348 セーラー服を持って行って!
小雨が降り始めた、灰色の空の下。
セーラー服を着た王子さまが、ペアルックのお姫さまをエスコートして我が城へと帰還した。
出迎えてくれたのは、今日も頑張っている二人のメイドさん……ではなかった。
「あれ、チャロちゃんとマールちゃんは買い物?」
大抵はどちらかが玄関まで来てくれるんだけどなぁ。 昼前のこの時間に買い物というのはちょっと考えにくいんだけど、出迎えてくれたお袋に聞いてみる。
雨が降ってきて更に気温が下がったせいか、ワンピースの上から薄手のロングカーディガンを羽織っている。
「チャロちゃんが風邪を引いたみたいでね、今マールちゃんが付き添って病院へ行っているわ~」
「え、そうなの?」「チャロちゃん、だいじょうぶなの~?」
「ええ、軽いみたいだから心配ないわよ~♪」
朝見たときは、特に何も変わりなかったんだけどな……。
お袋いわく、ご近所の亜人種の人達の間で風邪が流行り始めているようで……それをもらっちゃったんじゃないか、とのこと。
風邪は毎回、異種族間でも感染ったり感染らなかったりするので、その確認のためにも早めに診てもらいに行ったようだ。
中には前世でいうインフルエンザのように急に重い症状が出るのもあるみたいだけど、今回はそうではないらしい。 だったら安心だな。
「そっか。 ……じゃあ、僕達も風邪を引かないように、手洗いとうがいをしっかりしないとな」
「うんっ!」
「うふふふふ。 そうね~」
俺達はお袋にカバンを預け、さっそく風邪予防のためにキッチンへと向かった。
「あら、お帰りー♪」
「ただいまー」「ただいまなの~」
背中くらいまでの金の髪を後ろでひとつに束ね、レギンスを穿いて腰から脚首にかけて引き締まった見事な曲線を見せつけているお姉さんが振り返る。 セラさんだった。
エプロン姿はさすがによく似合っているのだが……。
「もう少しで焼き上がるからね、楽しみにしてて?」
片手をほっそりとした腰に当て、もう片手にはフライ返しを持ってウィンクをするお姉さん。 到底、孫がいるようには見えない。
いや、ニアちゃんも含めるとひ孫か……。 ますますあり得ない。
ここに来て触手マッサージのローテーション入りを果たしたセラさんは、ちょうど昨日受けたばかりなこともあって、この上なくご機嫌だった。
キッチンの下にある魔力式オーブンからとても香ばしい匂いがして、思わずお腹を手で押さえてしまう。 妹様もオーブンの中が気になって仕方ないご様子。
「毎日やっているとうんざりすることもあるけど、していないとそれはそれでウズウズしてきちゃうのよねぇ」
マールちゃんとチャロちゃんの仕事を取っちゃって悪いんだけど、と苦笑いするセラさん。
半月近く経って主婦の血がだんだんと騒ぎ出してきたようで、ますますアクティブになってきた。 家事の手伝いやリソ君の世話、そして近所の子に魔術や武術を教えたりなど、のんびりしているのがもったいないとばかりに動き回っている。
それでも時間の空いたときには、ジョギングもしているみたいだ。
テーブルにはリソ君が既にスタンバイしていて、キッチンから流れてくる匂いにウズウズしているようだった。
弟くんにもただいまを言って、頭をなでよう……と思ったが、まだ手を洗っていないので自重する。
「もうすぐできるから、手を洗ったらそのまま席に着いてね」
「はーい」「は~いっ」
いい匂いのする隣で、俺達ははやる気持ちを抑えて念入りに手洗いとうがいをした。
「ぷはー、美味しかった」
「おなかいっぱい~♪」
セラさんが作ってくれたのは、余りものの肉と野菜を使ったというボリュームたっぷりのトーストだった。
とろとろのチーズもトッピングされていて、おやつというよりは軽食に近かったけど、授業で消費したカロリーを補ってあまりある食べ応えに大満足。 敢えて味つけを抑えて、肉や野菜などの味を活かしていたのがすごくよかった。
あるもので適当に作ったって言ってたけど、それでこんなに美味しいものができるのだからさすがだ。 ちょっと食べ過ぎたかも……。
メイドちゃんズの分もあるし、今日の夕食は少し遅めにしようということでお袋達と同意した。 親父もたぶん、その頃には帰ってくるだろうし。
「そろそろ、ニアちゃんも帰ってるだろうねー」
帰ったときにはまだ父親と青空教室中だったみたいだが、雨も降ってきたしもう帰っているだろう。
セーレたんと一緒に二階に上がり部屋のドアノブを捻ると、やはり我が娘は中にいた。
《おっかえりーっ♪》
「ただ――おぷっ!?」
