257 肝心な人が出てきません
予定よりも遅くなってしまったが、おやつ時にお邪魔するよりは良かっただろうとポジティブシンキング。
いっぱいおやつをもらってお腹をさするるー君を気遣いながら、腹ごなしも兼ねた帰り道を歩く。 みんな家の方向が近いので、見舞いに行ってからでも余裕を持ってそれぞれの家に帰れるだろう。
ところで――。
「さも愛おしげに、お腹を見つめながらなでるのはやめてくれないかな……?」
「るっ?」
表情が妙にリアルでドキッとするんだよ……。
「少し前に、そうやってる女の人を見かけたから」
「……」
だからマネしてみた、と。 どうりでリアリティがあったわけだ。
でもな、わざわざエミーちゃんと一緒に前を歩いてたのに、わざわざ俺の横に並んでやって見せることはないと思うんだ。
「てへっ♪ ……あいたっ」
ちろりと赤い舌を覗かせるいらずらっ子のおデコに、俺は軽くチョップをプレゼントした。
「お兄ちゃあ~ん?」
「……マネしないように」
「やんっ」
二人ともまだ子供だから冗談で済むけど、両隣でそーゆーコトをされるとすっごく困るんだってばよ……。
右に左にチョップを繰り出しているのを見て、振り返ったエミーちゃんが苦笑していた。
エミーちゃんの家の近所を通り過ぎて、俺達一行は三等区の中を歩く。 左右の家々は平屋か二階建てくらいで、やはり二等区と比べるとこぢんまりとした建物が集まっている感じがする。 シャレた家も多いけどね。
少し道が細くなると石畳がないところもあって、固くなった土をじゃりじゃりと靴底で擦りながら歩くのがちょっと楽しい。
遠いところからかすかに賑やかな気配が漂ってくる、三等区の中でも駅に近くて立地のいい場所にニコの家はあった。
「なんというか……意外」
武器屋というか鍛冶屋の息子だと聞いていたし、ニコのカーチャンもいかにも「かーちゃん」って感じだったから、俺はてっきりRPGに出てくるような、小さな店舗の裏に工房があって二階に居住スペースのある、ちょっと年季の入った建物を想像していたんだが……。
「キレイなお家なの~」
妹様と並んで口を開き、ぽかーんと二階建ての家を眺める。
壁に囲まれた敷地こそ広くはないものの、その壁も等間隔に穴の開いた幾何学的なブロック塀だったり、家も丈夫そうなコンクリートの表面にタイルが張ってあって、見るからに新築だった。
屋根の奥の方に暖炉の煙突らしいものが見える以外は、とても現代的である。 近所には他にもオシャレな家がけっこうあって、とても三等区とは思えないセレブな雰囲気が漂っていた。
「儲かってるんだなあ……」
身分的には一般市民だとは言ってたけど、ヘタな二等区の家よりも立派だぞ?
まあ、この国の階級制度は必ずしも経済力を伴うものじゃないから、貧乏な貴族やリッチな一般市民がいても全然おかしくないんだろうけど。
「ふふっ……ジャス君らしいね」
魔導具による冷暖房を完備した、別邸を持つホンモノのセレブであるるー君は、呆けている俺を見て肩を小さく震わせている。
「いつ見てもりっぱな家よね……ニコが小さかったときに新しくしたんだって」
新築の理由を教えてくれたエミーちゃんは、うらやましそうに家を見ながらため息をついた。
「ごめんくださーい!」
以前にも来たことがあるらしいエミーちゃんが、玄関のドアをドンドンと叩く。 これも立派な木のドアだ。
しかしいくら現代的に見えても、さすがにインターホンはなかった……思わず探してしまって、みんなに首をかしげられてしまった。
『はいはーい!』
中から男の子――というにはちょっと低い、しっかりとした返事が聞こえてくる。 もうすぐ声変わりしそうな、そんな感じだ。 たぶん、話に聞くニコのアニキだろう。
もう少し待っていると、中からガチャリと音がしてこちら側にドアが開いた。
「はいはい! 可愛らしいレディの声は、一体どな」
姿を現したのは、なかなか長身の少年。 肌の色はニコよりも濃く、髪も濃い緑色で長く伸ばして後ろにくくっており、肩幅はけっこう広い。 ムキムキというほどではないけど、力はありそうだ。
そんな体格の割には優しそう、というか軽そうな笑みを浮かべ、エミーちゃんを見た彼は――。
「ひいいいいいぃぃぃーーーーーーーーーっ!?」
ドアを開けっ放しにしたまま、顔を真っ青にして足をもつれさせながら家の奥へ逃げ込んでいった。
「……」「……」
「んにゃ?」「るっ?」
先頭のエミーちゃんと後ろにいた俺は固まり、俺の左右にいるセーレたんとるー君は俺の肩にくっつけるようにして小首をかしげた。
