326 あたたかな家庭訪問
窓から温かな日差しが降り注ぎ、優しい風が広いカーテンを揺らす。 すぐそこの木にでも留まっているんだろうか、可愛らしい小鳥のさえずりがさっきよりもそばに聞こえてくる。
うん、いい天気だなあー。
「……」
さて、先生達がまだ元気のある内に暴露しちゃおうと思ったんだけど――既にライフはゼロのようだ。
そりゃま、いきなり目の前にいる教え子の腹の中から妖精さんが飛び出して「こんにちはー♪」だもんなあ。
……うん、やりすぎました。 ごめんなさい。
「そ、そうだったんですかー……」
「むぅ。 ……まさか、ここまでだったとは」
ゆっくりと時間をかけて、俺はシャルちゃん先生とアズミーリ先生にことのいきさつを説明する。 ……とはいっても、ニアちゃんの出生のことはまだなるべく伏せておきたいので、そこは言わないでおくけど。
そうなると結局は「ひょんなことから」的な説明になるので、かけた時間のほとんどは深呼吸やオレンジティーを飲んでもらうこと、そしてテーブルにぺたんと座っている我が娘をなでなでしてもらうことに費やされていた。
やはり最初は二人とも気が引けていたようだけど、大人しくなでられて喜んでいるニアちゃんを見て、少しずつ先生達にも笑みが戻ってきた。
特にシャルちゃんは、その耳やしっぽのぴこぴこ具合を見れば一目瞭然だ。
最後に俺とニアちゃんのネックレスに魔力を込めて見せ、説明を終わりにする。
「ふわぁ、初めて見ましたよー」
「……」
シャルちゃんは感心したようなため息を漏らし、アズミーリ女史は……再び表情を硬くして黙り込んでしまった。
あれ? もしかして、気づいちゃった?
「なるほどな。 つまり……ジャスパーが説明した通り、ということで良いんだな?」
「ま、まあ、そういうことで」
「……承知した」
螺旋階段のように伸びる長いポニーテールと同じ、黒く鋭い視線を真っ直ぐに向けてくる。 ……ああ。 やっぱり、ある程度察しちゃったみたいだ。
先生は何かを飲み込むようにしばし目を閉じると、再び目を開けたときには口元に普段通りの薄くカッコイイ笑みを作っていた。
「ふぅ。 あまりに予想外な告白には驚きましたが……そろそろ、本題に移らせて頂きましょう」
「ひうっ!? あ、はいっ!」
先生は、隣でほにゃーと笑顔を緩ませて妖精さんと指握手している後輩を、恐らくテーブルの影で太ももあたりをつねって正気に戻していた。
身体を跳ねさせて涙目になった先生が、耳をぷるぷる振るわせながら姿勢を正す。
「え、ええっと――」
「うふふふふ~。 はい、なんでしょう?」
目礼で詫びるアズミーリ先生に、お袋やセラさんは柔らかい微笑みを新人先生に向けることで応えた。 俺も微笑ましい気持ちに包まれる。 近くの木から窓枠に飛び移ってきた小鳥が、チチチ、と鳴いて小首をかしげた。
セーレたんとニアちゃんも同じように小首をかしげているけど、妹様にはテーブルの下で繋いでいる手を握り、愛娘には「気にしないでー」とテレパシーを送っておく。
最初は言葉に詰まっていたものの、ひとたび始まればスムーズに話が流れていく。
あらかじめ考えていたんだろうシャルちゃん先生の質問に、主にお袋が次々と答える。 内容は家庭環境や家での俺達の様子などで、まあ良くも悪くもいたって普通だ。
先輩の先生は口を挟まず、俺達のやり取りをうなずきながら聞いている。
「――お子さんたちは、おうちではお手伝いはよくされるんですかー?」
「ええ~。 お手伝いの頑張りに応じて、お小遣いをあげることになっているんです~」
「へえーっ! それはいいお考えですねっ♪」
「はい~♪ これもジャスちゃんの発案ですわ~」
「……え」
たまーに直接俺達に飛んでくる質問には、もちろん俺やセーレたんが素直に答えた。
「じゃ、ジャス君? それはまた、どうしてなんです?」
「うん。 いつもいろいろしてもらうばかりじゃ悪いから、僕達もみんなの役に立たなきゃーって思って」
「ふわあ~……さすがですねえ」
他にも、家での稽古やら出版の話が出てまたもや先生達が固まったが、最初に比べれば大したことはなかった。
いちばん大きなショックを先頭に持ってきたのは、やはり間違いではなかったようだ。
窓枠に止まった小鳥がかくかくと首を動かしているのを見ながら、俺は半ば雑談と化してきた先生達の話を聞いている。
「えっ!? セラさんって、わたしのお母さんよりも四つも年上、って……ええーっ!?