開け始めたドアの隙間から小さな影が飛び出したと思ったら、次の瞬間には俺の顔面にぴとりと張りついた。
桜の花のような、爽やかでほんのりと甘い香りが鼻腔に広がる。
《きゃふん、くすぐったーい!》
《まったく、この子は……ただいま、ニアちゃん》
《おかえりー!》
目を閉じたまま、俺は我が娘のまだ羽を開いている背中から頭まで手を這わせ、少し頭をなでてから――。
《おりゃっ!》
《はわーっ》
探り当てたモノを摘み、愛娘の小さな身体をぺりっと引き剥がした。
「捕まえたぞ?」
《捕まっちゃったー》
頭のてっぺんから緩やかなカーブを描きながら伸びる、髪の毛のアンテナ。 淡い碧のそれを摘まれたニアちゃんは、羽と手足を折りたたんでぷらーんぷらーんと揺れていた。
俺達のを真似て自分のオドで作ったライトグリーンのセーラー服もどきを着ていて、短いスカートが身体の動きを追うようにひらめく。 更に、背丈よりも長いストレートヘアがその後に続くようにたなびいていた。
まだまだ複雑な服は具現化できないようで、襟にはラインが入っていなかったりスカートにも折り目がなかったりするけど、それでも十分にセーラーらしさは出ていて可愛らしい。
……ちょっと、スカートが短すぎるようにも思うが。
「ニアちゃん、ただいまなの~」
《にゅふーん、セーレちゃんもお帰りー♪》
ハニーが人差し指を出すと、妖精さんは空中で正座をしているような姿勢からちっちゃな両手を伸ばし、その指を掴んだ。 で、上下に振って握手握手。
俺は何度もうなずきながら、美少女達の微笑ましい光景を間近で眺めていた。
すると。
「――お帰り」
閉められた窓の向こうには雨景色。
灰色の空と街を背景に、金縁の丸い眼鏡をかけた碧のボブカットのお姉さんが微笑みながら、窓に背中を当てて腕を組んで立っていた。
……紺色のセーラー服に、同じ色のタイツを合わせた姿で。
隣には、いつの間にかリビングからいなくなっていたお袋が立っていた。 何やら話をしていたようだ。
「あ、うん。 ただいま」
「アルヴィちゃんだ~! ただいま~」
外は雨だし、ひょっとするといるかなーと思っていたら、やっぱりだった。
セーレたんは急いで……しかしお上品に靴を脱ぐと、ちゃんと靴箱に入れてから生徒会長っぽいお姉さんに駆け寄っていく。 それでも、スカートをほとんど揺らさないのはさすがである。
折れそうなくらいに細そうな腰に抱きついたセーラー姿のマイシスターに、色違いの服を着た彼女は慈しみの視線を向けて優しく頭をなで始める。 お袋も微笑ましそうな目差しで見つめている。
いつもながら仲のいい二人を、男用のセーラー服を着た俺もゆっくり靴を脱ぎながら眺めていた。 俺にアンテナを摘まれているセーラーもどきのニアちゃんも、楽しそうに揺れながら見ていた。
ってこの部屋、セーラー率が異常に高いな……。
お袋以外、全員じゃねーか。
「……あら~? 私も、着てこようかしら~?」
着なくていいから! ……恐ろしいくらいに似合いそうだ。
つーかお袋、持ってるの? セーラー服……。
「それでは、よろしくお願いいたしますね~」
「うむ、承知した」
謎のやり取りを交わし、お袋はお茶を持ってくると言って部屋を出ていった。
……次に現れるお袋が、セーラー姿でないことを祈るばかりだ。
「ふぅ……」
見た目十分に女子高生で通りそうなアルヴィちゃんは、ベッドの方へ歩きながらため息をついた。
そして人差し指と親指で、メガネのレンズどうしを繋ぐ部分――ブリッジを摘んで後方へ山なりに放り投げ、自身はベッドの上へと身体を正面から投げ出した。 反動で、紺色のプリーツスカートが大きくめくれ上がる。
片や天井ギリギリの高い放物線を描いたメガネは、空中で折りたたまれてまっすぐに俺の手の上へ、狙い通りに収まった。
「あのなぁ。 ……見えるぞ?」
俺はうつむけのままで脚を交互に上げ下げしている、なんちゃって女子高生に声をかける。 こう見えてこの人は、我らが国の事実上の頂点に立っているお方である。
低いテーブルの上には着替えが用意してあって、そこからベッドの方に目をやれば……そんなお方のスカートの中が見えてしまう位置なのだ。
俺は目の焦点を横に逸らせ、着替えを手に取りながら聖母様をたしなめる。
「ん? これを穿いているのだ、覗き込まない限り見えはしないだろう? ……どうだ?」
そう言いながら、精霊様は御自らスカートを摘み上げてお尻のあたりをぴらぴらとさせていらっしゃる。
っていうかさ、それだと俺に覗き込んで実際に見てみろって言っているように聞こえるぞ?
