256 あわてない、あわてない
「えっと、この時間はわたしが授業しますねっ!」
『はあああーーーーーいっ!』
次の社会の時間は、なんとシャルちゃん先生が教壇に立つらしい。 正確には、教壇に用意してあるシャルちゃん用の小さなお立ち台に上って、だけど。
ちなみにアズミーリ先生は、教室の後ろで腕を組んでシャルちゃんの授業を見ている。 ……先生自身も、この授業が「先生の授業」なわけだね。
教卓の裏に置いてあるそれに立ったリス耳先生は、正面から見ると急に頭身が伸びたみたいでなんだか違和感があった。 こらこら……誰だ、笑ってるのは?
「もうっ……はーい! 今日は、みんなも聞いたことあると思うけど、この国がどうやってできたかについてでーす」
意外と緊張した様子の見られないリス耳先生が、教科書を開いて中身を読みながら解説を入れていく――。
三大国家がまだなく、この辺りでもたくさんの小国が次々に生まれては、戦争したり魔獣などに襲われたりして消えていた約千年前。 そんな小国の一つに住んでいた青年が聖母様に出会って気に入られ、それがきっかけでヘルヴィオール聖王国ができたんだよなぁ、確か。
今でもそうらしいけど、運よく強力な精霊や特に知性の高い魔獣に気に入られたヒトが、その力を借りて周辺の脅威を排除して国を興すことが昔から多かったらしい。
精霊と契約した人を「御使い」って呼んだりするのも、ヒトを超越した精霊に仕える人、精霊を使う人、または精霊に使われる人……という意味から来ているんだとか。
「そして、今から九一九年前の〈聖暦〉元年に、この半島に王都が作られたわけですねー」
その伝説というか逸話は、あまりに有名だ。
あのお茶目な緑のお姉様――なんと当時、高台だった半島の起伏に富んだ部分を水平に斬り飛ばして、土地を均したらしい。 四方、数十キロにわたって。
最初に本で見たときには神話か何かだと思っていたが、実際のできごとだった知って目ん玉が飛び出そうになったぞ……。 その証拠として、この王都には坂道らしい坂道がほとんどない。
それで、登城したときに本人に聞いてみたら――。
『んふふふふっ♪ あれで大量の建築資材も調達できたし、邪魔な魔獣共も一掃できた。
……手っ取り早くて良いだろう?』
って、手っ取り早すぎだろ!? その光景を目の当たりにした初代国王様――さぞ生きた心地がしなかっただろう。
というか、よくショック死しなかったなと感心したよ。
「――今も聖母さまは、わたしたちを守ってくださっているのです! みんなも感謝しましょうねー」
『はああ~~~~~~~いぃ』
そして授業は、特に問題もなく順調に進んだ。
でも、クラスメート達の返事にどことなく元気がない……。
「ふむ、約四分のオーバーだな」
時間が押してしまって、アズミーリ女史に減点されてしまったようだ。 クラスのみんなも、「やっと終わったよ~」という顔をしている。
「ふあっ!? ご、ごめんなさーいっ!」
後ろの時計を見て耳としっぽをビーンと立てて驚き、みんなに頭を下げる先生。 それから肩を落とし、「あうー……」と言いながらお立ち台を下りた。
頑張れ、シャルちゃん先生!