み、みなさん、どんな美容法をされているんですかっ。 教えてくださいよ~!」
「うふふふふっ♪ それはですね~。 ……ね~?」
「ふふふふっ。 効果の程は保証するけど、あまりお薦めはできないわよ? ……ねぇ?」
いや、お袋もセラさんも、そんな意味深な視線を寄こさないで……。
「きんだん症状になっちゃうの~」
「ちょっ!?」
せ、セーレたん!? 一体どこで覚えたのそんな言葉!
「き、禁断って……ジャス君、何か知ってるんですか!? 教えてくださいーっ!」
まだ幼ささえ残っているシャルちゃんに、エステなんて必要ないと思うけど……って、それを言ったらウチのほとんどの女性陣に当てはまるな。
さっきからニアちゃんと指握手をして目尻の下がりっぱなしだったアズミーリ先生も、なんか俺のことをチラチラと見ている。 ……あ、目が合ったら恥ずかしそうに横を向いて咳払いをしている。
うーむ。 やはり、美を追究するのはすべての女性の永遠のテーマなのか。
「いや、えっと、その……た、体操ですよ体操!
ええーっと。 ち、血の巡りとかオドの巡りとかを良くして、それで身体を活性化……みたいな」
「わあっ、なんだか本格的ですっ♪ ぜひ教えてください!」
「……ほぅ。 さ、参考までに、私も聞いておきたい。 あくまで参考だ」
とか言いつつ、アズミーリ先生の向けてくる目線は真剣そのものだ。
まあアレはともかく、ヨガなら教えても全然問題はない。 ヨガにも美容効果はあるみたいだしね。
それにしても、触手マッサージの美容効果については……もっと真剣に研究しないといけないかもしれない。 解明できれば多くの女の人に喜んでもらえるだろうし、なにより代替手段が見つかれば俺が精神衛生的に救われる!
今はまだ俺の身体が幼いからいいが、将来的には切実な問題だ。
「そうよ~♪ ジャスちゃん、今からみんなでやってみましょう~?」
「へっ!? ……あ、ああー」
我ながら名案ね~♪ と言わんばかりにぽふっと豊かな膨らみの前で両手を合わせたお袋に、思わず目をひん剥いてしまったが……お袋のウィンクでその意図に気がついた。 いや、逆か。
シャルちゃんは手を叩いて喜び、女史も一瞬嬉しそうに目を輝かせて、すぐに真面目な顔に戻った。
「ええっ!? ちょっ、じゃ、ジャス君? みんなで、だなんて――」
「わたしは、お兄ちゃんとふたりだけで……」
しかし、セラさんと妹様はアッチの方を想像している!? 二人とも顔がドンドン赤くなっていく……これはマズイ!
