8.良いゴブリンは寝る時間だ
時間が少し戻って、出発前の犬肉亭。
オレは早く現地の服を手に入れたかった。革鎧も欲しい。
-服屋-
中古服の店。中古でも服は高い。値切るのは面倒くさいが、現地の習慣に倣う。やる気のない値切りで少しばかり安くしてもらった。上下の2セットで、金貨1枚出してお釣りが少し。繊維がちくちくしない程度にはいい服だ。残金、金貨118枚。
-防具屋-
ここも冒険者御用達で、信頼できる店のはずなのだが店主がお調子者でちょっと変人だ。
「いらっしゃ~い!」
「うわっ!人だったのかよ」
オレが店の中へ進むと、鎧の見本だと思っていた物体が間近でいきなり動いた。そいつは、イラッシャイ言いながら、顔の面を外してお辞儀をした。
くっ、してやられた。
そいつはオレのびっくり顔を見ると、満足したようにニンマリして言った。
「スンバラシイイーー!そんなに驚いてくれるお客さんは最近めっきり少なくなりました。この私、感動の至り。アナタにならぁ、おすすめ商品をお安く販売いたしますよぉ~っ」
オレは努めて平静を保とうとした。コイツを喜ばすような反応をしてはいけない。要件を手短に言わねば。
金貨入り革袋をちらっと見せながら言う。
「できるだけ軽い革鎧が欲しい。いちおう魔法使いなんだ」
「うん、分るよー。重いのは疲れるからね。そんな君にはこれだ!軽くて丈夫、おまけに魔法の威力も上がる面だ。頭装備で魔法の威力が上がる装備はこれだけだよ。お代は金貨80枚のところぉ~、アナタにだけの特別価格、金貨72枚ぽっきり!」
...先に革鎧見せろよ。
それは顔に貼り付く面だった。飛んだり走ったりしても落ちないらしい。こういうのは、魔法関連の店で扱うべきだよな?
フードをかぶってその面を付ければ怪しい魔法使いの出来上がりだ。魔法に効果ありで顔に引っ付く面はヤバくないか?オヤジは大丈夫だと言うが、自分で試したくはない。何より、見た目が不気味だ。「鑑定」スキルが欲しいぞ。
正直、魔法の威力アップにはすごく惹かれたが、その日は危険物には手を出さずに革鎧だけ買った。フルセットで金貨23枚。火に強い大トカゲの革だ。軽量化と補強に手間がかけられた、Dランク冒険者の装備としては文句なしの高級品だ。残金、金貨95枚。
宿に戻り、買ってきた服に着替えて、アイテムボックスから鏡を取り出した。
うおっ!だれだ!?
部屋にはオレ1人のはずだ。ゾッとして後ろを振り向いても誰もいない。鏡に映った顔は別人だった。服が似合わないとかじゃない。知らない顔が映っている。あれ、よく見ると自分じゃん?
ほっとして目をそらすと、視界の端にある鏡の中には、また知らない男がいる。鏡を真っすぐ見ると、視界が歪んだような一瞬の眩暈がして、鏡の中の男は自分にしか見えなくなった。
なんだこれ?
