……むぅ。 ところで、今朝よりもレオタードのスカートが短くなっていないか?
お母さん、許しませんよ?
「其方こそ、今日はのんびりしていたな?」
「ま、たまにはねー」
ニアちゃんのいるすぐ後ろには、青空教室のおねーさんことアルヴィ様が横向きでベッドに寝そべっている。
片ひじを立てて自分の頭を乗せており、お腹の側面から腰のくびれ、そしておしりにかけての曲線はさすがオトナの女性……という感じだ。 存在感がすごいから普段あまりそう思わないけど、実はどちらかというと小柄で線が細いんだよな。
というか……ニヤニヤしてないで、微妙にスカートがずり上がっているのを直してくれませんかねぇ?
だが俺の抗議の視線など目にもくれず、聖母様は空いている片手で我が娘を後ろから突っついて遊んでいる。
《ねーねー、ママーっ》
「んー?」
突っつかれて頭をかくかくさせながらも、ニアちゃんが顔を上げて何やら話しかけてくる。
……逆セクハラ親父はこの際放っておいて、今は可愛い我が娘の声に耳を傾けようではないか。
《もしヒマだったらねー? ママも、これからニア達とお空を散歩しようよー♪》
「おおお?」
なんと、空中散歩のお誘いが来ましたよ!
学校から帰ってくるときに気球を見たが、どうやらこの国では本格的に空を飛ぶ機械や魔導具はまだ開発されていないっぽい。 その代わり、この国で生活している精霊が情報だけでなく物や人そのものを運んでくれる仕事があって、「飛ぶ」というと基本的にはそういった「精霊便」のことを指す。
まあ、あんまり人間は運ばないらしいんだけど……。
「うむ、何かと便利だろうと思ってな。 ニアに人の運び方を教えていたのだよ」
「おおおおおおおー!」
ナイス、アルヴィちゃん! たまにはいいコトをする!
「……偶にとは何だ」
「ごめんなさい」
また心の声が漏れていたようだ。
謝るので、スカートを摘み上げるのをやめてください。
「まあ良い。 それで、暇なのだろう?」
「暇って……ま、否定はしないけど」
暇だろう、と決めつけられるとなんだか怠けているように思われてると考えてしまうのは、元日本人の悲しき性である。
それでちょこまか動き回るたびに、みんなから「少しは休もうよ」って言われるんだよなぁ。
だが今日はマイドーターからのお誘い、しかも空中散歩ときた。 断らない手はないだろう。
「……うん、行くよ」
「うむ」
《わーいっ!》
首を縦に振ると、同じ色の二人はそれぞれ嬉しそうな笑みを見せた。
「ところでさ」
「なんだ?」
「アルヴィちゃんは暇じゃないよな?」
「……」
「……」
思いっきり目を逸らされた。
――忙しい毎日からの逃避行を企む聖母様に、敢えて乗ることにした俺。
「えっと……な、何も用意しなくていいの?」
《だいじょーぶだよー!》
定位置の、俺の肩に立ったニアちゃんがうなずく。 俺は靴下のまま、開け放っている部屋の窓辺に立った。
まあ、もしも何かあれば、トゥキお兄さんか誰か他の精霊さんが文字通り飛んでくるだろう。 どこにでもいる普通の六歳児である俺は気にしないことにする。
それよりも俺は、生まれて初めての生身での飛行に緊張していた。
前世でも飛行機に乗ったことは一回か二回あったかなー? という程度なのに、今世ではいきなり生身だもんなぁ。 そのドキドキは飛行機の比ではない。
ちなみに下にいるメイドちゃんズとセーレたんには、アルヴィちゃんが直接テレパシーで伝えてくれた。
俺も横で聞いていたのだが、いきなり聖母様から話しかけられた二人はものすごく驚いていた。 ……その声がかなり可愛いくてグッときたのは、本人達には内緒にしておく。
で、その驚かせたアルヴィちゃんはというと。
「お空を飛ぶって、どんな感じなのかなあ~♪」
「んふふ。 それは飛んでからのお楽しみだな」
飛ぶと聞いて、まさに飛んできたセーレたんと手を繋いで二人で楽しそうにお喋りをしている。
覚えたてのニアちゃんは俺一人を運ぶのがやっと。 かといって、妹様はお留守番ではかわいそう……ということで、アルヴィちゃんがOKしてくれたのだ。
スカートのまま飛ぶと聞いて本当に大丈夫なのかと聞いてみたが、どうやら問題ないらしい。
「……我もスカートなのだがな」
「いやだって、あんたはいつも……ってごめんなさい!?」
そう言うなら、スカートをぴらぴらさせるのはやめろ!
