239 死苦36人?
来客用玄関から入った俺達は、入学式の時に入ったきりの自習室を通り過ぎていちばん奥の階段を上った。 ほとんどの子は昇降口から入ってすぐの階段を使うみたいで、人気がほとんどない。
お踊り場を回る度に高くなっていく、雨の王都を窓から見ながら三階に到着した。
「そういえば、四組って飛び級メンバーは誰もいないんだったっけ」
「うん」
漢字の「凹」の字を一八〇度回転させた左上に位置する階段から上がってきた俺達。 ここまで来ると、昇降口側から上がってきた生徒達と合流するのでとても賑やかだ。 T字路を左に折れて教室前の廊下に入ると、手前から四、三、二、一組と教室が並んでいる。
校舎の中にあるため、空が暗い日でもまったく変わらない廊下を歩きながら、教室の窓から四組の様子を窺ってみるけど……。
「見事なまでに普通だな」
「はい~?」
何の面白味もなかった。 まあ、トゲつきの肩パッドをつけたモヒカン集団とかがいたら嫌すぎるけども。
机を挟んで見つめ合っている男女がいたり、何やら絵柄の書いたカードを机いっぱいに広げて騒いでいる男の子達がいたり、手鏡を見ながら自分の髪型を気にしている女の子のグループがいたり、一つのイスを半分こして、抱き合うようにして一緒に座っている女の子達がいたり――。
「普通、なのか?」
「どうなんでしょう~?」
微妙に違うような気がする。 ……が、まあいいや。
次に三組の教室の窓を覗くと、年上ばかりの女の子達の中に混じって談笑しているエミーちゃんが見えた。 頭半分から一つ分くらいの身長差はあるものの、まったく違和感がない。
そしてくりむちゃんも発見。 なんか、座っている横から女の子に抱きつかれて、ものすっごいなでなでされていた。 わん子ちゃんのなで心地の良さにハマってしまった子が既にいるらしい。
『……っ♪』
立ち止まって少し見ていると、くりむちゃんがこっちに気づいたようだ。 困ったように横に寝かせていた耳がピンと立ち、身体の向こうで黒いしっぽを大きく振っているのがチラチラと見える。
くりむちゃんは席を立ってこっちに来たがってるみたいだけど、女の子はしがみついてほっぺをすりすりしている。 そのせいで動けない。
《ま・た・な》
少しでも分かるように、ハッキリとした口パクをしながら手を振る俺。 セーレたんも胸の前で手のひらをかざし、小さくお上品に振っている。
微妙にマイシスターがお嬢様モード気味だしな……ここはお暇させていただこう。 エミーちゃんも俺達に気づいたみたいなので、そっちの方にも手を振りながら再び歩き始めた。
エミーちゃんの口が『あとでね』と動いていたので、また放課後に集まることになるだろう。
そしてニコよ……お前はまだ来ないのか。
「おはよー!」
「おはようございます~」
教室自体は自由席だけど、俺とセーレたんは身体に合わせた専用席なので、そっちに近い前の方から二組の教室に入る。 今日は一時限目から算数なせいなのか、席に座って教科書を開いている子が多い。
「双子ちゃん、おはよー!」「おっす」「うむ、お早う」
それでも本から目を離して、ちゃんと挨拶を返してくれるクラスメートがいるのが嬉しい。
今気づいたけど……自由席なのにもかかわらず、みんなはいつもたいだい同じ席に座っているようだ。 そういえば前世の朝の電車でも、同じ時間の同じ車両に乗ると知っている顔が多かったよなぁ。
「おはようジャス君、セーレちゃん。 あら、一つの傘を一緒に差してきたのね……ふふふ♪」
黒髪の大人っぽいお姉さん――マーヤさんも、やっぱり俺の席の後ろに座っていた。 俺の傘を見て、口の両端を猫のように上げて微笑む。
「あー……うん」
「はい~♪」
こっちの世界でも、相合い傘ってそういう意味になっちゃうのかねぇ? 別にいいけどさ。
脱いだ薄手の上着と傘はイスの背もたれに掛けて、カバンは机の横に掛けてから席に着く。 きっと今朝も、早くから机とイスを運び混んでくれたんだろう先生ズに感謝。
セーレたんの左横にはセーレたんとよく喋る女の子が座っていて、さっそく今日の天気のことから話の取っかかりにしていた。 話題の基本だね。
「そういえば」
「ん? 何かしら」
