352 有意義な休日の過ごし方
俺の寝る頃には雨はほぼやみ、次の朝には少し雲も薄くなっていた。
まだ太陽は見えないものの、その光は雲を通って濡れた地面を薄く照らしている。
「エミーちゃん、はいなの~」
「うん」
朝食が終わり、キッチンから食器を洗って片づけている音がカチャカチャと聞こえてくる。 シンクの下に置いたお立ち台に上り、エプロンを着けて袖をまくったセーレたんとエミーちゃんが仲よく洗い物をしている。
「はい、次はこれです」
「は~い」「はい」
何気に大家族なウチは、洗い物もけっこうな量になる。 キッチンのそばにある作業テーブルには、今朝も食べ終わった後の食器がいっぱいになっていた。 もちろん、食べ残しはほとんどない。
まず、マールちゃんが洗剤とお湯を入れた桶に食器を入れ、セーレたんと一緒に専用の布で丁寧に洗う。 洗い終わったら、隣のエミーちゃんが受け取って水で流す。 ……なるべく節水しながら。
「はい、ママ」
「……はい」
ゆすいだ食器はアナさんが受け取り、よく確認してから乾いた布で拭いて別の作業テーブルに種類ごとに重ねていく。 ある程度の数になったら、まとめて棚に持っていくわけだ。
ハニーもエミーちゃんも丁寧な仕事をしているようで、アナさんからのダメ出しはなくキレイになった食器が次々とできあがる。
でもコレ、普段はお袋やメイドちゃんズが二人で……場合によっては一人でこなしてるんだよね。 俺も手伝ったことがあるけど、けっこう大変。
だから、てきぱきと家事のできる人は本当にすごいと思う。
「ふぅ」
四人の後ろ姿を見ながら、俺はリビングでのんびりとティーカップを傾ける。 別に俺はみんなに仕事をさせて楽しているのではなく、今朝もみんなから「いいからいいから」と言われた結果である。
テーブルには俺の他、ティースプーンでひとりチャンバラをしているニアちゃんと、食べ終わったリソ君にジュースを入れてあげているお袋。 そして、今日は休みの親父が同じくお茶を楽しんでいる。
ちなみにチャロちゃんも休みで、今日はセラさんと一緒に出かけている。 人気のお芝居を見に行くそうで、朝食も外で食べるそうだ。
「今日は、どうしようかなぁ」
本当は今日あたりに新しいテキストを幼児園にもって行くつもりだったんだけど、それは昨日ツェリさんが来てくれたおかげで済んでしまった。
授業もますます好評なようで、最近は白銀先生のお芝居にノリのいい保護者のお母さん方も巻き込んでいるらしい。
だったら、俺はそのお芝居とリリちゃんを鑑賞しに行こうかな……とも、思ったけど。
「……」
向こうにはきっと、エルネちゃんもいるんだろうなーと思うと……ちょっと行きづらい。
昨日の夕方、エルネちゃんが赤面しながら見せた笑顔。 あれは、まさに大人の女性の顔だった。
まさか、あの娘があんな表情をするなんてな……。
「――なんだ、今日は何もないのか?」
人差し指でニアちゃんの剣の相手をしていると、親父から声をかけられた。
お袋はリソ君がカップを両手で持って飲んでいるのを見て、「えらいわね~」と頭をなでなでしている。
「え? ああ、うん。 昼までの予定がなくなっちゃって」
昨日は夕方に帰ってきたから、親父も朝からシャキッとしている。 なんでもない部屋着なのに、長身で細マッチョの親父が着ていると立派なファッションだ。
「だったら、外で俺と稽古るか?」
ニアちゃんのチャンバラを見ながら、口の端を上げて親父が言う。
「いいけど……疲れてない?」
俺としては願ったり叶ったりだ。 ……だけど、この時期は使節祭の準備で仕事が特に大変なハズ。
しかも最近は、副隊長の女の人が体調不良だったみたいだし。
でも親父は、爽やかな笑みを俺に見せる。
「フッ、大したことはないさ。
ほとんどの仕事は部下達に任せられるようになったからな。 忙しいといっても、以前程じゃない」
「へえー」
親父って、なんとなく何でもかんでも自分でやりそうなイメージだったんだけど……ちゃんと部下を育てていたらしい。 さすがは隊長。
感心していると、親父はふっと優しい父親の目差しになってこの部屋にいる家族のみんなを見回した。
「王都に引っ越してきてからというもの、セフィ達にはずっと苦労をかけてきたからな……。
お前とセーレにも、なかなか相手をしてやれなくて悪かったと思っている」
「いや……」
姿勢を正し、真摯な目でまっすぐに俺を見据える親父。 当時はただ忙しそうだなーと思っていたけど、今なら親父の苦労もお袋の苦労もある程度理解できる。
栄転とはいえ、結婚していきなりセスルームから王都に来て、親父は慣れない職場と立場で必死だったと思う。 それでも、極力俺やセーレたんと接する時間を作ろうとしていたし。
もちろんお袋も、新婚生活を楽しむ間もなく初めての土地で俺達を出産、育児をしながらこの家を守ってきた。 しかも、成人してすぐに。
なかなかマネのできないこと……というか、俺にはできる気がしない。 尊敬するよ。
面と向かっては、言いにくいけどさ……。
「だからな。 これからはできるだけ火の日に休めるように、シフトを組むようにした。
