一年後、合否発表
──涼香がマンションに居ない一年間は、色々な意味で今までの人生で最もハードだったと言っても良いだろう。
この高校三年の春先から来年度の大学合格までの期間、俺は学校以外で涼香と会うことはなかった。
お互い、意識はしていたと思うしなんならたまに勉強や模試の結果などをメッセージで送り合うくらいならしていた。だけどマンションに涼香が遊びに来たり、逆に俺が遊びに行ったりといったことは全くなかったといっていい。
別に禁止されていたわけでもないし、むしろ伏見や親からもたまには息抜きに遊んではどうかと心配されたほどだ。まあ、神代はなにも言うこともなく、何かを察しているようだったが。
俺たちはただお互いに干渉せず、目の前の目標に集中するスタンスをとっていただけ。
──あの日桜並木を並んで歩いてマンションに戻った時から物理的な距離は離れていても心理的な距離が離れることはないのだ、という信頼と確信を得たがゆえにこの一年間を乗り越えることが出来たのだと思う。
(やっぱり、まだちょっと寒いな)
少しだけ冬の名残りのような肌寒さを感じながら、俺は大学の門をくぐってキャンパスに入る。周囲には同じく合格発表を確認しに訪れた受験生が緊張と期待が入り混じったような表情で歩いている。
この国立大学も建物の入口まではそこそこ長い並木道が続く。
俺は不思議と期待も緊張もないくらいに落ち着いている。やれることは全てやり尽くしたという感覚があるだけだ。
「──天音」
久しぶりに下の名前を馴染みのある声で呼ばれて、俺は立ち止まりそして振り返る。
「──涼香」
そこに立っていたのは制服姿の涼香で手には受験番号の書かれた紙を持っている。
「緊張・・・・はお互いしてなさそうだね」
彼女は俺の顔を見てふっと微笑む。
「そうだな」
久しぶりに言葉を交わした数分にも満たないであろう時間で俺たちはこの一年の全てを理解した。それ以上は今の俺たちには必要のない会話だ。
俺たちはお互い並木道を静かに歩き出す。積もる話はこの先で結果を見てから、と胸の内に秘めて──。
落ちても気に病むことは絶対にないのと同じように、受かっても舞い上がることはない。そう思っていたのだが──。
「おっしゃー受かった! 信じられん・・・・これは偉業だ!」
他の受験生が掲示板を見ている中で大声を出してガッツポーズをしてしまった・・・・。一気に周囲の視線を集めてしまい、俺は「すみません」と縮こまってそそくさと掲示板から離れた。
「天音、その様子もしかして──」
俺は彼女に向かって親指を立てて「受かった!」と言って笑みをこぼす。
「よ、良かった・・・・良かったよ本当に」
彼女は一度深呼吸してさらに続ける。
「私、天音が落ちてたらなんて声掛けようかなって・・・・合格おめでとう」
「えっと、いつからその心配を?」
「並木道でたまたま鉢合わせ時ぐらいからかな」
「それ、もう結果見る前から自分の合否が分かってて、あとは俺だけみたいな」
彼女はうんうんと首を縦に振って涼しい顔で言った。
「事実、合格点には余裕で届いてるだろうなって問題解き終わった段階で思ってたしね」
「多分、合格最低点ギリギリで受かったであろう俺には到底言えないセリフだ・・・・」
この一年間の研鑽で少しは近づけたと思ったのに、やはり学力では彼女は到底追いつくことなんてできない領域にいるみたいだ。
「いいじゃん、受かったんだし記念にここでハグしてもいいよ」
彼女はそう言って両手をバッと広げてみせる。一年間触れられなかった彼女に触れられるまたとない機会・・・・しかし俺も立派な大人への階段を登り始めている身、節度はわきまえているつもりである。
「涼香、ここはまずいよ人の目がありすぎる」
「えへへ、そう言うと思った」
彼女はにへらっと笑って頬をかるくかいてから続けた。
「じゃあ、今日は久しぶりに天音のマンションに泊まろうかな」
「おお、久しぶりに手料理も食べたいし歓迎だ」
それから、俺はその言動に少し願望を素直に付け加える形で続ける。
「一年分の甘やかしを、その期待してる」
「ふふ、やっぱり天音って変わらず可愛いよね」
彼女はとろけるような笑みを浮かべて、俺の手を取った。
(それはこっちのセリフなんだよな・・・・)
「帰ろうか、天音」
「そうだな」
──俺は期待も緊張もしない、そう思っていた。でも今、彼女と手を繋いで並木道を歩き出したこの瞬間、これから待っているであろう未来に期待せずにはいられなかった。




