117 せっかくの主役なのに
天候が回復して、残暑もまた帰ってくる。
王都フォルクバングで流行していた風邪も沈静化の様子を見せ、シンボルであるここフォルクバング城のとある一室にも、いつものメンバーが帰ってきた。
「大丈夫か、ミズサ」
「はい隊長、ご迷惑をおかけしました……」
木製の窓は閉ざされ、防音処置を施された石造りのミーティングルーム。
頑丈そうな木のテーブルを囲んで立つ四人の軍人の中で、リーダーである銀髪の青年――ジェイドに声をかけられた女性は、やや嗄れた声ではあるがハッキリと答えた。
「さて、今回のミーティングだが……」
ジェイドは彼女の返答に満足してうなずくと、全員に着席を促してすぐさま本題に入る。
「再来月の使節祭の準備についてだ!」
『……は?』
ミズサと、そして同じ副隊長である男性二人の間の抜けた声が重なる。
「あの隊長? ちょっと早くないですかぁ?」
「それほど急ぐこともないかと思いますが……」
上着の第一ボタンを外した青年が呆れる気持ちを隠し切れていない声色で反応し、落ち着き具合でいえば隊長以上の秘書然とした別の男性は、表情を変えることなく間接的にその理由を上司に問う。
「……甘い。 甘いぞ諸君!」
誰にも賛同を得られなかった隊長は、座ったばかりなのにテーブルを両手で叩きながらまた立ち上がり、三人の部下達を力のこもった目線で見回す。
部下達の眉が、示し合わせたようにピクリと動く。 彼らの表情は優れない。
「俺が着任して五年目……使節祭の時期になると、いつもドタバタになる!
学生の秋休みの宿題じゃないんだから、できる事はドンドン前倒すべきだ」
熱弁をふるう彼の左右に位置する男女は目を瞠るが、対面に座っている、右腕ともいうべき男性の目は細くなる。
「……という事に気がついたのだ、うむ」
その視線に耐えられずに目を逸らした上司は、トーンダウンした声で言葉を続けながらおずおずと席に着いた。
「――息子さん、奥さんのご実家に帰省されて、剣術を学んでこられたそうですね」
「うっ」
テーブルの向こう側から飛んできた指摘に、銀髪の男性の身体が反応する。
「で、隊長にも教えてほしいと言われて、大層お喜びでしたよね」
「ううっ!」
鋭い言葉の矢が突き刺さり、ジェイドはイスごと倒れそうな勢いでのけ反った。 左右からは「ああ~」という納得の声。
だが三方向からのため息の後、対面の腹心は軽くなった声で本題に戻った。
「そうですね。 無理なく仕事を進めて休日を確保するためにも、今の内から動く事については全くをもって賛成です」
「ま、直前で徹夜とかしたくないっすからね」
「うまくいけば、祭りの期間中も多少の余裕ができるかもしれませんね」
左右の部下からも賛同の声が上がり、ジェイドは顔をほころばせた。
「お、お前ら……!」
「ですから、隊長の苦手なデスクワークは私にお任せください」
「俺も書類仕事、すっかり慣れちゃったっすから」
「私も、いろんな業務を覚えましたからね」
「げふぅ……」
テーブルに突っ伏した上司を放置し、副隊長筆頭のトーマスが主導になって、ミーティングは順調に進められていく。
シフト表の身体を使う仕事の多くに、隊の長であるはずの名前が担当として書かれていたが、異論を唱える者はいなかった。
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風邪とは別の理由で死にそうになった日から数日が経った。
週明けまで幼児園も休んで全快した俺は、気持ちのいい風の吹く庭で親父と木刀を打ち合っていた。
「ほっ! はっ! たっ!」
「おっ! ……やるなぁ」
わずかに湿り気が残る地面を草の上から踏みしめ、俺は前後左右のステップを織り交ぜて様々な方向、角度から剣撃を浴びせていく。
師匠のような相変わらずラフな格好をした親父は、反りのない木剣で易々と俺の木刀を受け、ときどき思い出したように軽い反撃を入れてくる。
もちろん俺はそれを正面から受け止めることはせず、木刀を縦横斜めに構えて流していく。 親父の木剣は師匠の木刀よりも太さも長さもはるかに上なのだが、その速さはさほど変わらない。
リーチの差があるから、相当踏み込んでるんだけどな……。
「ふわっ!? わぁ……すごぉい」
家の壁の近くに置いてある、屋外用のテーブルとイス。
風のおかげで暑さの和らいだ日差しの下で、チャロちゃんが俺達の稽古を声を上げながら見物している。
その向かいのイスにはストールを羽織ったセーレたんが座り、楽しそうに俺達……というか、俺の様子を眺めている。 たまに目をやると一〇〇%目が合うから、たぶん親父のことは見ていないだろう。 哀れな……。
「ジャス、お前……いい動きだなぁ!」
「ありがとさん……っと!」
はるか頭上から振り下ろされる落雷のような剣を、木刀の柄を上にして縦に構え、サイドステップでかわす。
標的を見失った木剣は、地面に着くことなく直前でピタリと止められる。 ……今だ!