「さーね」
……誰が引っかかりますか。
俺はメガネをニアちゃんに預けてベッドの枕元に置くように頼むと、知らんぷりして着替えを始める。
すぐ横では妹様も着替え始めているので、俺はどちらも見ないように、冬場は暖房となるレンガの壁を見ながら両者をやり過ごす。 あのレンガはお袋と親父の寝室にもあり、真下のキッチンの隣にある暖房の炉に繋がっているのだ。
ところで、セーレたんと一緒に着替えるのはいつものことだけど……どうしてこの子は、二人っきりで着替えるときは必ず俺の方を向くのかね?
スムーズに着替える姿が視界の隅にぼんやりと映り、セーレたんも成長したなーと――思うようにしないと、気まずくて仕方がない。
かといって俺が背中を向けると、脱いでいる途中でいきなり背中から抱きついてきたりするし。
まあ、あと二、三年もすれば恥ずかしくなってきてやめるだろうけどな。
「むぅ……つまらん」
つまらなくて結構です。 そういうのを見ると、後でセーレたんもマネをするのでやめてほしいのですよ。
ほら、妹様が俺とあんたのことをじーっと見てるし。
「で、今日はどうしたの?」
「んー? それは無論――」
俺の着替えが終わり、脱いだセーラー服をたたんでテーブルの脇に置く。 お袋が戻ってきたら持ってってもらうのだ。
ハニーもブラウスのボタンを留めているところだし、もう見ても大丈夫だろう。 今日の部屋着は風邪の用心のためか、また少し厚めのものに戻っていた。
セーラー聖母様はベッドに仰向けになると、メガネで遊んでいた娘のアンテナを摘み上げて揺らしながら俺の質問に対し、視線を窓の外に向けた。 ついでに、片ひざを立てるのもやめてくれると嬉しいんだけど……微妙に見えそうなんですよ。
もちろん、目を向けないようにしているが。
「雨宿り、ねぇ」
「うむ」
雨足は少しずつ強くなってきていて、窓の近くに置いてあるテーブルの近くにいるとサーッという音がかすかに聞こえてくる。
ボタンを全部留めた妹様が、俺の左腕を取って身を寄せてきた。 脱いだセーラー服はちゃんとたたまれ、俺の置いた上に重ねられていた。
「……で、本音は?」
精霊なんだから、濡れたって……なんて酷いことは思っちゃいないが、この人だったらバリアー的なものでいくらでも防げるハズ。
なので、聞いてみると。
「うむ、使節祭の準備あれこれが面倒臭い!」
「……」
やっぱりかーい。
聖母様はお尻を支点にして両手両足を高く上げて思いっきり伸ばすと、すぐに全身の力を抜いて大の字になった。
ベッドの外に出た父の手にぶら下がっている愛娘は、バイオレンスに振り回されたにも関わらず《きゅふふふーん♪》と嬉しそうに揺られている。
まあ、本人が喜んでるんだからいいけど。
にしても、なんでニアちゃんは摘み上げられると手足をたたんで小さくなるんだろう? 賢い子猫じゃないんだから。
「ふぅ……何百年経とうとも、この国はなかなか『親離れ』しないものだな」
「ふーん」
したらしたで、実は寂しくなると思ってない? 愚痴っているわりには、全然嫌そうな顔をしていないんですが。
俺達の会話に耳を傾けていたらしいセーレたんが、俺の肩に頭を預けてくる。
「ふっ。 ……かも知れんな」
俺の白々しい返しから察したのか、それともまた心の声が漏れていたのか……。
アルヴィちゃんは顔だけを上げて俺と目を合わせると、うっすらと笑みを漏らしてまた枕に頭を落とした。