「ふん。 ……では皆、行くとしようか」
「はあ~い♪」《はーいっ!》
「……はいよー」
ちょっぴり拗ね顔の聖母様に女の子達が元気なお返事をし、俺も少し遅れて返事をしたのだった。
精霊便で人をあまり運ばない理由。
それが……よく分かった。
「ぬうおおおおおおぉぉぉぉぉーーーーー……!」
俺の眼下に広がるのは、生まれてこれまでずっと暮らしてきた王都。
もはや自分の家がどこかなど分からず、爪の先くらいの小さな建物がビッシリと敷き詰められているのが分かる程度だ。 学校や大通りみたいに大きなものはそれだと分かるものの、それ以外を個別に見分けることは難しい。
だが、学校規模かそれ以上の巨大建築物がかなりいっぱいあることに驚かされる。
そんな王都が、俺の両足のはるか下に広がっていた。
「こ、こええぇぇぇぇぇぇ~~~……」
掃除をするのに屋根を上ったときなんかとは比べものにならない。 なにしろ、文字通り地に足がついていないのだから。
最初だけは高度を増していく景色にワクワクもしていたが……雲の上まで来ると、かなーりおっかない。
推定高度、数百メートル。
それでも人口二〇〇万とも二五〇万ともいう王都は広大で、かなりの面積にわたっていることが分かる。
もっと遠くに目をやれば、整地された海岸線やその向こうの海、反対側にはそこそこ高そうな山々が連なっているのも見える。 さっき見た気球は、残念ながらもう地上に下ろしたようだ。
……うん。 遠くを見ている分にはわりとマシだな。 少し気が楽になってきた。
《どう、ママー?》
「すっげーな、コレ……」
俺の顔を覗き込むようにして、ニアちゃんが自慢げな笑顔を見せる。
背中から出した羽は明るく輝き、小さな身体も淡く緑色に光っている。 こうしていると、やっぱりヒトとは違うんだなーと思わせられる。
もっと目を凝らしてみると、その周りのマナ粒子も弱い光を放っているのが分かった。
俺達の身体はシャボン玉のような球形の薄い膜で覆われており、そのおかげで上空の強い風の影響もなく寒さも感じずに、こうして景色も見ていられる。 少し遠くにある雲の動く速さと形の変化を見れば、風の強さも分かるというものだ。 体感温度もかなり下がるだろうと予想される。
……あ、雲の近くに飛んでいる光の点を発見。 おそらく他の精霊だろう。
それにしても……この精霊親娘って、普段こんなところで「青空教室」しているのか?