「う、うん、そうだね!」《ニアちゃん緊急! セラさんにライン繋いで!》
《んー? ママさんママさんに繋ぐのー?》
俺は慌てて二人の声をさえぎり、同時にニアちゃんにテレパシーを飛ばして俺の「声」の中継を頼む。 目を凝らし、俺からニアちゃん、そしてお姉様にマナのラインが繋がったのを確認してからすぐさまテレパシーを飛ばした。
ちなみに、セーレたんにテレパシーは必要ない。 繋いだままの手を強く握り、念じながら首を横に振ればそれで通じる。
《二人とも違うっ!? そっちじゃなくて、体操の方だから! 触手はさすがにやらないって!》
「……あっ。 そ、そうよねー!」
「ヨガなの~?」
セラさんはほっと胸をなで下ろし、セーレたんは……ちょっぴり残念そうな顔をした。
きゅっと握り返してきた妹様の手からは「じゃあ、後でしてくれる~?」という催促の気持ちが伝わってくる。 ……それならと、俺もOKを返しておく。
マイシスターは花のような笑顔を咲かせた。
「ふぅ。 じゃあ、これから体操を――」
『失礼しまーす!』
なんとか誤解を解いてこれからヨガ教室をと思ったら、部屋のドアのノックとチャロちゃんの声が。
『あまり遅くなると夕ご飯に響きますから、おやつをお持ちしましたー♪』
全員で部屋にある時計を見上げる。 確かに、おやつとしてはギリギリの時間だ。
……なんだか、急にお腹が空いてきた。
「うん、入ってー!」
みんなの表情から同意を確認して、俺からドアの外にOKを出す。 特にシャルちゃんは「おやつ」と聞いた瞬間に耳をピンと立て、アメジストのような瞳をキラキラと輝かせていた。
ドアが開くとチャロちゃんとマールちゃんに続いてアナさんも入ってきて、全員分のおやつを用意してくれる。 小さなテーブルは既にティーカップとニアちゃんでそれ以上の余裕がないため、部屋にある予備のテーブルを出して繋げてくれた。
「はい、どうぞ!」
広くなったテーブルに、注ぎ足してくれたオレンジティーと、その横に新たに小さなケーキ皿が並んだ。
いい出来だったみたいで、チャロちゃんは嬉しそうに白いしっぽを揺らしている。
「うわああああーっ♪」
「これは……」
花から団子に興味の移ったシャルちゃんがはしゃいだ声を上げ、大人なアズミーリ先生の顔にも嬉しそうな色が浮かぶ。 二人の喜ぶ顔を見る、セーレたんをはじめとする金色三姉妹も嬉しそうだ。
断面もキレイにケーキ皿に乗せられているそれを、マールちゃんが説明してくれた。
「果肉入りのオレンジゼリーと、レアチーズと、パイ生地の三段重ねケーキです」
「おお……」
俺が幼児園に行っていた間に作っていたのがこれか……。 ちなみにマールちゃんも、俺と一緒に出る前にケーキ作りに参加していたらしい。
見るからに口当たりの良さそうな、真っ白なクリームのようなレアチーズケーキ。 だけど十分な固さはあるようで、扇形のケーキは子供の俺の口にギリギリ収まるかどうかというくらいの高さ。 それが、薄いパイ生地の上に厚い層を作っている。
加えてその上に、色鮮やかな果肉混じりのオレンジゼリーがドカンと上に乗っている。 よく冷やしてあるはずなのに、柑橘系の甘酸っぱい香りが息を吸うたびにすーっと身体の中へと入ってくるほどの大ボリュームだ。
明るいオレンジ一色の上にはハーブの葉っぱが一枚乗っていて、そのコントラストもキレイで爽やかさをより引き立てていた。
「さあどうぞ♪ お召し上がりくださいー!」
「ええ……いただきましょう~」
チャロちゃんの楽しそうな声にお袋が応え、俺達は一斉にフォークを手に取る。
扇形の先っぽの方の上からフォークを入れると、オレンジの層がぷるんと震えた後に果肉に当たりながら切れていき、チーズの層になると滑らかにフォークが通り、最後にさくっとパイが切れる。
それをすくって大きく開けた口に放り込むと、レアチーズの香りに続いて滑らかさと甘さが口の中に溶けて、更に舌を持ち上げると口の天井との間でオレンジゼリーが果肉と一緒に潰れて果汁の風味が一気に広がった。 オレンジの甘酸っぱい香りが、風のように鼻の奥まで駆け抜けていく。
最後に歯を使って噛みしめてみれば、細かくなったパイ生地から軽い歯ごたえと共にほんのりと塩分が染み出してきて、バランスよく整えられた三つの風味すべてが溶け合わさる。
「んんんーーーーっ!?」
もはや絶叫のような高い声が、テーブルを囲む女性陣から次々と上がる。
みんなの表情は、驚きと喜びにあふれていた。 ……もちろん、俺も同じだ。
「んっ! ……ふぁ。 これは、美味しいな」
かなりボリュームがあるなーと思ったが、これは更にお代わりがほしくなるくらいに美味しい。
シャルちゃん先生のためか、酸味よりも甘さを強くしてあるけど後味がスッキリしているので、本当にいくらでも食べられそうだ。
……うん。 食べるのがもっと遅かったら、確かに夕飯に響くわコレ。
《いいニオイがするねー♪ ……みんな嬉しそうで、いいなー》
俺のティーカップの縁にあごを乗っけて、ニアちゃんがうらやましそうに見上げてくる。
どこまで伝わるかは分からないけど、俺は食べた気持ちをテレパシーに乗せて送ってみた。 せめてものお裾分けだ。
《……きゅふんっ♪ なんか、きゅーんってなるね!》
どうやら多少は伝わったようで、ニアちゃんはカップを抱きしめて嬉しそうに笑った。
「ぷはぁ♪ みなさん、いつもこんなに美味しいおやつを食べているんですかっ?