「はぁ……まただわ」
しばらく呆然としていた俺達だが、エミーちゃんのため息で我に返った。
「えっと……え、エミーちゃん、なにしたの?」
あの怖がりよう、尋常じゃないんだけど……。
「わ、私にも分からないわよっ!?」
すごい勢いで振り返り、必死な表情で両手と首を振るエミーちゃん。
「は、初めて会ったときからそうだったもの……女の子がこわいのかしら?」
「いや、違うと思うけど……」
前から聞いていた話といい、さっきのあの人のセリフといい、どっちかというと大好きな部類に入ると思うぞ。
「本当に、私はなにも……」
「いやいや、分かってるから」
すがるような目を向けてくるエミーちゃんをよしよしとなでていると、今度は俺も聞いたことのある人がやってきた。
「一体なんなのよまったく……あれま」
「こんにちはー」
タイル張りの廊下を歩いてきたのは、相変わらず恰幅のいい、とても庶民的な感じのするニコのカーチャンだった。
「ウチのバカ息子が悪かったわねぇ」
「いえいえ」
俺に続いてみんなが次々と挨拶をする。
それから、しょんぼりと肩を落としたエミーちゃんの代わりに俺が前に出た。
「で、ニコのお見舞いにわざわざ来てくれたのかい?
あんなの、ツバつけときゃ勝手に治るのに……悪いわねぇ~」
「い、いえ……」
相変わらず、自分の子供にはシビアなカーチャンだった。
手土産も持たずにやって来た俺達に、いい子だねーと言いながら順番に頭をなでてくれる。 エミーちゃんもるー君も何も言わなかったし、俺も六歳児が手土産は変だろうと思って何も言わずに来たんだけどな。
ちょっと硬い手のひらだったけど、カーチャンのなで方はすごく優しかった。
「あの……」
「ん、なんだい?」
妹様の後ろに隠れるようにしていたエミーちゃんだが、かーちゃんに声をかけると横に出て、肩にかけたカバンから一枚の紙を出した。
折りたたんであって、中身は何かは見えないけど……。
「これ、今日の授業で習ったことを書きました。 よかったら……」
「あっれ、まあ~!? そんな気を使わなくていいのに……エライわねぇ」
エミーちゃん、ニコのためにノートを取ったんだ?
紙代だと言って明らかにそれ以上のお金を渡そうとするニコのカーチャンと、遠慮しながらも結局は押し切られて受け取ったエミーちゃんを見ながら、俺は改めてエミーちゃんの気遣いっぷりに感心した。
「あのー、ところでニコ……ニコラス君の様子は」
「あぁ、大丈夫大丈夫。 熱も下がってきたし、次に行く時には治ってるでしょ」
俺達にうつしたらダメだからと会うのは許してくれなかったが、応接間のような部屋に通された俺達はジュースをご馳走になる。 高そうなものがいっぱい置いてあるような部屋ではなかったけど、ソファーとテーブルはしっかりしたものだった。
お菓子の方も勧められたんだけど、食べてきたのでそれは丁重に遠慮させてもらった。
表面を黒く塗った木のテーブルを囲むソファーに、俺とセーレたん、るー君とエミーちゃんとで別れて座ってカーチャンと話をする。
言っちゃ悪いが……カーチャンの格好がものすごく庶民的で、この部屋の雰囲気に合っていない。
「にしてもあの子、なんでも困ってる女の子を助けようとして濡れたんだってねぇ。
その子達がお見舞いに来てくれて、あたしゃそこで初めて聞いたよ」
どうやらニコは、なんで濡れて帰ってきたのかを言わなかったらしい。 知らずにどついちゃったわよーと口を開けて笑うニコのカーチャンだったけど、その顔は嬉しそうだった。
後はニコの昔の恥ずかしい話を聞かされ続ける俺達。 内容は面白いんだけど、あまりにあけすけでエミーちゃんの笑みが引き攣っている。
女の子が三――じゃない、二人もいるので、そーゆー話題は避けてほしかった……。
そんなことを頭の半分で思いながら、俺の意識のもう半分は部屋の壁の方にいっていた。 エミーちゃんも実はさっきから、カーチャンの後ろにあるそれをバレないようにしながらもチラチラと見ている。
「ん? ジャス君……ああ! やっぱりジャス君も男の子だわねぇ」
「へ? あー……あははははは」
わりと露骨に目を向けていた俺にカーチャンが気づき、にんまりと笑う。
その後ろの壁にはすごく立派な、恐らくニコのお父さんか誰かが打ったのだろう―― 一振りの剣が、抜き身のままで横にして掛けてあった。
「どう、手に取ってみる?」
「えっ……いいんですか?」
ソファーから立ち上がり、そう言いながらかーちゃんは既に壁に寄って剣に手を伸ばしている。
って、刃に直接手をっ!?
