324 心を解き放ちましょう
暖かい日だまりの中、お人形さんのように可愛い幼女を愛でるため列を作る。
まるでアイドルの握手会のようだ。
「あぁ……ほっぺ、すべすべ~♪」
「みゅっ、みゅぅう~ん」
並んでいる子供達やお母さん達はみんな、目尻を下げて列の先で行われているスキンシップを微笑ましそうに、そしてうらやましそうに眺めている。
ただ並んでみているだけなのに、それでも癒されてしまう愛らしさであった。
「……ジャス君、お待たせっ」
目の前からエルネちゃんに声をかけられ、はっとする。
最初はまだかーまだかーと思っていたが、なでなですりすりされて目を細めたりくすぐったそうにしたりしているリリちゃんを見ていたら、あっという間に時間が過ぎていたようだ。
それにしても……また俺の後ろに、ズラッと列ができているんですけど。 もしかしてエンドレス?
「みゅっ?」
朱くつぶらなおめめを瞬きさせて、かくんと小首をかしげるリリちゃん。 垂れ下がった白い耳が緩やかに揺れている。
たったそれだけなのに、俺の母性本能がグリグリ刺激されて逆に胸が痛いほどだ。
「あ、ああ……うん」
二歳下のリリちゃんは、同じ歳の中でも小さい方である俺よりも更に小柄で、柔らかそうなピンクの髪のてっぺんは俺のあごくらいの位置しかない。
わざわざなでられやすいように、自分から一歩前に出てじーっと俺を上目遣いに見つめてくるリリちゃんを見て、俺は誘われるように半ば無意識に手を伸ばそうとして――。
「……」
手が止まった。
「みゅ?」
他の人が次から次へとなでているリリちゃんの頭だけど、その度にエルネちゃんが軽く整えるので髪などに乱れはない。 キューティクルも輝いている。 ところで……明らかにエルネちゃんがいちばんリリちゃんをなでているのだが、その辺りにツッコミはまったく入らないね。 まあいいけど。
顔や頭のどのパーツを見ても、または全体のバランスを見ても、キレイに可愛らしく整った容貌はこの子自身のピュアな性格も合わさって、その造形の完成度はとても同じ人類から生まれたとは思えない。 それはるー君も同じだ。
こうして頭の片隅で冷静に観察していられる俺もいるにはいるが、ほとんどの部分は「なでなでしたーい!」という衝動にも近い気持ちで埋め尽くされている。
……でもね?
「……」
「おにー、ちゃ?」
なんだか、今のリリちゃんはそれ程なでられることが嬉しくないというか……少しだけ、嫌気が差しちゃっているように見えるんだよ。
だから俺は、両手を広げて彼女の名前を呼ぶ。
「リリちゃん、おいで」
「みゅっ?」
「ほら、おいで」
俺の方から抱きしめに来ないことを不思議に思ったみたいだけど、俺が微笑みかけるとリリちゃんはお人形さんみたいなお顔に愛らしい笑みを浮かべて、俺の胸にぽふっと飛び込んできた。
「みゅうぅ~~~~~~ん♪」
「よしよし」
ぽかぽかと暖かく、そしてどんなお菓子よりも甘い香りを纏ったリリちゃんを、俺は少し苦しいんじゃないかと思うくらいに強く抱きしめる。
だけどリリちゃんは苦しがるどころか、かえって嬉しそうに小さな両手を俺の背中に回してぎゅっと抱きついてきた。
「……いい子だね、リリちゃんは」
別に、なでられたり頬ずりされたりすること自体は嫌いではないと思う。 でも、さすがに延々と一方的にされ続けていれば誰だって飽き飽きしてくるものだ。
なのにこの子はそれを表に出さず、本当は甘えたいのを我慢してみんなの期待に応えていたのだろう。 ……そんな気がした。
だから俺は一切なでず、ただただ強く抱きしめる。
「みゅーん、みゅぅぅーん……♪」
俺の鎖骨の真ん中に顔をうずめ、かすかに左右に動かしてすりすりしてくるリリちゃん。 「魔性の魅力」というのも、本人にとっては厄介なものなのかもしれないな。
後ろからは「そろそろ代わって~」という声も聞こえてきたが……リリちゃんは、俺に回した腕をなかなか外そうとはしなかった。
――リリちゃんの頭にあごを押しつけ、ガクガクさせて頭を振動させると、リリちゃんは笑いながらようやく体を離した。
それからカウンター奥に戻って来ると、来客用ソファーにはメイドさんがもう一人増えていた。
「あっ、ジャス様……」
「ごめんマールちゃん、遅くなった」
「……ご無沙汰しております」
わざわざ立ち上がり、すらっとした長身の腰を折って深く頭を下げてくれたのはツェリさん。 いつもながら、雪の降り積もった新しいゲレンデのような、見事な白銀のストレートヘアだった。
澄ました表情は水晶のごとくクリアで……俺のマッサージを受けているわけでもないのに、これで既に成人している息子さんがいるというのがいまだに信じられない。
来客用の小さなテーブルの三方に置かれた小さなソファーには、園長さんとマールちゃんが向かい合って白銀さんは残された側面に座った。
親子が一緒に座れるように、だろうか。 一つだけ二人掛けになっているソファーのマールちゃんの隣に、俺はツェリさんに「ども」と頭を下げてから腰を下ろす。
「なかなか来られなくてごめんなさい」
「いえ。 ジャスパー様には先日はるー様の武術までご指導頂き、こちらこそ感謝しております」
「そんな大層なものじゃないけど……」
俺は半分遊んでただけだしなぁ。 むしろ、何から何まで教えているというツェリさんの底知れないスペックの高さに驚きっぱなしだよ。
この人……冗談抜きで、その気になれば「宮廷の戦乙女」にだってなれるんじゃない?