「どっ、せい!」
敢えて左手で持っている木刀に魔力を通し、いきなりフルパワーで硬化魔術を発動した振り上げの一撃を親父の木剣に浴びせる。
黄色っぽい魔力に包まれた木刀が軌跡が弧を描いて大きな打撃音を生み出し、親父の木剣が上方に弾かれる。
「のぅわ!?」
「てぇぇぇえいっ!」
両手が上がって重心を後ろに崩した親父の丹田めがけて、俺は頭上に掲げた木刀を両手で持ち、渾身の力で振り下ろす!
「死ぬわぁあああああっ!?」
しかし、親父は咄嗟に木剣に硬化魔術を施すと、素早く体勢を整え横にした剣で一撃を受け止めた。 黄色い雷光が、親父の胸の前で弾ける。
その光と共に、普通の木ではあり得ない金属のような重い衝撃音が辺りに鳴り響いた。
観客のチャロちゃんをチラリと見てみると、両耳を押さえてきつく目を閉じていた。 妹様も、すくめていた肩からようやく力が抜ける。
俺と親父は剣をしばらく合わせていたが、どちらからともなく魔法を解いて稽古を中断した。
「……うーん、おしかった」
「ちょっと待て!? アレを食らったら、流石の俺もタダじゃ済まないぞ!」
「え? ママの拳打を受けても平気なのに?」
「いやいや、平気じゃないから! すっごい痛いから」
「ふーん」
「な、なんて恐ろしい息子なんだ……」
額を流れる冷や汗を拭っている親父を見ながら、俺は後ろ歩きで適当に距離を取る。 取り敢えず、十メートルくらいでいいか。
……久し振りの運動なんだから、小一時間程度では終わりませんよ?
「ほら、パパぁ~! 次は触手使っていくよー?」
俺は木刀を右手に持ち替えて、早くもぐったりしている親父に声をかけた。
「……は? 触手を使う……って?」
「おにぃ~っ、アレはダメなの~っ!」
「えっ? セーレさま、アレってなんですか?」
お前は何をする気なんだと書いてある親父の顔に向けて宣言すると、横からセーレたんの心配する声が聞こえてきた。
その様子を見たチャロちゃんが、きょとんとした顔で俺を見ている。
「だいじょーぶ! ……アレは使わないよ」
ちょっとキザったらしくウィンクを返すと、たぶん俺のうぬぼれだとは思うが、ハニーのほっぺにかすかに色がついたような気がした。
「おい……ちょっと待てジャス。 アレって何だよアレって!」
「ん? ししょーにヤバ過ぎるから使うなって、言われてるのがあるんだー」
俺は右手から出した触手に木刀を持たせて、五〇センチ、一メートルと伸ばしながら淡々と答える。
念のため、腰骨の辺りからシャツをめくって伸ばしたもう一本をアンカーにして、自分の身体を固定しておく。
「いやいや!? あのオッサンが禁じ手にするって、どんだけヤバイんだよ!」
「だいじょーぶだいじょーぶ♪」
なーんとなく、俺と親父の「ヤバイ」の認識にズレがあるように思ったが、気にしない。
「ほらパパ、いくよー?」
「だからちょっと待てぇーーっ! お前のそれ、俺にゃほとんど見えないんだから……って!?
だあああああああーーーーーーーっ!!」
――おかげさまで、俺は思う存分身体と触手を動かすことができました。
それにしても、さすがは親父っ!
十メートル離れた俺の身体が、反動で上下左右に振られるほどの長距離剣撃の雨あられを、親父は触手の先端の木刀だけを見て完璧に捌いて見せてくれました。