「あはは、大丈夫大丈夫! これ、装飾用で刃は研いでないから……よっと!」
「ほっ、なんだ……」
からからと笑い、壁のフックから剣を取り出して持ってきてくれる。 完全な本物ではないそうだけど、かなり重そうだ。
俺の心臓は期待に高鳴り、エミーちゃんももはや隠すことなく瞳を輝かせて剣を目で追っている。 るー君は特に感心はないみたいだけど、セーレたんはちょっと興味があるようだ。
「はい、触ってもいいわよ。 だけど、重いから持つのは気をつけなよ」
机の上にゴトリと重そうな音を立て、大剣を横たわらせる。
全長が、机の縦からはみ出るくらいに長い西洋剣。 柄も入れると、全長は一.五メートル……まではいかないかな。 親父のロング木剣とあまり変わらない長さのように見える。 しかし本物により近い剣となると、その迫力は段違いだ。
柄を除いたすべてが鉄っぽい銀色の金属でできていて、長めの柄には滑り止めのヒモが巻いてあり、その先はトランプのスペードのような形の金属がついていて、やっぱり滑り止めとその部分でも突いて攻撃できるようになっていた。
鍔は丈夫そうな金属製の十字型で、少しだけ刃先の方に弧を描いている。 そして刃の部分はつけ根は幅が広く、先端に向かって少しずつ細く真っ直ぐ伸びている。 もちろん両刃だ。
「おおー」「うわあ……」
思わず身を乗り出す俺とエミーちゃん。 頭どうしがぶつかりそうになって、互いに苦笑い。
でも、すぐに剣の方と柄の方に分かれてあちこち触り始める。 俺は剣身の方だ。
「すっげー」
「んにゃ?」
遅れて俺の横にやって来た妹様だけど、剣よりも俺の顔の方ばかり見ている。 ……そんなに変な顔をしてるか?
ハニーに目で聞いてみるが、「なんでもないの~♪」とばかりに楽しそうな笑顔で返された。 ま、いっか。
「ははっ、そんなに楽しそうにしてくれると、あたしも嬉しいわ。
研いでない以外はほとんど本物と同じ作り方をしてるから、いつか本物を持ちたいなら参考になるかもしれないわね」
ニコのカーチャンの話を聞きながら、シャープな剣身に触れるとひんやりと硬い感触が返ってくる。
レプリカすら触ったことのない俺だけど……なんだかこれには、ただの飾り用ではない実用感があるなと思った。
「持ち上げてみるわね……ううっ」
エミーちゃんが柄を両手で持って上げようとするけど、剣先以外がわずかに浮いたところで前につんのめりそうになっていた。 腕力の問題ではなく、きっと剣に比べて体重が軽いからだろうな。 俺もやってみたが、やっぱり同じだった。
というか、ひざを深く曲げて両手で柄の端と端を持ち下から腰で持ち上げるようにしたが、それで浮いたか浮かなかったか、という程度。 ちょっとショックだ……。
「う~ん、うぅ~ん……」
それを見たセーレたんが、同じように柄を持ってみるがびくともしない。
ほんのりと顔を赤くして一生懸命に頑張っているんだけど、その掛け声が逆に力が抜けそうで……ハニーには悪いが、ちょっと笑ってしまった。
この世界では貴重というほどではないのかもしれないけど、俺にとっては貴重な経験をさせてもらって、とても楽しい午後になったのだった。