「あまり時間も御座いませんので、失礼ながら本題に入らせて頂きますが」
「ああ、ごめんなさい」
そもそもここに来たのは、授業で使われている俺のテキストの評判を聞くためだった。
カウンターの向こうが騒がしくなってきた。 子供達がお母さんに連れられて、次々と来始めたみたいだ。 園長さんはすみませんと席を立ち、カウンターへ向かった。
「おおむね、皆様にはご好評を頂いております。 特に保護者の方々から、子供達が自分から机に向かうようになったと」
「……おお」
思わず声を出してしまった俺。 でもそうやって喜んでもらえていると聞くと、嬉しいもんだな。
隣のマールちゃんも「よかったですね」と微笑みかけてくれて、俺も笑みを返す。
「授業では長文問題が子供達に人気で、保護者の方々も寸劇みたいだと仰っております」
実は幼児園の方から要望があって、俺は授業用のショートストーリーみたいな長文問題もいくつか作って提供していたりする。
内容は前世の昔話やらマンガやら……まあいろんなところからネタを拾いまくっていて、本に載せるには少々文章が長すぎるものだ。
ちなみに、今日はその新作も持ってきている。 今回は実際に体を動かして解く問題とか、幼児園ならではのアイデアも用意してみた。 部屋にあるオモチャ箱の中身をわざと散らかして、それぞれの箱へ指定した共通点ごとに「四十秒で片づけな!」とか。
……けっこう長いんだけどな? こっちの四十秒は。
「授業をご覧になって行かれますか?」
「うん。 お昼から家にお客さんが来るから、途中までになるけど」
事務所にある時計を見ながら答えるが、思った以上に経っていてビックリ。
そんなに並んでいたのか、俺……。
更に話を聞いて新作の問題も手渡すと、ツェリ先生もさり気なく時計の方を見た。 カウンターの方から聞こえてきていた声も少なくなり、ヴェオラさんがまた戻ってくる。
「ツェリ先生、みなさんだいたい集まったようです。 始めますか?」
「そうですね……では、ジャスパー様も」
「うん」
俺はマールちゃんとうなずき合うと、淹れてもらったお茶を飲み干して席を立った。
ツェリさんが「寸劇」と言っていたショートストーリー問題。
「……すげぇ」
「すごい、ですね……」
保護者席の隅っこにお邪魔して、俺とマールちゃんは授業風景を見ていたんだけど……その実際の様子に、俺達は目が点になった。
『これでも、食らえええええええええーーーーーーーっ!!』
水晶のようだと思った無表情が一転。
教壇……的な場所で子供達を前にしているツェリさんが、両手で剣を構えるような動作をして熱く叫びながら、実際には何も持っていないその手を力強く振り下ろす。
『ぐはああああああっ!? ……クッ! な、なんという強さだぁぁぁぁ』
と思ったら、すぐにくるっと回れ右をすると、今度は苦しそうな表情を浮かべて胸を押さえひざをつく。
『し、しかし……俺など所詮、四天王の中では最弱。 この先には、更に強い四天王達が、必ずや貴様らをぉぉぉ……ぐふっ』
わざと低くした声を苦しげに絞り出し、ツェリ先生は絨毯の上に倒れ伏した。 子供達は目を輝かせ、メイドさんの演技に魅入っている。
あまりの迫真の演技っぷりに、俺もすごく驚いたよ……。 そりゃ、人気にもなるわ。
「――さて、問題です」
だが、すくっと体を起こしたメイドさんは、スイッチが切り替わったようにいつもの無表情に戻っていた。
激しかった演技にもかかわらず、服も髪も、そして息もまったく乱れていない。
「五人いる四天王の内、最弱の男が勇者に倒されました」
『五人いるっ!?』『四天王じゃないじゃん!?』
その途端、子供達からツッコミが一斉に入る。
うむ、期待通りのリアクションでお兄さんは嬉しいぞ?
「残りの四天王は、一体何人でしょう?」
身を乗り出した勢いで、はいはいはーい! と手を上げる子供達。 問題自体は非常に単純なものだけど、なによりみんなが楽しそうで熱心なのが嬉しいよ。
先生が男の子を指名すると、その子は右手の指を四本立てて勢いよく前に突き出し、大きな声で答えた。
「のこりは四人だっ! てか、五人いたら四天王じゃないじゃんかよおおー!」
「正解です――しかしその点につきましては、私にも謎なのでお答え致しかねます」
「なぞなのかよっ!?」
そこでまたノリのいいツッコミが入り、部屋中が笑いに包まれる。 俺の周りのお母さん方も、釣られて笑っていた。
うんうん。 前世ではコッテコテのネタだが、こっちではまだまだウケるようだ。
俺とマールちゃんは、時間ギリギリまでメイドさんの授業を楽しんだ。




