2・この世界について
私が転生したであろう、この異世界はマンガやアニメで目にすることが多かったいかにもなファンタジーな世界だった。
中世ヨーロッパ風の街や服装だけど、時代退化しているわけじゃない。
魔道具と言われる前世で言う電化製品のような便利な道具が発展していて、案外、不便でない生活が送れている。まぁ「オギャー」と生まれてから約17年、この世界で生きてきたのだから不便に対する認識が下がっている可能性はあるけど。
そうそう、異世界といえばの魔法!
ではあるけれど…残念なことに、この世界にはないらしい。
正確に言えばあるにあるらしいけれど、選ばれし者ーー聖職者と言われるような人が該当していて、魔法が誰でも使える世界でないことが残念には思う。
なので、魔法は滅多にお目にかかれない世界なのだ。
もちろん、私に魔法が使えるなんて特別なこともないらしい。
せっかく異世界転生したのに、とは思わないこともないけれど…前世では充実した人生だったと自負しているので、神様も異世界ボーナスは不要と判断したんだろう。
ただ衣食住設備が整っているのはありがたい。
なにより日本人として一般的な家にもシャワーなどの衛生施設が普及していることは感謝すべき異文化ミックスなファンタジー世界である。
「はぁ〜お風呂サイコー…」
さすがに湯船は一家に一台っていうわけではないようだけど、シャワーなどの衛生設備は整備されている。
我が家は劇場経営していることもあって4〜5人が入れるほどの大きめな浴場がある。劇場出演者たち向けに併設されたアメニティ施設だ。
いまはその浴場に私一人、ポツンと入っている。
なぜなら我が家業である「劇場ブランシェ」は閑古鳥が鳴くほど経営が傾いていて、出演者はおろか、そもそも劇場公演の予定も立っていない危機的状況なのだ。
それを思えば、この浴場を一人で使っていることは贅沢な話にはなるけれど。
「ま、でもいいよね。病み上がりにお風呂は日本人として入ってスッキリしたいし。これから頑張るぞー!」
そうして気合を入れて、お風呂から上がると母が脱衣室を整えて待っていた。
「アリシアちゃん、気分は悪くなっていない?」
私は本当にこの母から生まれたのだろうかと思うぐらい、母はほんわかおっとりしている。
「大丈夫。むしろ久しぶりにお風呂に入ってスッキリできたよ」
「そう、よかったわ。アリシアちゃんは小さい頃から本当にお風呂が好きよね」
母はしみじみと言った。
記憶はなくても、魂に根付いた日本生活がにじみ出ていたのだろう。
「…そうだね」
「それにしても、マーカスくんと本当に婚約解消するの?」
濡れた体を拭き、服を着て整えていると母はそう切り出した。
にっこりと微笑む母は瞳は強い。
そう、ほんわかおっとりした雰囲気を持つ母だけど、私を育てながら劇場経営を切り盛りしてきた強い人でもある。
「うん。そのつもり」
「急にどうしたの? あんなに仲がよかったじゃない」
それは子供の頃の話、と言おうとしてやめた。
マーカスは外面が大変いいのである。
異世界らしくこの世界の髪色は多種多様で、マーカスはネイビーブルーの髪とコバルトブルーの瞳を持っている。とてもつもなく悔しいけれど、街では礼儀正しくみんなに優しい好青年だとマーカスは評判なのだ。
だから母の前でも”小さい頃から変わらないマーカスくん”だ。
母はマーカスのことを気に入っている。私のホワイトブロンドの髪を「枯れ草頭」とからかう、意地悪でデリカシーのない男だけど、母がガッカリさせてしまうは嫌だったから、母の前では仲が良く振る舞っていたのだ。
別にマーカスのためじゃない。母のためだ。
「マーカスくんのお家と、差を気にしているの?」
どきっとした。格差があることをまったく気にしていないと言えば嘘になる。
街で評判の好青年で、飛ぶ鳥を落とす勢いで大きくなっているオルレアツァ交易の嫡男。
その婚約者は潰れかかっているオンボロ劇場の娘。
身の丈に合わない、玉の輿を狙っているなんて巷で噂されている。
「そう、じゃないよ」
ざらりとした気持ちの悪さが体の中で渦巻く。
「んもー。ならなんで、そんな話になったの?」
腰に手を当て、ぷうと頬を膨らませる母。
叱るというより、完全に幼い子供を嗜める雰囲気が漂っている。
「それはー…」
「ママー! 帰ってきたよー! 僕のマイスイートハニー!!」
なんて言えばいいのか迷っていると、陽気な声が飛び込んできた。
この劇場を傾いている原因とも言える人物であり、父が帰ってきたらしい。
「パパ! おかえりなさーい!」
母はくるりと体をひるがえして父に応える。
経営はうまくいっていないが、父と母は超がつくほど仲が良い。
こちらの毒気が抜けてしまうぐらいに。
「ふっ」
これは我が家の唯一の取り柄といっても過言ではない。
「あ、マーカスくんのこと、パパにもちゃんと話すのよ!」
母はそう言うと、足早に父のお迎えに脱衣所を出ていった。
「んーっと」
天井に向けて両腕を伸ばす。
さて、私の異世界転生生活ははじまったばかりだ。まずは我が家の立て直しを考えなくちゃ。
婚約の話だってマーカスも渡りに船だったはずだから、そのうち連絡がくるだろう。
「・・・マーカスのばーか」
マーカスの顔が浮かんだ。
なぜだか無性に腹が立ったので決して相手には届かない言葉を口にした。