後ろを見たときに気づいたんだけど、今日は教室の後ろ二列に見たことのない子らが三人座っていた。 でも「どこのクラスなんだ?」と気さくに話しかけているクラスメートがいたりして、特に肩身が狭いとか、居心地が悪いような感じはない。
俺からするとちょっと違和感がある光景なんだけど、みんなは慣れてるんだろう。
「今日は、他のクラスの人も来てるんだなーと思って」
「え? ああ……そうね」
後ろのお姉さんこと、マーヤさんも今気づいたかのような軽い反応だ。
「ジャス君は一年生を経験してないものね……。
予習や復習に熱心な子とか、去年進級できなかった子が多いかな? テスト前になると特に増えるわよ」
「へえー」
俺も、生まれ変わってからそれなりに勉強はしてきているつもりだけど、みんなも頑張ってるんだなぁ。
「はーい! みんな、そろそろ席に着いてねー!」
入口の方からシャルちゃん先生の元気な声が聞こえてきて、俺は前へ向き直った。
「――連絡事項は特にない。 以上だ」
すぐにアズミーリ女史も入ってきて、気持ちがいいほどの簡潔なホームルームに続いて算数の授業が始まった。
天井の魔光灯に照らされ、窓越しにかすかな雨音をBGMにして先生の明瞭な声が響く。 シャルちゃんは例によって、生徒達の席の間を耳をぴこぴこさせながら歩いている。 ふと俺と目が合うと、にっこり微笑んでくれた。
「では、前回の授業で掛け算の一から四の段までを覚えてくるように言ったが、軽く確認してみる」
『うぇーーーー……』
決して大きくはないものの、周囲からあからさまに嫌そうな声が聞こえてくる。
「気持ちは理解するが、覚えているのといないとでは単位の取り易さが全然違うぞ。
今から私が指名して無作為に問題を出すので、それに答えるように……イェーリン」
「は、はいっ!?」
さっそく当てられた、セーレたんの左側の子。 見ると「うわっ、まだ全然覚えられてないのにぃ~」と言わんばかりの表情をしている……ご愁傷様。
同じようにその周りの子達も、哀れみを含んだ目線で彼女を見ている。
「三掛ける四は?」
「ええっ!? え、えっと……」
桜のような薄青色の髪をアップにした子は、あたふたしながら片手の指を折って視線を宙に泳がせる。
「三……六……九。 ……じゅ、十二?」
「うむ、正解だ。 イェーリンは頭の中で足し算をしたようだが、最初はそうやって覚えても良いぞ」
「は、はい……はぁぁぁ」
早くも力尽きたようにしている女の子。 お疲れさん。
その後も次々といろんな子が当てられていき、すんなり答えた子もいれば、分からなくて適当に言って間違えた子もいた。
ガックリしている子にはリス耳先生が近寄って、何やら話しかけてフォローしているようだった。
「よし、次は……レオー」
「は? ……は、はい」
一度当てた子に時間を置いてまた当てるとか、アズミーリ女史もなかなかやりますな。
その後もテンポよく進み、クラスのほとんどが当てられていった。 それは補習に来ていた子も例外ではなかった。
でも、一の段を当てられた子はラッキーだったな。 拳を握って「よっし!」なんて言ってる男子もいた。 ……直後にもう一回当てられたけど。
そして、最後に――。
「ではこれで最後にしよう。 ジャスパー」
「ふぁい?」
うわっと! このまま来ないのかと油断してたら最後に来た!?
反射的に返事して、おかしな声が出てしまったぞ……。
「四掛ける九は?」
「三六です」
「うむ、素晴らしい」
ま、それでも間違えることはないけどな。 ……間違ったら、むしろ恥ずかしい。
ようやく無差別爆撃のような先生の攻勢が終わって、教室のあちらこちらからため息が聞こえてきた。
「――では、次の授業までに今度は七の段まで覚えてくるようにな」
『ええええーーーーーーっ!?』
「こら、静かにしないか!」
最後の最後に特大の爆弾を落とされ、クラス一同は思わず大きな声を出して先生に注意された。 特に覚えにくい六と七の段。 明後日の授業はどうなる?
みんな、頑張れよー。
少年少女の屍の山を築き上げ、本日の一時間目は静かに幕を下ろした。
拍手のような雨音が、俺にはまるでみんなをねぎらっているように聞こえたのだった。