魔法の鏡じゃないはずだ。地球産だし。
何度か試してみて分った。視界の端で見ている程度だと、知らない男がそこにいるように見える。真っすぐ見ると急速に印象が変わって自分の顔にしか見えなくなる。その印象とは、この世界、この街でよく見かける人種と同じ雰囲気だ。まじまじと見れないのがもどかしいが、20歳くらいの柔らかい雰囲気の男だと思う。
それでも、鏡の中に知らない男がいるのは怖いのですぐに鏡をしまった。目を離したら「鏡の中の人が出てくるかも」っていう感覚だ。分かってもらえると思う。
買った服に着替えて、革鎧も装備したオレは完璧に現地の冒険者だ。靴だけは日本で買ったやつだが。
「ポーション買ったか?」
「ポーションて、回復ポーションのことか?」
「ただポーションって言ったら回復ポーションだろ。まだ金あるだろ?」
「おう、もちろんだ」
やはりポーションもあったか!必須アイテムだしな。
-魔法用具店-
ここでポーション類も売っている。
並 大銀貨4枚 矢傷や角ウサギの刺傷1つ程度が治る
上 金貨2枚 内臓まで切られてもそれなりに治る
特 金貨20枚 上級の2倍くらいのまでの負傷を即効で回復
「この特級は上級の倍の効き目だ。金があるなら特級を1~2本買っときな」
「その値段だと、上級をたくさん買った方が良くないか?」
「特級はね、効くのが早いんだよ。致命傷を負っても、意識が落ちる前にこいつを使えば助かるよ」
ロンセルがさらに説明してくれる。
「人が心臓を刺されても、軽く吸った息を吐き切るくらいの時間は意識があるそうだ。その間に特級を使えば助かる。だから、高ランクの冒険者は特級を常備している」
聞いたことがある。銃弾を目の前の敵兵の心臓に撃ち込んでも、意識が落ちるまでの数秒間で反撃される可能性がある。だからアメリカ人は、9mmのような豆鉄砲より、打撃力が強い45口径を信仰している、という話はミリオタの常識だ。
一番コスパがいいのは並か。オレは並10本と特級2本を買った。合計で金貨44枚だ。残金は金貨51枚。特級は1本を即座に使える状態でアイテムボックスの1枠に常備することにした。もう一本は仲間が負傷した時用としてバックパックに入れた。どこに入っているか分かるように、3人が見ている前で取り出しやすい場所に入れた。
「いざとなったら使っていいからな」
と言えば遠慮するのは分かっていたから、どこに入れるか見せたのだ。やむを得ないとなれば使ってくれるだろう。
特級を地球で使ったら、とんでもない騒ぎになるだろうな..。
地球へ何か持ち込んで大金を得る方法を考えているが、今のところ無難に済みそうなアイデアは思いつかない。
さっきギルドで立てたフラグが気になるので聞いてみた。
「ところで、スターグって奴知ってるか?5人組の」
「スターグ達か。Cランクだな」
「Cランクってことは、オレらよりは強いよな?」
「ロンセルは別として、腕力ならあいつらの方が上だろうな」
「評判は?」
「それな。強引に女を誘おうとするんで嫌われてる。あと、獲物を横取りされたって言ってるやつもいたな。あいつらは助けてやったんだって言ってるみたいだが」
***
せっかくオレ最大の秘密を打ち明けたのに、単なる外国人扱いである。不思議な魔道具で翻訳していると思われたようだ。頭のおかしい奴、と思われなかっただけましなのか。まだまだびっくりさせるネタはいくらでもあるぜ。
天体望遠鏡を月に向けてみた。白く明るい月の表面にはクレーターは少なく、自然にできるはずもない直線と曲線が走っている。満月から少し欠けているので、球体ではあるようだ。
瞬く星と瞬かない星がある。特に明るく、瞬かない星に望遠鏡を向けると、それは青白いガス惑星のように見えた。衛星らしき点も見える。安心した。たぶんこの世界は地動説で、宇宙は本物なのだろう。
朝。
完全に日がのぼった。
良いゴブリンは寝る時間だ。
「状況開始!」ではない。それは演習で使う用語だ。これは実戦である。
「行くぞっ!」
「「「おうっ!」」」
偵察から戻った斥候のザックが号令をかける。一番よくしゃべるし、こういう時はリーダーっぽく動く。特にリーダーが決まっているわけではない。それぞれが自分の得意分野を先導して動くのだ。
オレはロンセルと組み、ゴブリンの見張りを潰しながら山を登っている。基本はオレが魔法を撃ち、ロンセルはオレの護衛だ。
「あそこ、見えるか?」
オレのマップに赤い点は出ているが、視認できない。双眼鏡で見ると木の上にいた。木の枝と葉で半分以上隠れてるのに、ロンセルはよくこの距離から見つけたな。
「あいつは良いゴブリンだ」
「は?」
「あいつ寝てるぞ。ほら」
ロンセルに双眼鏡を貸した。
まだ魔法を撃つには遠い。ストーンバレットなら届くが、カンコン音を立てたくない。木の幹から幹へ隠れながら接近する。
少し遠間から収束モードでウインドカッター発射。
木の葉が散り、ゴブリンは2つになって落ちた。落ちた死体からロンセルが左耳を切り取る。うげっ、やっぱりその方式か。気持ち悪いが討伐した証拠は持ち帰らなければならない。
急斜面の上に簡易な木の柵がある。マップ上では赤い点が3つだ。双眼鏡では柵の隙間から2匹しか見えない。なんか食ってるようだ。こいつらは悪いゴブリンだな。お仕置きしなければならない。
オレ達は正面を避けて回り込むことにした。位置どった場所は敵の真横だ。低木と、背の高い草に遮られて死角になっている。
「ロンセル、前の茂みで待ち伏せてくれ。もし外したら、こちらへ向かってくるやつらを迎え撃ってほしい」
「承知した」
こちらからもゴブリンは見えないが、十分近い。オレはマップ上の赤い点を頼りに狙いをつけ、ウインドカッターを発射した。草と低木が切り裂かれ、上半分が落ちた。
見通しが良くなった先に立っているゴブリンはいない。
やったか?