《うむ。 大抵はこのくらいの高さだな》
少し離れたところに浮いている、もうひとつのシャボン玉。 中にいるのはもちろん、アルヴィちゃんとセーレたんである。 俺に届いた声は地声ではなく、テレパシーだった。
聞いてみると、事故の防止やヒトを驚かせたりしないようにするため、ある程度の高度で飛ぶようにと定められているらしい。
「……っ」
セーレたんも最初は俺と同じで「うわあ~」と無邪気に喜んでいたが、今はおっかなびっくりといった感じで聖母様の腰に抱きつき、アルヴィちゃんにも背中に手を回してもらって辺りを見回している。
二人の足元にはぼんやりと光る小さな円盤が浮かんでおり、それに立って……というか足を乗せていた。 こっちにはないから、たぶんハニーを少しでも安心させるために擬似的な足場を作ったのだろう。
俺と目が合うと、セーレたんはようやく少しだけ笑みを見せてくれた。 でも、手を腰から離してこっちに振る余裕はないようだ。
《お、お兄ちゃあ~ん……》
《セーレちゃん、大丈夫かーい?》
《う、うん~……》
俺はまだ前の世界で見たりしたイメージがあるからいいけど、妹様にとっては完全に未知の領域だもんな。 怖がるのも無理はない。 いや、泣かないだけでも大したものだよ。
セーレたんがおねだりしたときに、少し考える素振りを見せていたのはそのためか。
《ニアちゃん、もっと向こうに近づくことってできる?》
《できるよー》
ニアちゃんに頼み、シャボン玉どうしをくっつけて接近してもらうと俺は手を伸ばしてセーレたんの頭をなでた。 更に笑顔が戻ってくる。
そしてアルヴィちゃんからも促されると、怖々と片手を離して俺の手を取った。
《セーレちゃん、何も心配いらないからね?》
《う、うん。 お兄ちゃん》
取った俺の手を、セーレたんは自分の頬に当てて目を閉じた。
ニアちゃんも少し心配そうに声をかけ、ハニーは目を瞑ったまま「大丈夫~」うなずいている。
《ジャスは兎も角、矢張りセーレちゃんには少々刺激が強すぎたようだな》
《……そうだな》
俺はともかく、って……否定はしないが。
そんなことよりも、もう地上に戻った方がよさそうだな。
《アルヴィちゃん》
《うむ、そうしようか》
初めての空中散歩は、俺はともかく、セーレたんにとっては少し怖いものになってしまったようだった。
窓から戻ってきて絨毯に足をつけると、妹様はすぐに俺に抱きついてきた。
俺は両手を広げて受け止める。
「お兄さま~っ!」
「おおっと」
胸元にすりすりしてくるセーレたんの頭を、優しくなでなでする。 ニアちゃんも俺から妹様の肩に飛び移り、小さなおててで横からなではじめる。
その後ろで、アルヴィちゃんが少し申し訳なさそうにしていた。
「怖い思いをさせたようだな。 はっきり警告すれば良かったか……済まなかった」
「……ううん」
わたしがお願いしたことだから、と振り向いて答える。 本当にいい子だな、お兄ちゃんは嬉しいよ。
「今日はこのまま帰ることとしよう。 ……またな」
「うん、今日はありがとね」
「……ばいばい」
セーレたんは少し怖かったようだが、それで気を悪くしている様子はない。
二人で手を振ると、アルヴィちゃんはハニーの頭を軽くなでて再び窓から飛んでいった。
「さて。 ちょっと下に行って、お茶でももらおうか」
「うん」
歩き出そうとしてみせるが、セーレたんはピッタリくっついて離れない。
けっこう歩きにくいが仕方ないかと思い、俺はそのまま抱き寄せて部屋の入口に向かう。 靴箱から二人分の靴を出して下に置く。
「ほら、足元に気をつけてな」
「うんっ」
いつもなら俺の靴を出してくれる方の妹様だが、今はすっかり甘えん坊になっている。 俺から先に履き終わり、くっついたままのセーレたんが履くのを待つ。
少しやりにくそうにしているが、それでも離れるつもりはないようだ。 触手を平べったくして靴べらにし、履くのを手伝ってあげる。
……なかなか新鮮な感じだな。
「お兄さま、ありがとう♪」
「どういたしまして」
怖がっていた余韻はとっくの昔に消えており、ただの甘えんぼさんになっているが……たまにはこいうのもいいだろう。
《セーレちゃん、すっごく甘えんぼさんになっちゃったねー》
「あはははは……まあ、いいじゃないか」
《うん、そだねー!》
妹様の左肩にいるニアちゃんと顔を見合わせ、笑みを交わす。
まるでニアちゃんの方がお姉さんみたいで、思わず笑ってしまった。
「ああそうだ。 ニアちゃん」
《どしたのー?》
「今日は、空に連れて行ってくれてありがとうね」
《……うんっ♪》
我が娘はぴょーんと妹様の頭を飛び越えると、また俺の右肩に移って俺の頬にすりすりを始めた。
「うはっ!? ちょっと、くすぐったいって」
《きゅふふふーん》
「……お兄さま~」
「よしよし」
二人に増えた甘えん坊を連れ、俺は触手を使ってゆっくりと階段を下りるのであった。