「だが、面倒なものは面倒なのだ!」
聖母様は娘を摘んでいる手を天井に向けて勢いよく突き上げると、ぱっと指を離して自分の胸の上に落っことした。
女の子座りの状態でぽとりと落ちたニアちゃんは……相変わらず嬉しそうだ。 パパに頭をなでなでされて、両目が不等号になっている。
「やれやれ……」
ハニーの頭を動かさないよう、俺は右肩だけをすくめた。
その妹様は片手を俺の腕から腰に回すと、半ば抱きつくようにして俺の目を見上げてくる。
「わたしは、ぜったいにお兄ちゃんばなれ……しないもん」
「……やれやれ」
俺は溜め息をつき、セーレたんの頬に手を添えてなでなでする。
溜め息に一瞬ムッとした彼女だったけど、俺の表情を見てなでなでされると、すぐに目を細めてもう片方の頬を肩に擦りつけてきた。
確かに……複雑な心境だな。
雨音が心地よく耳に届く部屋の中。 俺とハニーもベッドに腰掛け、雨景色を眺めながら静かなひとときを送っていると、ノックの音が聞こえてきた。
思ったよりもかなり遅かったな。 というか、ノックの仕方が――。
「遅くなったわね♪
セフィが急にやることがあるって、部屋に引っ込んじゃったものだから」
些細な疑問に振り返ると、少し開いたドアからエプロンを外したお姉さんが顔を出した。
セラさんは片手に持ったお盆に飲みものを乗せ、ドアを完全に開けて完全に入ろうとして。
「代わりに、私がお茶……を――」
「ああ、ありがとセラ……さん?」
なぜか言葉の途中で固まり始めたセラさん。
丸くしたその視線の先には。
「うにゅ~……にゃ?」
俺の太ももに頭を乗せてうっとりとしていたセーレたん、ではなく。
《あっ、ママさんママさんだー》
なだらかな胸の上でなでなでされていたニアちゃん、でもなく。
「ん? ……ああ、ご苦労」
「お茶……お、オチャー」
メガネをかけ直した、セーラー姿の聖母様がいた。
そういや……セラさんって、このヒトに会ったことあったっけ?
「オ、オチャー。 オチャーッ」
「……なさそうだな」
目が完全に死んでいた。
「オチャあああああーーーーっ!」
「ジャスよ……この女性、大丈夫なのか?」
「せ、セーレちゃん!? 急いでママ呼んできて!
たぶん、隣にいるはずだから!」
「わ、分かったの~!」
《ニアも行くーっ!》
セーレたんは急いで起き上がり、ベッドから飛び降りて駆けだした。 ニアちゃんもすぐに後を追い、二人でセラさんの脇を抜けて廊下を左に曲がる。
靴を履いて行ってないけど、緊急事態だ。 それに、廊下もちゃんと毎日掃除されているから大丈夫だろう。
俺もベッドから下りると、直立してオチャーオチャーと叫び始めたセラさんの元へ向かう。 触手でお盆を奪い取ってテーブルに置くが、お姉さんの手はお盆を持っていたときに手の形をしたままだ。
「……本当に、大丈夫なのか?」
さすがのアルヴィちゃんも、身体を起こして心配そうに見ている。
「大丈夫大丈夫。 セラさんは、強いショックを受けると少し壊れるだけだから」
「それは、大丈夫と言うのか……?」
「直し方はママが知ってるから、大丈夫」
「オチャー! オチャあああー!」
「……」
間もなくして――。
上は水色のセーラー服、そして下はニーソックスは穿いているのに黒い下着のままというセクシーダイナマイトなお袋がやって来て、見事セラさんのリブートに成功した。
俺は、とりあえず……降り続く雨を眺めておくことにした。