ロンセルの後ろに続いてオレも確認に行く。3匹目がいた。寝ていたところに仲間の首が降ってきて叩き起こされたようだ。そいつが状況を理解する前にロンセルが槍で一突きした。
マップ上でゴブリンを示す光点は常に赤だ。寝ていても赤だ。角ウサギなら攻撃の直前に青から赤に変わる。やはりゴブリンは敵性生物ということか。
穴が見えた。弓を持ったゴブリンが1匹立っている。ぼ~っと前を見ているだけのそいつは、横から接近するオレ達に気が付かない。ここは誘導弾を試そう。水球を発生させ、静止、旋回。慣性が付くが制御は難しくない。
この水球をゴブリンの頭にかぶせて溺死するまで誘導し続ける。不意に頭を水で覆われたそいつは呼吸しようとして水を吸い込んだ。泡を吐いた。倒れた。もがいている。
苦しむのを見ているのも辛いので、オレは水球を横に捨ててからスコップでトドメを刺した。溺死させるのは他にいい手が無い時だけにしよう。
誘導できることに気付いたのは、水球の霧化を試していた時だ。自在に操れるのはウォーターボールだけだった。ストーンバレットは誘導できない。ウインドカッターはそれなりに曲がる。ファイヤーボールは良く曲がる。エクスプロージョンはかなり良く曲がる。
これでもう、ウォーターボールをハズレ魔法などとは言わせない。
「こちらエド、聞こえるか?5匹倒して穴の前まで来た。話し終えたら忘れずにボタンを離せよ。オーバー」
「ザックだ。聞こえてるぞ。こいつは便利すぎるぜ。こっちも6匹倒した。正面玄関の柵が見えるところまで来た。オーバー」
オレとロンセルが来た場所はゴブリンの巣の「裏口」だ。ザックとアドルが正面に回った。裏口は小さい穴で、木の枝と草がかぶせられていた。オレはアイテムボックスから出した岩で穴をふさぐと、水で練った泥を詰めて完全に隙間もふさいだ。
マップ上の青い点でザックとアドルの位置を確認しながら合流する。
ザックは木の上にいた。
「柵の中には6匹いる。弓を持った奴が2匹だ。その2匹以外は遊んでるか寝てるかだな」
オレのマップだと7匹目が穴の中、出口付近に見える。この程度なら作戦は不要だとザックが言うが、ここは新しい技を試したい。
微風だ。
「忍法霧隠れ」
ウォーターボールをめいっぱい拡散するイメージで発動させた。50cmほどの水球がゴブリンたちの頭上数mの位置でぶわっと拡散した。突然発生した濃霧で視界は数メートルもない。
視界が塞がれる寸前に、ザックが木の上から弓持ちゴブリンを射抜いた。
アドルも同じく弓で、柵から頭を出している弓持ちゴブリンを射抜いた。
オレは正面の柵ごとウインドカッターで切り裂き、穴の出口付近にいる奴を倒した。
突貫!!!
先を研いだスコップを両手に構えて突撃だ。
なんだこれ。
血がたぎる!
雄叫びを上げたい。だが今は隠密行動中だ。声を出さずに口だけ開けて息を吐く。
ウラーーー-----ーッ!!!