「――では、これにて授業を終わる」
五分間の休憩時間を設けた後、アズミーリ女史はその次の算数の授業をキッチリと四分巻きで進めて時間通りに終わらせた。
クラスメート達には時間通りに終わって笑顔が戻り、シャルちゃんは尊敬に輝く瞳で先生を見つめながら二人で教室を出て行った。
「よしっ! アレ買いに行こうぜ!」「お腹空いたわぁ~」
「ちょっと寄ってく?」「いいねー」
しゃべりながらも手短に荷物をまとめて教室を出て行くみんな。
今日も放課後の食堂に誘われたが、用事があるからと丁重に断りつつカバンを肩に掛け、俺もセーレたんと一緒に教室を出る。 ニコの見舞いについては、さっきの休憩時間にハニーの返事をもらっている。
俺達の席を片づけに台車を持ってきた先生ズに挨拶してすれ違い、四組を通り過ぎて混雑の少ない階段前に行くと、廊下の突き当たりでたたずむうさぎちゃんに出会った。
……ただ立っているだけでも、通りかかる子供達の視線を集めている。 格好自体は普通の半ズボン姿なんだけど。
「よっ、るー君」
「る~ちゃんだ~」
「るっ、こんにちはー」
三角形になって手のひらを合わせると、るー君がきゅっと小さな手を握ってきたので俺も握り返す……本当に小さいよな。
ここにいるということは、エミーちゃんから聞いて一緒にお見舞いに行くということだろう。
なんか、周りから小さなどよめきが聞こえてくるが気にしなーい。
「今日は一人なんだ」
「うん、ニャルちゃんは遠いからダメで、ラート君は忙しいからって」
おつきの二人がいないから聞いてみると、るー君の返事に納得。 三つ編みちゃんはわん子ちゃんと家の方向が同じだから、そりゃ無理だろうね。 またお母さんが迎えに来ているだろうし。
コンラートは……相変わらず忙しいらしい。
「ごめん、遅くなったわ」
そこに、長い茶髪をなびかせながらエミーちゃんがやって来た。 何気に髪をかき上げる仕草がカッコ可愛い。
軽くみんなと手のひらを合わせてから、今日の予定について話し合う。
後ろで知らない誰かが「あんなカワイイ子が三人だと……!?」といったのが耳に入ったが、気にしない。 よく見てくれ、男女比は二対二じゃないか……あ、「可愛い子」という括りながら三人で間違いないのか。 性別はともかく。
「ジャス、どうしよう? ……まずは食堂行く?」
「へ? ああ」
るー君はセーレたんの左側に回っていて、俺の右側に寄ってきたエミーちゃんに声をかけられて我に返る。
「うーん、食堂は今からがいちばん混むからなぁ……外で何か食べる?」
「でも、外は高いわよ?」
「だよねー」
俺とエミーちゃんが二人で首をひねる。 うさちゃんと妹様は、俺達の話をただじーっと聞いている。
ちょうどそのとき、横を通り過ぎていく女の子達の声が耳に飛び込んできた。
「屋上開いてるって!」「ほんと? じゃあじゃあ、何か買って行こうよ~」
俺とエミーちゃんの視線が交差したとき、二人の意見が一致した。
「それだ!」「いいわね」
高い空は青く澄み渡り、たまに涼しい風が通り抜けて思わず頬が緩む。
フェンスではなく、低い壁と柵で二重に囲まれた屋上は景色も悪くなかった。 学校の周囲には二等区の住宅や商店などがあり、建物は少し大きめでそれぞれの間隔には多少のゆとりがある。 四階相当の高さから見る二等区は、そこそこの高級住宅地としてふさわしい緑の多い風景を作り上げていた。
少し遠くには大通りだろう境目が横に一線を引いていて、更に向こうには大きな建物の集まりや、その左側にはそれさえ霞むような巨大な建築物――王城が見える。 もしこの風景を写真に撮って日本人に見せても、たぶんヨーロッパのどこかの都市だとしか思われないだろうなぁ。 ファンタジーというよりは、伝統を尊重する現代の街という感じだ。
屋上の中に目を向けてみると、柵に沿ったベンチに生徒達が座っておしゃべりや軽食を楽しんでいる。 食堂以外では、唯一食事OKな場所だからね。 どちらかというと女の子の方が割合的には多く、男がいてもカップルが多いように見える。 わざわざ敷物まで自前で用意して、屋上の真ん中で甘い空気を振りまいているのを見ると……爆発しろと言いたくなるな。 まだ十歳かそこらのくせに。
