1・スペースキャットな目覚め
推しが多い人生を送ってきました。
私には推しのいない生活なんで想像がつきませんでした。
最初は幼い頃にたまたま見かけた男性アイドルでした。キラキラ輝く彼の笑顔をひと目で好きになりました。そこから彼が出演する音楽番組を追いかけるようになった私ですが、一緒に出演している女性アイドルの愛らしく可愛い姿にも惹かれて好きになっていました。
私はまるで坂道を転げ落ちるがごとくの勢いで推したちを追いかけました。
学生の頃には”お小遣い”という制限がありましたが、社会人になってからは自由に使えるお金が増え、ライブだけでなく推しが舞台にも出ると聞けば足を運び、地方公演があると聞けば飛んでいきました。そしてそこでまた新らたな推しと出会う…そんな推したちを中心に私の世界は回っていました。
それでまさかーーーー”過労死”するとは想像もしていませんでしたが、”オタク冥利に尽きる”という充実した時間だったと後悔はありません。
「ふん、貧乏で可愛くもない胸ペタなお前と結婚してやる広い心を持っている男は俺しかいない」
そんな充実した推し活の前世を思い出し、令和のモラルを持ち合わせた私、アリシア・ユゴー16歳が宇宙猫顔になるのも仕方がないでしょう。
「感謝するんだな」
そう偉そうに言い放つ男は、幼馴染のマーカス・オルレアツァ。同じく16歳。私の婚約者でもある。
と言っても、親同士が決めた婚約であり、私たちの仲はさほど良くはない。むしろ悪いと言える。
こんな風に高熱で倒れた婚約者が目覚めた早々に、こんな風にデリカシーのない言葉のオンパレードを浴びせるのだから。
「……そんなに嫌なら婚約はなかったことにしましょう」
ポロリと出た言葉にあっと思ったものの、私はひとり納得した。
そうだ、そうだよ!
デリカシーもなく、顔を見れば嫌味ばかり言うマーカスと我慢して一緒にいる必要はない。
「お前もやっと俺の素晴らしさ……って、はぁー!? な、なにを言っているんだんだ」
「元々は親同士が決めた口約束の婚約。政略結婚でもないから書面も交わしてもいない。私たち当人同士の意思で婚約解消することは可能なはずです」
言葉にすればするほど、しっくりとくる。
なぜいままで気づかなかったのだろう。私たちは由緒正しい貴族なんかじゃない。だからこれは子供の遊びのような約束事だ。
「そ、それはそうだが…婚約解消したら、いままでお前の劇場にしてきた支援もなくなるぞ」
マーカスの言葉に、我が家の家業が傾きかけていることを思い出した。
「あ、いいですー。自力でなんとかするので!」
たしかに支援がなくなると厳しくはなるけど、我が家は支援がなければ即潰れるほど落ちぶれてはいない。
それに私が前世で積んできた推し活知識を使えば、なんとかなる気がしている。
私、アリシア・ユゴーの家業は劇場経営であり、その娘なのだから。
「な、なな・・・」
「だから、婚約はなかったことにしましょう」
ひさしぶりに笑った気がする。
唇を震わすマーカスも、なんで思いつかなかったのかと自分を恥じているのかもしれないけれど、私の心は晴れ晴れとしている。
●エチュードとは…
主に台本なしで、場面設定だけで役者がその場で考えながら即興で演じる劇のこと。
※年齢修正しました(25.4.2)