それなのに、みなさんすごく細くて……いいなぁー」
口の端にチーズをくっつけたシャルちゃん先生が、ウチの三姉妹を見ながらため息をつく。
「うふふふふっ♪ ですから、先生もお召し上がりの後は一緒に体操をしましょうね~」
「あわわわ……は、はいっ! 頑張ります!」
お袋は自分の口の端を人差し指でとんとんと軽く叩き、クリームがついているのを教えながら微笑んだ。
「ふむ。 良い物を食べてよく運動する……基本的なことだが、やはりそれが重要なのだな」
オレンジティーを一口飲むと、カップを置いた女史が真剣な顔でうなずく。
この人……根っから真面目だけど、意外と女性らしいところもあって面白いな。
「あはは……そうですね。 なので、食べて落ち着いたらいっぱい体操しましょう」
「はいっ♪」
「うむ。 今日は、我々が生徒だな」
陽が傾きかけたころ、先生達は満足そうに笑顔で帰っていった。
お土産のケーキを持って。
「――さて」
夕焼けがキレイな部屋。 先生達が帰り、片づけも終わった室内にはちょっぴり寂しげな余韻が残っている。
セーレたんはお手伝いにキッチンへ行ったのでここにはいない。 俺はニアちゃんを肩に立たせたまま、赤く染まった窓際に向かって歩く。 着いたらすぐに窓枠へ片手を乗せ、俺は軽くジャンプをしながら身体を捻り、窓枠にお尻を乗せて座った。
それから俺は、昼間からずーっとそこに座っていた隣の人に声をかける。
「最後まで出てこないなんて、珍しいじゃん」
「――んふふふ。 まあ、偶にはな」
窓枠に留まったまま、ずーっとその場を動かない小鳥が不思議で仕方なかったんだけど……そのまさかだった。
姿を変えられるのは知ってたけど、まさか大きさまで自由自在だなんてね。
「否、そこまでは流石に無理なのでな。 手の先だけを鳥に変え、その他の部分は光を捻じ曲げて誤魔化していた」
「……どちらにしても規格外だよ」
「そうか? 我にしてみれば、其方の方が余程規格外なのだがな」
「ふーん」
二人でくっついて座っていると、俺の肩にいた愛娘が隣のひざに飛び降りた。
細く柔らかそうな太ももの持ち主は、夕陽をメガネに反射させて自分の娘に視線を落とす。
《パパー。 どうして、こっち来なかったのー?》
誰も気づかなかったほどの巧妙かつ高度なステルスを発揮していたのは、この国で最も強くてお茶目な緑の精霊様であった。
……ニアちゃんも俺と同じように疑問を持ってくれていなかったら、そのまま気のせいで流していたところだったよ。
「うむ。 我は有名人なのでな、あまり人前に出ては皆を驚かせてしまうのだよ」
《あー。 そういえば、初めはママさんたちもビックリしてたよねー!》
「んふふふふ。 ……だろう?」
夕陽を陰にし、ちょっぴりダークな雰囲気を纏ったアルヴィちゃんがニヤリと口の端を吊り上げる。
「ふーん。
――なのに、そんな面倒なことをしてまで、ずーっとあそこにいたんだ?」
俺も同じように笑って見せると、聖母様はぷいっと顔を背けてしまった。
「ま、まあ……偶には、な」
俺は気にせず、キレイな丸みを帯びた後頭部に言葉をかける。
「ふーん。 ……ありがとうね」
「……珍しく、素直ではないか」
すると、後頭部から失礼な返事が返ってきた。
「あのねぇ……って」
確かに裏を含んだやり取りが多いけど、それはお互い様だろうに。
でも。
「まあ……たまには、ね」
「んふふっ」
やっと振り向いた精霊様は、目を細めて微笑んだ。




