388 女性とは、神秘的な生き物なのです
大変だったけど楽しかった一夜が終わり、その翌日はのんびりとした一日を過ごした。
「それでねー」
一人だけ遅くまで寝かせてもらって疲れもすっかり取れた俺は、いつもより遅めの朝食兼お城でもらってきた料理の試食会の場で、昨夜のできごとをみんなに話した。 試食がよほど楽しみだったんだろう、今日は休みのハズだったチャロちゃんも出かけずに私服で参加している。
残念ながらリビングに揃った家族の中に親父はいなかったが、早朝に帰ってきたらしく今は爆睡中とのこと。 お疲れ様。
「――で、ニアちゃんのことを紹介したんだよ」
「そうなの~」「ふぅん」
ダイジェスト気味な俺の説明に対してお袋とセラさんが主となって相づちを入れ、ときには質問も挟んで話を膨らませてくれる。 あまり気軽に話すべきじゃないだろうなーと思うところもあって、いろいろと省き気味なところがあるので、特に質問してくれるのはありがたかった。
もう出勤していたアナさんがみんなにお茶を淹れてくれたのだが、俺の分はなぜかマールちゃんが淹れてくれた。 今はチャロちゃんやエミーちゃんの座っている横に腰を下ろし、試食もそこそこに俺の話に耳を傾けてくれている。
「それで二人も失神しちゃって」
「あらまあ~」「それはまあ、誰だって驚くわよね」
アルヴィちゃんの部屋での様子を語っていると、ニアちゃんの紹介に気を失った団長さんと大使さんに同情の声と苦笑いが集まった。 ……一部を除いて。
国益うんぬんのところを省いたらコミカルな感じになってしまったけど、VIPさん達の受けた衝撃は家族のみんなにもよーく分かったようだ。 ついでに俺がどこで着替えたのかも言わず、サラッと流す。
なお、その一部は。
「えへへへへ~♪」
俺の左では、イスをくっつけたセーレたんが俺の配っていたのとお同じお菓子をゆっくりと食べながら、とても嬉しそうに身を寄せて俺の顔を見つめ、喜んでいる。
今朝も我が妹様は甘えん坊だった。 タイミングを見計らったように俺の目覚めと同時に部屋にやって来ていっぱい「おはよう」をし、お手伝いの一段落した今もまたべったりで俺を見つめる目差しがくすぐったい。
「なるほど、そのときに口紅が……」
で、マールちゃんは相づちを打つ場所が他のみんなとは少々違っていた。 行きの馬車の中のことを話していても、内装の豪華さよりもマリエルさんとの会話の内容に興味を持っていたようだし。
お袋とセラさんは、全体的なできごとの流れと俺がそれぞれの場で何をどう思ったかに興味があるようで、チャロちゃんはどちらかというと話よりも試食に夢中。 エミーちゃんは非日常的なお城の中やエルネちゃんの様子に目を輝かせ、アナさんもだいたい同じところに関心を示していた。
ちなみにセーレたんは、終始にこにこしているのでどこに興味を持っているのかよく分からなかった。 敢えて言うなら……俺に興味津々?
「それから、やっとパーティの会場に行ったんだけど――」
城に行った理由としてはあくまでも建前上のことだったけど、イベントとしては十分にメインと言える内容。
チャロちゃんはパーティの裏側の話に、文字通り耳をぴくぴくさせて傾けていた。 エミーちゃんとアナさんは、俺がほんの少しだけ見たエルネちゃんの頑張りように相好を崩す。
でも俺の仕事については、みんな「うんうん、やっぱりね」と笑顔で軽くうなずいてくれる程度で、いかにも予想通りという感じだった。
学校のおゆうぎ会とかならともかく、国の公式行事なんだけどなぁ……。 けっこう緊張してたんだぞ?
