文化祭終わりの二人の夜
「結構な人に見られちゃったね」
後夜祭が終わり、俺たちはマンションに帰って着替えを済ますと、疲れた身体を引きずって寝室のベッドに横になった。
横で仰向けになり、頬杖をつきながらそんなことを言う彼女の声音は明るく、表情は朗らかなものだ。
「休み明けまでに忘れられてると良いんだが」
クスり、と彼女は笑い「そうだなー」と何かを考える素振りを見せるとなにか思いついたらしくそれを口にした。
「雪ちゃんに頼んでおくよ、きっと上手く誤魔化してくれるよ」
「それはそれで気が引けるところはあるけどね」
伏見は伏見で神代との時間がある。神代は素っ気ない奴ではあるが、一応中学時代を共にした仲なのは変わりないし、そんな友達に春が来たならなるべく邪魔にはなりたくない。
「じゃあ成り行きに任せてみる?」
彼女はこちらを覗き込むように首を傾けてたずねてきた。俺の答えは実にあっさりとしたものだ。
「大変そうだけど、それも良いかもね」
「良いんだ、なんか意外」
意外と言いつつも彼女の表情は驚きではなく喜びが溢れ出てきているようなそんな微笑みを浮かべたものになっている。
俺が成り行きに任せても良いという考えになっているのには、おそらく休み明けには忘れられているだろうという希望的な予想と目撃された数はあの場の全体からしたらわずかであるという事実の二つが理由になっている。
それ以上に涼香と仲が良いのを誤魔化しまで使って隠したくないというのはあるけれど。
「いっそ神代達みたいに出来たら良いんだけどな」
ふふっと彼女は頬を薄っすらと赤らめて笑みをこぼす。
「ちょっと想像してみたけど、恥ずかしいよ」
「確かに学校でイヤホン共有とかしてたら確信犯だもんな」
うんうん、と頷いて彼女の視線はベッド横の照明が置いてあるテーブルのスマホに向く。
どうやら、彼女は今の話で音楽を聴きたくなったのかもしれない。
「チルいポップスのプレイリストならこの前作ったけど、聞きたい?」
「うん、今日はイヤホン共有したまま寝たい、かも」
そう言う彼女は一つ欠伸をすると頬杖をやめてこちらへ横向きになる。
お互い片耳にイヤホンを差して、スッと距離を近づける。鼻先がくっつきそうになるくらい近くお互いの息遣いが明確に感じられる。
大分慣れてきたとはいえ、まだ照れくさくて俺も彼女もはにかんでしまう。
片耳からはゆったりとしたテンポの歌が流れていて、目の前には眠たげに目を細め、口元に穏やかな笑みを浮かべた彼女の顔が見える。
「なんか可愛い」
俺も大分意識がぼんやりしてきて、率直に思ったことがぽろぽろと零れてしまう。
「天音こそ、なんか撫でたくなる可愛さだよ」
「それ、喜んでいいのかな」
言葉通り彼女はゆっくりと俺の頭を撫でてくる。彼女の可愛いは小動物的とか子供っぽい可愛さのことを差しているような気がして嬉しい反面、複雑な心境にもなる。
「あとたまにかっこいいよ」
「たまにはの一言要らないだろ」
「ふふ、今のは神代くんぽいかもね。でも天音は昔から可愛いイメージが強いから」
「そうなのか?」
これは初耳だった。そういえば昔から俺はどんな印象の男子だったのか、直接は聞いたことがなかったと思う。
この機会に聞いてみるのも良いかもしれない。
「なあ、俺の昔の印象ってどんな感じだった?」
「初めて接した時は人付き合いが苦手で、少し大人びている印象かな」
それは俺が涼香に当時抱いていた印象と完全に同じだった。
お互い、年齢の割にはどこか大人びていてそのせいで浮いた存在になっていた。
「でも天音と過ごす内に意外にも子供っぽいところが多いなって、私の隣で親指くわえて寝てた時の姿は今でも覚えてるよ」
「忘れなさい、今すぐに」
「でも・・・・高校受験の時、必死で勉強してた天音は一番かっこよかった」
彼女はうとうとしていて、今にも寝てしまいそうだった。俺は胸の内から湧き上がる感情をどうしようかと迷ってたけれど、このマンションの中だったら遠慮することもないんだと思って、彼女を抱き寄せる。
「どうしたの? 褒められて嬉しくなった?」
「見られてないと思ってたのに」
あの時の俺はいくら頑張っても、それが彼女に届いているなんてことはないと思っていたのに。
「ちゃんと見てるよ、これからもずっと」
そう言って彼女は俺の身体から少し離れて小指を立てる。
「プロポーズかな」
「ふふ、確かに昔はこうしてプロポーズしたことあったね」
俺も小指を立てて彼女の小指と絡める。そのままお互い穏やかに微笑み合って眠りに落ちた。
このまま、何事もなく卒業まで同棲生活が出来たら良いなと心の底から思う。叶うならその先もずっと──でも現実はそう思い通りに進まないものなのかもしれない──。




