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エピローグ 〜お嬢様の想い〜

 私は、私の天使を守れているかしら。


 もうじきグレナード王国の王妃となる王太子妃シェリーは心に呟いた。

 幼い頃に帝国で出逢った天使、絶対の忠誠を誓い今も側にいてくれる大切な侍女、ミュゲ。

 シェリーの大切な大切なミュゲは聖霊の加護を持っている。それは、とても大きな力。権力や野心を持つ者なら欲せずにはいられない力だろう。

 シェリーの持つ真実の精霊の加護でさえ、庇護という名目で能力を囲い込まれるのだ。

 より強大で、攻撃魔法も使える聖霊の加護持ちならば、権力者も野心家どもも名目も大義名分も気にかけずに捕獲と使役を目指すだろう。


 そんなことは、絶対にさせないわ。


 シェリーはギリリと強化した鋼鉄の扇子を握る。

 ミュゲに出逢うまでは、強くなるのも上手く立ち回るのも自分を守るためだった。

 ミュゲに出逢ってからは、大切な天使を守るために、更に強くなり、慎重に立ち回った。「子豚令嬢」と揶揄され、女としてライバルにならないからと令嬢たちから敵視されないだけだったシェリーが、老若男女から好かれる人気者になったのは、その副産物だ。

 人気は手に入れた。攻撃魔法は使えなくても生半可な騎士よりも戦える身体的な強さも身につけた。


 ───不足していた権力も、もうじき手に入る。


 どんな屑でも国王というものは国内では最高権力者である。

 リュシアンに身分を剥奪された元国王は、器は小さいくせに小賢しく悪知恵が働いた。

 その小賢しい悪知恵で自滅したのだが。

 リュシアンからシェリーを取り上げようとしなければ、もう少し国王の椅子に座っていられただろうに。

 茶番劇の打ち合わせの際、リュシアンにはシェリーの処遇を「側妃として後宮に囲い子作りに励めばいいだろう」などと甘言を囁いておいて、その裏ではリュシアンからシェリーを引き離し、代わりに外国の王女を宛てがって後継者を作らせようとしていた。


 そんなこと、リュシアン様が受け入れる筈ないじゃない。


 シェリーはリュシアンが自分にどれだけ執着しているか知っていた。

 出会った頃から「偽りない好意」を溺れるほど浴びて来たのだ。他の女を優先しようが不貞行為に及ぼうが、自分に向けられる好意が変わっていないことを不思議には感じていたが、最終的に選ばれるのは自分だという自信も持てた。

 もうじき国王となるリュシアンは、シェリーに嫌われることを何より恐れている。

 嫌われずに済むのなら、捨てられずに済むのなら、己を曲げることも法を曲げることも厭わない。そんな男だ。


 国王を手のひらで転がせる王妃は、国内最高の権力を握っているに等しい。


 悪政を敷くつもりはシェリーには無い。むしろ、王族至上主義の元国王が「旨味がない」と放置して来た様々な問題をリュシアンと共に解決していくつもりだ。

 権力の私的利用は、国と民に身を捧げる報酬として、たまに許してほしいと考えている。

 天使を守るために、天使を幸せにするために、権力が必要になることがあるだろうから。


 自分に執着するリュシアンが、ミュゲが聖霊の加護持ちであるという答えまで辿り着くのは想定内だった。

 リュシアンが最高権力者になる時、自身の加護を伝えるつもりだったから。

 嘘をつけないことを把握された状況で時間をかけて追求されれば、可能性の消去法でミュゲが何の加護を受けているのか知られてしまう。

 けれど、最終的に王命よりも媚薬魔法をかけた王女よりも自分を選んだリュシアンならば、ミュゲの加護を知られても手を出させない術はある。

 シェリーはそう考え、リュシアンに脅しをかけて、その血で父神に誓わせた。

 もしも誓うことを拒否されたなら、ベルドにリュシアンの暗殺を命じるつもりだった。


 ベルドはミュゲを守る力を持ち、愛する彼女を裏切らない。

 それを「本当の真実」としてシェリーは知っていた。

 そうでなければ、大切なミュゲの伴侶としてなど認めていない。

 あれはミュゲのためなら何でもする男だ。

 ミュゲを泣かせた害虫たちを、形も残らないような抹殺の仕方をしたくらいだ。国王を「行方不明」にするくらい造作もないだろう。


 シェリーがリュシアンへ抱く好意も愛着も本物だ。真実の精霊の加護持ちのシェリーが信じられる数少ない人間の一人でもある。

 それでも、どうやっても換えが利かない人間は、シェリーにとってミュゲだけなのだ。

 どうしても、何があっても、何を手放し切り捨てても、ミュゲを守りたいし手放したくない。

 リュシアンのことも好きだし大切だ。リュシアンを攻撃する人間はシェリーにとっても敵である。

 けれど、リュシアンがミュゲを攻撃するならば、リュシアンはシェリーにとって抹殺が必要な敵になる。


 要求を飲まなければ離婚して二度と会わないと脅した。

 ミュゲの加護を知られるような真似はするな、ミュゲを利用しようとするな、利用しないと約束できるなら加護の内容を問い詰める必要も神託を受けろと強要する必要もない筈だ、ミュゲに手を出さないと私にも父神にも誓え、私に誓った内容が真実であると血を以て父神に誓え。

 言葉は丁寧であったが、そんな内容の要求を、シェリーはリュシアンに飲ませた。


 ミュゲを泣かせたら、リュシアン様を豚の餌にします。


 そう、最後に釘を刺すことも忘れなかった。

 ミュゲが豚を飼いたいと言い出したのは、シェリーにも想定外のことだった。

 丁度いいので、ミュゲの護衛も兼ねて調教した子豚を贈ろうと決めた。


 グレナード王国は、加護の恩恵を受けられない年月の長さから、他国よりも発展した分野がいくつかある。

 薬、医術がその中でも突出している。

 軍事目的で、遺伝子操作や薬物投与を繰り返し、開発された豚がグレナード王国には存在した。

 『悪食ホワイト』。そう名付けられた品種のそれは、見た目はごく普通の小型の白毛の豚だ。

 ただし、その牙は鋼鉄をも噛み砕き、その消化液は生物の歯も二時間程度で溶解する。

 軍事用に開発された生物兵器ゆえに、公表はされておらず、限られた人間しか存在を知らない。

 性格は残忍で凶暴だが、知能は人間の子供程度には高く、調教次第で主に固い忠誠を誓うようになる。

 ただし調教が困難を極めるため、未だ実用には至っていない。


 シェリーには、『悪食ホワイト』を調教する自信があった。

 徹底してミュゲを守るように、ミュゲに可愛がられることを至上の喜びとするように、骨の髄まで調教した子豚をプレゼントするつもりだ。

 きっと、ミュゲの側に豚がいることは、国王の権力を得た後のリュシアンへの牽制にもなるだろう。

 王族であるリュシアンは、当然『悪食ホワイト』のことも知っているのだから。


「ミュゲ・・・私が守るから、あなたは幸せでいてちょうだい。私の天使───」


 ミュゲを思えば、とめどなく愛しさが溢れてくる。出逢った時からそうなのだ。

 ただ、ひたすらに愛しい。守りたい。

 喪いたくない。


 ───もう、二度と。


「え?」


 自分の中に浮かんだ言葉に、シェリーは小さく目を見開いた。

 けれど、答えは何処にも見えない。

 あるのは、ミュゲへの溢れる想い。ただ、それだけだった。

お嬢様の王太子妃編は、これで完結です。

お嬢様が王妃になってからの続きは、しばらく書き溜めたら投稿し始めます。


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