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帰還済み扱い時刻

時刻は、正しい顔をして嘘をつく。


 カイは旧帰還門の仮到着席の横で、三冊の台帳を並べた。


 一冊目は、旧帰還門管理台帳。


 二冊目は、事故台帳七件の控え。


 三冊目は、門番小屋の鐘番記録だ。


「全部、同じ時刻だ」


 ラッドが低く言った。


 旧帰還門管理台帳には、こう書かれている。


『第二鐘一分、帰還済み扱い』


 事故台帳七件にも、同じ時刻が並んでいた。


『第二鐘一分、帰還済み扱いにつき処理済み』


 受付前に集まった探索者たちは、一瞬だけ黙った。


 同じ時刻。


 同じ言葉。


 同じ斜めの線。


 それは、いかにも正式な処理に見えた。


「まとめて処理しただけ、って言われたら終わりじゃねえのか」


 ラッドの声は怒っていたが、その奥に怯えがあった。


 自分の帰り道を、紙の時刻ひとつで奪われた者の声だった。


「終わらせない」


 カイは鐘番記録を開いた。


「時刻は、数字じゃない。誰がどこに着いて、何を確認できたかの順番だ」


 鐘番記録の第二鐘一分には、短い横線だけがあった。


 来訪音なし。


 門扉確認なし。


 灯り油皿補充なし。


 その三つの欄が、まとめて空白だった。


 だが、第二鐘九分の行にだけ、薄い汚れがある。


『小屋戸を叩く音二度。声、判別不能。灯りなし』


 ユナが息を呑んだ。


「帰還済み扱いより、後です」


「そう」


 カイは旧帰還門管理台帳の時刻を指した。


「紙では第二鐘一分に帰ったことになっている。でも、門番小屋が音を聞いたのは第二鐘九分。生活側の到着確認より前に、帰還済み扱いが押されている」


「帰ってから閉じたんじゃない」


 ミラが青い保留印を握りしめる。


「閉じるために、帰った扱いにした……?」


 ラッドが台帳を睨んだ。


「じゃあ、兄貴の班もか。レオ・マルシュも、帰ってねえのに帰ったことにされたのか」


 カイは首を横に振らなかった。


 慰めのために、記録は読まない。


 ただ、閉じてはいけないものを閉じないために読む。


「まだ断定しない。でも、少なくともこれは完了じゃない」


 カイは新しい羊皮紙に書いた。


『帰還済み扱い時刻 生活側到着条件照合』


 一、紙の帰還済み時刻。


 二、門番小屋の来訪音。


 三、本人または同行者の署名。


 四、帰還札が閉じられた場所。


 五、生活側到着確認より前の完了印は、仮閉鎖として保護する。


「ラッド。書けるか」


「何を」


「君が旧帰還門から帰った時、最初に誰に会ったか。何を払ったか。どこで眠ったか」


 ラッドは唇を噛んだ。


 それは攻略情報ではなかった。


 英雄の武勇でもない。


 だが、人が帰ったと呼べるための、生活の足跡だった。


 ラッド・ベル。


 旧帰還門から帰還後、夜明け前に南宿の女将へ水代を支払い、靴を乾かし、朝の依頼札を返した。


 第二鐘一分には、まだ門番小屋にも受付にも着いていない。


 ラッドは署名の最後で止まった。


「俺、兄貴の分は書けねえ」


「書かなくていい」


 カイは青い保留印の箱をミラへ差し出した。


「書けない名前を、勝手に帰還済みにしない。そのための保留だ」


 ミラが震える手で、七件の事故台帳控えに印を押していく。


『帰還確認未完了。生活側到着条件未確認のため、処理済みに戻さない』


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 青い印が増えるたび、受付前の空気が変わった。


 死んだことを取り消したわけではない。


 救助が終わったわけでもない。


 それでも、帰っていない人たちが、処理済みの棚から受付の上へ戻ってくる。


 奥の扉から、門番小屋の老番人が杖をついて出てきた。


「その第二鐘九分、覚えている。灯りが消えていて、誰かが戸を叩いた。だが翌朝の紙には、もう帰還済みと書かれていた」


 老人は震える手で、鐘番記録の余白に自分の名を書いた。


『門番代理 トマ・ゲイル。第二鐘九分、来訪音確認。帰還者本人未確認』


「遅すぎる証言かもしれん」


「遅すぎる到着確認はありません」


 カイは余白に青い線を引いた。


「閉じるより遅く出てきた声は、閉じてはいけない理由になる」


 ラッドは顔を伏せた。


「兄貴は、まだ閉じられてないんだな」


「閉じない」


 カイはそう言って、最後の行を見た。


 責任部署欄。


 そこには部署名がない。


 ただ、右上がりの斜め線だけが引かれていた。


 旧帰還門管理台帳の担当者空白欄と、同じ角度。


 同じ筆圧。


 同じ、急いで責任を消した線。


 カイはその線を丸で囲んだ。


「時刻を閉じた手は、名前だけじゃない」


 青い保留印の乾く音が、やけに大きく聞こえた。


「部署まで、空白にしている」

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