「……爆発しろ」
「何か言った?」
横で今日のおやつを抱えるエミーちゃんに、俺は首を横に振った。 もちろん俺も、手にパンなどを持っている。
きっと屋上も混むだろうからとウチの美少女ツートップ―― 性別は気にしない―― にベンチの確保をお願いして、俺とエミーちゃんは二人にカバンを預けて購買で買ってきたんだが……いたいた。
身体の小さい俺達なら四人どころか五、六人でも大丈夫そうな木のベンチに、二人が四つのカバンを置いてちょこんと座っていた。 周囲には二人に話しかける女の子の二人組がいたり、その側に敷物を敷いて二人を見ながらおやつを楽しんでいる女の子グループがいて、やや人口密度が高い。 特に女の子。
あの状況は、るー君を中心としたハーレムみたいだなーと言えなくもないのだが……どうやっても女の子オンリーの集まりにしか見えない。 お嬢ちゃんモードのセーレたんの横で、誰かにお菓子をもらったらしいるー君が朱い目を細めてはむはむと食べているのを見ては、他の女の子達が甲高い歓声を上げているのがここまで聞こえてくる。
しかし、ああしてるとやっぱりるー君とリリちゃんはよく似ている。
「なーんか、行きにくい雰囲気だなぁ……」
「ふふふふふ」
俺の呟きに、エミーちゃんが小さく肩を揺らす。 同年代の子のきゃぴきゃぴした空気って、まだ慣れてないんだよー。
だけど、このまま入口の近くで突っ立ってるわけにも行くまい――と思っていると、俺達に気づいたらしいセーレたんと目が合った。 上品に小首を傾けるお嬢ちゃんスマイルをもらい、俺はエミーちゃんとうなずき合って足を進めた。
「お兄ちゃあ~ん♪」
「待たせたねー」
わざわざ来てくれたハニーに腕を引かれ、俺達はベンチに誘導された。 周りの女の子達がいきなり現れた男に「誰?」という視線を一瞬だけ向けてきたが、セーレたんの一言でその視線が柔らかくなった。
「はい、ここに座って~?」
お嬢ちゃんモード継続中の妹様はスカートからハンカチを出し、ベンチを軽く払ってから俺の腕をまた引いた。
「あ、うん、ありがとな。 ……でも、ちょっと待った」
「はい~?」
お嬢ちゃんでありながら、なんという紳士っぷり! だが、セーレたんにベンチをキレイにさせて、俺だけがそのまま座ったのではカッコが悪い。 さっきまで彼女が座っていた場所ではあるのだが、俺もハンカチを出して隣の場所を軽く払う。
別に汚れているようには見えなかったけど、そういう心遣いをしてくれたということが嬉しいものなのだ。
「はい、どうぞー」
「えへへへっ♪ お兄ちゃん、ありがとう~」
礼をいうとハニーははにかんで、次から次へとお菓子をもらっているるー君の右側に腰を下ろした。 俺もその右側に座り、更に俺の右にはエミーちゃんが肩にかかった髪を後ろに払いながら……座ろうとしたので手で制して、俺がそちら側もホコリを払ってから座ってもらう。
こっちも汚れているわけじゃないけど、こういうのは気持ちの問題だからな。
「ふふ……ありがとう」
「いやいや」
エミーちゃんも嬉しそうな笑みを浮かべてくれた。
「うわっ、この子……やる~ぅ」「慣れてる感じがするね……」
「さすが、これだけの女の子をはべらせてることはあるわー」
「い、いや……」
同じ年っぽい子も混じっているみたいだけど、大半が年上の女の子達がからかい半分に声をかけてくる。
何を言ってもいじられそうなので、俺は苦笑いを浮かべるだけにしておく。
「お兄ちゃん、いくら~?」
「ん? ああ」
セーレたんがスカートのポケットから小銭入れを取り出す。
今回はちょっと高かった……パンは五ガムもしなかったけど、コップのまま飲みものを屋上まで持ってくるわけにもいかず、水筒のレンタルサービスを利用したのだ。 これが高い。