柵を蹴倒して突入した。
マップ上の赤い点めがけて突進し、敵の頭にスコップを縦に振り下ろす。頭が割れ返り血を浴びる。即座に2匹目に向かい、悪いゴブリンの首に横薙ぎのお仕置きを叩き込んだ。次の獲物を探したが、もう付近に赤い点は無い。
いかん、獲物を前に熱くなると死ぬ。美味しそうな獲物を目の前にして「もう一撃」と無理をして何度死んだことか。ゲームで学んだ一番の教訓だ。
霧が晴れて、転がる死体が良く見えるようになると一気に頭が冷めた。まったくいい気分じゃない。
柵の中にいた敵7体を殲滅し、正面玄関も岩でふさいだ。中にはまだ20匹はいるはずだ。もちろん、ベトコンの穴に潜るような真似はしない。
岩を少しずらして中が見えるようにし、その隙間からエクスプロージョンを撃ち込んだ。穴の奥で爆発が起き、隙間から爆風が噴き出す。これで全滅させることを期待しているわけではない。ほぼ密閉された穴の中で爆発を起こし、爆圧でヘロヘロにする作戦だ。
少しMPの回復を待ち、エクスプロージョンを合計4発撃ち込んだ。まだ動ける奴はいるだろうか?
仕上げは「混ぜるな危険」だ。オレは岩をどかして数メートルほど中へ入った。そこで地面に2種類の混ぜてはいけない洗剤をバケツからぶちまけると、息を止めて穴の外まで走った。そしてまた入り口を塞いだ。
どれくらい待てばいいだろうか?
これで発生するガスは空気より重いので、穴の傾斜によっては奥まで届かない。もし動ける奴がいたら出口へ寄ってくるように、完全には穴をふさがず、少しだけ光が入る隙間を残しておいた。
「...エドよ、えげつないな」
「合理的なのは理解するが..」
「お前って顔に似合わず容赦ないな」
オレの評価が変わってしまったようだが、これは合理的なのだ。しかも安全、というところを強調しておきたい。
おやつの時間だ。
チョコとポテチとコーラを出した。コーラには変な顔をされたが、のどが渇いてるし、冷たいし、甘いしですぐに美味いと分かってもらえた。まだこの異世界には存在しない、資本主義の味だ。
時間が経過するのを待つ間、オレは魔法の試し撃ちをする。せっかく山に登ったのだから、ストーンバレットを斜面に沿って撃つときのカンをつかんでおきたい。下へ向けて撃てば遠くまで飛ぶが、普段の射程より遠い的に当てるのは難しい。ちなみに、弾道があまり垂れない至近距離なら、動かない的には必中だ。射撃の腕は関係ない。
風と火はそれほど遠くへは飛ばない。この2つは誘導の練習をする。
そろそろいいか。
蓋を開けると、すぐそこに8匹の死体が折り重なっていた。
ザック 「恨むならエドを恨めよー」
ロンセル「ゴブリンに容赦はできないが、こいつらには同情する」
アドル 「俺はエドを敵に回す意味を理解したと思うぞ」
オレ、そういうキャラじゃないよ、ほんとに。
中に入る前に空気を入れ替えなければならない。裏口の岩もどかして穴の中でウォーターボールの霧を発生させる。次に拡散モードのファイヤーボールで巨大な火球を撃ち込むと霧が一瞬で蒸発する。そうすれば大量に発生した水蒸気が中の空気を追い出す。水蒸気の体積が水の1700倍になるのは常識だ。風を吹かせる風魔法ってないのかな?
奥には死体と死にかけが13匹転がっていた。今回の討伐数は合計32匹。
穴の中は臭い。こりゃ、服や髪に臭いが付くな。見たくないと思っていた食いかけの骨付き肉もあった。白骨ならまだいいが、肉付きは見たくなかった。誰の骨かは分からないし、回収はしない。一か所に集めて、オレのファイヤーボールで文字通り灰になるまで焼いてから埋めた。
冒険者は底辺職。
オレが好きな異世界モノ小説にもときどきそう書いてあった。だが、この自由な世界でなら、夢もあると信じている。次は、のんびり平和に薬草採集でもやるか。観光気分で初めての場所へ行ってみるのもいいな。