……ま、早速予定外の事があったりもしたけどな」
親父は最後に、ばつが悪そうに頭をかきながら苦笑いを浮かべた。
だけど。
「あなた……」
「旦那様……」
気がつけば、弟くんの世話をしていたお袋も洗い物をしていたマールちゃん達も、その手を止めて親父のことを見つめていた。 ゆっくりと息を吐きながら柔らかく微笑むお袋は、母親ではなく妻の顔になっていた。
セーレたんやエミーちゃんは「そうなんだー?」というくらいの反応だったけど、マールちゃんは感動したらしい表情で、胸の前で濡れた両手を拭きながら組むようにしている。 アナさんは頬を緩め、何度も小さくうなずいていた。
「パパ……」
《パパさん、なんかカッコイイねー!》
《うん、そうだな!》
シュガースプーンを肩に担ぎ、ニアちゃんが俺に振り返って楽しそうに言う。 俺もそう思う。
親父、カッコイイじゃねえか! ……もちろん、こっ恥ずかしいから直接は言わないけどなー。
だから俺は、代わりにこう言うことにした。
「パパ」
「ん?」
親父は掻いて乱れた髪を、胸ポケットから櫛を出して整えながら応える。
俺がプレゼントしたそれ、本当にいつも持ってるんだな。
「……だったら今日は、いっぱい僕と稽古んでもらうよ?」
ニヤリと口の端を上げて見せる。 我ながら子供っぽくない顔してるんだろうなーとは思うけど、そんなのは今更だ。 しかしだからこそ、変に気を利かせて「じゃあゆっくり休んでね」などとは言わない。
そこは子供らしく……甘えさせてもらおうじゃないか。
「ああ、任せろ!」
親父は口に大きな弧を描き、子供っぽく歯を見せて笑った。
「ふふふふふっ♪ では、旦那様にはこれから毎週、火の日にはいろいろ力仕事をお願いすることにしましょうか。……どうでしょう、奥様?」
「そうね、マールちゃん。 それじゃあ……予定にはなかったのだけれど、倉庫の整理でもお願いしようかしら~♪」
「早速こき使う気かッ!?」
目を細めて言いたい放題のマールちゃんとお袋に、親父の切れ味鋭いツッコミが飛ぶ。
間の取り方といい、親父にはツッコミの才能があると思う。 ……だから余計にイジられるんだと思うが。
「だったら、私も買い物に付き合ってもらおうかしらね? 取り敢えずは、半月分くらいの」
「ジェドさん……わたしも稽古してほしいです!」「わたしも~♪」
「ええっ!? ……お、おう」
流れに乗っかって珍しくアナさんも冗談を言い、エミーちゃんと妹様は普通に要望を混ぜてくる。 親父の返答がグダグダになった。
ニアちゃんはスプーンをシュガーポットに戻すと、ちっちゃな両手で俺の手を取った。
《ねーねーママ~? ニアは、パパさんに何してもらえばいいかなー?》
「うーん……魔法の練習台にでもなってもらう?」
「無茶言うなああああああッ!?」
親父がイスから身を乗り出して叫ぶ。 さすがにムリだったか。
けっこう大丈夫なんじゃないか思ったのは……半分冗談だ。
――俺がいちばん最初だったということで、午前は俺の稽古に付き合ってもらうことになった。
しっとりと濡れている芝を踏みしめながら、ソフト剣を持った俺と親父は向き合っている。 今回はさすがに木刀だと危険なので、親父もソフト剣を使う。
「その歳でもうかよ……いや、お前だったら不思議じゃないか」
「なんで僕だったら……って、いいや」
片手に持った模擬剣でもう片方の手のひらをぽすぽすと叩きながら、親父が頬を引き攣らせている。
反射的にツッコミを入れそうになったけど、これも今更だった。
俺が今回親父に頼んだのは、活性化状態での剣術の稽古だ。
ご多分に漏れず、俺も活性化を切り札として考えてるけど……そのわりにはあまり練習らしい練習をしていない。 まあこの練習だけは、親父や師匠みたいな明らかに格上の剣の使い手が相手でないとダメだからな。
並列思考による身体のコントロールオンオフ、そしてギアの切り換えを覚えた俺としては、次の段階として活性化をもっと自然に――しかも長時間扱えるようになりたいのだ。
「まあ、限界を見極めるのは早いに越したことはないのか……」
「そーゆーこと」
切り札といっても、俺はそれを出し惜しみするつもりはない。 特にセーレたんみたいな本当の天才を相手にする場合、出し惜しみなんてしている余裕はないからな。
俺は、発動できるギリギリ下限の活性化をこまめにオンオフすることで、大きな緩急をつけた動きを多用できるようになりたいのだ。
幸い、俺の活性化は外からは分からない。 だったら……瞬歩による高速移動も活性化による瞬間加速も、見た目には分からないハズだ。
「だから、パパ――いくよ?」
「よし、いつでも来いッ!」
低回転すぎたあまりにエンストしてガクッと姿勢が崩れたり、オンとオフとの感覚のギャップに頭がフラフラしたりしながらも、俺は親父を相手に練習を続けた。
途中からは親父も活性化を多少使ってくれるようになって……なかなかに有意義な稽古となったのだった。
「うぅ……気持ぢ悪っ」
「大丈夫か、ジャス?」
魔力の使いすぎとか脳の揺らしすぎとかで、最後吐きそうになったけどな……。