「洗うのが大変だから……ごめんね?」と申し訳なさそうに俺の頭をなでる購買のお姉さんから借りてきた水筒は、中身のジュースは別で三〇ガム。 まあ、水筒をちゃんと返せば二〇ガムは返ってくるんだけど、おかげで俺の財布はすっからかんだ。 今朝もお小遣いを受け取っていなかったら、全然足りなかったところだ……。
ハニーからはパンとジュース代、そして後から返ってくる分を差し引いた、実質の水筒レンタル代の半分だけを受け取った。 ジュースは水筒一本分で五ガムだったので、セーレたんからは二ガムだけな。
そして、俺の水筒は妹様とるー君用として手渡した。 俺はエミーちゃんが借りてきた水筒を一緒に飲むことにする。
しかし――。
「るー……これ、全部食べられるのかしら?」
「るっ? ……うーん」
エミーちゃんも同じ金額を立て替えているので、俺とセーレたん経由でお金をもらおうとするが、うさちゃんは既にけっこうな量のお菓子をもらっているようだ。
るー君はピンクの髪を揺らして首をかしげながら、自分のお腹と相談している。
「ちょっと食べられないかもしれないけど……お金は、払うよ?」
でも、やっぱり入らないようだ。 申し訳なさそうに眉を下げ、るー君が財布から硬貨を取り出す。
「ううん、食べないならいいわ……私がもらうから」
「だめ。 せっかく買って来てくれたんだもん、お金は払わせて?」
「でも……」
俺とハニーを挟んで、二人の意見がぶつかり合う。
どちらもお互いに気を使っているがゆえのやり取りだけど、間接的な原因になった女の子達がばつの悪そうな顔で左右を見ている。
……ここは仲介するか。
「エミーちゃん、ここはもらっておきなよ。 ……な、るー君?」
「うん」
「……ええ、わかったわ。 ありがとう」
しばらく俺とるー君の顔を交互に見ていたエミーちゃんだったが、しばらくして気持ちを切り換えたように微笑んで首を縦に振った。
「ううん、ぼくの方こそ、ありがとう♪」
笑顔でお礼を言い合う二人を見て、女の子達もほっとしたような表情になった。 とっさにスカートのポケットから財布を出そうとする子もいたけど、その笑顔を見たせいか手を止めて、中断していたおしゃべりをし始めた。
うむ、これにて一件落着。
「ジャスも、ありがとう……はい、飲んで」
「おお、ありがとね」
俺が仲介してお金のやり取りが終わった後、るー君に頼まれたセーレたんが水筒を開ける横で、俺の手元に同じ型の水筒のコップが差し出された。 ちなみにこの水筒、木製ではあるけれどコップはちゃんと外側と内側で二つついている。
俺はなみなみに中身の入った大きい方のコップを受け取り、乾杯とばかりに軽く掲げてから一気に飲み干した。 カラカラだったのどを、複数の果物が混じった爽やかな甘みが冷たさと一緒に駆け抜けていく。
「ふーっ……うまいっ!」
「ふふふふっ。 ところでジャス……このパン、半分食べてくれる?」
「ん? ああ、いいよ」
目まぐるしく話題の変わる周りのガールズトークをBGMに、るー君が美味しそうにお菓子を食べる様子を眺めながら俺もパンをかじる。
小さいレーズンみたいなのが入っていて、少し固めの歯ごたえと濃い甘みがアクセントになっていて美味しい。
「……うん、美味しいな」
「そうね」
食べながらジュースをもう一杯もらおうかなーと思っていると、なぜか左側から小さい方のコップが出てきた。
「はい、お兄ちゃん♪」
「セーレちゃん? いや、それは……」
セーレたんとるー君の分、と言おうとしたが、ハニーは更にコップを俺に向けてくる。
「じゃあ、わたしの分も、飲んで……?」
「あ、ああ……うん。 じゃ、半分だけ」
「うんっ」
上目遣いで蒼い瞳に見つめられ、俺は妹様のコップを受け取って半分だけいただく。
中身はまったく同じジュースのはずなんだけど、なんとなくこっちの方が甘いような気がした。
「はい、ありがとな」
「えへへへっ」
コップを返すと、ハニーは嬉しそうに残った半分をゆっくりと飲み始める。
それを見たエミーちゃんは、俺の右側でくすくすと笑っていた。
――結局。
俺達が学校を出たのは、昼の鐘が鳴ってからずいぶん経ってからだった。