「だって、ジャスちゃんですもの~」「ジャス君だもの、ねえ?」
「失敗している姿が全然思い浮かばないわねぇ」
お袋とセラさんが顔を見合わせて微笑み合い、それにアナさんが同意する。 大人メンバーからの、俺に対するあまりの信頼度の高さにビックリだ。
メイドちゃんズも首を縦に振ってるし。
「お兄ちゃん、かっこいい……♪」
「ジャス、さすがね……」
一方、子供メンバーは強く感心してくれた。 セーレたんは蒼い瞳を宝石のように輝かせ、エミーちゃんも茶色い瞳をじーっと俺に向けて称えるような笑みを浮かべてくれた。
目差しの熱さがちょいとこそばゆかったが、でも嬉しい。
なお、テーブルの上にペたんと腰を下ろしているニアちゃんは、アルヴィちゃん経由で俺が何をしていたかは知っていたので特にリアクションはなかった。 俺の話よりも、ずっとリソ君と一緒に夢中で俺の触手をほおばっている。
俺がお茶をお代わりすると、すかさず立ち上がってシュガーポットに走ってくれるんだけどね。 長い碧色の髪の先をテーブルに着けながら、喜んで駆けていく後ろ姿が可愛らしい。
「でもマリエルさん、やっぱりすごいですねー。 私たちみたいに、ずっとジャスさまと暮らしていたわけじゃないのに」
「むむむ……」
マリエルさんのスーパーメイドさんっぷりに、チャロちゃんが感嘆のため息をつく。 アレには俺も驚いたもんなぁ。
しかし、マールちゃんは口に手を当てて何やら真剣な顔で唸っていた。 天下のオルスターマイナにライバル心を燃やすその表情に、俺はマールちゃんのメイドさんとしての本気を見た。
俺の話は昼の鐘が鳴っても続き、メイドちゃんズの作ってくれたおやつが食卓に運ばれてきてそのままおやつタイムへとなだれ込んだ。
取り留めのない雑談が始まり、のんびりとした一日が過ぎていった。
――そして次の、水の日。
心身共にリフレッシュできた俺は、ひさしぶりの学校を目指しハニーと共に石畳の道を歩く。
学校へ行く日は最低でも一日は空くんだから、毎回ひさしぶりだろうと言えばそうなんだけど……まあ、気分的にそういう感じなのだ。
「おっはよー!」
「おはようなの~」
若干テンションの高い挨拶をしながら教室に入る。
しかしクラスのみんなも普段よりテンションが高めて、使節祭が始まって初めての連休を満喫したようだ。
「おはよう、マーヤさん」
「ふふふ……おはよう」
今日もアダルティな雰囲気を漂わせるセーラー服のお姉さんと挨拶を交わし、最前列の特等席に座る。 隣の席に着いたセーレたんは、さっそくレベッカちゃん達に囲まれてお喋りを始めている。
それにしても……マーヤさん、いつもよりちょっと楽しそう?
「ふふっ。 ジャス君、一昨晩はどうだったかしら?」
俺に顔を近づけ、ジャスミン系の香りを纏ったお姉さんが意味ありげに微笑んでいる。
「うん……あれ? ところで、マーヤさんも行ってたんだよね?」
口を開いたところで思い出す。 アーンさんは招待されていたんだから、マーヤさんも家族三人であの場にいたハズ……見かけなかったけど。
「ええ、行っていたわよ。 ジャス君のことも見かけていたわ」
「だったら――」
水くさいなあ……と言おうとしたらお姉さんは目を細め、つややかな唇がより深い笑みを作った。
「一生懸命に接客をこなしていたジャス君、素敵だったわよ?」
「へ? あ、ありがとう」
座高差で天井の明かりをさえぎるようにして微笑むお姉さん。 少し陰になったのが、更に妖艶な感じを引き立てる。
そして血色のよいピンクの唇からわずかに舌を出し、軽く唇を湿らせた。
「ふふふ。 母に言われて、一緒にこっそりと隠れて見ていたの……」
「……!」
まるでオドに直接触られたような感覚が背筋を駆け抜け、思わず身体が震える。
その妖しい微笑みは……まさしくあの、ショタお姉さんを彷彿とさせるものだった。
「私は行こうとしたのだけれど……でも、敢えて行かずに見守るだけというのも悪くなかったわね。
会って話ができないもどかしさ。 いえ、切なさと言ってもいいかしら。
ふふ……悪くないわね」
「……」
ま、マーヤさん……。
齢九つにして、なんというマニアックな趣向に目覚めてしまったんですか。
俺が戦慄を覚えていると、お姉さんはふと妖しさを引っ込めて優しげな笑みに変わった。
「ふふふふふ、半分冗談よ。 本当は、ジャス君を見て興奮した母を引き止めていたのよ。
『メガネ……半ズボン……少年執事……』って呟きながら、目つきが危なくなっていたから」
「そ、そうなんだ……」
俺はどうやら、知らない間に命を救われていたらしい。
手を合わせたいほどの感謝の念でいっぱいになり、俺はお姉さんの黒曜石のような瞳を熱く見つめる。
「あ、ありがとうマーヤさん」
「ふふふふ、いいのよ」
俺の救世主様は、宗教画に描かれている方の、黒くない聖母様のような穏やかな笑みをたたえている。
見た目は濡烏なんだけどね。
「その代わり、『あそこに可愛らしい素敵な男の子がいる』って、周りの人に宣伝しておいたから。 そうしたら、たくさんの人がジャス君のところへ行くようになって……。
ふふふっ。 一生懸命なジャス君、素敵だったわぁ」
「……」
途中から急に人が増えたのはそのせいだったのか……。
やっぱり、このお姉さんも黒かった。




